THEME:「門」「名前」「動物の縁起」+「縁起物」
「今日をちょっと楽しく、イエで過ごすいつもの時間を素敵に変える小さな魔法のサプリがあったら…」と展開してきた “リブ・ラブ・サプリ”コーナーの続編のひとつ、FORTUNEバージョン。FORTUNEとは「幸運・幸せ」。毎回のテーマに沿って、イエと暮らしに幸運を呼ぶコト、ハッピーにするコトを思いとともにメッセージ下さいね。
豊かな暮らしをつくっていく〈イエはてな〉のマインドで、みなさまのご参加をお待ちしています!
*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿下さいね!
「Welcome to イエはてな」
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テーマ詳細とサプリ例
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※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。ご回答頂く時にもご参考下さい。また投稿期間中はできるだけはてなスターのご利用を控えて頂けますようお願いいたします。
※質問は1月19日(火)正午で終了させて頂きます。
自分の車に名前を付ける人は多いと思います。
会社の車にも区別するために名前が付いていることが多いんじゃないでしょうか。
ただ、区別のためなのでメーカーの名前や、ナンバープレートの末尾の番号など無味乾燥な名前が付いているのが一般的ではないですか?
ぼくがかつて勤めた会社では2台の車を所有していましたが、経営者が気配りの行き届いた女性だったこともあってか、まるで人間に付けるようなニックネームが付いていました。
だから車を買い替えるときなどはちょっとした送別会のような気分になったものです。
TinkerBellさんも書いていらっしゃるように、名前を付けたものは自然と大事に使うし、よい使い方をしようという気持ちになりますね。
私の名前は,私が物心付く前にお亡くなりなったそうですが,有名なお寺のお上人様がお付けになってくださったそうです.
変わった名前で嫌で嫌で,この名前で小学校,中学校ではいじめられたこともあり,何度名前を変えたいと思ったことか・・・
でも,この名前の名付け親が激務の中,一週間以上も悩まれた上に,その由来を聞いてからは,この名前が段々と好きになっていきました.
そして現在,この名前の由来,将来”健やかに大成する”,”人に篤く信頼され,信頼する”は,その通りになっております.
名前のおかげなのか自分の努力が実を結んだのかわかりませんが,名前とその由来は重要だと実感しております.
現在,流行に流され安易に子供に名前を付ける親が多いですが,ちょっとまってください.
名前はじっくりと考えて付けてあげてください.
そして,物心が付いたときにはその名前の由来を教えてあげてください.
ネズミは大黒様のお使いとされ、日本各地に、大黒様とネズミ、あるいは大黒様にまつわる小槌や福袋や米俵などにネズミをあしらった郷土玩具が伝わっていますね。
http://www.footandtoy.jp/event/nezumi/10.html
大黒様は食物や財産を司る神様ですから、台所を守る神様とも考えられていて、昔は台所にネズミがいることは歓迎されたという話を聞きました。ネズミは台所の食べ物を食べてしまいますが、ちょっとくらいは守ってもらうお礼だったのでしょうね。
ネズミが大黒様のお使いと言われるようになったのは、次のようないきさつによります。
大国主命が根の国の須佐能乎命の住まいにやって来ると、その娘の須勢理毘売命と出会って、このお二方は互いに一目惚れします。須佐能乎命は大国主命を招き入れますが、蛇がいる室やムカデと蜂がいる室で寝かせたりして、大国主命を窮地に立たせます。その都度須勢理毘売命が予め渡していた比礼(古代装束で女性が首に掛けていたスカーフの様な布)の力で無事脱することが出来ましたが、ついに須佐能乎命は大国主命が矢を取りに入っていった野原に火を放ってしまいました。周囲は火の海となり、逃げ道がありません。炎は迫ってきます。
その時現れたのが一匹のネズミ。ネズミは「内はほらほら、外はすぶすぶ」(穴の内側は広いよ、穴の入り口はすぼまって狭いよ)と大国主命に声をかけました。その言葉にハッと感じた大国主命が地面を踏んでみるとポコンと穴が開いて、その空洞の中に身を隠すことが出来たのです。無事炎はおさまり、大国主命は助かりました。この功績で、ネズミは大国主命のお使いに大抜擢されることになりました。
後に神道の大国主命が密教の大黒天と習合して、ネズミはそのまま七福神のお一人である大黒様のお使いということになったわけです。因幡の白兎を助けた大国主命をさらに助けたネズミは、たいしたものですね。
昔から「ネズミのいる家には火事がない」、あるいは「ネズミがいなくなると火事が起きる」などとも言われてきました。これはネズミには災害に対する予知能力があると信じられていたためだと思いますが、もしかすると炎の海から大国主命を助けた神話も関係しているのかもしれません。
このほかネズミは子だくさんなので、子孫繁栄の象徴としても喜ばれています。これは日本にとどまらず、たとえばイギリスではウエディングマウスと言ってウエディングケーキのトップに飾ったりすることがあります。また欧米のウエディンググッズには、ネズミをあしらった枕やウエルカムボードなども見られます。
十二支のトップバッターであるネズミはそれだけでも縁起が良さそうですが、調べてみると色々なFORTUNEを運んでくる存在なんですね。今年は国際生物多様性年だそうですので、これを期に改めて長く人と共存してきたこの愛すべき動物を理解し直してみるといいかもしれません。人の暮らしが目に見えない所まで隅々まで清潔なら、ネズミもけっして不潔な動物ではないはずです。
そろそろ受験シーズン真っ盛り。この時期になると決まって聞こえてくるのが「狭き門」という言葉です。しかし私が受験生だったころ、志望校に進学した先輩に「様子はどうだい」と聞かれて、「自信ないです、なんせ狭き門ですから」と言ったところ、「お前その言葉の使い方は間違ってるぞ」と言われてしまいました。
その時先輩から聞かされた話は、こんな内容でした。
狭き門というのは聖書に出てくる言葉である。滅びに通じる門は広くて道も広々としていてそこに入る者は多い、しかし命に通じる門は狭く道も細く、とても見つけにくい。だから狭き門を探してそこに入っていけとイエス・キリストは言ったのだと。
これを受験に当てはめてみろ。狭き門とは倍率の話ではない。見つけやすいありふれた道に通じる門か、見いだしにくい価値ある道に通じる門かということじゃないか?俺の大学にもありふれた進路もあれば貴重な進路もある。入っても、ありふれた道を進めばそれなりの人生だ。逆にうちを落ちて志望以外の大学しか門戸を開いてくれなかったとしても、そこですばらしい未来を掴むことも出来る。どの大学の門が広いか狭いかではなく、どの未来に通じる道を探したいかで考えろ。いいか、誰でも見つけられる道に通じる門は滅びの門だ。お前はどの大学に入るにせよ、命の門をみつけろ。入れる大学の門なんてどこでもいいんだと。
これでだいぶ気持ちが楽になりました。結果はやはり第一志望とは違う所になってしまいましたが、私は私を迎え入れてくれる場所で命の門を見つけるんだという気持ちで、笑顔でその結果を受けとめることが出来たような気がします。
受験生諸君、大切なのは入れる大学がどこかではなく、入ってからどういう道を見つけるかです。誰もが選ぶありふれた道か、自分にしか見いだせない輝かしい道か。そこが大切なんだろうと思います。今はただ、持てる実力を完全に発揮し尽くすことだけを考えてください。結果は合格発表に現れるのではなく、その後のあり方で決まります。
毛虫というと刺す虫がいたり、見た目が気持ち悪いのでキャーとなりがちだと思いますが、じつは毛虫は縁起がいいんです。たとえばこのページにある佐竹義重公甲冑の、兜の前立て。なにやら長い棒のような物の両側にポワポワしたものが付いていますが、これは熊の毛皮で作られていて、モチーフは毛虫です。
http://plaza.rakuten.co.jp/joukan/diary/200902110000/
なぜ毛虫?それには三つの意味があるらしいんです。
まず一つは、毛虫は常に前に進み、絶対に後退しないということ。あ、そうなんだ!言われてみると、毛虫のバックは見たことがない気がします。
次に毛虫は葉を食うところから「刃を喰う」の縁起担ぎで、戦の場での魔よけとなっていたということ。
最後が「源氏」。「げんじ」は古くは「けんし」「けむし」と発音されていたらしく、源氏の系統の武将には、とても神聖な音だったそうなんです。
そこで、佐竹義重公の兜の前立ては大きな毛虫。それにしても、こんなすごい兜で突進してこられたら、誰でもびっくりですね。
アメリカにも、毛虫にまつわる面白い言い伝えがあります。この毛虫はWoolly Bear Caterpillarと呼ばれている毛虫で、ずんぐりむっくりのかわいい姿をしています。色は前後が黒、真ん中が茶色。秋にこの毛虫を見つけて、茶色い部分が長ければその年の冬は暖かく、短ければ寒さが厳しいと言われています。科学的な根拠はないと思いますが、この言い伝えのある地方では、けっこう当たると信じられているらしいです。
日本でも、今年の日本海側は大雪で大変なことになっているようですが、寒さの厳しい場所では、冬が楽か厳しいかは切実な問題なんですね。それをずんぐり暖かそうな毛に覆われた、でもこれから冬を乗り越えなければならない毛虫さんに託して占う。なんかわかる気がします。
最後に毛虫にまつわるお話をもう一つ。ギリシャ神話の一節です。
コリントという所にローダンテという美しい娘がいました。やがてローダンテのもとに三人の青年がやってきてプロポーズ。でもやさしいローダンテは一人を選ぶなんてできません。困り果てて神殿に身を隠していると、そこに青年たちがやってきました。神殿の中にいたローダンテがあまりに美しかったので、青年たちは「あなたこそ私たちの信仰する女神だ」といって、彼女をアルテミスの台座に乗せようとしてしまったのです。それをアポロンが見とがめ、光の矢を放ちました。するとローダンテはバラの木になり、三人の青年たちはそれぞれ毛虫と蜜蜂と蝶に姿を変えてしまった…というお話です。
花に付き物の存在としてこうして描かれた三種類の生き物たち。蜜蜂や蝶はけっして嫌われ者ではなかったと思いますので、それと同列に描かれた毛虫も、当時のギリシャでは、当たり前の虫の一つとして受けとめられていたと思います。今の日本では毛虫は嫌われ者ですが、やっぱり毛虫も生きています。ちょっと愛情の目で見てあげると、何か新しい発見があるかもしれません。
お寺の山門や、神社の鳥居には看板のようなものが掲げられていますよね。これは「扁額」とよばれるものです。また昔の剣術道場にも名前を書いた扁額が門に飾られていました。
扁額はもちろん、室内にも掲げられていて、室内に飾られているのは、主に紙にかかれたものが飾られています。
扁額の多くは、建物の名前をさしていることが多いですよね。
その他のなものをあげて見ますと
・お寺:山号が多い。例)金龍山(浅草寺)
・神社:神号。奉られている神様の名前 例)八幡宮(鶴岡八幡宮)
・仏句:御経などから引用したことば 例)畏無施
というように建物の表札みたいな感じに見えてきます。
文字もさまざまです。基本的には高僧などが書かれた字だったりしますが、まれにいろんな意匠の文字をみかけることもあります。
まさに、この建物を文字であわしました!という感じで自己主張しているようです。
でも、これってこの建物の心なのではないでしょうか?例えば道場なんかでは、こういういう心を目指してほしい。ここの精神はこうです!のように願いをこめて書かれているものもあるような気がするんです。
そういう意味でもう一度扁額を見直してみると、なんとなくその建物の心を少しだけ垣間見ることができるような気がします。
イエには住んでいる人の名前を表札にして表しています。でも名前とは別にそこのイエの人々の心というか精神を言葉にしてあらわし、門あるいは玄関の上にひっそりと掲げてみてはどうでしょうか?
例えば、私は「温故知新」という四字熟語が好きです。前回id:TomCatさんが書かれていてうれしくてコメント残してしまいました。
室内に掲げるのも必要だとは思いますが、このイエだけの本当の心を、小さな木でもいいので飾ってみようかと思いました。
ただ、私だけが住んでいるわけではないので、ダンナとも相談して決めたいと思います。
なんか高い位置から見守ってくれるような気がします。
これは、持ち歩く物に自分の名前を書くということではありません。
そうではなく、自分の所有物ひとつひとつに命名してあげる、ということです。
たとえば、私の愛用のペンは「かくぞうくん3世」。
私の趣味の一つに詩を書くことがありますが、いつも「かくぞうくん3世、今日もお願いね」と語りかけてから書きはじめます。
すると不思議と言葉がするする湧き出てくるんです。
「かくぞうくん3世」がいない時は、ちょっと苦戦します。
そんなの気分の持ちようだよ、といわれてしまうと思いますが、その気分が大切なんです。
どんな物でも名前を付けると、とても愛着が湧いてきます。
大切に使おうという気分になってきます。
その気持ちに、物が応えてくれる。そんな気がするんです。
よく、名演奏家は名コンビの楽器を持っていると聞きます。
父が好きな音楽家の一人にエリック・クラプトンという人がいます。
「この人は自分のギターに名前を付けてるんだよ、この曲はブラウニーと名付けられたギターで弾いてる」
うーん、曲はいまいち私には合わない感じでしたが、でもギターに名前を付けているというのには感動しました。
「この黒いやつはブラッキー。古い3本のギターから最良のパーツを選び出して組み立て直した特別製といわれてる」
「名前まで付けて、愛用してたんだね」
「あまりに愛用しすぎて、指で押さえるところが磨り減って凹んでしまったらしいよ」
「うわぁぁぁ」
私は履き物にもバッグにも名前を付けます。
名前を付けたら、もう流行遅れなんてばかにできません。
「私がみゅーちゃん(履き物の名前)に一番似合うお洒落を考えるからね」
流行に流されてぽんぽん買い換えるより、今ある物を大切に生かしていくのが本当のお洒落だと思いますし、そこに個性があるんだろうと思っています。
着る物にも、主に物には名前が付いています。
だからお洗濯は、そういう仲良しのお友だちとの対話の時間。
自然と大切に手洗いしたくなって、おしゃれ着が長持ちします。
もちろんPCにも名前が付いています。
だから愛用のPCで人の悪口なんて絶対書けません。
みんなが自分のPCに名前を付けるくらい大切にしていたら、もっとネットは明るく安心なものになるのになと思います。
皆さんもぜひ、愛用の物に名前を付けてあげてください。
キッチン用品や掃除用具などにも名前を付けると、家事が楽しくなりますよ。
最近うちのキッチンに仲間入りしたのは、ココットロンドのココちゃん。
毎日のメニューを考えるのは骨が折れますが、
今日はココちゃんに頑張ってもらおうかなとか、
最近ゴローちゃんの出番がなかったなぁなんていう発想で考えていくと、毎日目先の違うメニューを思いついて、食卓がマンネリになることがありません。
ちなみにゴローちゃんというのはすり鉢の名前です。ゴロゴロw。
「ビューティフル・ネーム」という歌があります。
国際児童年(1979年)の協賛歌として作られたもので、歌詞の内容は次の通りです。
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND3871/index.html
全ての子供には名前がある。それと同じように、全ての子供には燃える命があるんだ、そんな歌です。
国際児童年は「児童権利宣言」の採択20周年を期に設けられたものでした。「児童権利宣言」とはどういうものなのでしょうか。ちょっと長くなりますが、以下にその全文を掲げておきたいと思います。
児童権利宣言
(1959年11月20日 国連第14総会において採択)
前文
国際連合の諸国民は、国際連合憲章において、基本的人権と人間の尊厳及び価値とに関する信念をあらためて確認し、かつ、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意したので、
国際連合は、世界人権宣言において、すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、同宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有する権利を有すると宣言したので、
児童は、身体的及び精神的に未熟であるため、その出生の前後において、適当な法律上の保護を含めて、特別にこれを守り、かつ、世話することが必要であるので、
このような特別の保護が必要であることは、1924年のジユネーヴ児童権利宣言に述べられており、また、世界人権宣言並びに児童の福祉に関係のある専門機関及び国際機関の規約により認められているので、
人類は、児童に対し、最善のものを与える義務を負うものであるので、
よつて、ここに、国際連合総会は、
児童が、幸福な生活を送り、かつ、自己と社会の福利のためにこの宣言を掲げる権利と自由を享有することができるようにするため、この児童権利宣言を公布し、また、両親、個人としての男女、民間団体、地方行政機関及び政府に対し、これらの権利を認識し、次の原則に従つて漸進的に執られる立法その他の措置によつてこれらの権利を守るよう努力することを要請する。
第1条 児童は、この宣言に掲げるすべての権利を有する。すべての児童は、いかなる例外もなく、自己又はその家庭のいづれについても、その人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位のため差別を受けることなく、これらの権利を与えられなければならない。
第2条 児童は、特別の保護を受け、また、健全、かつ、正常な方法及び自由と尊厳の状態の下で身体的、知能的、道徳的、精神的及び社会的に成長することができるための機会及び便益を、法律その他の手段によつて与えられなければならない。この目的のために法律を制定するに当つては、児童の最善の利益について、最高の考慮が払われなければならない。
第3条 児童は、その出生の時から姓名及び国籍をもつ権利を有する。
第4条 児童は、社会保障の恩恵を受ける権利を有する。児童は、健康に発育し、かつ、成長する権利を有する。この目的のため、児童とその母は、出産前後の適当な世話を含む特別の世話及び保護を与えられなければならない。児童は、適当な栄養、住居、レクリエーシヨン及び医療を与えられる権利を有する。
第5条 身体的、精神的又は社会的に障害のある児童は、その特殊な事情により必要とされる特別の治療、教育及び保護を与えられなければならない。
第6条 児童は、その人格の完全な、かつ、調和した発展のため、愛情と理解とを必要とする。児童は、できるかぎり、その両親の愛護と責任の下で、また、いかなる場合においても、愛情と道徳的及び物質的保障とのある環境の下で育てられなければならない。幼児は、例外的な場合を除き、その母から引き離されてはならない。社会及び公の機関は、家庭のない児童及び適当な生活維持の方法のない児童に対して特別の養護を与える義務を有する。子供の多い家庭に属する児童については、その援助のため、国その他の機関による費用の負担が望ましい。
第7条 児童は、教育を受ける権利を有する。その教育は、少なくとも初等の段階においては、無償、かつ、義務的でなければならない。児童は、その一般的な教養を高め、機会均等の原則に基づいて、その能力、判断力並びに道徳的及び社会的責任感を発達させ、社会の有用な一員となりうるような教育を与えられなければならない。
児童の教育及び指導について責任を有する者は、児童の最善の利益をその指導の原則としなければならない。その責任は、まず第一に児童の両親にある。
児童は、遊戯及びレクリエーシヨンのための充分な機会を与えられる権利を有する。その遊戯及びレクリエーシヨンは、教育と同じような目的に向けられなければならない。社会及び公の機関は、この権利の享有を促進するために努力しなければならない。
第8条 児童は、あらゆる状況にあつて、最初に保護及び救済を受けるべき者の中に含められなければならない。
第9条 児童は、あらゆる放任、虐待及び搾取から保護されなければならない。児童は、いかなる形態においても売買の対象にされてはならない。
児童は、適当な最低年令に達する前に雇用されてはならない。
児童は、いかなる場合にも、その健康及び教育に有害であり、又はその身体的、精神的若しくは道徳的発達を妨げる職業若しくは雇用に、従事させられ又は従事することを許されてはならない。
第10条 児童は、人種的、宗教的その他の形態による差別を助長するおそれのある慣行から保護されなければならない。児童は、理解、寛容、諸国民間の友愛、平和及び四海同胞の精神の下に、また、その力と才能が、人類のために捧げられるべきであるという充分な意識のなかで、育てられなければならない。
いかがでしょう。特に第3条を見てください。全ての子供には、その出生の時から姓名を持つ権利があると書いてあります。「ビューティフル・ネーム」という歌は、単純に名前イコール生きている存在のあかしというイメージを歌ったものではなく、こうして国際的に宣言された子供の権利の中から名前という要素を代表的に取り出して、それを意識することで、他の全ての権利も同様に意識してほしいという願いが込められていることがわかるのではないでしょうか。
子供の名前を呼ぶ時、そこに命の尊厳と自由と権利が一緒にあるんだと意識すること。これはきっと全地球的なFORTUNE、幸運・幸せにつながります。
日本仏教の最初の寺と言われ、推古天皇元年(593年)聖徳太子によって造立が開始されたとされる四天王寺。その中心伽藍の東に位置する聖霊院(別名:太子殿・太子堂)には、「猫の門」があります。猫の出入り口ではなく、猫の彫り物が門番をしている門、なんです。
太子堂此の門に猫の彫物あり、世人左り甚五郎の作といひ伝へり。元朝此猫声を発るといひて、猫の門と呼ぶ。
(摂陽落穂集)
猫が何を守っているのかというと、同院内にある経堂に納められた経文です。猫が日本にやってきたのは、遣隋使や遣唐使が持ち帰った経文の守り役として。船に乗せられ、遠く故郷を離れて日本まで、貴重な経文がネズミや虫にやられないように守ってきたのが猫だったんです。その猫が、今も経文を守り続けている、というわけです。
この門は慶長年間の大坂の役で消失していますが、その後再建され、そこに伝説の大工・彫刻職人、左甚五郎の作による猫の彫り物が掲げられたと言われています。徳川家によって再建された門の猫は、日光東照宮の眠り猫と一対になっていると言われ、東照宮の眠り猫が向かって左側を頭にして座っているのに対して、聖霊院の猫は向かって右側を頭にしています。前述の摂陽落穂集からの引用に「元朝此猫声を発るといひて」とありますが、元朝、つまりお正月の朝にはこの猫の彫り物が鳴いたんですね。名工左甚五郎の作品とされる物にはこういった様々な逸話が残されていますが、言い伝えによるとなんと元日の朝には、東照宮の眠り猫も一緒に鳴いて、大阪と日光の間でにゃーにゃーと呼び合ったとか。
その後、享和元年(1801年)12月4日、落雷によって再び四天王寺は火災に見舞われました。ここで猫の門も再度焼失していまいましたが、難波村(現在の大阪市の西半分あたり)に住む農民が機転を利かせて彫り物を外し、これだけは焼失を免れたと伝えられています。
猫の門の門前には、かつて「猫の門の猫売り」というのがいたそうです。そこで売られていた「猫の門の猫」は土作りの猫の置物に彩色を施した郷土玩具のような物ですが、当時の花柳界や芸人達の間ではこれが鼠除け、すなわち財産を守ってくれる縁起物として珍重され、神棚に供えられたりしていたそうです。また本当にネズミの通り路に置かれる鼠除けとしても、広く庶民に親しまれていたということです。
「猫の門の猫」は門の消失によって一時途絶えたようですが、その後再び門前で売られるようになり、明治期に売られていた物には、
第一 寝てよき果報を得る
第二 猫は陰を食ふ獣なれば家が陽気になる
第三 愛敬を増す
第四 待人来る
第五 鼠減る
といった霊験があるとする説明書きが添えられていました。「寝てよき果報を得る」とか「愛敬を増す」なんてちょっと笑っちゃいますが、「猫は陰を食ふ獣なれば家が陽気になる」というのは本当ですね。猫がいるだけで家の中がどんなに明るくなるかは、きっと猫を飼っている誰もが経験していることでしょう。
現在日本にいる猫のほとんどは、野良猫を含め、経文を大切に日本まで運んできた猫の子孫です。猫を見たら日本文化の基礎を築いた動物の末裔としても、どうか大切にしてくださいね。以上、「門」と「動物の縁起」のふたつにまつわるお話でした。
ダニというと「町のダニ」のように、良くない存在の代名詞となっていますが、なんとダニの中にも縁起がよいと喜ばれる種類があります。その名も「タカラダニ」。生態は屋外性で、人の暮らしの中に入り込んでアレルゲンとなったりする虫ではありません。
正確にはダニ目前気門亜目タカラダニ科に属する生き物で、この中のカベアナタカラダニは、GW明けから7月くらいまでの間、日当たりの良いコンクリートの壁などで見ることが出来ます。体長1mm~2mmくらいの小さな赤い虫です。
この種類のダニの一部は、幼虫期にはセミなどの昆虫に寄生して生活します。昔の子供はこのタカラダニのついたセミを宝物として大切に扱ったそうです。セミの体を観察すると小さな赤い虫がついていることがありますが、それがタカラダニの子供ですね。
このように昔から珍重されてきた虫ですが、その生態はあまりよくわかっていません。何を食べているのかもよく研究されておらず、とりあえず花などにも集まってくることから、花粉を食べることはわかっています。コンクリートの壁でよく見かけるのも、多孔質の壁の表面に入り込んだ有機物を食べているからといわれていますが、詳しいことは解明されていないようです。
この虫が人を刺すかについても未解明で、前気門類に属するダニはストローのような口をしてして、それでエサを吸い取るという食事の摂り方をしますが、口が尖っているからといっても、日本ではまだ確実なヒトへの刺咬例は報告されていないそうです。海外では数例報告があるそうですが、エサを吸い取ろうとして偶発的に刺してしまったものとの見方が有力です。同じ前気門類でも、植物に深刻な被害を与えるハダニなどとも違うので、人に対する被害は全くといっていいほどありません。
逆にこのタカラダニはアブラムシやメイガ、ドクガ、コメツキムシ、アブ、ドクグモの仲間などに寄生してやっつけてくれるので、農業を助ける虫として歓迎されていたようです。特に稲作において大きな被害を及ぼすメイガ科の天敵としてはそれこそ宝物。姿は小さいけれど、豊作のための大切なパートナーだったんですね。
ところが近年、この虫の発生が不快であるとして、役所や保健所などに苦情が寄せられる事例が急増しているのだそうです。京都府保健環境研究所によると、最初の苦情報告は1987年。何の被害もないのに、ただ不快だというだけで虫を殺し始めたのが、きっとこの時期なんでしょうね。
同研究所のサイトには次のように書かれています。
タカラダニ類の中には、幼虫期に、セミ、カマキリなどの昆虫類に寄生する種がいます。もともとは、セミに赤いダニがくっついていると宝物を抱えているように見えるということから、この種のダニをタカラダニと呼ぶようになったと言われています。
気持ち悪いと決めつけず、この季節だけに現れてくる、不思議なダニ、タカラダニ。その生態をじっくり観察してみませんか?
新しい発見があるかもしれません。
門といえばここ。
富岡八幡で有名です。
深川めしが有名ですよね~
お出しが美味しいです。
お参りのついでに寄って見るのが活きです
栃木県など一部地方では、ゴキブリのことを「コガネムシ」と呼んでいたそうです。由来は、ゴキブリの卵は卵鞘という保護層の中に入っているから。この卵鞘が財布に似ているということで商家などでは縁起物として珍重し、卵鞘を除去したり、親であるゴキブリを追い出したり殺したりすることは避けてきたのだそうです。
イエの中でよく見られるクロゴキブリ、チャバネゴキブリなどは一応日本産と考えられていますが、種類としてはアフリカ原産の虫に近く、はるか昔にそうした熱帯の地域から日本に渡ってきたものと考えられます。
そうした元は熱帯雨林に生息していた昆虫ですから、寒さや乾燥には弱いのです。そこで日本のゴキブリは朽ち木や落ち葉のかげに住んで寒さをしのぎながら、夜になると出歩いて菌類や樹液、朽ち木や昆虫の死骸などを食べて「森の掃除屋」として生きてきたわけですが、人間が発達した暮らしを営むようになると、最適な住みかとして人家の中に入り込むようになりました。でも、すきま風が吹き込むような家や、室内でも綿入れを着込まないと寒くてたまらないような家(昔の農村などはそれが標準でした)には住めません。ゴキブリが住めたのは、裕福な家に限られていたんです。これもゴキブリが「コガネムシ」と呼ばれる由来の一つでした。
こうした「ゴキブリが住むのは金持ちの家」という考え方は海外にもあり、かつてはヨーロッパの一部でも、結婚祝いや新築祝いなどとしてゴキブリが贈られたことがあったとか。引っ越しの時にも一緒に連れて行った、なんていう話を聞くと、本当に豊かさの象徴として大切にされていたんだなぁということがわかります。
http://www.1101.com/dr_insect/2006-01-01.html
ちなみに家住性のゴキブリは古代ギリシャ時代から記録されているとのことで、世界の多くの地域で身近な昆虫の一つとして認識されていますが、これを害虫扱いする民族性は、世界規模で見ると稀な部類に入るのだそうです。
日本の場合、豊かになったといっても比較的近年まで都市基盤が脆弱で、ゴミの山やくみ取り便所の中などにゴキブリが多く生息していたことから、不潔な虫として嫌われるようになったようです。実際、日本でも昔は、俳句においては夏の季語として扱われていました。日本でもゴキブリが害虫扱いされはじめたのは、人口が一極集中を始めて以降の特殊な事情によるものと考えられそうですね。
野口雨情が作詞した歌に「黄金むし」というのがあります。
黄金むしは金持ちだ
金藏建てた藏建てた
飴屋で水飴買つて來た
黄金むしは金持ちだ
金藏建てた藏建てた
子供に水飴なめさせた
野口雨情は明治15年5月29日、茨城県多賀郡磯原町(現・北茨城市)の、廻船問屋を営む名家に生まれました。ゴキブリをコガネムシと呼ぶならわしがあった時代の、ゴキブリを大切にする家柄に生まれ育ったと推測されます。もしかするとこの歌の主人公のコガネムシも、ゴキブリのことだったのかもしれません。
ツバメは、巣を作っても大切にされていますね。その気持ちが、幸福を呼ぶのじゃないですかね。
少しまえにゴミを捨てにいったらゴミ置き場に門松が捨ててありました。門松は年神をイエに迎え入れるために飾るものなのに用が済んだら一般ゴミに出してしまってよいのでしょうか。
たしか神社などで燃やしていたと思いますが…正式にはどのように片付けるのがよいのでしょうね?
とは言っても、笑ってばかりじゃいられないんですよね~
ヘビの夢を見ると金運があると聞いて宝くじを購入したことがありました。
結果外れましたが言い伝えとしてはよく聞くものですね
http://plaza.rakuten.co.jp/overnight/7022
蛇に関しては診断の依頼も多く、その不気味さ から、何かよくない兆しではないかと
心配される方も多いようですが、 心配ばかりもしていられません。
霊力が高いと崇められる蛇には、金運や財力、幸運の上昇を象徴する ありがたーい
お告げ的な意味があるんです♪
しかも、蛇が太くて数が多いほど金運がUPするんですよ!
蜘蛛は大の苦手です。好きな人ってあまりいませんよね。
占いとかが嫌いなので画数を気にしないでつけたそうです。
名札は挨拶代わりです。
門前仲町もそうですが、寺社の周辺一体は門前町としておまいりに来る人たちのためにいろいろなお店を立てて反映してきたところですよね。そしてその町が門前町と地名が残されているところも多くあります。
全国にもいろいろ門前町がありますよね。現在も門前町としての歴史的風致をとどめている地区は重要伝統的建造物群保存地区に選定されて保存されているところも多々あるようです。京都の清水寺の産寧坂などがそれにあたります。
そのお寺や神社にちなんだ料理やお菓子などが名物になって、ますます栄えるというわけです。
昔の人の娯楽はこういうおまいりにいくことでしたので、全国にいろいろ門前町ができたのですね。
近辺だと、名古屋では大須、岐阜では谷汲山の華厳寺の門前町があります。
ただ、最近はこうした門前町が廃れて、そこにあるお店をたたむところが増えてきているというのも事実です。こうした門前町とよばれる自治体や観光協会がそろって「門前町サミット」を開催して地域活性をはかっているようです。なんと最近におこなわれたのは2008年で、どうやら岐阜県で開催されたようです。
こうした歴史ある門前町が活性化されていくために、がんばってほしいと思います。
少しずつでいいから、全国門前町めぐりってやってみたいです。