THEME:「自分を育ててくれたアイツと友情…宿命のライバル物語」を教えて下さい
「街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!」と展開してきた“イエ・ルポ”の続編コーナーです。“イエ・ルポ 2”では、特にマチとイエ、人と家族のドラマやものがたりを語らっていきませんか?毎回のテーマに沿って、あなたのルポをご投稿下さいね!
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※質問は7月9日(木)正午で終了させて頂きます。
プロレスも今は昔、確かにそんな時代もありました。沢山の裏話やユーチューブの画面で楽しませてもらってます。もう20年ですか・・・
うちの母親は料理がそれほど得意ではなかったのです。
食い意地の張っていたぼくは、母親の作る料理にはイマイチ納得できなかった時期もあったのです。
まあ、それも無理のない話しで、祖父祖母とも同居していたので、高野豆腐の煮物、ひじきの炊いたん、フキとカマボコの煮物、そういったメニューを子供が喜んで食べるはずもないのです。
カレーやハンバーグといったものをどうしても食べたかった。
そこで、自分で作るようになったんですね。
それがぼくが料理に目覚めたきっかけでした。
今ではぼくも40歳を越え、カレーやハンバーグよりもヒジキやフキのほうがずっと好きになりました。まさに歴史は繰り返すです。
最近になって母親にフキの下処理の方法を教わったりして、あるいはこちらが干しエビの戻し方を教えてあげたりして、いい意味のライバル関係になっています。
長生きした者が勝ち(寝たきりは嫌だが・・・)と考える様になりました。
阪急の方が上品とのこと?沿線も??
確かに、レギュラー争いが一番の競争だったかも。。監督に媚売ってる人いたな~
これまで負けてばかりでしたけど、最後の最後、結婚相手争奪レースには勝ちました。これだけで十分。
そうだったかも。勉強の成績とか、モテ具合まで。今ではもちろんそんなことないですけどね!
敬語使いたくないですね。まだそういう年になっていませんが、将来的に格差が出てくるのかなと思うと考えることもあります。出世レースにそんなに興味はないものの、負けるのは嫌ですね。
自分の中のだらしない部分との戦い・・・悲しくも。
私も同期がいますが、部署が違うのでライバルというわけではないですが、やはり同期には先輩にはいえない悩みも話せるし
友人では、仕事のことまで詳しく分からないし
同期の存在はとても励みになります。
困った時や落ち込んだときは同期を誘ってランチに行きます。
今まで何度も仕事を辞めたいとお互いに相談してますが
そんな私たちも就職して8年目になりました。
ここまでこれたのも同期の存在なくしてはなかったと思ってます。
スポーツジムに行っているので、運動中は自分との戦いですね。
自分で時間や回数を決めて、ココまでやったらやめようと
それまではどんなに辛くなっても頑張ります。
ほんとにくじけそうになる時もあるんですが
ここは自分との戦い。
諦めたら自分に負けた気がして悔しいのでやり遂げたときは嬉しいです。
勝つのは大変、強敵です・・・
いつまでもおなじ年なのでライバルでいるのが当たり前に思えます
私もわかります。
趣味でしていることがあるのですが、1度目でうまく出来なくて1回目3回目と何度もやり直していてそれでもうまく出来ないときに「もうあきらめようか」「もうこれでいいか」と思う気持ちと「なっとくのいくまでやり直す」という気持ちが戦うことがあります。
一度あきらめるとそれからもっとあきらめていきそうで、なんとか自分でなっとくのできるところまで3桁単位でやり直したりすることもあります。
・・・自分はちょっとまけずぎらいな性格みたいです(笑)
atomatomさんのおっしょるように、過去の自分より少しずつでもよくなれるようにして聴きたいと思っています。
苦手なところを克服していきたいです。
続けていれば少しづつでも前に進めるかなと、そう思います。
これ、わかります。
たとえば筋力トレーニングしているとき、限界まで筋肉に負荷をかけて、そこでトレーニングを終了するか、あともう1セットだけトレーニングを続けるか。
決めるのは自分なわけです。
もう十分やった、という自分と、もう1セットだけ頑張ろうという自分。
それから過去の自分がライバルということだってありますよね。
過去の記録を塗り替えることができるはずだと、スポーツにしろ勉強にしろ挑むことがあります。
ぼくは英語のTOEICという試験の点数をなんとか学生のころに近づけたい、いや、塗り替えたいと努力しています。
あ、体重も学生時代の自分に近づけたいです。
うちは大阪市内の下町でしたので、阪神ファンと近鉄ファンのせめぎあいでした。
公園で野球をするときも、雨の日、野球盤というゲームをするときも阪神ファンと近鉄ファンの2派に別れるのが常でした。
ただ、阪神のホーム、甲子園球場に行くのには電車に乗る必要があったのですが、近鉄のホーム、日生球場へはチャリンコで十分いけるんですよね。
しかも近鉄子ども会というファンクラブに年会費3千円ほどで入会すれば、ホームでの試合は外野席は毎試合タダで観戦できるです。
そんなわけで若干、近鉄ファンの方が優勢でした。
日生球場もなくなりました。寂しいものです。
私も「この人がライバル!」なんて意識した事はほとんどありません。
趣味も音楽で、人と競うような必要のないものですし、常にマイペースを心がけています。
自分は自分、他人は他人。
人生いろいろ、隣の芝生を比べること自体に意味が無いと思ってるので、ライバル意識というものを持ったことがありません。
でも、逆にライバル視されたりとかは結構あったけど、自分側はマイペースで。
私にも同期のライバルAがいます。
いまでは大学のボスとなっていて、たびたび国の施策決定に参加しています。
学生時代は遊んでいて、バイトをしていても成績は常に1番。
どんな頭をしているのか、まったく敵わずにいました。
そんなAと偶然にも同じ研究室になったときには必死でしたね。
Aはどんどん業績を残して留学し、あっという間にアメリカの有名大学の助教授に。
私はその頃、研究室で必死に勉強していました。
同じ進路を取ったのもAへの憧れがあったかもしれません。
Aとはレベルは違うものの、教えることの大切さを教えている身分です。
どう私の事思っていたやら・・・。最近こっちの体調悪くキャッチボールもあまりしてないな。私の豪速球を受けてみたまえ!