江戸時代、卵は高価なものだったそうですが、高価だった理由を調べています。

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  • 登録:2009/06/09 18:00:08
  • 終了:2009/06/16 18:05:02

回答(9件)

id:sm0k3 No.1

03回答回数591ベストアンサー獲得回数392009/06/09 18:04:20

ポイント16pt

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1292567...

このページが参考になるかと思います。

id:geul No.2

geul回答回数120ベストアンサー獲得回数62009/06/09 18:38:12

ポイント16pt

卵が普及していなかったため、それなりに高価だったようです。

長持ちもしないので、近隣に鶏でもいない限り買うことはできません。

漢方薬や化粧品などの用途も伝来していたそうですが、高騰の直接の原因は前者だと思われます。

江戸時代に卵が高価ならなぜ農民は鶏をたくさん飼って卵の大量販売をしなかったの... - Yahoo!知恵袋

id:QuestR2 No.3

QuestR2回答回数435ベストアンサー獲得回数132009/06/09 18:58:56

ポイント16pt

http://homepage3.nifty.com/takakis2/rekishi.htm

本当に高価だったの?

id:darkwood No.4

darkwood回答回数45ベストアンサー獲得回数62009/06/09 19:24:48

ポイント16pt

 簡潔に記載すると、以下の2点につきるかと。

  • 流通
  • 衛生管理(伝染病の防止)

 まず[流通]ですが、大量の卵を生産するのには、確かな流通システムが必要ですが、

  • 壊れやすい
  • なま物

上記のような性質の為の流通システムは無かっただろうと思います。

 次に、[衛生管理]ですが、大量の鶏を飼えば、必ず伝染病の問題が付きまといます。現在でも微妙な問題ですので、さすがに江戸時代では無理でしょう。( 動物検疫所/監視伝染病(届出伝染病) )

id:rsc96074 No.5

rsc回答回数4398ベストアンサー獲得回数4032009/06/09 19:52:01

ポイント16pt

 卵が安くなったのは、卵が量産されるようになった昭和30年代あたりからで、それ以前は、高価で贅沢なものだったようです。

むしろ、江戸時代に卵が高価だったのが、ふつうで、今が安過ぎるのかも。

●ドンブリものは、なぜおいしい? マメ知識コラム~ごはんマメ知識 ...

>親子丼が今のように庶民の味になったのは、卵が量産されるようになった昭和30年代あたりからです。それ以前は、高価な卵をひとり1個使うのは、贅沢なものでした。

http://www.e-furikake.com/gohan/index003.html

●第37回(鶏卵は物価の優等生)

>昭和二十五年当時、卵一㌔当たりの値段は二百三十円(一個当たり約十四円)とネギ一㌔当たり約十一円や理髪料金の五十円を大きく上回っており、かなり高額なものでした。そのため、一般の人は病気をしたときでもなければ、食べることが出来なかったごちそうだったようです。

http://www.pref.ibaraki.jp/tokei/mame/omosiro/037.htm

●鶏卵

>鶏卵は“物価の優等生”として一般に知られているように、価格に大きな変動が生じることがない。

 これは、

①品種の改良..

②生産技術の向上..

③自動給餌機、自動集卵包装設備、ウィンドウレス(窓のない)鶏舎など施設の近代化

④飼養羽数の増加..

などにより、生産量が増加したことによるものである。もちろん養鶏農家の努力によるコストダウンも見逃すことはできない。

http://www.okashin.co.jp/jiba/pdf/p200-p202.pdf

id:AND0 No.6

AND0回答回数179ベストアンサー獲得回数102009/06/09 20:26:19

ポイント15pt

http://www.bunka.pref.iwate.jp/rekishi/yukari/data/sonota.html

橋本善太さんという人が、ニワトリを改良して毎日卵を産むようになったのですが、

それまでのニワトリはそんなに毎日卵を産まなかったのです。


結果的に1羽あたりの卵の数は少なかったので、今のように1個10円程度では買えなかったのです。

id:guffignited No.7

guffignited回答回数361ベストアンサー獲得回数142009/06/09 20:45:17

ポイント15pt

・現在のブロイラーのように光を遮断して効率よく育てるということができなかった

・↑のような育て方だと鳥が動く・運動を必要とするため大量に育てられない。

・大量に育てるための雑穀が調達できない

・収穫の一部をひよこにしないと継続して育てられない。

・採卵が主目的ではない

・養鶏自体がまだ未発達だった(江戸時代以前は食用とする習慣が普及していなかった=供給する必要がなかった)

・これらをクリアして大量に作ったとしても流通手段が発達していないため消費地まで効率よく運べなかった

・消費者にしても保存方法がなかった(冷蔵庫はありません)

http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no11.html

id:amai_melon No.8

amai_melon回答回数2011ベストアンサー獲得回数472009/06/09 21:09:16

ポイント15pt

http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no11.html


鶏を飼うのは大きいものは闘鶏用、小さいものは愛玩用で、そのほかに卵を生む利点もあるとしていますから、江戸初期には採卵は主目的ではなかったようです。江戸後期になると採卵を目的とした養鶏が行なわれるようになり、都市には鶏卵問屋もできました。

id:lancer13 No.9

lancer13回答回数2934ベストアンサー獲得回数682009/06/09 21:50:02

ポイント15pt

江戸時代には王子の扇屋のように、卵焼を名物とする料理屋もあり、卵料理もいろいろありましたが、江戸時代以前には、なぜか卵食用の記録が見当たりません。

 鶏肉については天武天皇の殺生禁止令(675年)が、牛馬犬猿鶏の食用を禁じていますから、そのころには鶏肉を食べていたのでしょう。

 元禄10年(1697)刊の『本朝食鑑』(ほんちょうしょっかん)には、鶏を飼うのは大きいものは闘鶏用、小さいものは愛玩用で、そのほかに卵を生む利点もあるとしていますから、江戸初期には採卵は主目的ではなかったようです。江戸後期になると採卵を目的とした養鶏が行なわれるようになり、都市には鶏卵問屋もできました。

 幕末の『守貞漫稿』(1853)には、湯出鶏卵(ゆでたまご)売りについて「鶏卵の水煮を売る。価大約二十文、詞にたまごたまごという。必ず二声のみ。一声も三声もいわず」とあります。同書には、うどんやそばは1椀16文とありますから、当時の卵は現在とくらべて高価だったことがわかります。

 江戸時代に流行した卵料理に“ふわふわ卵”があります。“卵ふわふわ”とも呼ばれ、将軍家の饗応料理の献立にもあり、弥次喜多の茶店の食事にも登場しています。料理書によって作り方に違いがありますが、とき卵に調味しただしを卵の3分の1から2倍くらい加えて、厚手の鍋に入れ弱火で加熱し、ふんわりと凝固させたものと考えられます。

 このほか卵料理には、貝焼(貝殻を鍋にして魚や野菜を煮て卵でとじたもの)、茶碗焼(現在の茶碗蒸を直火で焼いたもの)、麸の焼玉子(現在の薄焼卵)、包玉子(和紙で崩さない生卵を包みゆでたもの)などがありました

http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no11.html

  • id:chinjuh
    卵が日持ちしないかというと、そうでもないみたいですよ。
    昔は乾物屋で売られていて、
    鶏が卵を産む時期に殻ごとおがくずの中に埋めておいて、
    卵の少ない時期に売ってたそうです。
    http://www2u.biglobe.ne.jp/~tamago/hozon.htm

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