【江戸時代】、【ロンドンの水道】は「週3日、一日7時間までの使用制限があった」ということを調べています。


このことを裏付ける信憑性のあるソースを教えてください。

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  • 登録:2009/06/16 18:37:46
  • 終了:2009/06/23 18:40:03

回答(4件)

id:afurokun No.1

afurokun回答回数4647ベストアンサー獲得回数992009/06/16 18:44:54

ポイント23pt

当時の花の都ロンドンでも、水道が使えたのは、週3日七時間だけだったそうだ。

http://dainikaientai.weblogs.jp/netshoukasonjuku/cat3373827/inde...

id:lancer13 No.2

lancer13回答回数2934ベストアンサー獲得回数682009/06/16 19:33:21

ポイント23pt

一応江戸と比較できる水道があったのは世界でロンドンだけであるが、江戸の水道が365日、24時間給水していたのにロンドンの水道は週に3日、それも7~8時間の給水がやっとだった。

http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/202167/

id:sourd No.3

sourd回答回数172ベストアンサー獲得回数162009/06/16 21:37:48

ポイント22pt

こんばんは。

  

おたずねの件ですが、以下の本が参考になります。

1848年に出版された"Sanitary Ramblings", by Hector Gavinという本の88ページにWater supplyのパートをごらんください。ここに当時のロンドンの水道についてかかれてあります。

  

http://books.google.co.jp/books?id=jdkHAAAAQAAJ&pg=PA88

  

ただ、これによれば週三回、一回2時間とのことです。

ロンドンで出版されているものなので、当時の事情に即していると思います。

id:sibazyun No.4

sibazyun回答回数1744ベストアンサー獲得回数2352009/06/17 08:22:13

ポイント22pt
  • 江戸時代は長く、ロンドンやその上水施設も時代的に発展していますので、

一律にいうことはできないとおもいます。

  • その中で、次の趣旨の記述は見つけました。これは、

"The History and Future of Water Supply" という冊子のPDF版ですが、

歴史部分は1900年にSir Alexander Binnie(1839生まれ)というロンドン市の主任技術者が書いたもののようで、信頼できると思います。URLは:

http://www.ice.org.uk/downloads//The%20history%20and%20future%20...

  • p5、p6にある17世紀の記述

・従来の川の水を供給する体制に加え、1613年にNew Riverという上水用の運河が掘られた。ここから木製パイプでロンドン市の北部に送水された。自然の流れ(重力による)で、家の地下タンクに送る。漏水も激しかった。ふつう、週3回、

各、2,3時間程度(a couple of hours)であった。

  • p6、p7にある19世紀の記述

・都市部の人口は1800年の3百万人が1900年の2千8百万と爆発的に増えた。

・労働者階級へは木製の樋による供給で、間歇的に上水が送られた。

・1780年に蒸気機関のポンプで水をあげ、鉄パイプで送水する業者が現われた。

・「上水業者間の激しい競争があった。1817年には価格競争に

勝った業者の地区ごとの独占体制の合意があった。ほとんどの

業者は「週3日、各1時間」の間歇体制にもどった。」

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