ポイントを貰ったので、自分でも質問してみます。


1)自由とは何ですか?
2)あなたは自由ですか?
3)自由はあなたを幸せにしますか?

何やら意味深な質問ですが、あまり深い意味はありません。ご自分の言葉で、一言・二言の方が面白いと思います。

たくさんご回答をいただきたいので、一人の方にたくさんのポイントは差し上げられないと思いますが、ふるってご参加ください。Yahoo!知恵袋とLinkedInでも過去に同じような質問をしています。予めご了承ください。

回答の条件
  • 1人2回まで
  • 登録:
  • 終了:2008/09/05 19:12:38
※ 有料アンケート・ポイント付き質問機能は2023年2月28日に終了しました。

回答8件)

id:takepierrot No.1

回答回数52ベストアンサー獲得回数7

ポイント18pt

▼1の回答

自身の意志で選択できること。

▼2の回答

自由じゃない! 金銭的な束縛を受けている!

▼3の回答

わからない。廃人になるかもしれない!

id:webees

もちろん、正解とか不正解とかはありません。

廃人とはまたショッキングな…

選択肢がありすぎて迷いに入るということですかね。

ありがとうございました。

2008/09/05 17:30:35
id:urf77 No.2

回答回数433ベストアンサー獲得回数9

ポイント18pt

1.自由とは何をしても許されること。

2.20%自由です。

3.自由だけでは幸せとは言えません。

id:webees

まあ、ちょっと引っかけっぽいのですが(私が、わざわざ極端なことを言っています…)本当に自由ならば、例えば殺人とかでもOKみたいなスタンスですかね。

2番目の20%自由というのはわかります。グラデーションというか、度合いの問題ですよね。

2008/09/05 17:33:37
id:KairuaAruika No.3

回答回数6926ベストアンサー獲得回数97

ポイント18pt

1)自由とは何ですか?

迷い

2)あなたは自由ですか?

常に

3)自由はあなたを幸せにしますか?

Yes 退屈にさせない

id:webees

おー「迷い」ですか。takepierrotさんが「廃人になるかもしれない」とおっしゃっているように、自由って人に戸惑いを与える性質があるようですね。ご参加有り難うございました。

2008/09/05 17:35:56
id:pahoo No.4

回答回数5960ベストアンサー獲得回数633

ポイント18pt
1)自由とは何ですか?
死に場所を選べること。
2)あなたは自由ですか?
いまのところYES。
3)自由はあなたを幸せにしますか?
死んでみないと分からない。
id:webees

ありがとうございます。最初に書いたようにこの質問を過去に日本人と外国人にしているのですが、自由と死を結びつけるのは日本人特有のようです。東洋系の外国人(中国人とか韓国人とか)の回答は得られなかったので、本当は東洋的なのかもしれません。

過去の「死系」自由とは次のような論調でした。

1) 生活をしていかなければならないので、働いている限り自由ではない。

2) つまり自由になれるのは死んだときだ。

この回答者は自分は自由ではないと言っているので、今のところ自由というPahooさんの意見とはちょっと違いがあります。

同じ輪廻転生の考え方があるインド人には別の自由感があるのですが、議論を特定の場所に引っ張って行きかねないので、また後ほど。

2008/09/05 18:01:18
id:seenone No.5

回答回数54ベストアンサー獲得回数0

ポイント18pt

1)自由とは何ですか?

幻想だと思います。

自由を求める者があこがれる幻想。

2)あなたは自由ですか?

自由ではありません。

自由だと思うことは未熟だと思います。

3)自由はあなたを幸せにしますか?

しません。

幻想は幸せにしてくれません。

id:webees

最近自由民主党なる政党が総裁選挙やってますが、今度の党首なる人に聞かせてあげたい。「キミたちは幻想を追い求めているのだよ」と。

本当はseenoneさんの答えの裏には、自由と対置する概念があって、そちらの方が現実だという論があるはずです。こちらも興味深いです。

あと「人間はすべからく自由なる状態に憧れてしまうのか」というのも興味深いですね。

ありがとうございました。

2008/09/05 18:30:34
id:dev_zer0 No.6

回答回数332ベストアンサー獲得回数25

ポイント18pt

> 1)自由とは何ですか?

→ 責任を伴う素人(≒未成年)にはお勧めできない代物


> 2)あなたは自由ですか?

→ 半分ぐらい(とあるゲームの罰ゲーム中の為、一部不自由な状態になってます)


> 3)自由はあなたを幸せにしますか?

→ Yes

  財産と同様に貧乏や不自由は不幸の原因の一つです。

  身の丈に合った財産や自由は人間を幸せにするでしょう。

  今の所、私は身の丈に合った自由と不自由を満喫しています。

id:webees

素人にはお薦めできない代物であって、責任を伴うということですね。

やっと出ました「責任」。seenoneさんへの返信に書いちゃおうか迷ったんですよね。だから「対置する概念」なんて回りくどく書いてみました。

ありがとうございます。

2008/09/05 18:47:29
id:yotaca No.7

回答回数427ベストアンサー獲得回数46

ポイント18pt

1)自由とは何ですか?

 自分で決断する事

 

2)あなたは自由ですか?

 全て自分で決めているので、完全な自由です。

3)自由はあなたを幸せにしますか?

 自由と幸せは関係ありません。

 

 

 

そうねぇ自由でいる事は、ステキだけど同じくらい責任がついてまわります。

その責任を果たした時に初めて幸せになれるのかな?

id:webees

yotacaさんありがとうございます。責任という言葉が出るとだんだんこっちに引っ張られていっちゃうかもしれません。

Yahoo!知恵袋との違いは「私は自由だ」と回答する人の割合です。Hatenaの方が断然多いですね。

「自由」が裁量権に比例して語られているようです。

2008/09/05 18:51:11
id:syntaxerror No.8

回答回数354ベストアンサー獲得回数56

ポイント18pt

>1)自由とは何ですか?


全部自分で決めて行動できること。


>2)あなたは自由ですか?


結婚してるので半分くらい自由


>3)自由はあなたを幸せにしますか?


する。

だけど、不自由も私を幸せにしてくれる。

id:webees

ものすごく単純に考えると、結婚は制約ということですよね。制約の中にも喜びはあると。

この辺りで締め切りさせていただきます。

初めての質問なので、ちょっと戸惑いましたが、総括はコメント欄に書き込みます。併せて前の時の回答(外国人のやつ)もお教えします。

みなさんご参加有り難うございました。

2008/09/05 19:11:03
  • id:webees
    たくさんのご参加ありがとうございました。

    以下総括です。

    日本人にこの質問をすると、自由/不自由とか自由/責任(時には義務とか)といった感じで議論が推移するようです。また途中で出てきましたが、人生は不自由なものであるといったような答えや、ここでは出てきませんが「自由に振る舞うとみんなから嫌われてしまう」「自由に振る舞うと食べられなくなる」といったような意見もあります。

    外国人に自由についてを聞くと次のように答えが返ってきます。人の自由を責任感や義務と対置して考えたりはしません。ただし、個人の自由がぶつかることはあるので、調整は必要といったコメントが付きます。自分の自由を尊重することは相手の自由も尊重することになるので、自由=自分勝手みたいにならないのです。ただし、責任に対してはアメリカ人があまりコメントしないのに対して、ヨーロッパ人(ポルトガルの人でしたが)はコメントが付きました。ヨーロッパ人の方が日本人に近いようです。

    -自由とは独立していること。
    -自由とは制約がないこと。(英語のFreeには、Sugar Free、Tax Freeのように〜がないという意味がある)
    -自由とは覚醒していること。(動物的な状態から、美術や文学を学ぶことにより「自由」な状態になる。両方ともインド系の人でした)
    -自由とは侵略されないこと(この人はイスラエルの人でした)

    ちなみに英語には自由にフリーダムとリバティーという2つがあります。共に自由を表しますが、リバティーはラテン語由来なのでいわば学術的外来語です。使い方の区分には個人差があり、しかも揺れがあります。

    最後に死んだら自由になるというコメントについては「やはり日本人には生まれ変わりの概念があるからだろう」というコメントが付きました。日本人は死んだら何もなくなると考えている人も多いはずなので、この辺りは検証が必要になるでしょう。

    いずれにせよ、ご参加ありがとうございました。
  • id:miharaseihyou
    終わっちゃってるからコメントで。
    自由とは「選択肢が無限にあり、創造さえ自在に行える状態。」
    と言うのを考えました。帰納法的な説明かな。
    もちろん私は極小の部分的には自由ですし、完全な自由は人間の手には余るでしょう。
  • id:godric
    何は兎に角自分を拘束するものが無いのが「自由」という思考となって、問いかけに対するキックバックになって現れるのかもしれない。例えば、経済活動にしても「自分が選んだ道だから今の僕は自由」というのも正だろうし、「自分が選んだ道だけど、それとは別に経済社会から拘束を受けない状況を自由と言う」というのも正かもしれない。拘束が完全に無くなるのが「死」ということも正だろうし、拘束があってこその自由の存在というのも正かもしれない。アメリカとEUと日本の違いということなら、日本人だって高校生の時はこう考えてた、だけど、大学生の頃は・・そして中年になったら?・・・人って環境によって自然に対照された自分のスタンディングポジションが自然に出ちゃって、そのままそのスタンディングポジションを自分で自然に受け入れちゃう。それだけの違いじゃないかな?、日本人もEUもアメリカも基本は同じだねw
  • id:dev_zer0
    私の推測ですがこの問いの本質は
    「自由(各人で定義は異なるが)という概念を他人にも平等に考慮できるか?」
    ということだと思ってます。
     
    神でもない限り自分の自由と他人の自由は衝突する可能性があります
    その衝突をどのように解決するか、または不平等に自己の自由のみを
    主張し、他人の自由を踏みにじるかという選択を強いる問いと妄想しています
     
    もちろん、異論、反論、同意するのはあなたの「自由」です
  • id:webees
    あ、コメントが付いている。

    > dev_zer0さん、

    質問の元々の主旨はかなり単純なものです。サンデープロジェクトという番組で櫻井よしこさんが「日本人は権利ばかり主張しすぎる。だから秋葉原事件が起きた。だから憲法を改正して義務を強めるべき」という論を展開してました。ま、スジは通ってますよね。

    この話を聞いて、日本人は自由や権利というものにある種の罪悪感、制限、後ろめたさを持っているのだと気がつきました。実際にこうやって聞いてみると、義務などの制限を感じています。自由になったら廃人になるかもしれないと思う人もいるくらいです。櫻井さんと同じ見解に立っているといってよいでしょう。俺は何をやっても許されるんだ!なんて言う人はいません。(←いっそこういって貰った方が気持いいのですが…)

    ここまでは良いのですが、ここで「自己責任」などと言われると困惑が生まれます。もともと自由が揺らいでいる上に、後は勝手にやってくださいと言われても困るでしょう。この文脈での自己責任とは見捨てられることに他なりません。自由の概念が違うアメリカから自己責任を輸入すると意味が全く違うものになってしまいます。

    dev_zer0さんのコメントで重要なのは、自分が他人(世間とか社会とかいいますが)の中に置かれていると考えるか、たくさんの「自分たち」が集まったのが社会かと考えるかの違いでしょうか。「他人」なのか「私達」なのかの違いといってもいいでしょう。

    また社会で行使できる自由の量は一定であり、一人が自由を行使すると、他の人の自由が制限される(踏みにじられる)という考え方に対して、自由は無制限に行使しうる(例えば、いろいろな事を学んで自覚が高まることを自由と見なす人たちもいます)考え方の違いもあります。日本は国土が一定の上に必ずしも発展・成長を前提にしていません。持続可能な社会だといえます。一方、アメリカ社会は自由の量は一定ではありませんが、そのために社会を拡張・発展させる必要があります。いつまでも持続可能かどうかは分かりません。



    > godricさん
    鋭い洞察だと思います。私はイスラエルの人が、侵略される心配がないことを自由と考えているのを聞いてこう思いました。自由について聞くと何に不自由しているか
    どうかが分かるみたいです。

    アメリカ人は学校で「自由の宣誓」というのを習います。「自由を与えよ。然らずんば死を」というパトリック・ヘンリーの有名な演説です。大抵の人はこれに影響を受けて回答します。独立と自由が結びついています。自由の反対は不自由ではなく従属なのだと思います。そして従属するくらいなら死んだ方がマシというのが演説の骨子です。

    だからみんな同じ回答を寄せてもよさそうなものですが、その割にはバラエティーがあります。
  • id:miharaseihyou
    自己責任というと、全ての行為の当然の前提になる。
    自己責任でなければ他人や社会に責任を転嫁しようということだから本末転倒だ。
    そのような考え方は何も生まないし、反社会的でもある。
    確かに個人は社会によってある程度は保護されている。
    この保護の部分は先人が努力して築き上げた現在の社会が与えてくれているものだが、当然の権利ではない。
    むしろ維持管理が我々の自己責任となる分野になる。
    今現在も飢えて死んでいく人々がいるが、我々の社会がそうならないためには自己責任で管理運営するしかない。

    与えようと言う者は、利害抜きでは与えない。
    より多くを奪うために影響を及ぼそうとしているだけなのだから。
  • id:webees
    miharaseihyouさんの考え方は面白いですが、ちょっと整理してみました。違っているところはご指摘ください。

    自己責任はあたりまえで疑いようもない前提
    個人(の権利や自由)は社会によってある程度保護されているが当然の権利ではない。
    -つまり、自己責任の方が、自由よりも根源的なものだということですよね。
    -飢えた人たちは、自己責任が足りなかったということでしょうか。

    社会が与えてくれている
    -これは親切心で与えて貰っているということ?
    -社会とは? 自由な人たちが集まったのが社会ではなく、社会という何かを与えてくれるものが別にあるということか?

    自己責任を放棄することは反社会的?
    -少しテクニカルになりますが、古典的な自由には行き過ぎが生じるので、社会が関与して調整しようという動きがあります。修整自由主義といいます。これらは反社会的ということでしょうか?

    人間は利己的
    -純粋なチャリティやボランティアはあり得ない。
    -人は機会があれば奪う存在だ。

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