「温故知新」という言葉は、論語に由来します。正確には、
「子曰 温故而知新 可以為師矣」
故きを温めて新しきを知る、以って師と為すべし、といった意味ですね。この言葉は論語全20編中の「為政」編に記されているもので、論語の編の名称は単純に出だしの言葉をそのまま抜き書きしたものですから、これをそのまま「まつりごと」をつかさどる者に対する教えと受けとめるわけにはいきませんが、記述の位置関係からして、指導者たらんと欲するならばこう心がけなさい、といった教えであるということは間違いなさそうです。
もちろん、私が指導者の地位に昇りたいからこれを通年サプリにしようと言うわけではありません。そうじゃなく、私達がイエはてなから生み出そうとしている「イエ文化」。これが広く社会に、そして人々の間に広がっていくためには、きっとこの言葉が一つのキーワードになっていくだろうなあと思う、ってことなんです。
文化には、連続性が大切です。何の脈絡もなく突然登場してくるブームは、物珍しさから一時はもてはやされますが、定着は難しいですよね。「トレンド」は「消費生活文化」の中の「現象」であって、それが「文化」として継承されていくことはまず無いんです。
逆に、消費生活文化が形成される以前の、家内生産・自給自足の生活様式が息づいていた頃からの伝統というのは、意外なほどに現代にも継承されています。ちょっと季節を見回してみただけでも、たとえばつい先日迎えたばかりのお正月に、いったいどれほどの伝統文化が息づいていたでしょうか。
しかし、文化はまた変質もしていきます。どんな伝統も、現代のめまぐるしく流動していく消費生活の変遷の中では、その本当の意味が忘れられ、表面的な形式だけが存続していくことになってきます。そこで、イエはてなの出番だと思うんですね。
イエはてなには、文化の源流を探って、そこから得た気付きを現代のライフスタイルに適用していくアイデアが満載です。たとえば最近で印象深かったのは、「新嘗祭」の話題。
その昔、実りの初穂を大切に大切に添い寝までして保存しておき、それを冬至の日に新しく熾した火で炊きあげた物を新嘗と言った、という書き込みから始まって、
http://q.hatena.ne.jp/1224478095/189426/#i189426
新嘗祭というと宮中の行事ですが、昔は皇室の外でも新嘗祭の行事をやっていたようなのです。
万葉集第十四巻に
「誰れぞこの屋の戸押そぶる新嘗に我が背を遣りて斎ふこの戸を」
という歌があります。
意訳すると、「今夜、私のあの人は夜通し新嘗祭の行事に行っているから、ここには来られるはずがないの、それなのにいったい誰が戸を揺さぶって開けようとしているの?」と言った感じの歌ですが、こんなふうに万葉の時代には宮中の外にも新嘗祭の行事があり、そしてそれは歌に詠まれるほど定着していたようなのです。
http://q.hatena.ne.jp/1227070380/192777/#i192777
といった情報と共にたくさんのイエで楽しむ新嘗祭の提案が寄せられ、
さらに翌年もう一度新嘗祭のテーマが取り上げられて、食への感謝や、食を通した国際理解、さらには食の恵みの根本である自然環境にまで思いを馳せた様々な「イエ新嘗祭」の提案や実践例が発信されていきました。
http://q.hatena.ne.jp/1258519964/240366/
そのほか、今の消費生活の中ではお金を出して買う物と思われている健康茶の数々が実は自然の草花から手作り出来ることや、現代の洋風建築の中でも伝統の建具や畳・漆喰といった素材を上手に取り入れていくとこんなに快適なイエが作れるんだといった様々な知恵が、イエはてなにはどっさり詰まっています。
こういう、伝統を振り返ってそのエッセンスを掴み、それを現代生活に活かしていくやり方。形骸化した古臭い習慣の抜け殻が失われていくことを嘆く伝統文化意識ではなく、変わることのない伝統の「核」を現代生活の中に植え付けていく提案。わが家を、そういう「イエ文化」発信のための「ラボ」にしてみたいと思うんです。
私達の祖先が遥か昔から積み重ねてきた文化の源流を探り、それを最も新しいライフスタイルに息づかせていくこと。古きをたずね「新しきを創っていく」ことを楽しむ暮らし。これはエキサイティングです。そういう意味での温故知新。これを私の今年一年の通年サプリにしていきたいと思っています。幸いイエはてなには、そういうことに造詣の深い皆さんがたくさん集ってくれていますから、私一人では知り得ないことを、ここでたくさん見つけていけると思います。皆さん、どうかこれからも色々なことを教えてくださいね。今年もよろしくお願いします!!
「温故知新」という言葉は、論語に由来します。正確には、
「子曰 温故而知新 可以為師矣」
故きを温めて新しきを知る、以って師と為すべし、といった意味ですね。この言葉は論語全20編中の「為政」編に記されているもので、論語の編の名称は単純に出だしの言葉をそのまま抜き書きしたものですから、これをそのまま「まつりごと」をつかさどる者に対する教えと受けとめるわけにはいきませんが、記述の位置関係からして、指導者たらんと欲するならばこう心がけなさい、といった教えであるということは間違いなさそうです。
もちろん、私が指導者の地位に昇りたいからこれを通年サプリにしようと言うわけではありません。そうじゃなく、私達がイエはてなから生み出そうとしている「イエ文化」。これが広く社会に、そして人々の間に広がっていくためには、きっとこの言葉が一つのキーワードになっていくだろうなあと思う、ってことなんです。
文化には、連続性が大切です。何の脈絡もなく突然登場してくるブームは、物珍しさから一時はもてはやされますが、定着は難しいですよね。「トレンド」は「消費生活文化」の中の「現象」であって、それが「文化」として継承されていくことはまず無いんです。
逆に、消費生活文化が形成される以前の、家内生産・自給自足の生活様式が息づいていた頃からの伝統というのは、意外なほどに現代にも継承されています。ちょっと季節を見回してみただけでも、たとえばつい先日迎えたばかりのお正月に、いったいどれほどの伝統文化が息づいていたでしょうか。
しかし、文化はまた変質もしていきます。どんな伝統も、現代のめまぐるしく流動していく消費生活の変遷の中では、その本当の意味が忘れられ、表面的な形式だけが存続していくことになってきます。そこで、イエはてなの出番だと思うんですね。
イエはてなには、文化の源流を探って、そこから得た気付きを現代のライフスタイルに適用していくアイデアが満載です。たとえば最近で印象深かったのは、「新嘗祭」の話題。
その昔、実りの初穂を大切に大切に添い寝までして保存しておき、それを冬至の日に新しく熾した火で炊きあげた物を新嘗と言った、という書き込みから始まって、
http://q.hatena.ne.jp/1224478095/189426/#i189426
http://q.hatena.ne.jp/1227070380/192777/#i192777
といった情報と共にたくさんのイエで楽しむ新嘗祭の提案が寄せられ、
さらに翌年もう一度新嘗祭のテーマが取り上げられて、食への感謝や、食を通した国際理解、さらには食の恵みの根本である自然環境にまで思いを馳せた様々な「イエ新嘗祭」の提案や実践例が発信されていきました。
http://q.hatena.ne.jp/1258519964/240366/
そのほか、今の消費生活の中ではお金を出して買う物と思われている健康茶の数々が実は自然の草花から手作り出来ることや、現代の洋風建築の中でも伝統の建具や畳・漆喰といった素材を上手に取り入れていくとこんなに快適なイエが作れるんだといった様々な知恵が、イエはてなにはどっさり詰まっています。
こういう、伝統を振り返ってそのエッセンスを掴み、それを現代生活に活かしていくやり方。形骸化した古臭い習慣の抜け殻が失われていくことを嘆く伝統文化意識ではなく、変わることのない伝統の「核」を現代生活の中に植え付けていく提案。わが家を、そういう「イエ文化」発信のための「ラボ」にしてみたいと思うんです。
私達の祖先が遥か昔から積み重ねてきた文化の源流を探り、それを最も新しいライフスタイルに息づかせていくこと。古きをたずね「新しきを創っていく」ことを楽しむ暮らし。これはエキサイティングです。そういう意味での温故知新。これを私の今年一年の通年サプリにしていきたいと思っています。幸いイエはてなには、そういうことに造詣の深い皆さんがたくさん集ってくれていますから、私一人では知り得ないことを、ここでたくさん見つけていけると思います。皆さん、どうかこれからも色々なことを教えてくださいね。今年もよろしくお願いします!!