西南の役は、ある時から西南戦争と言われるようになったと思います。

役とは江戸時代までの国の間の戦いで、西南戦争の場合には「政府VS薩摩旧士族の戦い」なので戦争と言うということなのかと思うのですが、その資料などどこかにありましたらお教えいただけますと助かります。

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  • 登録:2009/11/29 20:48:11
  • 終了:2009/11/30 12:51:37

ベストアンサー

id:kanan5100 No.6

kanan5100回答回数1469ベストアンサー獲得回数2752009/11/30 00:58:30

ポイント66pt

http://www.ndl.go.jp/

国会図書館で調べてみると、「西南戦争」が入ったタイトルの本は

1. 西南戦争記事 / 関徳. -- 中川勘助〔ほか〕, 明10.8

2. 西南戦争紀文 / 中村毎. -- 赤志忠七〔ほか〕, 明10

3. 西南戦争始終 / 前田正三郎. -- 前田喜兵衛, 明10.12

など、明治初めごろから書かれています。

一方、「西南役」というタイトルが初めて使われる本は、

悲恋心中ケ丘 : 西南役秘話 / 沼田蔵六. -- 明文館, 大正15

という本です。

 

どうやら、むしろ「西南戦争」の方が「西南の役」より古いようです。

id:owada

ありがとうございます。

その見方がありました。

とても参考になります。

佐賀の乱が一般的に通る名称で、佐賀の役、佐賀戦争とは言われないのに、

西南戦争は西南の役、西南の乱と呼ばれない理由を学説として(個人の意見ではなく)書いてある資料などたどれると助かります。

2009/11/30 07:20:21

その他の回答(5件)

id:azuco1975 No.1

azuco1975回答回数613ベストアンサー獲得回数162009/11/29 20:58:48

id:owada

ありがとうございます。

ただ、残念ながら回答者の見解(推察)が結論になっています。

2009/11/29 22:03:52
id:anime-love No.2

アニメ好き回答回数25ベストアンサー獲得回数02009/11/29 21:53:16

ぐぐれば普通に出てきますよ^^

http://a.jp

id:owada

私が検索しても見つけられませんでした。

その出てきたURLをご紹介いただきたかったのですが。

2009/11/29 22:01:53
id:lepremierpas No.3

lepremierpas回答回数1175ベストアンサー獲得回数412009/11/29 22:00:44

ポイント11pt

http://www.ab.auone-net.jp/~tsuka21/theme/kosyo.html

乱・役・戦争・事変などの呼称について

id:owada

実は、このサイトは見つけていたのですが、個人の見解では根拠が欲しいと思って質問をいたしました。が、せっかくいただいたのでもう一度見てみましたところ、教科書執筆・書籍刊行などなさっている方のようなので、なんらかの根拠があることが分かりました。

ありがとうございます。

2009/11/30 12:44:18
id:tatla No.4

tatla回答回数239ベストアンサー獲得回数72009/11/29 22:16:14

ポイント11pt

この時代、国内では、旧士族による反政府運動や、農民による反乱が続けて起こっています。

佐賀の乱

萩の乱

神風連の乱・・・

こうした戦いでは、いきおい陸軍が主役になります。

そして西南戦争の翌年(明治11年)には、参謀本部条例が改正され、海軍は陸軍に従属するとされた。いわゆる「陸主海従」です。

これに対して当時海軍大佐だった権兵衛は、異議を唱えます。

「島国の国防は海上権を先にすべきである。

 我が国は陸を主としているが、

 せめて陸海対等にすべきである」

まさに正論です。

しかし当時の日本軍中枢は、参謀総長有栖川熾仁親王、次長川上操六、陸軍大臣大山巌、陸軍次官児玉源太郎、しかも彼らのバックには山県有朋がいる。

簡単にいったら、中枢は全部長州閥で占められていたわけだし、「陸主海従」の中で、海軍大佐あたりが何を言おうが、蟷螂の斧でしかない。

それでも権兵衛はあきらめずに、言い続けます。

そして10年。

ついに海軍大臣となった権兵衛は、宮中に参内し「陸海平等」を天皇に上奏します。

そして陸軍の譲歩をも引き出し、海軍軍令部の独立を勝ち取った。

権兵衛の執念が遂にここに実ったのです。

権兵衛は、「陸主海従」から「陸海平等」へと大改革をついに実現したのです。

http://nezu621.blog7.fc2.com/?mode=m&no=684&photo=true

id:owada

当時の話を知るのにいいサイトのご紹介ありがとうございます。

ただ、私が知りたいことは「戦争」「役」の用語の使い分けの「理由」でありました。

2009/11/30 12:45:14
id:sumike No.5

ミケ回答回数379ベストアンサー獲得回数252009/11/29 23:53:46

ポイント11pt

http://www.ab.auone-net.jp/~tsuka21/theme/kosyo.html

明治後期以降においては国際法で決められたルールにのっとった戦闘行為(宣戦布告をおこなう)が「戦争」と呼ばれ(日清戦争や日露戦争など),

宣戦布告なしにおこなわれた場合は,戦争に準ずるものとして「事変」と称されます(満州事変や支那事変など)。

ただし,

宣戦布告がなくとも実質的には戦争と同じだとの判断から「戦争」との呼称が用いられる場合もあります(支那事変を日中戦争と表記)。

また,

明治前期以前においては対外的な戦闘行為・武力行使や国内での内乱(いくつかの戦闘行為が連続しているもの)を指して「戦争」と呼びます(薩英戦争,石山戦争,戊辰戦争,西南戦争など)。

明治(近代)が戦争と言い換えられた境のようですね。

時期においては、


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%8D%97%E3%81%AE%E5%BD%B...

の中の参考資料の中で

圭室諦成(たまむろたいじょう)『西南戦争』、日本歴史新書、至文堂、1958年(昭和33年) がありますが、

この本が出版される以前は西南戦争という言葉はでてきません。

id:owada

ありがとうございます。

上のURLについては3にいただいたものとかぶっております。

6の回答にあるように必ずしもご指摘されていることが正しいことではないようですが、参考になりました。

2009/11/30 12:49:52
id:kanan5100 No.6

kanan5100回答回数1469ベストアンサー獲得回数2752009/11/30 00:58:30ここでベストアンサー

ポイント66pt

http://www.ndl.go.jp/

国会図書館で調べてみると、「西南戦争」が入ったタイトルの本は

1. 西南戦争記事 / 関徳. -- 中川勘助〔ほか〕, 明10.8

2. 西南戦争紀文 / 中村毎. -- 赤志忠七〔ほか〕, 明10

3. 西南戦争始終 / 前田正三郎. -- 前田喜兵衛, 明10.12

など、明治初めごろから書かれています。

一方、「西南役」というタイトルが初めて使われる本は、

悲恋心中ケ丘 : 西南役秘話 / 沼田蔵六. -- 明文館, 大正15

という本です。

 

どうやら、むしろ「西南戦争」の方が「西南の役」より古いようです。

id:owada

ありがとうございます。

その見方がありました。

とても参考になります。

佐賀の乱が一般的に通る名称で、佐賀の役、佐賀戦争とは言われないのに、

西南戦争は西南の役、西南の乱と呼ばれない理由を学説として(個人の意見ではなく)書いてある資料などたどれると助かります。

2009/11/30 07:20:21
  • id:sdkfz
    この戦いの比較的オフィシャルな名称は西南戦役になります
    西南戦役、明治二十七八年戦役(日清戦争)、明治三十七八年戦役(日露戦争)、大正三四年戦役(第一次世界大戦)など、これらが軍の公式な記録や従軍記章(従軍者に送られる記念メダル)に書かれた戦争の名です
    もっとも日本政府は昭和期に入るまで戦争の名を決めるという作業をおこなっておらず、それまではみんな好き勝手な名前を使っており「戦争」という言葉も政府や軍で使われていました
    ただ「戦役」に比べると使用頻度も低く比較的カジュアルな場で使われていたようです
    でもって「戦争」が政府の正式な呼称として採用されたのは「大東亜戦争」の一度きりだったりします
  • id:owada
    ありがとうございます。
    もう少し締め切らないでいたほうが良かったようです。
    せっかちにならないようにしたいと思います。

    ひょっとして、○○の役と言うのはそこからの流れなんでしょうか?
    学校で教えることが正しい
    政府が決めた呼称が正式名称
    何をもって正しい名前とするかは確かに難しいものなのですね。

    勉強になります。
  • id:kanan5100
    >むしろ「西南戦争」の方が「西南の役」より古いようです。

    と書きましたが、そうでもなかったようです。
    http://www.archives.go.jp/
    国立公文書館で公文書を検索してみると、

    明治11年「西南ノ役紛失ノ軍旗露顕ノ儀上申」
    明治11年「石川県西南ノ役戦歿ノ警部巡査ヘ祭粢料下賜ノ件」

    など「西南ノ役」が使われている文書が多数出てきます。
    公的には「西南ノ役」が主に用いられ、民間では「西南戦争」が主に使われていたのかもしれません。
  • id:owada
    ありがとうございます。

    sdkfzさんのコメントを拝読してなるほど「誰が」語るかによって呼称が変わるものなのだということを知りました。歴史の一番大事なことは「誰の視点」で記述されているかを知ることだとそういえば大学の授業で習った気がします(歴史は専門ではないので、たまたま受けた日本史の先生が言っていた話だと記憶しています)。

    どうして呼び方が変わったのか、視点が変わったからというのが一番の理由なのかということまでは分かりました。あとは、誰がどう言っていて、その言い方を変えたきっかけは何なのかということを調べてみようと思います。

    kanan5100さんのお調べになる方法は歴史を知る上で大事な方法だと認識しました。
    今後調べるときにはこの方法でまずアプローチしてみることにいたします。

    謎の答えひとつが分かると、またその数倍の謎が増えていく。
    知ることがどんどん無知を増大させているようで、楽しくもあり辛くもあり。
    そんな感じです。

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