【萩本欽一】【島田紳助】【笑福亭鶴瓶】【志村けん】に関する以下の様なエピソードを教えて下さい。

例…≪天才であるが故に○○をしている/していた≫≪毎日の習慣/驚き/すごい≫≪子供の頃からの○○≫≪ヘー/すごい/面白いと言えるエピソード/豪快なストーリー≫

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  • 登録:2009/08/14 14:03:48
  • 終了:2009/08/20 11:28:31

回答(2件)

id:little_little No.1

little_little回答回数244ベストアンサー獲得回数92009/08/14 17:08:20

ポイント35pt

島田紳助

http://www.cosmicstaff.net/article/120279760.html

先日、「深イイ話 子供に聞かせたい話SP」を見ました。

その中で一番残ったのは、島田紳助さんが出した話

「パリ・ダカールラリー創始者の言葉」

に、まつわる深イイ話です。

パリダカの創始者、ティエリー・サビーヌさんが

第1回目のラリー開催時に言ったのが

私にできるのは、“冒険の扉”を示すこと。扉の向こうには、危険が待っている。扉を開くのは君だ。望むなら連れて行こう

ウィキペディアより


紳助さんは、この言葉に深く感動して座右の銘にしたらしいのです。

この言葉があったから、M-1をつくり、羞恥心などのヘキサゴンファミリーをプロデュースすることになったらしいです。

id:dianet No.2

dianet回答回数103ベストアンサー獲得回数22009/08/14 17:23:30

ポイント35pt

24時間テレビをはじめる時にプロデューサーは「司会は絶対欽ちゃんだ!」と、

欽ちゃんに司会をお願いに行ったそうです。

そしたら 欽ちゃんは 

「もっとギャラが高くないとやらない」 

と なんとも欽ちゃんらしくないお言葉。 

その後も何回行っても「もっと高くないと」と言われたそうです。 

欽ちゃん、意外にお金には厳しいんですね。

そしてプロデューサーも

がんばって、ぎりぎりの金額提示をしたときに

やっと司会を了解してもらえたそうです。

そのときの欽ちゃんの最後のセリフ。

「僕のギャラは寄付してね」

そんな欽ちゃんは「24時間テレビをやってる間 

本当に24時間寝ずに、募金に来た人とも握手してたりしていたそうなんですが 

ある年にちょっとだけうたた寝してしまったんだそうです。 

そしたら 

「寝てしまうなんて24時間テレビの司会をする資格なんてない」

といって その年で24時間テレビの司会を降りたそうです。


さすが欽ちゃんらしいエピソードですね。

http://blog.goo.ne.jp/kimagurekennshi/e/feaa977dd3ebe34f46beff39...

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