大東亜戦争後の満州からの引き上げについて質問します。大連はソ連軍に占領されていたため1947年ころまで大連港が引き上げに利用できなかったとのことですが、終戦直後および大連港が使用できるようになってからどれくらいの人がここから引き上げたのでしょうか?(コロ島から約105万人が引き上げたことは承知しております。)

回答の条件
  • 1人1回まで
  • 登録:2009/11/22 10:32:31
  • 終了:2009/11/23 07:37:57

ベストアンサー

id:chyopper No.1

chyopper回答回数416ベストアンサー獲得回数692009/11/22 12:37:00

id:wakaizohide7

ありがとうございました。

2009/11/22 14:24:10

その他の回答(3件)

id:aiaida333 No.2

aiaida333回答回数166ベストアンサー獲得回数42009/11/22 14:27:20

ポイント2pt

30万人らしい。

じーちゃんがいっていた。http://q.hatena.ne.jp/1258853550

id:wakaizohide7

根拠がわかりませんが・・・・

2009/11/22 15:16:27
id:azuco1975 No.3

azuco1975回答回数613ベストアンサー獲得回数162009/11/22 19:31:58

ポイント23pt

約20万人とされてますが、実際には1.5倍から3倍だとされています。

http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10026167/

id:wakaizohide7

ありがとうございました。根拠がありませんね。

2009/11/22 21:16:23
id:snow_leopard No.4

snow_leopard回答回数294ベストアンサー獲得回数222009/11/22 23:08:45

id:wakaizohide7

ありがとうございました。NO1回答のcyopperさんの説明資料と同じものですね。

2009/11/23 07:36:18
  • id:takokuro
    まず・・・・

    私が直接知ってる方の歴史証言に照らし合わせて
    真実だと整合性があるように思えることと
    山口組の竹中組長が立ち上がったときに
    始まった『残留孤児』本格調査と
    その『残留孤児』の本格的日本受け入れがはじまった中曽根内閣の
    1985年(プラザ合意の年)に
    竹中正久組長が
    (おそらく・・??朝鮮系アヘン勢力でもあるマッカツ侵略政治家)
    渡辺氏人脈の
    のち、竹下内閣時に表に出てくるⅤ渡辺芳則??(あとの民営化という命名での日本のインフラ事業のっとりプロセスを見てると)組長勢力により?!?
    暗殺されてる・・・
    渡辺組長が正式に就任したときに
    手塚治虫が急死、(実は病院で暗殺??)され
    手塚氏は
    江戸期の漢方医だったけれど
    蘭ウィリアム・ウィリスが養成した若手工策員の蘭医に
    主導権をのっとられた緒方洪庵の塾に
    先祖?がいたというので
    その天然痘予防接種などマンガで描いていた・・
    彼は戦後、阪大卒後、
    医局でのプロフィールもそこそこに
    (たぶん・・??滝川幸辰の一躍として??・・??)
    漫画家として活動はじめ、
    奈良医大に
    吉田茂、池田隼人、武見太郎ら
    滝川幸辰の当時の欧米民主主義勢力のサポート受けた真性神道哲学と歴史が
    マッカツの侵略にさらされて
    開戦させられた真相を
    知ってる人たちの
    一人、のち、奈良医大学長、
    戦後、奈良医大第二解剖学教授に栄転した安澄権八郎教授(手塚治虫の媒酌人)は
    当時の民主主義政権文相に一筆書いて
    当時は3台しかなかった電子顕微鏡を2台も送ってもらって
    現、マッカツ勢力が主張してる
    ミトコンドリアによる黒人一女性から人類が派生したというでっち上げ説をくじく、
    ゴルジ小体、粗面小胞体、ミトコンドリアの超微形態解析、
    とくに膜構造解析で
    相互に関連しあってることを推定し
    マッカツらが
    紀元前から侵略のために使ってきた生物兵器のうちの
    皮膚科のらい病やペスト(黒死病)、白癬菌など(国立大阪の院長・佐谷有吉氏は東大泌尿器であるのに
     戦中に皮膚科もはじめてる・・
     つまり・・皮膚科助教授がマッカツ)の摘発証拠となる研究に関連してるのではないだろうか・・??・・???


    手塚に奈良医大での研究を誘ったのは
    安澄先生で
    鳩山一郎内閣の終わりが予感されていた頃・・
    岸・松岡・安部氏ら
    元、マッカツ明治政権(マッカツ明が明治帝をフラッグにした戦争開戦準備政権??)下での
     貴族院人脈?のマッカツ政治家らに
     昭和期の政権が移ろうされてる時期・・??・・??

    彼等の黒幕は
    漱石の時期から
    一族?(同じ苗字)の若者が
    修行僧としてや学生として
    出入りし、
    漱石に手厳しい忠告を受けている
    (芥川は漱石が可愛がった人物
     マッカツ菊池一族の菊池寛は
     文春?春秋?など毎日系で芥川賞と死後つくり
     あと、
     マッカツ小説家を表彰していく・・)



    満州引揚者は
    実は
    関東大震災と鈴木商店を台湾資本引き去りで倒産させることで
    日本の金融機関や
    企業を連鎖倒産させ
    すぐあとに
    統一教会の文鮮明(マッカツ明人!・・・
     明人と戦ったひいじじを明人にしようとして
     祖父の法名を西東とも
     阪神大震災後
     マッカツtobされた本願寺で
     薬師と仁が入ってはずの法名を
     昔から朝鮮渡来人が多く拠点としてきた隠岐出身の一家に
     できちゃった婚で離婚して結婚した叔父と
     ひいじじがとても倦厭していた四国、高知や松山などの
     マッカツ明系工策員ら
     ミユキさんとの間にできた叔父が
     大阪戦争以降、
     長居公園の山口系の息のかかったお寺で
     大々的な馬鹿馬鹿しいお葬式をどうしてもするといって
     その時点で
     位牌の法名は
     明系に変えられてる
    また・・・
    母方の祖母の姉妹たちは
     当時では女の子にはめずらしかった『子』を4人ともつけてるのを
     見せてもらったし
     祖父と叔母とも
     懐かしがっていたのですが
     それも
     祖母の姉がなくなり
     本願寺だか大谷さんに
     位牌を出して
     過去帳を
     祖父の死後にもらっていて
     そのときに書き換えられてる・・

     祖父がミユキさんが
     山口系でもある明系マッカツであることに気づいたとき・・??
     彼女が雇った高知からの人はみな辞めてもらい
     結局は
     弁天小僧(私にはまだその意味が分からない・・
         ただ・・最大事にある秋篠寺は
         マッカツ寺の雰囲気で異様な印象を持ったのを思い出すのと
         弁天さんだか音楽関係で
         マッカツ勢力の渡辺組長時期には
         催し物がされていたのを思う)

     貧しい人へのねずみ小僧のような役割で
     ブラック・マンデーのときに
     昭和町の家内工業の家に
     お金をほおり込んでいたシャープの前にあった藤川洋裁店の夫で(藤川氏?)
     その妹におじいちゃんは終生、最後まで
      薬局を任していて
      近所の人は
      彼女のことを
      『奥さん』だと思い込んでると
      ミユキさんの子の妻が
      私に想いをこめて言ってたが
      彼女自身、マkkツ的な
      扇情的なものごしがあるし
      薬剤師さんに
      女性としてや祖父が祖母や母たちに見せた細やかな情愛は
      なく、
      彼女も淡々とした戦前の薬学インテリ女性です・・

    祖父が
     真相に気づいたとき・・
    つまり・・
     実は
     生み育ちのミユキさんが
     山で紀ノ川育ちの祖母を中心にしてできた竹内の家には
     あまりに
     不相応で
     祖母の時代に位置から築いたささやかな財産も
     ミユキさんの故郷の人を次々雇うのに
     どんどん売り払って
     また、
     あまりに殺伐とした現実主義一本の不相応な物腰と
     (現実主義者こそが宝塚のような机上の幻想の天国説の
      夢見物語に現実逃避する必要がでてくる!?)
     生み育ちで
     医療を営んでるにはめちゃくちゃすぎるので
     自分では遅かれ早かれ、
     信望を集め、家を切り盛りできないとして
     美容師の■勉強をはじめ
     通学はじめ、
     その為に
     ミユキさんが高知の網元の末娘で
     高松女学校卒の現、法律上の祖父の妻を
     店の人として
     つれてきて
     彼女の親同士が決めていた婚約者が東京に居るので
     その見合いに
     ミユキさんもなく
     あれほど入り浸っていた高知の身内でもなく
     祖父に同伴しろと
     ミユキさんと
     本人の板東?阪東?坂東?の方が言い張る・・
     母と叔母は難だかヘンと思ったが
     ミユキさんが着てからは
     常識外のことがあまりに多くて
     とうとう、家内安全(ミユキの言い分をのむ)のために
     祖父が出かけたが
     婚約者は来ず、
     本人は泣きわめき
     とうとう、一晩を過ごして
     大阪に帰ってきて
     すると・・
     ミユキさんは
     不倫だといって
     二人で大喧嘩をする
     まだ結婚前の母は
     二人の間に入って
     「あなたはまだ若いのだから
      思い切って別の人生を歩みだしなさい」と諭すが
     「ミユキさんにバッグで顔をはたかれたというので
      絶対、分かれない」と言い張る・・
    でも、祖父は
    彼女を診療所にはいれず、
    診療所の薬局は藤川さんの妹さんにいてもらうことになる・・

    満州のアヘン栽培は
    実はほとんどが朝鮮から来た人たち(北鮮?)が
    栽培していて
    満州と朝鮮半島にアヘン栽培を広げたのが茨木にいて
    伊勢とを往復していたニ短調音蔵で
    徳島県国府町安神湯本舗富松薬房や
    阿波富松らが
    早川徳治氏を
    詐欺に掛けた大阪の中山太陽堂の指示を受け
    アヘン栽培講習を行わせて拡大していく・・
    中山氏は現、クラブ化粧品の中山太一氏で
    朝鮮貿易の木谷伊助、大阪の精工社の芦森武兵衛、堺の福助足袋の辻本豊三郎ら大阪代表の実業家等の経済力に支えられた活動・・

    なお・・
    クラブ化粧品社長の屋敷が
    松原新田としての山坂にあり、
    私が北摂へ引っ越す前に居たところで
    ここは通りごとに
    山口系の大ボスがいて
    そのうちの大ボスのお家が
    たしか・・クラブ化粧品社長の邸宅だったとかきいたような気がする・・
    (明色化粧品ではなかったと思う)
    ミユキさんが母に
    紙おしろい(今の油とり紙におしろいをつけたもmの)のブックをよく渡していて
    そこには
    マkkツ的な絵柄のキューピット的なギリシア神話的な絵が描かれて
    カテイ石鹸やクラブ練り歯磨きという
    中山氏の商品と同じ図柄・・


     
      

     大谷)
    大阪の在日侵略資本の中山太陽堂の


    タニシの睾丸

    基礎第二解剖学の大学者の安澄権八郎学長が

    漫画家になり


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