【金融】浜口内閣で金解禁をやったあと、再度輸出禁止しようという声があがり、蔵相の井上が「それではドル買い成金をふやすばかりだ」と懸念します。実際禁止になるとドル高になるからそれに先立って買っておくってことだと思いますが、なぜドル高に動くんでしょうか。

回答の条件
  • URL必須
  • 1人2回まで
  • 登録:2009/03/10 00:30:54
  • 終了:2009/03/17 00:35:03

回答(2件)

id:rsc96074 No.1

rsc回答回数4404ベストアンサー獲得回数4052009/03/10 01:29:43

ポイント35pt

・日本経済史

http://faculty.human.mie-u.ac.jp/~sakuradani/09.pdf

 9ページに、

>金解禁とは、金輸出禁止を解除すること(=金輸出を自由にすること=金本位制復帰)

>貸し手に対して日本の信用を高める必要あり→金解禁するほかない

 11ページに

>当時の解禁論の常識は,「金解禁=金本位制によって 為替相場 を安定させ, 物価 を下げ, 国際競争力 を強化する」というもの

 要するに、金解禁をして、日本の信用が高める必要から、金解禁に踏み切ったわけですが、これをやめれば、当然、日本の信用が落ちて、円安になります。すなわち、ドル高に動くことになるのではないでしょうか。

id:neyorawa

ありがとうございます。

2009/03/11 11:00:47
id:takokuro No.2

takokuro回答回数262ベストアンサー獲得回数32009/03/13 23:56:59

ポイント35pt

金解禁について調べてみました・・

1)1904(M37)2月、日露戦争開戦(~05年9/5)

   前年:露社会民主労働党が、

      ボリシェヴィキとメンシェヴィキとに分裂

  ①1904(m37)5月、Ⅰ回6分利付英貨公債

  ② 11月、高橋是清、

      Ⅱ回6分利付英貨公債£1200万を

      ロンドンとニューヨークで募集

  ③1905(M38)3/29、Ⅰ1回4分半利付英貨公債£3000万の募集

      ロンドンの銀行者が£1500万、

      ニューヨークのク-ン・レ-ブ商会が£1500万を

      引き受けてくれた

  ④7/11、Ⅱ回4分半利付英貨公債£3000万を英米独3国で募集

日露戦争は日本の優勢に終わり

   9月に、ポ-ツマス条約

  ⑤11/28、Ⅱ回4分利付英貨公債£5000万発行

     内、£2500万は

       英シティ、米ウォール街、仏パリ及び独で募集し、

     日本政府の内国債償還(マッカツ債務への返済?)に使用

       仏の募集額=£1200万とし

       英米独の〃=£1300万

       ①と②の£2500万引換に英米,保留

    この時の発行銀行・・・

      【赤】パ-ス銀行(英マッカツ資本?)、

      【赤】香港上海銀行(アヘン資本マッカツのボス?)、

      【赤】横浜正金銀行(在日台湾マッカツ資本?)、

      【白】ロスチャイルド商会(英ロンドン) 、

      【白】ロスチルド商会(パリ・ロスチャイルド家)等

 ⑤の償還期限が迫っていて

  英貨公債の借換えをしてもらうには

  まず金解禁を断行し、

  通貨を安定させなければ

  取引為替レートがつかめず・・

 (当時、2年有余間で、

  ¥の為替比率は200回も変更されるほど揺れ動き不安定な状態)

  海外市場の信用を得ることができない

  (悪いなりに安定している方が不安定なバブルよりも

   信頼できる!?)   

 日露戦争直後(1905(M38)11月)、

  特派財政委員の高橋是清は

  英・米・独・仏の市場で£2500万発行し

    うち、£156万はM45~S5の間に償還し、

      残£2344万は償還期限がS6年1/1で

  この借換、償還が、

  財政上の重要懸案となっていた。

  当時、民間では、借換しなくとも償還可能だと主張する論者もあったが、

 財政の実情は借換または新規外債によらなければ

  とうてい不可能の状態・・

1929(S4)10/18、財務官津島寿一、

      井上蔵相、土方日銀総裁との協議を終え、

      ニューヨークへ向かい

      バンク-バ-からニューヨークへ行く汽車の中で、

     ★ウオ -ル街の株価大暴落の第一報を受け、

      「世界恐慌」となり

        ↓

    国際商品価格も暴落

        ↓

    海外のものがそれだけ安くなって日本に殺到

        ↓

    旧平価による解禁、実施時期が間違ってる

        ↓

       物価は暴落                           ↓

       輸出は伸びず 、金の流出                     ↓  

       ★日本大不況 

S5年以降、日本もこの波に呑まれ未曾有の不況

     ニューヨークに着いても

     モルガン商会その他の巨頭連が

     みな集まって市場対策を協議中で大混乱だったが

11/4、津島はモルガン商会のラモントら銀行家と

   クレジット設定交渉をする

   【白】英米銀行家は

   クレジット設定に非常に協力的で

   1億円のクレジットを設定された

   これは1年間、政府は必要に応じ、

   1億円の範囲内で

   英米の金融業者から借入ができるという契約

S5年5/10:金解禁実施(1/11)後

   4ヵ月を経て、

   ⑥5分半利付英貨公債、

   ⑦5分半利付米貨公債の発行に成功

   ⑥⑦の発行団は・・

    英:ウェストミンスタ-銀行、

      【阿片マッカツ】香港上海銀行、

      【在日台湾資本??】横浜正金銀行、

       ベアリング・ブラザ-ズ商会、

      【白】モルガン・グレンフェル商会、

      【白】ロスチャイルド商会、

      【白】シュレ-ダ-商会

    米:【白】J・P・モルガン商会、

      【白】ク-ン・レ-ブ商会、

      ナショナル・シティ-商会、

      ファ-スト・ナショナル銀行

      横浜正金銀行

 資本主義社会では

 特に!借金をしている者は立場が弱い。

 これは個人でも国家でも同じ・・

 金解禁を実施してすぐに、

     巨額の金を現送するようなはめに陥らないよう準備がされる・・

     契約額は、

      米銀行団:$2500万

      英銀行団:£500万

     契約当事者・・・

      米:モルガン商会、

        ナショナル・シティ-・バンク、

        ク-ン・レ-ブ商会、

        ファ-スト・ナショナル・バンク、

        ギャランティ-・トラスト、

      英:ウェストミンスタ-銀行を首班とする五大銀行、

        ロスチャイルド、

        香港上海銀行など

 11/18、井上蔵相も、この契約に承認を与えたので、正式調印、

 11/20、発表

 11/21、大蔵省令を公布し、

1930年(S5)

 1/11、金解禁実施

 2/20、金解禁是か非かを争点とする総選挙が

    結果は民政党の大勝し、

    金解禁は民意の支持を受けた

             ↓

国内での換金はわずかだが、

世界的に銀行が、在外正貨の売却を日本銀行に集中させ、

世界恐慌の歪を日本の金で緩衝する

解禁前、

¥の対$為替相場の低かった時点で

ドルを売っておき、

解禁後の高い相場で

$に戻すとそれだけで利益が出る・・・!!?

のち問題となった$買いと反対の手口だが、

いずれにしても金解禁に伴うボロ儲け・・??!?

政府が金解禁を行った以上、

金輸出や在外正貨の払い下げを拒めず、

S5年1~5月までに、 

  外国銀行は:1億2300万円、

  その他の要求をも合計すると、

        1億9600万円の紙幣が換金、

正貨の流出は:  2億2000万円、

  1~3月までの:

  在外正貨の払下:6500万円

その金及び在外正貨の流出

        ↑

投機・解禁後為替相場が安定し

輸入を増やしたため。

解禁前、銀行筋では金及び在外正貨の流出は、見込の1億~1億4000万or1億5000万円を、

倍近くが解禁後、半年にして流出

        ↓

株価・物価の暴落、

工業・農業生産の低落、

輸出入の不振、

国際収支の悪化が進み、

1931年、日本の恐慌は最悪の事態を迎えた。

1930年(S5)11/14、不景気がロンドン軍縮条約のせいだとに反対し、右翼浜口首相が東京駅頭で狙撃される

が事件に与えた影響も大きい。第59通常議会は12月24日に始まる。民政党は

、外相の幣原喜重郎を首相代理にあてた。

1930年(S5)11/14、浜口首相がロンドン軍縮条約をしたため、不景気がおこったとして、東京駅頭で狙撃事件

12/24、第59通常議会始まり、

    民政党は、外相の幣原喜重郎を首相代理にし、

1931(S6)年4/14、入院した浜口の後を、

    Ⅱ若槻内閣が成立:一億円の節約を目標に、行政・財政・税制に関する3つの準備委員会を設置

 9/18、 深刻な不況下で、★満州事変が勃発:

      関東軍は奉天を占領し、

 9/19、長春以南の満鉄沿線の支那軍を掃討。

     政府は、局地解決で事態収拾を図ったが、

     関東軍と朝鮮軍の戦局は拡大し、

     事変とともに政府は軍事行動のための緊急支出、

     予算節約額の復活と第二予備金による経費を賄うことを閣議で決定したが、

     事変は漸次拡大発展し、

        ↓

     軍事費支出は増大

        ↓

     金輸出再禁止の要因へ

戦後、、米大統領が国連で打ち出した$の国際通貨化と●●●で、

米の短期貸付資金のより経済復興中にあった多くのヨ-ロッパ資本主義国は、

アメリカの株式恐慌により、

  ↓

米財界は、短期の貸付資金を引き上げ、欧州への資金流入パイプを止めた

  ↓

ヨ-ロッパ諸国の工業生産は停滞し、貿易も減退

  ↓

株価の崩落

  ↓

農産物価格の世界的暴落

  ↓

農業関係の企業へ多額の融資を行っていたオ-ストリア、ドイツの銀行はたちまち経営難

1931年5/13、、オ-ストリアの大銀行クレディット=アンシュタルトの破綻

同年7/13、ドイツ第2の大銀行ダ-ナ-ドがついに支払い停止に追い込まれ、

ドイツの激しい金融恐慌

  ↓

支払停止と為替管理による独からの資金引上げ

  ↓

仏、スイスなど英£を経由してドイツに投資されていた各国の資金は、完全にブロックされる

  ↓

英£もブロックされ、

  ↓

仏、スイスなどが、英シティにおいてる£4億の資金を今安全確保するために、

英から引き上げようとし

  ↓

イギリス経済は危機に立つ

支払資金が不足し、

英政府はその支払いのために£5000万のクレジットを借り入れても、10日間で引き出された

9/21、満州事変勃発後、イギリスは金本位制廃止声明を行う

  ↓

ニューヨーク、パリを除く各国の市場は休場し、

日本も取引所は大混乱となり立会を停止

  ↓

イングランド銀行は、金本位制停止:イギリスの金本位制はここに終焉

公定歩合を6分に引き上げ(非常対策)

  ↓

金流出の防衛対策

  ↓

その国際金融に及ぼす影響を回避するため、デンマ-ク、ノルウェ-、スエ-デン等の諸国も金本位制から離脱。

各国の中央銀行も公定歩合を引き上げ

  ↓

世界的高金利の時代


国際金融で借金をするには信頼が必要で

その信頼は

金解禁することで

国際貸借と財政の立て直しをして為替の安定が必要条件

解禁することで・・

輸出入バランスの改善と、

非募債方針の徹底によるわが国財政への信用とが相まって、

借換交渉を成立させたと言える」

   (『国債』東洋経済新報社)

  

戦争体制へのプロセス・・・

A)浜口雄幸内閣(民政党、土佐)

   1929年7/2~31年4/14

    ↓

  9月:世界大恐慌

    ↓

B)Ⅱ若槻礼次郎

   1931年4/14~12/13

    ↓

  1931(S6):9月:満州事変

        10月事件

    ↓

C)犬養毅 庭瀬藩 政友会

  1931年12/13~32年5/16暗殺

  1932(S7):1月:上海事変

        2/9:井上日召(日蓮宗立正護国堂、協力者=頭山満)の指示で

           四元義隆(鹿児島県生、七高卒、東京帝大法学部中退)、

          ★血盟団事件おこす

           井上準之助(民政党幹事長、前蔵相)を射殺

        3/5、団琢磨、三井本館前で暗殺される:

           右翼団体血盟団

           (日蓮宗の僧侶(茨城県東茨城郡大洗町・立正護国堂住職)井上日召がリーダー)の菱沼五郎に狙撃され、暗殺

           日召は頭山満の保護を得て

           捜査の手を逃れようとも図った

            ↓

         5月: 5.15事件

D)斉藤実内閣  軍閥支配の進展

   (1932年5/26~34年7/8)

    特高ファッショ

    滝川事件

 

A)1929(S4):五私鉄疑獄事件

     四元義隆、

   上杉慎吉(51)を暗殺?し?

   安岡正篤経営する金鶏学院に入り、

   その後、

   四元

   井上日召(日蓮宗僧籍を所有俗物?)に出会い、

   同志となって

   「血盟団事件」をおこす

    ↓

 1930:橋本欣五郎ら参謀本部幕僚、青年将校が、

    ★桜会、結成

    白鳥敏夫(43、外務省情報部長)、

    満州事変当時、

    森恪(内閣書記官長)や鈴木貞一陸軍中佐と提携し、

    事変に対する国際連盟批判に対処できるよう外交政策の代表的役割を果たす

    事変後も、

    白鳥、

    連盟脱退など軍部と連携し

    対英米強硬外交を推進し、

    そのための世論誘導に努めた結果、

    元々は連盟脱退反対派だった松岡洋右が

    国際連盟脱退の英雄として扱われたことには、

    露骨に不快感を表した

    以来、皇道精神やアジアモンロー主義を提唱し

    国内外で「型破り」といった評価を受ける

    満州国の承認に関して、米記者から

   「日本はいつ承認するのか?」と聞かれた際、           白鳥は「日本は急がない。

    そこに建設しなくてはならない運河があるわけでないので」と答えたという。

    これは、パナマ運河を建設するために、

    米がパナマで軍事革命を起こして傀儡政権を立て、 

    それをすぐさま承認したことに対する皮肉

  11/18、のち創価学会の牧口常三郎、戸田城聖ら、

      日蓮正宗の教義と

      牧口の「価値論」をブレンドさせた創価教育学会、設立

      (理事長の戸田氏、財政部門担当)

  1931(S6):★三月事件:桜会幹部将校と

      宇垣一成陸相周辺の陸軍首脳部による未遂クーデター

      この弾圧で【マッカツ人事変え】される

      ★ゾルゲ事件:尾崎秀実、

       米ジャーナリストの中国共産党の工策員?アグネス・スメドレーと同棲し、

      情報を迂回して中国共産党と米に流し??

      独からもソ連情報を得る

      スメドレーは尾崎秀実に

      独ジャーナリスト、リヒャルト・ゾルゲを紹介

B) 10月事件:

 陸軍首脳部と連携した

 橋本欣五郎ら桜会幹部将校、

 大川周明、井上日召ら右翼が、

 荒木貞夫中将内閣樹立を目指すが中止

 

D)特高、小説家小林多喜二を取調べ中に殺害

  滝川事件:(京大総長)滝川教授免職を要求

    これが拒絶されると

    文官分限令によって一方的に滝川教授を休職処分

    立場上やむをえなかったという見方もある

1934(S9)1月、日印通商協定

     2月、日英通商会議

     5月、ブラジル排日移民法成立

        東郷平八郎(88)死去

     3月:満州国帝政はじめる(溥儀、皇帝となる)

     鮎川義介(旧安東金資本で日産自動車設立)、

      ★河豚計画、提唱

     河豚・・・

      下関、唐戸市場、赤間神社、長府庭園、功山寺(高杉晋作、維新の挙兵)のニックネーム?

1938年の五相会議で正式決定

    実務面では、陸軍大佐安江仙弘(ノリヒロ)、

    海軍大佐犬塚惟重(コレシゲ)らが主導

    欧露から追放されたユダヤ人(イスラム教徒含む)を

    満州国に招き入れ、

    自治区建設計画だが、

    黒幕・ウォールバーグが

ヒットラーの名前を看板にして

ナチス独を仕切り

ユダヤ人迫害を推進し、

日本の松岡祐介外相と連携

中国を侵略するために

満州に移民させる前に

日本の渋谷に自治区を作らせ

日本にロシア、中国を攻めさせて

日本の国力を落とした時点で

敗戦させ、侵略する方針に変更

日独伊三国軍事同盟の締結や

日独ともに対外戦争を開始し実現性が無くなり頓挫??

  

   http://q.hatena.ne.jp/answer

id:neyorawa

ありがとうございます。

2009/03/14 17:06:25

コメントはまだありません

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません