THEME:「あなたが訪れたマチ、出会った人〈旅先ふれあい物語〉」を教えて下さい
「街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!」と展開してきた“イエ・ルポ”の続編コーナーです。“イエ・ルポ 2”では、特にマチとイエ、人と家族のドラマやものがたりを語らっていきませんか?毎回のテーマに沿って、あなたのルポをご投稿下さいね!
豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで、みなさまのご参加をお待ちしています!
*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿下さいね!
「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731
テーマ詳細とルポ例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20100319
プレゼント変更ご案内
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080729
※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。ご回答頂く時にもご参考下さい。また投稿期間中はできるだけはてなスターのご利用を控えて頂けますようお願いいたします。
※質問は3月25日(木)正午で終了させて頂きます。
生の桃を皮ごと使った夏向きアイスティー
使う茶葉は、セイロンやダージリンなどさっぱりとしたものが向いています
そして香りの出てしまった桃には、紅茶の香りがついています。そのままかじってもおいしいですが、ヨーグルトと一緒に食べたり、牛肉の煮込みに加えるとコクと甘みが出ておいしく使えます。
ピーチリキュールをレモンスカッシュで割るピーチツリーフィズ。オレンジジュースで割るファジーネーブル。どちらもバブルのころに大流行しましたね。ミルクで割って食後のデザート代わりにいただくのも美味しい飲み方です。使いやすい小瓶で売られていることも多いので、是非手に入れて使ってみて下さいね。
皮をつるんと湯むきした白桃を、白ワインのシロップで優しく優しくマリネした極上デザート。口に入れた瞬間、白ワインとピーチリキュール、そしてほのかなミントの香りがふんわり。キリっとしたミントソースで引き締めています。
これ私も直した事あります!
以前自転車が趣味だった時、小旅行をかねて1人で山の方へサイクリングに出かけました。
途中、高校生くらいの女の子が「すみません!!」と声をかけてきたので何だ!??と思ったら自転車がパンクしたと・・・
素人ながらですが、パンク箇所を直しました。
どうして僕に声をかけたの?と聞いたら
彼女の父親が自転車が好きな人で、パンクをしたら自転車乗りに助けて貰いなさいと教えられたんだとか。
直し終えて帰ろうとした時
「電話番号を教えて下さい!」と言われたので逆ナンか!?と
ちょっとワクワクしてしまいましたがww
後ほど彼女の親御さんからお礼の電話がありました。
今時こんなきっちりお礼をしてくれるなんて凄いいい家庭で育ったんだな〜と感心してしまいましたね。
大学時代に住んでいた土地に先日遊びに行ってきました。
よく通った居酒屋で仲良くなった店長。バイトをしていたラーメン屋の仲間。そして大学の友人。みんなに会ってきましたが
昔と変わらなくて懐かしかったですね。
久しぶりなので緊張してしまいましたが会えば一瞬にして昔のような雰囲気に!
こういう場所があるってのもいいもんだなと思いました。
ちょっとした小旅行気分でしたが昔懐かしの色んな人とふれあえて楽しかったです!
スキー場に行ったとき
リフトが一緒になった女の人がいました。
同じ県民ということもあり、リフトが登りきるまでに色んな話をしました。
リフトを降りて、じゃあ楽しんで下さいね〜と行って別れたんですが
下に降りてまたリフトに乗ろうとした時、偶然またさっきの女の人に出会い
一緒にまたリフトに乗りました。
滑るペースも一緒なんでしょうか・・・
結局3回も一緒にリフトに乗って、それからは一緒に滑る事に!
話も弾み、年もわりと同年代だったので楽しかったですね〜
一緒に休憩したり、最後まで楽しみました。
それからは2度くらい一緒にスキー仲間としてスキーに行く仲になりました。
通院しているうちに友達になりました。同じ病気っていう共通点があるので、自然と仲良くなれて不思議でした。
上越市には何度か行ったことがありますが、「謙信公祭」は時期を外していて、一度も見たことがありませんでした。会場はどこだろうとネットを探してみたら、おおー、春日山駅周辺じゃないですか。去年の交通規制図をpdfで見つけて今見ていますが、だいたいあたりの様子が思い出せます。
春日山は、まさに謙信公の城下町だった所ですよね。高田は松平忠輝が高田城を築いて以来の高田藩の城下町。そして直江津は、遥か時代を遡ると律令時代の越後の国府だった場所。それぞれに深い歴史を刻んできた地域が一つになって新しい市が生まれたわけですよね。
私は平成の大合併には基本的に反対の立場でしたが、こうして歴史ある地域が力を合わせてそれぞれの歴史を受け継ぎつつ発展していこうとする姿には、また素晴らしいものがあると思います。
ほんと、vivisanさんの書き込みを見て、ぜひ行ってみたくなりました。8月下旬かあ。私は毎年8月はお盆前後に忙しさのピークを迎えますので、場合によると疲れ果てて玉砕している時期に当たってしまうかもしれませんが、全く知らない場所ではないだけに、あの通りが武者行列で埋まるなどと考えると、もう血が騒いで仕方ありません。というか、私も鎧を着込んで合戦の再現に参加してみたい!!
ま、それは無理でしょうが、うまく時間が取れたら、見物だけでも参加してみたいですね。vivisanさんの勇姿も、ぜひぜひ拝見してみたいです(^-^)
以下はフィクションではありません。本当のお話です。でも、フィクションにまとめ上げてみたいような、ちょっと不思議な〈旅先ふれあい物語〉だったんです。しばらくの間、そんな話にお付き合いください。
さて、本題です。道の駅に車を止めると、国道を挟んだ向かい側の山の中腹に、ピンクに染まった一角が見えました。桜だ!! もしかしたら山桜?
距離はそんなに離れていないようでしたので、早速行ってみることにしました。国道を渡ってそれらしい脇道を入っていくと、坂の両側に古い民家が並ぶ集落が広がっていました。それを抜けると小さな橋があって、車両通行止めの札が出ています。橋を渡るとその先は山道でした。
杉の木立の間をテクテク上っていくと、直進する細い道と、左折する耕運機くらいなら通れそうな道に分かれるT字路がありました。どう見ても左折が正解と広い方の道に入ろうとすると、前方の細い道をサッと横切る何かの影が見えたんです。それもすごく小さな・・・・。大きさはリスくらいに見えましたが、私の目には真っ白な毛皮のように見えました。
何だろう・・・・。進路は前進に決定。細い道を上っていくと、道はすぐ左に大きく曲がっていきました。あたりをキョロキョロ見回してみましたが、もう白い小さなモノの姿はどこにも見えませんでした。
そりゃそうだよね。あのスピードで横切っていったなら数十秒後には深い深い森の中。見つかるわけないかと割り切って山道を歩いていくと、突然大きな広場に行き当たりました。畑ではなく、広場なんです。草ぼうぼうですが、そこはかつて公園だったような場所に見えました。そして広場の端に一本、見事な桜が咲いていたんです。
道の駅から見えた場所とは違いますが、ここはここで素晴らしいので、早速その立派な桜の木の近くに行ってみることにしました。種類はおそらく山桜。山桜はソメイヨシノなどに比べて寿命が長い木なので、かなりの大木になることがありますが、この桜もそうでした。
桜の横には、石碑が建っていました。
「○○小学校跡地」
ああ、ここは元小学校の校庭だった所なのか。きっとさっきの横路を入った先に集落があって、そこの子供達が通っていた学校だったんだろうと納得しました。
桜の木の下に腰を下ろして、道の駅で買ったおにぎりを食べていると、目の前に子供が一人現れました。10歳くらいの女の子。
「こんにちは」
地方の子供はこんなふうに、見知らぬ人にも元気良く挨拶をしてくれます。
「はい、こんにちは」
私も挨拶を返すと、女の子は私の隣りに座って、おにぎりちょうだい、と言い出しました。
「えー、知らない人から食べ物もらっちゃダメでしょう」
「もう挨拶したから知らない人じゃない、一個ちょうだい」
困りました。今のご時世、見知らぬ子供に食べ物をあげている所を人に見られてしまったら、変質者扱いされかねません。
「えーとね、挨拶したぐらいじゃダメなの。おウチの人みんなが知っている人じゃないとダメなんだよ」
「おウチの人ならいるよ、ほら、あそこにおじいちゃん」
「どこ?」
「見えない? ほらほら、あそこ」
女の子が指さす方を見ても、ちょっと人の姿は見当たりませんでしたが、どこか木や草の陰になった所にいらっしゃるんだろうと思い、とりあえず会釈をしておきました。
女の子はごろんと草の上に寝転がって、気持ちいいよ、と言いました。もうおにぎりは諦めたようなので、私も食べかけをリュックにしまって、一緒に寝そべってみました。一応人目を気にして、1mほど離れています。
「きれいだねー」
「ほんと、きれいだ」
真っ青に晴れ渡った空の下に広がる桜。さやさやと木の葉を揺らして通り過ぎる風。
私は女の子に聞いてみました。
「君、このへんの子?」
「・・・・うーん、このへんといえばこのへん、遠くといえば遠く」
「言葉、東京とおんなじだね」
「うん、テレビとかみんなそうだから」
「いつもどんなことして遊んでるの?」
「えーとね、ここに学校があった頃は・・・・」
え?
女の子は歌を歌い始めました。不思議な歌です。
「いちらー いっせー いっちー ちったらー ちょんまーげ」
顔を上げると、女の子は立ち上がって、鞠つきのポーズをしながら歌っていました。これを「にーらー にっせー」「さんらー さんせー」「よんらー よんせー」と十まで数えながら繰り返していきます(歌詞はちょっと違うかもしれません。うろ覚えです)。
「ほら、一緒にやって」
ちょんまげって何だよw 言葉の意味は全く分かりませんが、私も鞠をつくまねをしながら一緒に歌いました。最初は照れてしまってなかなか歌えず、女の子に「ちゃんと大きな声で」と叱られてしまいましたが、何度か歌っているうちに歌と鞠つきのリズムが分かってきて、ちゃんと鞠をつくポーズをしながら上手に歌えるようになりました。一から十まで、十回くらい歌ったでしょうか。ほぼ百まで数えたことになりますね。
「ぽーん」
女の子は次に、鞠を投げてよこすポーズです。私も、おっとっととキャッチするポーズをして、えーいと投げ返します。ナイスキャッチ。女の子は今度は全力投球のポーズ。私がバシッと両手で受けとめるポーズをすると、女の子は、へへへーと腰に手を当てて、すごいでしょうのポーズ。それがなんだかおかしくて、二人で草の上にしゃがみながら、大笑いしてしまいました。
「はー、くたびれた、こんなに遊んだの久し振り」
女の子は再び草の上に大の字になって寝そべりました。
「桜、きれいねー」
「ほんとに綺麗だね」
私達はしばらくまた、美しい空と桜、そしてそよ風を楽しみました。
「ねえ、ここ、好きになった?」
と女の子が聞きました。
「うん、大好きになった」
と私は答えました。
「じゃ、また会えるね」
「うん、また桜の季節にきっと」
「おじいちゃんが呼んでる、またね」
「うん」
体を起こして女の子に手を振ろうとすると、もうそこには誰の姿も見当たりませんでした。あの、山の中には不似合いな女の子は、一体誰だったんでしょう。その後一度同じ場所に行ってみたことがありますが、桜の季節を外していたためか、女の子に会うことはありませんでした。
青春18キップで旅に出たことがありました。時刻表とにらめっこをして、夜は出来るだけ列車内で過ごして宿泊代を浮かす貧乏旅行です(注:夜行に乗るには18キップ以外に指定券が必要になることがありますので念のため)。
そこには色々な出会いがありました。
まず列車の中。18キップの旅は主に車窓からの眺めを楽しむ旅になりますから、昼間もほとんど列車に乗っています。18キップで乗れるのは普通列車だけですから、色々なその土地の人との出会いがあるのです。列車はボックス席が多いですから、相席になった人がアメをくれたり、私もお返しにお菓子を勧めたり。こういうのは楽しいですね。
お年を召した方は方言を使われる方が多いので、なかなか話が聞き取れないことがありますが、私が旅の途中であることを知ると、その土地に伝わる昔話などを聞かせてくれる方もいました。土地の言葉で、その土地に伝わる昔話。こんな素晴らしい体験は滅多にできません。
昔話には、話の終わりに独特の言葉がつく場合があります。ドラマの題名にもなった「どんどはれ」はその一例で、めでたしめでたしといった意味らしいですが、そういった言葉が地域によって色々あります。そういうのまで付けて語ってくれるおばあちゃん。愛が籠もった昔語りです。
ご飯の時も、土地の人との色々な触れ合いがありました。地方にはコンビニなんてほとんどありませんから、駅前にあるよろずやさんのようなお店で食べ物を見つくろったりします。すると、こんな所でパンを買うより少し行ったところに美味しいラーメンの店があるからそっちへ行った方がいい、歩いて10分、一本道だから分かりやすいし、次の列車までに間に合うよと教えてくれるお店がありました。しかも車出してあげるからと、お店をほっぽり出して送ってくれたりして。
すみません、ありがとうございますとお礼を言うと、なぁに、俺もラーメン食いたくなったのよとご主人。結局行きも帰りも車で送って頂いてしまったことがありました。もちろん列車の中で食べますからと、パンやお菓子をたくさん買わせて頂きました。
スケジュールの組み間違いでうまく列車が接続せず、今夜は駅寝だなと思っていたら、うちに泊まりに来いと誘ってくださった方もいました。18キップは期間内なら一日くらいずれても通用しますから、翌日は旅を一日中断して、一宿一飯の恩義でそのお宅の畑仕事を手伝わせてもらいました。仕事の合間に飲んだお茶の美味しかったこと。勤労の素晴らしさを初めて体験したのはこの時だったかもしれません。
たった5枚セットのキップで得た素晴らしい人達との出会い。ほんの短い期間でしたが、それまでの人生の中で、そしてその後の人生にとっても、得難い経験となりました。
大学時代、無謀にも自転車旅行をしてみたくなりました。といっても旅の経験がないので、とりあえず足慣らしにと、隣県まで行って一泊野宿をして帰ってくるというプチ旅行を計画して出かけました。が、早朝出発して、お昼過ぎにはもう挫折。自転車を止めて弁当を食べて、さあ出発と漕ぎ出したらガタガタガタ。パンクです。
まったく未経験者というのは困ります。パンク修理剤も持っていません。自分の甘さにほとほと愛想が尽きて路肩に座り込んでいると、セーラー服の女の子が自転車で通りがかりました。
あんたこんなところで何やってるの、と言われ、パンクというと、この支度自転車旅行でしょう、修理剤持ってないの、しょうがないなぁと、落ち込みに追い打ちをかけるようなお言葉です。そんなに言うなよ、俺も自分の間抜けさに愛想が尽きてる所なんだからと言うと、その子は言いました。でも犬も歩けば棒に当たるだよ、どんなアクシデントもラッキーに変わるかもしれない、現にこうして私と出会ったわけだしと。
あのー、犬も歩けばは、じっとしていればいいのに余計な行動を起こして災難に遭うたとえじゃないですか、今の俺みたいにと心の中で言いつつも、作り笑顔でそうだねと答えると、あ、わかってないな、ここで私に会えたのはすごいラッキーなんだよ、そう思いなさいと、お母さんみたいな口調です。
ほら、ラッキーが向こうからやってきたと女の子が叫びました。おーいと手を振って車を止め、町まで行く?悪いけど帰りに自転車のパンク修理剤買ってきて、予備もあるといいから2本お願いねと頼んでくれていました。
あの車、夕方またここを通るから、そうしたらパンク直して帰れるよとのこと。あれ誰?と聞くと、うちの親戚、とのこと。いつもこのくらいの時間に仕事で通るから、今日も来ると思ってたんだ、とのことでした。
修理剤が来るまで一緒にいてあげるね、私がいないと車が戻ってきても見過ごされちゃうかもしれないからと、それからその女の子はずっと一緒にいてくれました。女の子は私が退屈しないようにとの配慮でしょう。色んな話をしてくれました。学校のこと、この地域のこと、そして今片思いしている相手のこと。
私ってこんなふうに気が強いから、男子には引かれちゃうんだよね、お兄さんもけっこう引いてるでしょうと言われて、最初はそうだったけど今は優しい人だと思ってると答えると、そうなのよ、こうやって長い時間一緒にいればそういうのが伝わるはずなのに、そのチャンスがないのと唇を尖らせていました。
二人で一緒にいられる時間はなくても、同じ学校の中にいれば、きっと君の良さが伝わるよと言ったら、ありがとうと言って、遠くを見つめていました。本当にその相手のことが好きなんだなと、そんな気持ちが伝わってくる横顔でした。
日が西に傾きかけたころ車がやってきて、パンク修理剤が手に入りました。シューッとチューブに注入して、少し走ってまた戻って遠心力で馴染ませて応急修理完了です。
ありがとう、本当に助かったとお礼を言うと、お別れにこれ上げると、カバンから蛍光色の反射タスキを出して手渡してくれました。夜道の安全のためにと。これは君が使った方がと言うと、それ格好悪いから使ってないの、学校は使えっていうんだけどと言って私の手に握らせてくれました。
色々話し聞いてくれたからお礼だよと言って、女の子は夕暮れの道を自転車で走り去っていきました。東京から地方の大学に行き、そこで出会った救いの女神。思えばそれが、大学の外では初めての、その地方での人との触れ合いだったように思います。
大学の寮を訪れてみたいですね。楽しい日々の印象だけが残っています。徹夜でマージャンをしたり、スポーツで汗を流したり、若かったあの頃を思い出したいですね。
それほど詳しくない土地に言ったときには、タクシーの運転手さんにオススメのお店を聞いています。色々な道やお店を知っている方たちなので外れはほとんどありません(たまにありますが・・・)。よくわからない土地に行ったときには、タクシーの運転手さんにぜひ聞いてみてください。
私はどちらかというと地元の方言が出ない方ですが、家族と電話をしたり、古い友人に会うと一気に方言になります。方言を使う場面は、心をゆるしているような場面だと思うので、土地土地で方言を聞けると嬉しくなります。
あれは高校生の時でした。旅、といっても、お盆休みの親の実家への帰省です。両親は法事の日程の都合があったので先に出発していて、私は学校のクラブの都合で一日遅れでの出発でした。
キップは親が手配してくれたので、豪華に指定席です。隣の席に座ったのは、品格が感じられる紳士でした。列車が出発してしばらくすると、その紳士が「どちらまで?」と話しかけてきました。しばらく話し込んでいるうちに、なんとその紳士には壮大な夢があることがわかりました。
その人は話し始めました。私は地域学というものを確立したいと思っているんですよと。今まで歴史や民俗学、経済、自然科学など様々な分野に分かれて研究されてきたものを、東京なら東京、広島なら広島といった地域ごとにまとめ直して、それを東京学、広島学といった系統だった学問に高めたい、あなたもこれから帰省するそのマチを研究してみませんかと、そうおっしゃるのです。
まだあなたのマチの専門研究者はいないでしょう。マチの歴史や文化や産業や自然などを研究している先輩はたくさんいるでしょうが、マチにある全てを研究対象として、そこから見つかるものを体系的にまとめ上げていこうとする人はまだいないはずです、今ならあなたがあなたのマチ学の先駆者になれるんですよと。
何だかよくわかりませんが、燃えてくる話でした。その人は言いました。歴史と自然、自然と文化、文化と経済、とにかく地域にあるあらゆるものに何かのつながりや共通点があると考えて見つめていく。するとそこに、何千年と積み重ねてきた地域の人々の営みが見えてくる。今、地域に存在する全てはそうした積み重ねの結果であると考える限り、全ての事柄には、何かのつながりの糸があるんだと。その糸が紡ぎ出しているものが、地域と呼ばれる存在なんだと。
どんどんわからなくなっていきましたが、しかしイメージは掴めてきました。わかりました、やってみますと答えると、その紳士はうれしそうに、がんばってください、私もがんばりますと言ってくれました。
私がイエはてなに入れ込む理由の一つは、この紳士との出会いがあったからかもしれません。マチを、地域を見つめていくイエ・ルポは、この紳士の言っていた地域学の一環を成していく力を秘めています。イエはてなからイエ文化、イエ学を創出していこうという声がありますが、同時にイエはてなからは、地域学の芽も育っていくと思います。あの時の出会いがイエはてなとの出会いにつながっていて、今それをここに書いているのかと考えると、何だか不思議な気がします。
今は地域学で検索すると、たくさんのサイトがヒットします。すでに大学にも地域学部といった学部名が見つかる時代になってきました。もしかしたらあの紳士も、そうした広がりの中で活躍されているのかもしれません。
たこ焼きが安く、海遊館がおもしろかったです。知り合いの先生のところを尋ねて時間があまりなかったですが、気さくな方が多かったです。
ダイヤ改正で懐かしい長距離深夜列車が廃止される。
さよなら列車への哀愁はファンの集合によって表される。
一生の思い出に深夜列車のウエデングも良いですね。
旅は環境を変化させる。
思いも変わる。
旅行の良い所ですね。
母校は時には懐かしさの故郷。
懐かしさと郷愁は思い起こされる。
そんな情景も良いですね。
以前中学の卒業旅行で大阪へ行ったとき、地図を持ってウロウロしているだけで
迷ったか?と向こうから声をかけていただいた事がありました。
小心者の私には声をかけていただいて本当に嬉しかったです!
そして、道を教えてくれたあと、気ぃつけて!と言ってくれて
暖かい街だなと思いました。