前回の衆議院選挙で民主党に投票された方に質問です。

これはあくまでも私個人がネットや報道での支持率に疑問を抱いたことからの質問なので、他党へ投票された方はご遠慮ください。(他党支持者もこの結果に興味があるはずです。)
現在の支持・不支持を知りたいので2択とします。

回答の条件
  • 途中経過を非公開
  • 男性,女性
  • 20代,30代,40代,50代,60代以上
  • 登録:2009/10/20 12:53:38
  • 終了:2009/10/21 21:15:09

回答(400 / 400件)

Q01現在の民主党を支持しますか?(択一)

支持する219
支持しない181
合計400

集計

×
  • id:u1p
    ポイント乞食の回答数がどうしても気になります。
    Q1 で投票先を聞き、Q2 で民主党の支持を聞くのが良かったのでは…と。
    ポイント2倍要りますが…。まぁ、みんなの誠意に期待しましょう。
  • id:paro65
    ポイント欲しさに解答するひとが出てきて正確な数字はでないのでは?
    この手の質問は人力検索がなぜ投票したかを具体的に聞くのがいいと思います。
  • id:paro65
    訂正
    人力検索が→人力検索で

  • id:pascal7
    亀井さんには冷静になって欲しいと思いますが。
    それ以外は大体予想の範囲内か
    予想よりはうまくいっていると思います。
    方針転換をする勇気を持って欲しいですがね。
    .
    それから、他の人のようにダミーを入れておいた方が良いのでは
  • id:I11
    この設問だと、たとえば、社会民主党の支持者だけど今回選挙区に立候補者がいなくて自公候補に投票したくないから民主党の候補に投票したっていう人も回答していることになりますが、だとすると「民主党は支持しない」というアンケートの数値は「鳩山政権を支持する」人を含んでいるということになりますね。
  • id:kine2525
    >>paro65さんに同意。
    自分も気になるので今抱えてる質問〆切ったら、こちらで再提出しようかな。
  • id:takokuro
    民主党であれ、自民党であれ、
    角栄さん、大平さん以降は
    表向き、国民の注目を集めるスポット議員にマスコミが焦点を当ててる裏で
    大変な取り返しのつかない政策を進めてきてる・・とすると・・??
    今回の民主党ほど、
    その点で怖ろしさを感じないわけに行かない・・??・・??

    2年後までは一応は、
    現、山口組組長・司忍(ぜひ!写真を見て下さい!)、
     出獄予定・・・

    菅家氏の冤罪裁判など北鮮関連の勢力が
    ますます、闊歩してることの意味を考えると・・
    とても怖ろしい気がしてならない・・??(心配しすぎ??)

    ただ・・・
    現在、母が弟のお嫁さんに救急車で搬送された先で
    長女の友人のお母さんと卒業式に会って
    彼女はとても周囲のことに気づく人でしたのに
    母とは挨拶をしたのに
    私がいることが分かると
    隠れるように姿を消したこと・・
    など・・
    この元、国立大阪病院も何となく、ヘンだなぁ・・胡散くさいなぁ・・
    小沢先生から川島教授までの
    阪大一外からは
    大阪の大きな病院なのに
    医局のジッツではなかった何となく!
    不思議なかんけいだったなぁ・・
    って感じでしたが・・・
    大きなクスノキが大切にされ
    大坂城横の難波の宮あとの真っ正面にある・・・

    大阪の町を焼け野原にした(拝火教!)大塩平八郎の乱で
    平八郎により放火された谷町筋・・
    マッカツ人脈のグラバーの元の英医師ウィリス・ウィリアムや
    A.サトウのシナリオで
    倒幕こそが民主主義社会への切符であると信じ込み、
        命がけでクーデターの大役をこなした?
     善意ではあるがマッカツの洗脳されるがままの大村益次郎の像が
    病院の一角にあり
    彼は、西園寺公望を10年間仏留学させ
    明治マカツ政権のリーダーの役割をする勉強をする・・??・・??
    (大阪カトリックの司教座が
    仏カトリック系であることと
    スペイン系カトリック(オプスデイ系)が采配してることの意味・・??
    大村は
    マッカツの
    木戸孝允 (桂小五郎1833~1877(m10)5/26)や
    討幕積極派家老・周布政之助萩藩(長州藩)や
    中道派の高杉晋作
    伊達宗城ら黒幕が、
    実質上の日本陸軍の祖の大村益次郎を利用し
    19才の西園寺公望に仏留学の推薦をさせる・・
    1871~80(22~29才)官費で仏留学が(後に減額を申し出ている)決定し、
      (英、ウィリスにすれば、70年9月普仏戦争の結果、
        仏共和国が設立する過程を、
        公家・政治家として西園寺に、シナリオを教え込み、
        邪馬台国の時代から新党を通し
        脈々と受け継がれてきた民主主義帝王学や
        大自然主義の文化と伝統の要となってきた公家を
        民主主義、平等の名の下で失脚させ
        政治を帰納的にみる視点を失わせ、
        作られたシナリオ(権威づけられたマニュアル等)を疑いもなく
        従順に反応するコントロールしやすい大衆政権を
        樹立させ、
        自分たちが、その大衆のリーダーを経済資本と姻戚で
        コントロールする)
        西園寺が大村に謝礼に出かけようとした時、
        黒幕?一味が来訪し、
        出発を遮ってる間に・・・・
        M2(1869)9月、大村益次郎(旧姓:村田蔵六、1824~69年12/745才)、京都で襲われ
      元、浪華仮HP(現、国立大阪)にはこばれ
      マッカツ蘭医師のボードウィンにより
      右脚切断され
      シーボルトの娘イネが付き添い
      敗血症併発させ!?
      (イネは明治帝の二組以上の母子を産室で暗殺?)
      殺されてしまっている・・
    益二郎は、何らかの情報をつかみ、
      西園寺に伝えようとしたのを
      マッカツらが大慌てで暗殺したのではないだろうか・・??・・??
      大村氏・・肥前大村藩
    この西園寺の10年間の留学のお陰で
      その後の日本でマッカツ勢力がとても大きく強くなって
      戦争へと導かれていく・・??
    西園寺公望・・・
       孫=不二男(日産興業/義父鮎川義介は日産コンツェルン)
       日産自動車関係・・・マッカツ資本
       孫=公一(ゾルゲ事件連座)
       ひ孫=一晃(創価学会!)
       ひ孫=公友(地球環境情報センター取締役←怪しい??)
       木戸孝允(桂小五郎1833~(M10)77年5/26)マッカツ
       木戸孝正(1857~1917.8/10(T6)明治・大正期の東宮侍従長、宮中顧問官
       岸伸介マッカツ関係?海軍、フィリピン関係、山口組と満州人脈

       娘婿=安倍晋太郎
       岸の娘=安倍晋三の母・・朝鮮系??
        (岸氏の妻が朝鮮系??)
       佐藤栄作(岸の弟)首相でノーベル平和賞受賞
       叔父=鮎川義介(西園寺公望孫不二男の義父:
        「明治の元老」井上馨の長姉の孫
        日産コンツェルン(日立製作所、日本鉱業、日産自動車など)総帥
        ⅡWW中、満州重工業、設立)
        松岡洋右外相
        (白鳥氏を悪者にしたて戦犯として処刑してしまう・・??
         世界大戦を開戦黒幕
         戦後、池田勇人内閣時(米民主主義勢力のバックアップの元で
         日本の政界が民主主義を目指し
         明治期のマッカツ支配組織に対抗した時期)
         奈良医大外科学教授に白鳥氏の子孫を
         安澄権八郎学長がよぶ
         でも。滝川幸辰、心筋梗塞で倒れ
         山口組が東声会をTOBしてしまってから、
         マッカツ勢力がぶり返してきて
         吉田茂期から教育行政で育てた大衆出身の官僚が
         マッカツ政財界人に抵抗・・
         (大阪の公立高校出身者が
          東大や京大から官僚になって活躍)
         昭和天皇寺田??メモが本ものかどうか怪しいけれど
         白鳥氏は松岡に利用され
         忌々しく怒っていたという・・
         松岡合祀で天皇は靖国参拝されなくなる
         妻=幸子(森永製菓元社長の松崎昭雄の長女)
         幸・・サ祝い(サ=朝鮮語の矢の意で古来より
                闘争民族で『矢』が神聖視されている?)
         兄=寛信(三菱商事中国支社長
         寛信の妻=牛尾治朗氏(経済同友会代表幹事、
           経済財政諮問会議議員、ウシオ電機会長))の長女
         弟=信夫(岸家養子) 参員
         笹川良一
    ひょっとすると・・??
      大村益次郎(旧姓:村田蔵六)は
      何かを気づき
      西園寺に伝えようとして
      会う約束をしていてたのを
      暗殺された??・・??

      現、独立行政法人 国立病院機構大阪南医療センター、
      前、国立大阪病院でH8年2/12、大村益次郎(通称、良庵(亮庵)を描いた『花神』著の司馬遼太郎が急に一週間前に
      高熱を出し、
      死去している?!
      その熱が急に出たのは
      立花氏だったか??
      作家と会見予定が入っていた当日に急に高熱!
      (尿路感染??など生物兵器??でも大変な高熱が出る??)
       司馬は無理にでも会見しようとしたが
       会談相手が熱が落ち着いてからと引き留め
       そのまま急死・・
    大村氏大村藩・・・
     994(正暦5)、藤原直澄(藤原純友の孫)が
        伊予から肥前に入部し、
        肥前大村を本拠とし領主化したとされる?
     漱石の時代、
     江戸幕府の公安警察のような役目だった漱石の父は
     マッカツの動きを
     明治になっても追跡していて
     その関係で
     当時の松山中学や熊本高校に
     漱石は赴任している??・・??
     (漱石の大変多くの人に書いた手紙やエッセイが
      すでに売れっ子作家だった漱石が
      教え子でもある岩波氏が
      古本屋から出版社の本屋さんへ変わるときに
      まず、最初に漱石自身が表装もデザインし、
      宣伝文も書き
      手伝ってるのですが・・
      そこに膨大な手紙や新聞のエッセイなど
      治められたのですが・・)
      理化学研究所?東大教授の長岡半太郎博士
      (土星型原子モデルを発表した学者
       東京帝大の同僚に
       理化学研究所の
       マッカツ??田中館愛橘・・・どうも放射線?原子力開発研究をしていて??
       地震で有名な寺田寅彦(樋口一葉と結婚)は
       東大講師として
       両方に在籍し、
       一葉が子どもと友に死んだのは
       彼が漱石に『今年は、大きな地震が有るかも知れません』と
       警告して
       渡欧、渡仏?渡独?した2年間の留学中に
       留守を任されていた漱石が
       二人のお葬式を出している・・
       (でも、寅彦自身の健康状態が
        放射線を浴びていたからの
        腺病質だったのではないだろうか・・??
        寅彦の死体解剖では、
        放射線を大量に浴びた結果と考えら“得る”骨?骨髄?の白血病
        なお、寅彦の東大でのボスの長岡も肥前大村藩の藩士で
        妻=操子(箕作麟祥(箕作阮甫の孫)の三女)
        長男=治男は、
        理化学研究所理事長に栄転してること・・??
        理化学研究所の初代が
        菊地氏?だったと思うし
        マッカツ新聞で
        新人作家の登竜門として
        マッカツ系毎日関係の文芸部のトップに就任して
        漱石死後、
        漱石の哲学を継承した弟子・芥川の死後?にまず、
        芥川賞を立ち上げて、
        どのあとは・・
        マッカツ資本の息のかかった作家を受賞させて
        洗脳・・??・・??
        菊池寛のエッセイを読むと
        いかに、実務的な男だったかとつくづく感じるし
        その上で彼の『父帰る』を読むと
        その文章の単純さがかえって?
        読む人が勝手に様々に人としての思いをふくらませてるに過ぎないようだと・・
        中学時代に
       とても読書感想文の宿題が多くて、
        できるだけ短いものをと選んだことがあったのですが・・
        チンプンカンプンだったのも納得できるように思える・・??
        彼の文壇での威力は
        大変なものだったようで
        漱石の長女の筆子を久米から奪った松岡??は
       菊地のお陰で
       大作家として売れてかつ権威をもち、
       反対に久米は文壇から干されてしまう・・
       (竹中&渡辺マッカツ経済までは
        テレビでニュース/キャスターだった久米宏氏の
        祖先???・・??)
    寅彦が渡欧中に
        寅彦の長子は亡くなり・・
        漱石は寅彦の妻・一葉と二人のお葬式をだして、
        (漱石は死因が生物兵器の結核??・・??と疑ってる??
         漱石自身は胃痛、これも・・漱石が
         マッカツの拠点として疑ってる地に行ったときに
         激しく出て妻が駆けつけてる・・)
       実は、一葉は、夏子と名前を変えて
       寅彦の実家(寅彦は代々の土佐?高知?松山??だったか??
       松岡と同郷の庄屋だったが
       祖父が早世し、
       寅彦の父が養子婿入りしていて
       その父に一葉は匿われるが
       やがて東京一高で帰国してすぐの漱石に学ぶ松岡が
       彼女の姿を見ている・・
       一高でラフカディオハーンの講義の後任者として、
       帰国後すぐに着任し
       二回目か3回目化の講義で虚無主義が
       当時、インテリの中で流行し
       藤村が不可思議な自殺を華厳の滝でしたことがきっかけで
       当時のインテリとして将来を嘱望されてる若者が
       連続、200人自殺事件がおこり、
       これも、漱石は仕組まれた連続殺人として
       他の件も含め調査している・・
       わたし的には・・・
       漱石死後、
       筆子を久米から奪い、
       身内として漱石の手元の手紙類を
       一切!全て!持ち去り、
       漱石と寅彦の伝記の第一人者として発表し
       菊池寛より文壇の大物になり
       渡欧し雲隠れ??or
       アメリカで日本人として
       工作員活動をし・・??
       やがて・・??
      岸氏の身内の松岡祐介(現、テニスの松岡氏の祖先?一族??
       拝火教の人たちに感じる恐ろしさを感じる・・??)が
      身内を頼って14才で渡米し
      まともな大学にも行かず、
      (小泉期に寺田メモで調べたときは大学に入ってなかった
       英語になれるためと拠点として無名の専門学校??にいってた??・・??って印象を受けた)
       アメリカで反日感情を生む社会運動をして・・
       政府と対立し、
       開戦準備をして
       帰国して外務省の通訳としてはいり、
       越前藩の岡田啓介マッカツ内閣で
       外相になり
       開戦させる・・??
      黒幕参謀は・・伊勢神宮皇學館館長の平田貫一??・・??が
      現、公安にあたる総務相の人事をしていた??
      人材派遣していた??・・??ってことではないだろうか・・??
    斉藤実マコト(仙台水沢藩)内閣
      1932年5/26~34年7/8
    (1858年12/2~ 1936(S11)年2/26)
    海軍兵学校卒、
    海軍大将従一位大勲位子爵
    朝鮮総督(2期)
    ジューヴ海軍軍縮会議主席全権
    ボーイスカウト日本連盟Ⅱ総長
    1932:
    9/16:平頂山虐殺事件:
     マッカツ工作員に朝鮮半島の人も抗日活動を煽られ?
      それに対処する体制が日本軍でも組織されるときに
      マッカツらの成りすまし日本人が
      日本軍の朝鮮部隊に混じり込み
      撫順炭鉱付近の一般の人3000余人を暗殺し
      日朝対戦を煽っtあ事件
    12/17、文部省、
      マッカツの子弟による隠れた不良化が浸潤し??
      児童生徒に
      郊外生活指導の健全化を指示
    1933:マッカツ人脈の特高、
       小説家小林多喜二を取調べ中に殺害
       治安悪化と朝鮮半島での抗日活動が激しくなり
       軍閥が治安の為に主権を握る??
       鳩山一郎(50)文相として、
       滝川事件(京大総長)滝川教授免職を要求し、
    これが拒絶されると
       文官分限令により
       一方的に滝川教授を休職処分
       (でも・・
        どうも・・
        実は・・
        鳩山一郎と滝川教授は
        互いに一益と信玄のように
        実は最悪の事態を避ける為に!??
        この事件をわざと協力して??起こしてる・・??)
       つまり・・
       滝川教授自身の当時の元論は
       ごく当たり前のことを言っていたそうですが・・
       民主主義の名を借りて
       テロリストらが世論を立ち上げる寸前に来ていて
       この事件を起こしている・・??・・??
       だから・・
       そのご子息の夫人は
       鳩山氏やブリジストンに対し、
       敵意ではなく
       大切な存在として
       私にサントリーとともに例示された・・??・・??
       それまで、応接室でレッスンだったのが
       お座敷でメタセコイヤの木と夫人のご趣味のバラのお庭を見て
       会社の名前で
       サントリーは鳥居さん(現在では太陽族のサン太陽と鳥居氏となってますが)と
       ブリジストン石橋さん・・とまるでゴロ合わせみたいと
       思った・・
     3月:石橋正二郎、
      ブリヂストンタイヤ会社創立、
      ゴムタイヤの世界の王者となるについては、
      昌子の内助の功大きく、
      夫の業を内助する
      と共に、一男三女の養育に心を砕いたが、
      その才は短歌・俳句・随筆をよくし、かつ茶道・音曲の道にも達していた 
      南禅寺に石橋家の別荘だったところがあり、
      十年前は荒れてましたが
      実質の主がかえられる過渡期だった??・・??
      石橋家は
       関東の足袋屋さんからはじまってる??・・??
       (関西の足袋屋さんは堺の福助
       これは今、箕面に万博以降につくられた船場にもあり
       同じところで
       統一教会の大きな敷地がある・・??ヘン??)  

    1934(S9)
    1月、日印通商協定
    2月、日英通商会議
    3月:満州国帝政はじめる
     (溥儀、皇帝となる)
     鮎川義介(旧安東金資本で日産自動車設立)、
     河豚計画、提唱
     河豚・・・下関、唐戸市場、赤間神社、長府庭園、功山寺(高杉晋作、維新の挙兵)のニックネーム?
    1938年の五相会議で正式決定
    実務面では、
    陸軍大佐安江仙弘(ノリヒロ)、
    海軍大佐犬塚惟重(コレシゲ)らが主導
     欧露から追放されたユダヤ人(イスラム教徒含む)を
    満州国に招き入れ、
    自治区建設計画だが、
    ロスチャイルドがユダヤ人開放の為に
    立ち上げたヒットラーを
    マッカツらナチズムが
    ナチス独を仕切り
    ユダヤ人迫害を推進し、
    他方、マッカツのこの動きに連携し?
    松岡祐介外相、
    中国侵略させる世論おこしなど情報工作員として?
    満州に移民させる前に
    日本の渋谷にモスクつきの自治区を作らせている??
    日本にロシア、中国を攻めさせ
    日本の国力を落とした時点で
    敗戦させ、侵略する方針に変更
    日独伊三国軍事同盟の締結や
    日独ともに対外戦争開始し、頓挫したとされてるが、
    実際は、その時、
    日本の渋谷へ移民し自治共同体を政府と軍部の後援の下に
    作り上げている
    4月: 鳩山一郎と番町会・永野護、
        帝人事件により
       斉藤内閣の開戦計画をくじく
       対中天羽声明:
       中国はいい加減に!アヘンから脱却しないと
       日本にもアヘンの火の粉がかかってくると
       知らん顔しておれなくなる!
       (日本にアヘンを普及させたら
        日本は軍隊を中国に朝鮮半島に勧めなくてはならなくなる!と2度目の警告発言)
    5月、ブラジル排日移民法成立
      東郷平八郎(88)
    岡田啓介内閣(越前藩)マッカツに占拠される内閣・・
    1934年7/8 ~36年3/9
    海軍大卒
    1934:美智子皇后生まれる
       (奈良?大和幼稚園から双葉に点転園
        その十年先輩が滝川夫人??らが
        カトリック教育の生徒として道筋をつくってる??)
    荒木貞夫、病気を理由に陸相辞任し、
     軍事参議官に就任
    皇道派に対する世論の不信が強まり
     荒木陸相の後任は
      統制派の林銑十郎が就任
    11月:陸軍青年将校の11月事件
       皇道派と統制派との反目upのため
        のち2.26事件の伏線として
        人望のある磯部浅一、村中孝次を免官
    12月:ワシントン・ロンドン両条約廃棄(海軍拡張)アメリカに通告
       言論抑圧体制の徹底(~45年終戦)
    1935:
    独、ヒトラー・ユーゲント(10~18才)でナチズム義務教育
    1935:東和エレベーター工業所製造部(のち、シンドラー社)として創業
    日本エレベータ工業(株)
    大阪府大阪市東淀川区小松4-12-4

    旭洋エレベータ(株)
    大阪府大阪市淀川区西中島1-8-24
    サンセイ(株)
    大阪府大阪市淀川区西宮原1-6-2

    1月、美濃部達吉、
       天皇機関説問題化
    2/5: 全日本職業野球聯盟設立    (土佐?高知と在米コリアン・台湾・支那マッカツが
        米日で巡業工策に利用?)
    2/6:Ⅳ冬季オリンピック
      ガルミッシュ=パルテンキルヒェン開催(~2/16)
    2/12: 神戸モロゾフ洋菓子店、
       英字雑誌に日本初バレンタインチョコレートの広告
    2/16:スペイン総選挙で人民戦線派が圧勝
    2/20:第19回衆総選挙
    2/26~29、二・二六事件;
     渡辺錠太郎らマッカツらが
     真崎甚三郎を支持する将校らを
     北一輝の無国家主義への移行プロセスとしての『社会主義』で扇動し
     軍部人事を統制したり
     皇室を人質にしてることに反乱
     陸軍皇道派、永田町占拠クーデター
    が・・・
     『統制派』にも『皇道派』にも属さず、
     つまりはオブスデイ工策員(のち統一教会など無国家主義者、
     つまり『プラトン』主張の
     ソクラテス哲学である地球大自然の普遍性に従った
     弱者の民主主義社会を守る『国家』権力を否定し、
     無政府・無国家つまり世界統一権力を目論む??)
     渡辺勢力を征圧するのが目的??

    荒木、
     石原莞爾(参謀本部作戦課長)に
     戒厳司令部参謀兼務で鎮圧させ
     佐藤元(参謀次長兼陸軍大学校校長)に
      青年将校らの要求を拒否させ、
      反乱鎮圧を指揮させ
      教育総監、同年陸軍大将とする
     鎮圧させた後、荒木貞夫、
     いよいよ開戦を目前に?予備役に編入
    2/27: 東京市に戒厳令布告    (〜7/16)
    2/29:閑院宮載仁親王、??
       2.26事件事件を仕組むことで
       岡田啓介海軍内閣辞職に追い込む
       二・二六事件の反乱部隊に原隊復帰勧告
       (「兵に告ぐ」)が出され、5時間で帰順
    3/7: 独、ラインラントに進駐
    3/9: 広田弘毅内閣成立

    3月:ソ連より
       中東鉄道(北満鉄)譲渡協定成立
    4月:満州国皇帝来訪
    5月:内閣審議会官制公布
    烏水、富士山にケーブルカーを
     引くのに反対
    6月:梅津・何応欽協定
    7月:対カナダ通商擁護法発動勅令
    荒木貞夫、男爵
    7/15、荒木、皇道派青年将校の対統制派を煽り、
      理性と判断力の有る永田鉄山を暗殺させる為に
      荒木の目の上のたんこぶだった人望のある真崎甚三郎教育総監を更迭させ
       後任に・・
       荒木の腹心の部下・表向き『統制派』(隠密?マッカツ)の台湾系?韓国系?マッカツ?渡辺錠太郎を人事させる
       (仏系マッカツ?人脈)
    7/19、荒木、
      歩兵第41連隊付の相沢三郎(陸軍中佐)に、
      有末精三中佐の紹介で
      軍務局長・永田鉄山陸軍少将に一度面会させ
      辞職勧告させるが、
      このときは、
      理路整然と理義を説かれひきさがってる
    8月:国体明徴声明
    8/12白昼、相沢事件(陸軍軍務局長・永田鉄山、刺殺)
      荒木、
      言いなりになる東條英機を
      『統制派』のトップに人事する為?
      『皇道派』に席をおくマッカツ相沢三郎中佐に、
      『統制派』の切れ者トップの
       永田鉄山陸軍省軍務局長(統制派)を斬殺させる
    9月:床次竹二郎(70)
    12月:三笠宮家創立
      ロンドン軍縮会議
      日本カナダ通商会議
    1936(S11):
      米穀自治管理法公布
      同盟通信社、創立
      大本教、検挙
      ひとのみち教団、検挙
      教学刷新評議会
     1/13:政府、華北に日本指導下の
         自治を企図し『北支処理要綱」
     1/15:ロンドン軍縮会議脱退し
        軍艦競争はじまる  
        松竹大船撮影所
     1/20:交通事故急増で
       [119」救急車の設置
     2/2:江戸川乱歩『怪人20面相」(少年クラブ)
     2/5:日本職業野球連盟(7チーム)
     2/10:野坂参三、山本懸蔵、
       モスクワで発表
      「日本の共産主義者への手紙」
     2/19:スペイン、人民戦線内閣
     2月:選挙公営の実施
     2.26事件
      皇道派青年将校、
      首相官邸など襲い
      斉藤実(79内大臣)
      高橋是清(83蔵相)、
      渡辺錠太郎(教育総監)、暗殺
      東京に戒厳令
      社会のファシズム化
     3月:内田康哉(72)
     3/7:独、ロカルノ条約破棄し
        ラインラント進駐
        陸海軍大臣、現役制復活


       
       
       
       


        
        次男=正男(元日本光学工業社長)
        三男=夭折
        長女=フミは岡谷辰治に嫁ぐ


            

       
        
        
      

    1931(S6):5月、大阪帝大(医学部と理学部)創設され
            阪大総長は長岡半太郎、就任
          阪大付属HP構内に
          財)大阪特殊皮膚病研究所の建物(現皮膚科別館)、
    落成
          この皮膚科がⅡ皮膚科泌尿器科の
          佐谷有吉教授の時に
          ペスト(鼠疫病、黒死病)、ライ病が
          助教授のもとでされ
        ヒョッとすると!!
         ここが731部隊の拠点だった?・・??ことはないだろうか・・??
        尿路感染による高熱・・
    怪しいから
    小沢先生たちは
      医局員を送らなかった・・


    大村



  • id:takokuro
    民主党であれ、自民党であれ、
    角栄さん、大平さん以降は
    表向き、国民の注目を集めるスポット議員にマスコミが焦点を当ててる裏で
    大変な取り返しのつかない政策を進めてきてる・・とすると・・??
    今回の民主党ほど、
    その点で怖ろしさを感じないわけに行かない・・??・・??

    2年後には??
    現、山口組組長・司忍(ぜひ!写真を見て下さい!)、
     出獄予定・・・
     見るからに武闘派??

    菅家氏の冤罪裁判など北鮮関連の勢力が
    ますます、闊歩してることの意味を考えると・・
    とても怖ろしい気がしてならない・・??(心配しすぎ??)

    ただ・・・
    現在、母が弟のお嫁さんに救急車で搬送された先で
    長女の友人のお母さんと卒業式に会って
    彼女はとても周囲のことに気づく人でしたのに
    母とは挨拶をしていたが
    私に気づくと
    彼女の母親と共に
    隠れるように姿を消したことと
    その姿の消し方がとても慣れてスムースだったこと・・・
    など・・
    この元、国立大阪病院も何となく、ヘンだなぁ・・胡散くさいなぁ・・
    小沢先生から川島教授までの
    阪大一外からは
    大阪の大きな病院なのに
    研修病院として不適と見たのか
    阪大一外のジッツではなく何となく!
    不思議な関係だったなぁ・・
    って感じでしたが・・・
    大きなクスノキが大切にされ
    大坂城横の難波の宮あとの真っ正面にある・・・

    大阪の町を焼け野原、丸焼け!にした(拝火教!)大塩平八郎の乱で
    平八郎自身により放火された谷町筋・・
    マッカツ人脈のグラバーの元の英(スコットランド系や蘭系成りすまし英人?元々のウェールズ人ではない!)医師ウィリス・ウィリアムや
    同じく成りすまし英人工作員で途中から官僚の立場を与えられたA.サトウ(京都の加賀工作員が江戸期に宿泊した俵屋旅館の主人が
        急に病気になり・・生物兵器??・・
        東京で米人となった??ジャーナリスト、写真家サトウ氏と
        生活していた妹さんがお女将になられたようですが・・
        サトウ氏も実は一族??
        大阪で裏千家が利用する花外楼も加賀井だったそうで、
        明治期、黒幕グラバーにより大阪会議が開かれたところ・・?)の兄がシナリオで
    倒幕こそが民主主義社会への切符であると信じ込み、
        命がけでクーデターの大役をこなした?
     善意ではあるがマッカツの洗脳されるがままの大村益次郎の像が
    病院の一角にあり
    彼は、西園寺公望を10年間仏留学させ
    明治マッカツ政権のリーダーの役割をする勉強をさせるる・・??・・??
    (大阪カトリックの司教座が
    仏カトリック系であることと
    スペイン系カトリック(拝火教系成りすましカトリック?のオプスデイ系)が采配してることの意味・・??
    大村は
    マッカツ系カトリックの有馬氏に翻弄された一族??
    拝火教系成りすましカトリック対策を実行したグレゴリウス13世を
    暗殺するように日本の千氏が対カトリック勢力として立ててるスペイン皇帝の名の下で、
    有馬氏とその子分の大村氏が
    天正少年遣欧使節をだし、法王を暗殺・・!)

    千氏系マッカツ工作員の
    木戸孝允 (桂小五郎1833~1877(m10)5/26・・・桂の木は
      日本神話では
      天照大御神(日見子?)と真性?神武帝とが
      マッカツ戎に大和を占拠され、
      高野山?かつらぎに亡命し
      そこで大月姫が暗殺され
      さらに大山に亡命し
      神武帝系のこどもの大国主命?に
      出雲に田を開拓させ
      国を作って独立しようとしてるところに
      再び、素戔嗚尊系の戎族に育てられ
      戎族の女性と結婚して
      橿原神宮を拠点としてる成りすまし神武帝勢力が
      のっとってしまい
      その門先に植えた木が
      桜井から遷都した先の高野山の『かつらぎ』から
      名前をとって
      『桂』の木を植え、
      (どうも・・マッカツ系工作員らが神道に拘ったときに
       使う堅い木・・って印象がある・・
      そこから葛城山(★修験道の山、
        マッカツらが政権を握った平安期、
        嵯峨帝が
        空海に高野山を与えたとき、
        神道勢力を追って
        山深くに討伐に出、
        ゴマで護摩(マッカツ系が立てた対ヒミコとして?の
        女性・マリア支天を護る??
        護る←語源:ディベート術を駆使して屁理屈で正当化する
         つまり・・言葉で蒦カクする
         蒦←ぐるぐる回して謀る)をたき
        山奥に臭いをさせ、
        おびき寄せて
        言葉巧みに、
        マリア話しをして
        神道信者を集めて
        暗殺していった拝火教??・・??
        だから・・山伏は
        卍仏教系僧兵??でもあったろうし
        また、神道信者が
        卍仏教の攻撃を防ぐ為に
        表向きの姿を変えることで
        神道文化を守ろうとして
        次第に定着した温厚なものもあるでしょうが・・??)
      どうも・・・父方の叔父叔母たちは
      鷹や鷲や権威や権力があることを誇ったり
      有り難がったりする文化があり、
      また、祖母たちの姉妹が下宿してでも
      通った桜井の女学校は
      (真性の!)ローマ教会、ローマ法王を大切に教えてしたようで
      そこの卒業生で
      祖母の姉とクラスメートだった父方の祖母を
      大変に苛めていたこと、
      そして、
      子ども時分、谷口のおじさんが
      洋行帰りにお土産話として
      我が家にスライドで
      旅行の行程を見せに来てくれたときに
      この父方の祖母も我が家に来て
      私の隣でいっしょに見ていて
      ローマ教会のところになると、
      『ローマ法王さまのとこ』って言ったので
      当時、スライドを見せてもらって
      説明を聞いていても
      カタカナの地名も初めての言葉だし
      つまり・・
      おじさんのお話は
      イギリスの電車がとても景色がいいことと
      お部屋になってることなど
      当時の私には分かりやすいことだけしか分からないで
      この父方の祖母の『ローマ法王さまのいはるとこ』って言葉が
      スのスライド会で記憶にのこった言葉です
     この曾祖父は
     祖父の弟夫婦と京都の山科に住み、
     そこで滝川辰幸氏とも交流があったのかもしれない・・??
     母方の祖母の実家の和歌山の曾祖父の長男、祖母の兄も
     滝川辰幸氏の若い頃に
     京大へ行って
     その頃に近衛文麿?秀麿?が一高に行ったものの
     入れ違い(にされて??)で
     漱石は朝日新聞へでてしまっていて
     失望のまま、東大へ入学するが
     どういうわけか・・
     中退?だったか・・・??
     すぐに京大へ急いでる・・??
     滝川辰幸らの民主主義勢力を求めて・・??・・??
     祖母の兄はそこでよく分からないままに死んでしまっていて
     県会議長をしていた曾祖父はたった一人の男の子を失ってしまう
     祖母が2才の時に曾祖母が早世したけれど、
     あとは後妻さんをとらず、
     新宮の会合に出るときも
     女性を側に寄せない為に
     祖母を連れ歩く・・
     お砂糖が
     土佐の和三盆糖など僅かしか取れずに
     台湾からの輸入品として
     高級品だった時代・・
     (戦時中だけではなく、戦前も高価なものだった?)
     曾祖父は二番目の娘を名古屋の廻船問屋に嫁がせ
     そこが
     台湾でプランテーションをつくって
     日本に安定した価格で物流させることを考え、
     高野山まで
     他人の土地を踏まずにいけたという所領や
     借家や畑をを売って
     投資する
     出来上がったお砂糖を
     日本に運んでくる船が2度続けて沈んで
     その時に曾祖父の家は没落して、
     跡継ぎもすでにおらず、
     娘たちも祖母以外は皆、嫁入りしている・・
     その時?
     大和の葛城に当たる地域??の父方の曾祖父が
     祖母をお嫁にもらいたいと来たそうですが
     祖母方の曾祖父は
     『お前のようなものにはやれん』と言われたので
     満州に渡って
     海軍の運送のお手伝いをして
     一旗をあげたと
     母が父と結婚するときに
     母に笑って言ったそうです・・
     (孫の代で曾祖父の恋?は実った??
      でとても母を大切にして下さったそうで、
      私の神殿つきのおひな様は曾祖父が買ってくれたのですが
      お座敷に飾って、
      母が目を離したすきに、
      段に上っていって
      お雛さん達をもってしゃぶったりしたそうで
      ものごころついたときの私のおひな様は
      髪の毛が乱れ
      よだれのしみがついてました・・(笑)
      小学校時分、何度か続けて見た夢で
      お雛さんのあるお座敷に行くと
      段にいたはずのお雛さんが
      つい今し方まで、
      お座敷で生活していたように
      家来たちもしたに下りてきて
      どういう分けか・・
      お布団の回りに座っていて
      私が来たときに
      急に、魔法にかかったように眠ってるような感じで、
      誰が寝てるのかなって、
      そっと、お布団をめくってみると、
      急に!寝ていたはずの家来が目を覚まし、
      『無礼者』と一斉に寝ていたはずの人形たちが軍勢となって
      追いかけてくる・・
      小さいけれど、カンカンに怒っていて
      勢いがあるので
      大慌てで逃げ、階段を一段ずつ下りるひまがなく、
      えいっと、飛び降りると・・
      上手く着地でき、逃げ延びて・・
      同じ夢を続けざまで見たので
      ある時、あれは本当に飛べるかも知れないような気がして
      (高さはあったけれど、急勾配でしたので)
      飛び降りて
      背中とお尻をイヤと言うほど打って
      母に何で、そんな馬鹿げたことをするの!って
      叱られ、
      父には気持ちが分かるのか同じような経験者の眼差しで
      『ま。こういうこともある
       同じことをまた、したら、ほんまのアホや』って
      取り繕ってもらって
      母の追求から逃れることができた・・(笑)
    祖父方の曾祖父は
    曾祖母の家に婿入りして
    嫁入りと同じく
    婿入り道具に一升のお重があって、
    それに、
    叔父が藤井寺の新居に引っ越した最初の御正月に
    親戚が集まって
    そのお重でお節料理を前のお嫁さんが作って頂いたとき
    曾祖父の婿入り道具だと聞いた・・
    祖父方の曾祖母は
    マッカツ女性の特徴があって
    子供たちもあまりよく言わない・・
    (きっと!歴史の中でマッカツが一家をのっとって、
     それを再び??・・?曾祖父が取り戻そうとした・・??
     まさしく!“奥”様で
     いつも優雅に書道をして
     家事、育児一切、女中さんにまかせ、
     祖母はどういうわけか、目の敵にされたそうで、
     祖父の一番下の弟で
     長男で曾祖父の手伝い?見習い?をしてる祖父が
     ある日、母と祖母を置いて
     家をひとりで出、
     そこで東住吉の同姓の文房具屋さん(ヒョッとすると・・
     早川徳治さんをサギした中山太陽堂の日本文具関係人脈??)が
     矢田に家を借りてくれ、
     そこに数ヶ月後、母たちを迎えに来てくれたそうですが
     そのあと、
     小さな玄関に
     米俵をおいてあって、
     曾祖父のところから使いに来たぼんさんが
     小さな所帯ではお米は少しずつ、買えばいいんですと、
     お労しや、と世間知らずの祖父の門出を心配して泣いてたと
     母は子ども時分をふり返ってる・・
     祖父の一番下のハイカラで
     祖父が矢田に住み着いて
     祖母を失い、
     高知の税務署長から
     ミユキさんを再婚に紹介され
     土佐関係のマッカツに取り囲まれて、
     ミユキさんを別れたのを確認したとき??
     小一の時、
     曾祖父は一番下の叔父をつれて
     伊豆の熱海に温泉の権利を買って
     引っ越し
     母と同世代の祖父の一番下の弟に
     戦前?戦中?『ソレイユ』という少女雑誌の表紙を
     画家が書いていて
     そのモデルの妹さんをお嫁さんにもらったそうで
     (ソレイユというのは仏語太陽の意だそうですが
      太陽族が作ったのでしょうか・・??・・??
      名古屋の祖母の姉が嫁いだ先、
      台湾でのお砂糖関係に
      交渉をしていたご主人には
      おそらく??台湾??から
      交渉上、
      先方から紹介されたのち日本初のミス/ユニバースのお母さんを
      二号さんとしていて
      でも、年末にご挨拶だけでなく
      きちんとお掃除もお手伝いされて帰られるとのことでしたが・・
      親日の台湾勢力が
      台湾語通訳として
      彼女の子どもも
      年下の甘えん坊でヤンチャ坊主の弟として
      いっしょに育ってますし
      石油ショックで不況の時に
      倒産しかけたというので兄弟が助け、
      我が家にも援助の電話がかかってきました
      曾祖父の家にも二号さんだと言われてる女性が
      年末にはお掃除もお手伝いに来られ、
      つまり・・
      二号さんではなく、
      取引に連れ歩く秘書であり、
      女性接待をはねつけるのに連れ歩いた・・??
      曾祖父は曾祖母をとても大切にして
     一人分しか人力車がないとき
     曾祖母に『あんさん、お乗りやす」といって自分は歩いたそうで
     曾祖母のことを
     『あんさん」って呼んでいて
     明治の男が
     亭主関白で威張り腐って
     女性は虐げられて
     身を削って尽くしていたというのは
     マッカツのサドマゾの社会で
     日本では
     妻は
     もし!自分が子育てや出産という生物としてすばらしい才能の機会を与えられない代わりに
     男性として
     大自然の指示に従って
     人間として社会に貢献することができるなら
     こういう男性でありたいという希望や夢をだ夫に託し
     その同じ目的の為に自分の人生である生命を尽くすって感じが
     日本女性の良妻賢母・・?!?
     自分の見栄や利害の為に
     夫の立場や力を利用しようとするのが
     マッカツ女の特徴・・??・・??
     マッカツ男は
     または、妻の姻戚の立場や力を利用して
     自分の利害を大きくさせるし
     又、平気で
     神道では神聖な出産機能を天授されてる女性という性を
     九の一工策員として利用し、
     つまり・・
     マッカツ哲学は
     根本から
     神道やソクラテス哲学に起源する真性カトリック哲学とは
     対立的だし
     剋す関係でこの数千年間、きている・・
     だから・・地球の健康が危機にさらされてる・・??

    あらためるべきは・・
    マッカツらが政財界、軍事を采配すること・・
    ミユキさんのサ祝いの“サ”は
    これが成りすましマッカツ神道のはじまり・・??
    成りすましは止めるべき・・!?

    成りすますから
    複雑になり
    見えにくくなり
    敵味方が互いに分からなくなり
    民主主義判断ができなくなってる・・
    システムがあっても、
    判断材料のマスコミもマッカツ資本に侵されて
    地球も宇宙も
    人間によって
    ドンドン悪化していく・・
    これは悲観論ではなく、
    現実論で
    楽天論は
    現実逃避ではないだろうか・・??
    まず、現実直視する勇気と判断能力をもつべきだし
    そうすることで、
    目先の打開策ではなく
    根本的な打開策を発想するのが
    ユダヤ教と言われてきた実はソクラテス哲学の継承者の
    カトリック哲学だったり
    神道だったりするように思う・・??・・??

    マッカツはアリストテレス的な思考法や計算は得意だけれど
    ある意味、
    かたわと言えるほどに
    大自然の一貫性や計り知れない詳細で繊細に助け合って
    拮抗して
    バランスをとって共生しているシステムに
    感動しないブレインを代々、数千年間、続いている・・
    それは・・
    工作員を作って
    欺いたり、騙したりして
    無理をするから
    不自然な思考法が発展し、
    自然な思考法を欺くことが
    勝利に繋がり
    勝つ為に欺き
    より、大きな勝利を得る為に
    ヨリ大きな欺きを仕立てる・・??・・??


      
      
     祖父のお通夜にも来て下さってましたが
     とてもきれいな静かな方でした・・
     この祖父の弟も早世してしまうのですが・・
     祖父の妹は
     遠藤さんと結婚したけれど
     子どもに恵まれず
     当時、ミユキさんの言葉で
     母は祖母を知らないで育ち
     後妻さんのミユキさんにも目の敵にされ
     不憫で仕方のなかった弟の叔父に
     家をつがせるべきなんだというので
     父と西田辺に出てきて
     大変な貧乏生活で
     子供たちは二年おきに生まれ、
     私を養女にしたほうが
     私の為かも知れないと言われ、
     考えたようですが・・
     結果、放せなかったものの・・
     ずっと、母には気になっていて
     高校卒業すると
     谷口のおじさんのつてで
     高松宮様のところで
     お行儀見習いをさせるべきか、
     悩んでいて
     私の躾が至らないのをとても気にしていました(笑)
     でも、その悩みもおじさんが亡くなられ
    私も進学し
     2年のときに
     母たちが猛反対したのですが
     気のいいあまり深く考えないで
     直感的に判断する習慣の父に
     父方のマッカツ系の兄弟によって
     見合いし婚約・・

    母の落胆は相当なものでしたが
    ただ・・
    母は、本人自身は誠実でまじめな人だというので
    それと、
    中学時代からずっと、好きだった先生が結婚され
    もう二度と、
    理屈で説明できない好きになり方はしないだろうと思っていたので
    好い方で
    ドモリでいらしたので
    私が幸せにしてあげられると思って
    婚約してしまったわけで、
    そこから母の不幸と私の親不孝ははじまるのですが・・

     
    拝火教の修験道者の文化の影響を感じる人たちという意味で
      マッカツ性を感じるし
      曾祖父が
      祖父の弟とともに
      彼らを疎んで
      京都の山科で満州で一旗揚げたあと??暮らしたのも
      そう言う理由かも知れない・・??
      曾祖父のお墓は漢字で書かれず、
      梵字で書かれて
      卍仏教を拒否してるのを感じる・・??
      父方の従姉妹が京都の学校を受験するときに
      保証人になってもらうのに
      伯父は
      曾祖父にお願いしようと
      母にその取り次ぎを頼む・・
      受験はしたけれどとても頭も良く、美しいのに
      結局は梅花に入学し
     私は勉強には家で一切、期待されず、
      期待されること自体が
      不当だと信念をもっていて
      小学校中学年頃、
      父が突然、御正月のお年玉を
      成績に照らし合わせようかと発言したとき、
      断固抗議し、
      私は母の右腕として??
      うちの仕事を手伝って
      お使いにも行って
      父が面倒な社交関係は
      全て母に任していたので
      母の価値観でものを見る私へ
      父がこの社旗一般の子どもへの価値基準を当てはめたというので
      猛烈にふくれた想い出があります(笑)


    なお・・・
    国立大阪の歴史の中にもどりますが・・

    討幕積極派家老・周布政之助萩藩(長州藩)や
    中道派の高杉晋作
    伊達宗城ら黒幕が、
    実質上の日本陸軍の祖の大村益次郎を利用し
    19才の西園寺公望に仏留学の推薦をさせる・・
    1871~80(22~29才)官費で仏留学が(後に減額を申し出ている)決定し、
      (英、ウィリスにすれば、70年9月普仏戦争の結果、
        仏共和国が設立する過程を、
        公家・政治家として西園寺に、シナリオを教え込み、
        邪馬台国の時代から新党を通し
        脈々と受け継がれてきた民主主義帝王学や
        大自然主義の文化と伝統の要となってきた公家を
        民主主義、平等の名の下で失脚させ
        政治を帰納的にみる視点を失わせ、
        作られたシナリオ(権威づけられたマニュアル等)を疑いもなく
        従順に反応するコントロールしやすい大衆政権を
        樹立させ、
        自分たちが、その大衆のリーダーを経済資本と姻戚で
        コントロールする)
        西園寺が大村に謝礼に出かけようとした時、
        黒幕?一味が来訪し、
        出発を遮ってる間に・・・・
        M2(1869)9月、大村益次郎(旧姓:村田蔵六、1824~69年12/745才)、京都で襲われ
      元、浪華仮HP(現、国立大阪)にはこばれ
      マッカツ蘭医師のボードウィンにより
      右脚切断され
      シーボルトの娘イネが付き添い
      敗血症併発させ!?
      (イネは明治帝の二組以上の母子を産室で暗殺?)
      殺されてしまっている・・
    益二郎は、何らかの情報をつかみ、
      西園寺に伝えようとしたのを
      マッカツらが大慌てで暗殺したのではないだろうか・・??・・??
      大村氏・・肥前大村藩
    この西園寺の10年間の留学のお陰で
      その後の日本でマッカツ勢力がとても大きく強くなって
      戦争へと導かれていく・・??
    西園寺公望・・・
       孫=不二男(日産興業/義父鮎川義介は日産コンツェルン)
       日産自動車関係・・・マッカツ資本
       孫=公一(ゾルゲ事件連座)
       ひ孫=一晃(創価学会!)
       ひ孫=公友(地球環境情報センター取締役←怪しい??)
       木戸孝允(桂小五郎1833~(M10)77年5/26)マッカツ
       木戸孝正(1857~1917.8/10(T6)明治・大正期の東宮侍従長、宮中顧問官
       岸伸介マッカツ関係?海軍、フィリピン関係、山口組と満州人脈

       娘婿=安倍晋太郎
       岸の娘=安倍晋三の母・・朝鮮系??
        (岸氏の妻が朝鮮系??)
       佐藤栄作(岸の弟)首相でノーベル平和賞受賞
       叔父=鮎川義介(西園寺公望孫不二男の義父:
        「明治の元老」井上馨の長姉の孫
        日産コンツェルン(日立製作所、日本鉱業、日産自動車など)総帥
        ⅡWW中、満州重工業、設立)
        松岡洋右外相
        (白鳥氏を悪者にしたて戦犯として処刑してしまう・・??
         世界大戦を開戦黒幕
         戦後、池田勇人内閣時(米民主主義勢力のバックアップの元で
         日本の政界が民主主義を目指し
         明治期のマッカツ支配組織に対抗した時期)
         奈良医大外科学教授に白鳥氏の子孫を
         安澄権八郎学長がよぶ
         でも。滝川幸辰、心筋梗塞で倒れ
         山口組が東声会をTOBしてしまってから、
         マッカツ勢力がぶり返してきて
         吉田茂期から教育行政で育てた大衆出身の官僚が
         マッカツ政財界人に抵抗・・
         (大阪の公立高校出身者が
          東大や京大から官僚になって活躍)
         昭和天皇寺田??メモが本ものかどうか怪しいけれど
         白鳥氏は松岡に利用され
         忌々しく怒っていたという・・
         松岡合祀で天皇は靖国参拝されなくなる
         妻=幸子(森永製菓元社長の松崎昭雄の長女)
         幸・・サ祝い(サ=朝鮮語の矢の意で古来より
                闘争民族で『矢』が神聖視されている?)
         兄=寛信(三菱商事中国支社長
         寛信の妻=牛尾治朗氏(経済同友会代表幹事、
           経済財政諮問会議議員、ウシオ電機会長))の長女
         弟=信夫(岸家養子) 参員
         笹川良一山口系の合田組の末広親分に似ている??
          末広さんというと・・・
         長池小学校から阪南小学校に
         服部先生という胡散くさい先生が我が家に診察に来られていて
         下の弟が阿形先生というとてもヒステリックな独身女性の先生の担任になって
         神経症でハゲができ
         母が心配して
         反暗唱学校に転校するのですが
         今、ふり返ると・・
         この小学校には長池小学校とは反対に??
         というよりは。。長池小学校がとても古風だった??・・??
         元気で今で言うとマッカツ的なヤンチャ坊主がいて
        私は恐い思いもしたのですが
        ま。。自分も強くもなりましたが・・
        末広さんという
        昔から
        おうどん屋さんで売られてる『風邪一夜薬』の製造元のお嬢さんがいて
      ツリ目で細面の美人で
      子どもと言うよりは大人の視点で
      そやけどな・・て話し
      近大の薬学へ行かれ
      近大医学部はできたtきは
      漢方医学だったので
      彼女が行かれたのは会社を大きくするだろうな、って思いました
      彼女の家に入り込まれてると言うことはないだろうか・・??)
    ひょっとすると・・??
      大村益次郎(旧姓:村田蔵六)は
      何かを気づき
      西園寺に伝えようとして
      会う約束をしていてたのを
      暗殺された??・・??

      現、独立行政法人 国立病院機構大阪南医療センター、
      前、国立大阪病院でH8年2/12、大村益次郎(通称、良庵(亮庵)を描いた『花神』著の司馬遼太郎が急に一週間前に
      高熱を出し、
      死去している?!
      その熱が急に出たのは
      立花氏だったか??
      作家と会見予定が入っていた当日に急に高熱!
      (尿路感染??など生物兵器??でも大変な高熱が出る??)
       司馬は無理にでも会見しようとしたが
       会談相手が熱が落ち着いてからと引き留め
       そのまま急死・・
    大村氏大村藩・・・
     994(正暦5)、藤原直澄(藤原純友の孫)が
        伊予から肥前に入部し、
        肥前大村を本拠とし領主化したとされる?
     漱石の時代、
     江戸幕府の公安警察のような役目だった漱石の父は
     マッカツの動きを
     明治になっても追跡していて
     その関係で
     当時の松山中学や熊本高校に
     漱石は赴任している??・・??
     (漱石の大変多くの人に書いた手紙やエッセイが
      すでに売れっ子作家だった漱石が
      教え子でもある岩波氏が
      古本屋から出版社の本屋さんへ変わるときに
      まず、最初に漱石自身が表装もデザインし、
      宣伝文も書き
      手伝ってるのですが・・
      そこに膨大な手紙や新聞のエッセイなど
      治められたのですが・・)
      理化学研究所?東大教授の長岡半太郎博士
      (土星型原子モデルを発表した学者
       東京帝大の同僚に
       理化学研究所の
       マッカツ??田中館愛橘・・・どうも放射線?原子力開発研究をしていて??
       地震で有名な寺田寅彦(樋口一葉と結婚)は
       東大講師として
       両方に在籍し、
       一葉が子どもと友に死んだのは
       彼が漱石に『今年は、大きな地震が有るかも知れません』と
       警告して
       渡欧、渡仏?渡独?した2年間の留学中に
       留守を任されていた漱石が
       二人のお葬式を出している・・
       (でも、寅彦自身の健康状態が
        放射線を浴びていたからの
        腺病質だったのではないだろうか・・??
        寅彦の死体解剖では、
        放射線を大量に浴びた結果と考えら“得る”骨?骨髄?の白血病
        なお、寅彦の東大でのボスの長岡も肥前大村藩の藩士で
        妻=操子(箕作麟祥(箕作阮甫の孫)の三女)
        長男=治男は、
        理化学研究所理事長に栄転してること・・??
        理化学研究所の初代が
        菊地氏?だったと思うし
        マッカツ新聞で
        新人作家の登竜門として
        マッカツ系毎日関係の文芸部のトップに就任して
        漱石死後、
        漱石の哲学を継承した弟子・芥川の死後?にまず、
        芥川賞を立ち上げて、
        どのあとは・・
        マッカツ資本の息のかかった作家を受賞させて
        洗脳・・??・・??
        菊池寛のエッセイを読むと
        いかに、実務的な男だったかとつくづく感じるし
        その上で彼の『父帰る』を読むと
        その文章の単純さがかえって?
        読む人が勝手に様々に人としての思いをふくらませてるに過ぎないようだと・・
        中学時代に
       とても読書感想文の宿題が多くて、
        できるだけ短いものをと選んだことがあったのですが・・
        チンプンカンプンだったのも納得できるように思える・・??
        彼の文壇での威力は
        大変なものだったようで
        漱石の長女の筆子を久米から奪った松岡??は
       菊地のお陰で
       大作家として売れてかつ権威をもち、
       反対に久米は文壇から干されてしまう・・
       (竹中&渡辺マッカツ経済までは
        テレビでニュース/キャスターだった久米宏氏の
        祖先???・・??)
    寅彦が渡欧中に
        寅彦の長子は亡くなり・・
        漱石は寅彦の妻・一葉と二人のお葬式をだして、
        (漱石は死因が生物兵器の結核??・・??と疑ってる??
         漱石自身は胃痛、これも・・漱石が
         マッカツの拠点として疑ってる地に行ったときに
         激しく出て妻が駆けつけてる・・)
       実は、一葉は、夏子と名前を変えて
       寅彦の実家(寅彦は代々の土佐?高知?松山??だったか??
       松岡と同郷の庄屋だったが
       祖父が早世し、
       寅彦の父が養子婿入りしていて
       その父に一葉は匿われるが
       やがて東京一高で帰国してすぐの漱石に学ぶ松岡が
       彼女の姿を見ている・・
       一高でラフカディオハーンの講義の後任者として、
       帰国後すぐに着任し
       二回目か3回目化の講義で虚無主義が
       当時、インテリの中で流行し
       藤村が不可思議な自殺を華厳の滝でしたことがきっかけで
       当時のインテリとして将来を嘱望されてる若者が
       連続、200人自殺事件がおこり、
       これも、漱石は仕組まれた連続殺人として
       他の件も含め調査している・・
       わたし的には・・・
       漱石死後、
       筆子を久米から奪い、
       身内として漱石の手元の手紙類を
       一切!全て!持ち去り、
       漱石と寅彦の伝記の第一人者として発表し
       菊池寛より文壇の大物になり
       渡欧し雲隠れ??or
       アメリカで日本人として
       工作員活動をし・・??
       やがて・・??
      岸氏の身内の松岡祐介(現、テニスの松岡氏の祖先?一族??
       拝火教の人たちに感じる恐ろしさを感じる・・??)が
      身内を頼って14才で渡米し
      まともな大学にも行かず、
      (小泉期に寺田メモで調べたときは大学に入ってなかった
       英語になれるためと拠点として無名の専門学校??にいってた??・・??って印象を受けた)
       アメリカで反日感情を生む社会運動をして・・
       政府と対立し、
       開戦準備をして
       帰国して外務省の通訳としてはいり、
       越前藩の岡田啓介マッカツ内閣で
       外相になり
       開戦させる・・??
      黒幕参謀は・・伊勢神宮皇學館館長の平田貫一??・・??が
      現、公安にあたる総務相の人事をしていた??
      人材派遣していた??・・??ってことではないだろうか・・??
    斉藤実マコト(仙台水沢藩)内閣
      1932年5/26~34年7/8
    (1858年12/2~ 1936(S11)年2/26)
    海軍兵学校卒、
    海軍大将従一位大勲位子爵
    朝鮮総督(2期)
    ジューヴ海軍軍縮会議主席全権
    ボーイスカウト日本連盟Ⅱ総長
    1932:
    9/16:平頂山虐殺事件:
     マッカツ工作員に朝鮮半島の人も抗日活動を煽られ?
      それに対処する体制が日本軍でも組織されるときに
      マッカツらの成りすまし日本人が
      日本軍の朝鮮部隊に混じり込み
      撫順炭鉱付近の一般の人3000余人を暗殺し
      日朝対戦を煽っtあ事件
    12/17、文部省、
      マッカツの子弟による隠れた不良化が浸潤し??
      児童生徒に
      郊外生活指導の健全化を指示
    1933:マッカツ人脈の特高、
       小説家小林多喜二を取調べ中に殺害
       治安悪化と朝鮮半島での抗日活動が激しくなり
       軍閥が治安の為に主権を握る??
       鳩山一郎(50)文相として、
       滝川事件(京大総長)滝川教授免職を要求し、
    これが拒絶されると
       文官分限令により
       一方的に滝川教授を休職処分
       (でも・・
        どうも・・
        実は・・
        鳩山一郎と滝川教授は
        互いに一益と信玄のように
        実は最悪の事態を避ける為に!??
        この事件をわざと協力して??起こしてる・・??)
       つまり・・
       滝川教授自身の当時の元論は
       ごく当たり前のことを言っていたそうですが・・
       民主主義の名を借りて
       テロリストらが世論を立ち上げる寸前に来ていて
       この事件を起こしている・・??・・??
       だから・・
       そのご子息の夫人は
       鳩山氏やブリジストンに対し、
       敵意ではなく
       大切な存在として
       私にサントリーとともに例示された・・??・・??
       それまで、応接室でレッスンだったのが
       お座敷でメタセコイヤの木と夫人のご趣味のバラのお庭を見て
       会社の名前で
       サントリーは鳥居さん(現在では太陽族のサン太陽と鳥居氏となってますが)と
       ブリジストン石橋さん・・とまるでゴロ合わせみたいと
       思った・・
     3月:石橋正二郎、
      ブリヂストンタイヤ会社創立、
      ゴムタイヤの世界の王者となるについては、
      昌子の内助の功大きく、
      夫の業を内助する
      と共に、一男三女の養育に心を砕いたが、
      その才は短歌・俳句・随筆をよくし、かつ茶道・音曲の道にも達していた 
      南禅寺に石橋家の別荘だったところがあり、
      十年前は荒れてましたが
      実質の主がかえられる過渡期だった??・・??
      石橋家は
       関東の足袋屋さんからはじまってる??・・??
       (関西の足袋屋さんは堺の福助
       これは今、箕面に万博以降につくられた船場にもあり
       同じところで
       統一教会の大きな敷地がある・・??ヘン??)  

    1934(S9)
    1月、日印通商協定
    2月、日英通商会議
    3月:満州国帝政はじめる
     (溥儀、皇帝となる)
     鮎川義介(旧安東金資本で日産自動車設立)、
     河豚計画、提唱
     河豚・・・下関、唐戸市場、赤間神社、長府庭園、功山寺(高杉晋作、維新の挙兵)のニックネーム?
    1938年の五相会議で正式決定
    実務面では、
    陸軍大佐安江仙弘(ノリヒロ)、
    海軍大佐犬塚惟重(コレシゲ)らが主導
     欧露から追放されたユダヤ人(イスラム教徒含む)を
    満州国に招き入れ、
    自治区建設計画だが、
    ロスチャイルドがユダヤ人開放の為に
    立ち上げたヒットラーを
    マッカツらナチズムが
    ナチス独を仕切り
    ユダヤ人迫害を推進し、
    他方、マッカツのこの動きに連携し?
    松岡祐介外相、
    中国侵略させる世論おこしなど情報工作員として?
    満州に移民させる前に
    日本の渋谷にモスクつきの自治区を作らせている??
    日本にロシア、中国を攻めさせ
    日本の国力を落とした時点で
    敗戦させ、侵略する方針に変更
    日独伊三国軍事同盟の締結や
    日独ともに対外戦争開始し、頓挫したとされてるが、
    実際は、その時、
    日本の渋谷へ移民し自治共同体を政府と軍部の後援の下に
    作り上げている
    4月: 鳩山一郎と番町会・永野護、
        帝人事件により
       斉藤内閣の開戦計画をくじく
       対中天羽声明:
       中国はいい加減に!アヘンから脱却しないと
       日本にもアヘンの火の粉がかかってくると
       知らん顔しておれなくなる!
       (日本にアヘンを普及させたら
        日本は軍隊を中国に朝鮮半島に勧めなくてはならなくなる!と2度目の警告発言)
    5月、ブラジル排日移民法成立
      東郷平八郎(88)
    岡田啓介内閣(越前藩)マッカツに占拠される内閣・・
    1934年7/8 ~36年3/9
    海軍大卒
    1934:美智子皇后生まれる
       (奈良?大和幼稚園から双葉に点転園
        その十年先輩が滝川夫人??らが
        カトリック教育の生徒として道筋をつくってる??)
    荒木貞夫、病気を理由に陸相辞任し、
     軍事参議官に就任
    皇道派に対する世論の不信が強まり
     荒木陸相の後任は
      統制派の林銑十郎が就任
    11月:陸軍青年将校の11月事件
       皇道派と統制派との反目upのため
        のち2.26事件の伏線として
        人望のある磯部浅一、村中孝次を免官
    12月:ワシントン・ロンドン両条約廃棄(海軍拡張)アメリカに通告
       言論抑圧体制の徹底(~45年終戦)
    1935:
    独、ヒトラー・ユーゲント(10~18才)でナチズム義務教育
    1935:東和エレベーター工業所製造部(のち、シンドラー社)として創業
    日本エレベータ工業(株)
    大阪府大阪市東淀川区小松4-12-4

    旭洋エレベータ(株)
    大阪府大阪市淀川区西中島1-8-24
    サンセイ(株)
    大阪府大阪市淀川区西宮原1-6-2

    1月、美濃部達吉、
       天皇機関説問題化
    2/5: 全日本職業野球聯盟設立    (土佐?高知と在米コリアン・台湾・支那マッカツが
        米日で巡業工策に利用?)
    2/6:Ⅳ冬季オリンピック
      ガルミッシュ=パルテンキルヒェン開催(~2/16)
    2/12: 神戸モロゾフ洋菓子店、
       英字雑誌に日本初バレンタインチョコレートの広告
    2/16:スペイン総選挙で人民戦線派が圧勝
    2/20:第19回衆総選挙
    2/26~29、二・二六事件;
     渡辺錠太郎らマッカツらが
     真崎甚三郎を支持する将校らを
     北一輝の無国家主義への移行プロセスとしての『社会主義』で扇動し
     軍部人事を統制したり
     皇室を人質にしてることに反乱
     陸軍皇道派、永田町占拠クーデター
    が・・・
     『統制派』にも『皇道派』にも属さず、
     つまりはオブスデイ工策員(のち統一教会など無国家主義者、
     つまり『プラトン』主張の
     ソクラテス哲学である地球大自然の普遍性に従った
     弱者の民主主義社会を守る『国家』権力を否定し、
     無政府・無国家つまり世界統一権力を目論む??)
     渡辺勢力を征圧するのが目的??

    荒木、
     石原莞爾(参謀本部作戦課長)に
     戒厳司令部参謀兼務で鎮圧させ
     佐藤元(参謀次長兼陸軍大学校校長)に
      青年将校らの要求を拒否させ、
      反乱鎮圧を指揮させ
      教育総監、同年陸軍大将とする
     鎮圧させた後、荒木貞夫、
     いよいよ開戦を目前に?予備役に編入
    2/27: 東京市に戒厳令布告    (〜7/16)
    2/29:閑院宮載仁親王、??
       2.26事件事件を仕組むことで
       岡田啓介海軍内閣辞職に追い込む
       二・二六事件の反乱部隊に原隊復帰勧告
       (「兵に告ぐ」)が出され、5時間で帰順
    3/7: 独、ラインラントに進駐
    3/9: 広田弘毅内閣成立

    3月:ソ連より
       中東鉄道(北満鉄)譲渡協定成立
    4月:満州国皇帝来訪
    5月:内閣審議会官制公布
    烏水、富士山にケーブルカーを
     引くのに反対
    6月:梅津・何応欽協定
    7月:対カナダ通商擁護法発動勅令
    荒木貞夫、男爵
    7/15、荒木、皇道派青年将校の対統制派を煽り、
      理性と判断力の有る永田鉄山を暗殺させる為に
      荒木の目の上のたんこぶだった人望のある真崎甚三郎教育総監を更迭させ
       後任に・・
       荒木の腹心の部下・表向き『統制派』(隠密?マッカツ)の台湾系?韓国系?マッカツ?渡辺錠太郎を人事させる
       (仏系マッカツ?人脈)
    7/19、荒木、
      歩兵第41連隊付の相沢三郎(陸軍中佐)に、
      有末精三中佐の紹介で
      軍務局長・永田鉄山陸軍少将に一度面会させ
      辞職勧告させるが、
      このときは、
      理路整然と理義を説かれひきさがってる
    8月:国体明徴声明
    8/12白昼、相沢事件(陸軍軍務局長・永田鉄山、刺殺)
      荒木、
      言いなりになる東條英機を
      『統制派』のトップに人事する為?
      『皇道派』に席をおくマッカツ相沢三郎中佐に、
      『統制派』の切れ者トップの
       永田鉄山陸軍省軍務局長(統制派)を斬殺させる
    9月:床次竹二郎(70)
    12月:三笠宮家創立
      ロンドン軍縮会議
      日本カナダ通商会議
    1936(S11):
      米穀自治管理法公布
      同盟通信社、創立
      大本教、検挙
      ひとのみち教団、検挙
      教学刷新評議会
     1/13:政府、華北に日本指導下の
         自治を企図し『北支処理要綱」
     1/15:ロンドン軍縮会議脱退し
        軍艦競争はじまる  
        松竹大船撮影所
     1/20:交通事故急増で
       [119」救急車の設置
     2/2:江戸川乱歩『怪人20面相」(少年クラブ)
     2/5:日本職業野球連盟(7チーム)
     2/10:野坂参三、山本懸蔵、
       モスクワで発表
      「日本の共産主義者への手紙」
     2/19:スペイン、人民戦線内閣
     2月:選挙公営の実施
     2.26事件
      皇道派青年将校、
      首相官邸など襲い
      斉藤実(79内大臣)
      高橋是清(83蔵相)、
      渡辺錠太郎(教育総監)、暗殺
      東京に戒厳令
      社会のファシズム化
     3月:内田康哉(72)
     3/7:独、ロカルノ条約破棄し
        ラインラント進駐
        陸海軍大臣、現役制復活


       
       
       
       


        
        次男=正男(元日本光学工業社長)
        三男=夭折
        長女=フミは岡谷辰治に嫁ぐ


            

       
        
        
      

    1931(S6):5月、大阪帝大(医学部と理学部)創設され
            阪大総長は長岡半太郎、就任
          阪大付属HP構内に
          財)大阪特殊皮膚病研究所の建物(現皮膚科別館)、
    落成
          この皮膚科がⅡ皮膚科泌尿器科の
          佐谷有吉教授の時に
          ペスト(鼠疫病、黒死病)、ライ病が
          助教授のもとでされ
        ヒョッとすると!!
         ここが731部隊の拠点だった?・・??ことはないだろうか・・??
        尿路感染による高熱・・
    怪しいから
    小沢先生たちは
      医局員を送らなかった・・


    又・・我が家では、
    母が前回の同じ症状の発作で運ばれたとき
    診断は脳梗塞とは説明されず、また、原因にも
    『分からない』だけで
    『次おこると大変なことが予想される脳梗塞の可能性がある』という
    説明も
    本人にはされず、
    ただ・・
    今回の入院で
    駆けつけた私には
    弟は
    『二度目の発作やから
      楽観できず、
      本人がいうこともどこまで正気か分からない』といっって
    最悪のことを想定して
    まるで危篤状態の寸前のように・・
    親戚中、とくに
    マッカツでヤクザがらみのお嫁さんと
    母が弟夫婦と拙攻してるときでも
    結婚式で気付けをしてもらっただけという関係のはずなのに
    どういう分けか親しくて
    すでに、祖父はとうに離縁して
    別の人を伴侶にして
    入籍しているのに
    『おばあちゃん』と呼んでつきあっていたミユキさんと
    その連れ子夫婦にしらせ
    (しかも・・母は昔からミユキさんと話すと疲れるというので
     これまでの十回くらいの入院で
     彼女には内緒にしておいてねと釘を刺されてきた人で
     しかも・・
     彼女は
     ICUに
     母親と名のって面会許可を取ってる・・??・・??

    また・・
    どうも・・
    郡山の今井さん親子
    土佐のミユキさんの妹婿の大門氏・・らが
    私に隠れてコソコソしだしてから
    母や我が家がおかしくなってしまっていること・・
    上の弟が結婚してから以降のこと・・
    祖父が亡くなる少し前から・・・

    また・・
    一生涯、無宗教として
    宗教とは人間の為にあるもので
    人を不幸にする為に機能していては
    意味がないとして
    一生、無宗教を通しましたが
    (神道も現マッカツ神道はカルト)
    祖父が自分の弟のうちから
    祖母の位牌を持ってきて
    それが一つ、
    我が家にはある位牌でしたが
    祖父が死んで
    後添いとなって入籍して
    親戚で吉野の別荘で
    お祝いもした義理の祖母が
    祖父の位牌を作り
    それで我が家には二つの位牌ができた・・・
    我が家も無宗教で通してきて
    父は
    同年代で
    価値観が共通できた古座で開業していた母のすぐ下の妹が
    嫁いだ山本の叔父が
    私の結婚後、すぐに、理由不明の失明がはじまり、
    結局、不可思議な市大病院での手術と処置で
    オペ室から帰った直後に心筋梗塞でなくなり
    その半年後、
    叔母も目の病気で
    急遽、大阪へ小学生の6年筆頭に従姉妹たちと引き取って
    丁度、私の出産で里帰りの時におこってる・・
    で・・父は仏壇を買い、
    竹内家代々の位牌と
    父の米倉家代々の位牌の二つをつくる・・

    最初なので
    和歌山から祖母の親戚のお寺さんに来てもらって
    母の弟夫婦と
    (この時からここの従姉妹たちは来ていない
      私と顔を合わせないようにしていることの意味??・・??
      怪しい・・??)

    母の妹の子供たちと我が家とで
     祖父の代になったから
     一番初めの法事をする・・
    つまり・・

    位牌は
    祖父の代以降の竹内家の位牌は
    全部で4つのはず・・

    なのに・・
    母が入院して、
    先日、
    パイナップルが入ってた箱から
    沢山の位牌が出てきて
    あるはずのない
    重複するはずのない
    祖母の位牌までもがでてきたと言って
    父や娘たちは無邪気に喜んでる・・・

    あまりに、不自然・・??

    今、マッカツ北鮮系フィリピン系工作員や
    満州系や山口系工策員らが
    日本人に成りすまして
    本当の日本人を
    一族殺人事件として殺したり行方不明にして
    戸籍に入り込んでる・・・??・・??・・・

    しかも・・・
    国立大阪HPの歴史プロフィールと
    そのあと、転院担当のソーシャル/ワーカーが

    これ又!『今井』さんという方が担当にされてる・・

    昨日、車いすのことで
    資料をもらおうと
    部所へ出かけると
    彼女は
    他の患者さんに出かけてるというので
    ジャ、資料をもらうだけなので
    他の方でお願いしますというと
    今井さんに連絡を取るからまってくれという
    あと半時間で帰るからと言う
    資料をもらうだけだから
    他の方で好いと言うと
    又、彼女にどうしても連絡しないといけないこととなってるという
    で、資料をもらうだけだから
    別の人で好いからと言うと
    今すぐ、帰るという・・
    (互いに大変な迷惑だし
     気兼ねをしなくてはならないシステムになってる)
    で、彼女が来て
    車いすのことなどを聞くと
    介護保険のな¥マニュアルは知ってるが
    臨床経験がないのがすぐに分かり
    「いつ、ここで努め始めたのですか?』と尋ねると
    母が前回、運ばれてきた少し前から・・・

    どうも・・・
    仕組まれてる??

    彼女が
    まず、転院先として
    自分から準備したのは
    辻外科・・
    辻肛門科の一族??

    大阪市で辻氏というと・・
    荒木貞夫をフラッグにした黒幕の辻正信を思い出す・・??・・??
    無関係だろうか・・??

    また、病院内では
    森の宮病院と言って
    もともとは高麗鳥の鵲神社から命名された鵲の森の宮に由来するところで
    この不況時にホテル仕様の豪華なリハビリ病院ができてるが
    そこに転院させたがる・・

    ここには
    循環器救急対応できず
    実は・・

    今、マッカツらが
    かつて古代からの渡来系(蘇我氏も菅原氏も大兄の王子もみなそう)を
    マッカツに仕立て
    明治以降の山口系ヤクザ、マフィアが
    にほんじんになりすまそうとしてるのではないだろうか・・??

    その為の
    高額所得を持ってる日本人高齢者をターゲットに
    お金を取って
    首尾良く
    お金と共に家ものっとるというシステムが
    阪神大震災以降のマッカツ政治経済下で
    作られた病院が
    森の宮リハビリHP??・・・??

    ってことは心配しすぎ・・??

    なお・・ICU運ばれて以降の
    平熱から4度以上も高熱は
    尿路感染させられる??・・??
    つまり・・・
    佐谷院長が
    腎臓でもあり
    皮膚科でもあって
    その佐谷先生の子孫は
    一外で
    紀南総合HP院長をされていた・・・・・??

    ってことも偶々なんだろうか・・??







    祖父がの仏壇
       



  • id:kine2525
    気になったので予告どおり、いわしで再質問出してみました。
    http://q.hatena.ne.jp/1256716197

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