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日本の戦国時代で、塩に関する話が、武田と上杉(最もこれも後世の逸話に過ぎませんが)にしか聞かれないというのは、
単純に日本列島は横長ですから、武田の規模の大名で、海を有していなかったのは、武田くらいなものだからでしょう。
一国を収める規模でしたら、甲斐、信濃、美濃、上野といった辺りしか、海に面さない場所はありません。
さらに自力で塩を取れなくても、まず四面楚歌になり、どこからも塩の購入ができないという状況には陥りません。
大抵、敵の敵は味方といった形になりますし、品薄になれば高く売れるわけですから、購入の道が完全に閉ざされるといった状況にはなりえません。
実際に、武田にせよ、痛手になったのは確かなようですが、完全に供給がストップされたわけではありませんし。
また、当時の徳川ですが、豊臣と一戦を交えた場合、四面楚歌になる可能性も考えたでしょう。
その場合は、塩を自力でどうにかしなければなりません。豊臣が迫ってくる場合、主に西からでしょうから、東側からの兵糧の供給は必須です。
自らも参加している小田原攻めからも、兵糧の重要さとその供給路の安定性の確保の重要性は、痛いほどわかっていたに違いありません。
武田が塩に困ったという話も、武田軍の軍政を取り入れるなどしている家康にとっては、インパクトが強かった面もあったかもしれませんね。
水路に関しては、密かに集めたい軍事物資等や、出入りを見とがめられたくない人物のため、城下まで水路だけで行ける形を作りたかったのもあるでしょうし、
街を構成する際に、道や水路を先に造るのは、定石です。また、火事の問題においても、水路は火消し用の水の確保としても入り用ですしね。
また、ほかの都市で安定供給に努めたという話ですが「塩の道」のように、やはり塩の供給ルートにまつわるものは、それなりにありますよ。
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先に運河の建設についての意見ですが、拡張予定の都市のインフラ設備をするというのは長期的に見るとコストが合わないという事は無いでしょう。
では、何故陸路のインフラではなく水路のインフラ設備を優先したかと言う事ですが、いくつか理由は考えられると思います。
水路の開発は、大きな統一組織が多く出た中国や西洋では昔から盛んで、中国の京杭大運河やヴェネツィアのカナル・グランデなどは有名です。
塩の軍事利用についてですが、これは塩そのものを食用にするというよりも、食料を長く保存する為に必要だったと考えた方が良いと思います。
例えば糒だけだとお米が不作だと兵糧不足に陥りますが、塩があれば野菜や魚介類、肉類でも塩漬けにして長期保存できます。
逆に野菜や魚の長期保存が効かないとなると、漁や狩、畑の耕地をしても収穫から一月もしないうちに食料が腐ってしまったでしょう。
となると、それ以外の期間は穀物のみに依存しなくてはいけなくなるのですが、それでは人口を保つことはできなかったと思います。
そういえば調理より保存用には大量に塩を使うものですよね、納得です。
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先に運河の建設についての意見ですが、拡張予定の都市のインフラ設備をするというのは長期的に見るとコストが合わないという事は無いでしょう。
では、何故陸路のインフラではなく水路のインフラ設備を優先したかと言う事ですが、いくつか理由は考えられると思います。
水路の開発は、大きな統一組織が出た中国や西洋では昔から盛んで、中国の京杭大運河やヴェネツィアのカナル・グランデなどは有名です。
塩の軍事利用についてですが、これは塩そのものを食用にするというよりも、食料を長く保存する為に必要だったと考えた方が良いと思います。
例えば糒だけだと米が不作だと兵糧不足に陥りますが、塩があれば野菜でも魚でも塩漬けにして長期保存できます。
逆に塩がないと、魚も肉も野菜も、とってから一月もしないうちに腐ってしまいます。
その場合穀物だけに依存する事になりますが、当時の稲作技術では人口を補うだけのお米はとれませんでした。となると、必然的に兵糧に当てられる食料も少なくなってしまいます(じゃないと一般人の方々も飢え死にしちゃいますので)。
なるほどー参考になります。