「千利休」に関する逸話・伝説、トリビア、雑学についての情報を集めています。


例えば
●「切腹せよ」と命じる秀吉の使者に対し、千利休が言った言葉は「お茶の支度が出来ております」。
●茶室を造る際、横柄な態度を取る大名がいたため、茶室の入り口をあえて狭く造った(自然に身を正すように)
●千利休の本名は「田中与四郎」。

その他にも、「さすが千利休!」「すごい!」と思えるエピソード、
または、「へぇ~、千利休ってそんな人だったんだ~」と意外に思えるエピソードなど、
「千利休」にまつわる情報、ご存じでしたらご回答下さい!

よろしく御願いいたします!

回答の条件
  • URL必須
  • 1人2回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2010/03/26 01:40:31
  • 終了:2010/04/02 01:45:03

回答(10件)

id:powdersnow No.1

powdersnow回答回数1301ベストアンサー獲得回数652010/03/26 02:24:24

ポイント15pt

千利休が最期の茶会に用いた「泪」という茶杓が現代に残る。

「利休七哲」と呼ばれる弟子の一人、古田織部に与えられ、位牌代りに拝んだとも。

http://www.tokugawa-art-museum.jp/artifact/room2/01.html

id:shoma22

徳川美術館に収蔵されているんですね。

なんかちょっといい話でもありますよね。

 

ありがとうございます。

2010/03/27 02:16:10
id:yhgtt44 No.2

yhgtt44回答回数103ベストアンサー獲得回数02010/03/26 02:29:26

ポイント15pt

千利休には、こんな話があります。

それは、飛喜百翁(ひきひゃくおう)という人に招かれたときのこと。

当時、スイカはまだ珍しく珍味と呼ばれていた頃に、百翁は貴重なスイカを利休に振る舞い、やはりその頃は貴重品だった砂糖をかけて出したのです。

招いた側としては最高のもてなしをしたつもりでした。

しかし、利休は砂糖がかかっていない部分だけを食べるとさっさと帰ってしまったのです。

それは、「スイカにはスイカの味があるのに、砂糖をかけてしまうとは…」ということだったとか。

http://blog.livedoor.jp/zatugaku_door/archives/194024.html

id:shoma22

そのままの味、になぜ細工をするのか、という利休の怒りだったのでしょうか…。

考えさせられます。

ありがとうございます。

2010/03/27 02:17:33
id:dacks1 No.3

dacks1回答回数89ベストアンサー獲得回数42010/03/26 03:22:56

ポイント15pt

秀吉は利休の茶の湯の弟子でしたが、最期は勘気に触れ切腹を命じられてます。

切腹の理由はいろいろ推測されているようですが、利休が茶道において非常に

厳格で権力者にたいしてもまったく妥協をしないばかりか、秀吉の成金趣味や

にわか茶人ぶりを嘲笑するような態度が諸所にみられたことが二人の対立の

土壌になったと思われます。

 

その根拠とも言うべきエピソードをいくつか。

 

・秀吉が黄金のお椀と紅梅を持ってきて、「これを活けてみよ」と言うと、

 利休は梅のつぼみをしごき取って、パッとお椀の水に散らした。

 

・秀吉がしたり顔で茶碗に挿していた野菊を、後から茶室に入ってきた利休が

 無造作に抜き取って、わきにポイと捨てた。

 

・有名な「黄金の茶室」で接待された大友宗麟は、のちに「秀吉に意見を言える

 のは利休しかいない」と言っている。

 

あと、大徳寺の金毛閣の山門に、雪駄履きの利休像を置いた(その下を秀吉に

くぐらせた)のが死罪の直接の原因という説もあります。

http://www.hatena.ne.jp/

id:shoma22

諸説あるんですかね。

なぜ切腹させられたのか、気になります。

ありがとうございます。

2010/03/27 02:18:51
id:itsumonogetsuyoubi No.4

itsumonogetsuyoubi回答回数569ベストアンサー獲得回数192010/03/26 07:32:06

ポイント15pt

http://trivia-zatugaku.blogspot.com/2007/02/no624.html

千利休の本名は「田中」

http://pcscd431.blog103.fc2.com/?mode=m&no=310

千利休は新田一族の末裔か?

http://getter-plue.b.to/niku/967

お好み焼きを考えたのは「千利休」であるという説

id:shoma22

お好み焼きをあの千利休が!?

意外です。

ありがとうございます!

2010/03/27 02:19:17
id:Baku7770 No.5

Baku7770回答回数2832ベストアンサー獲得回数1812010/03/26 11:58:42

ポイント15pt

http://www.tv-tokyo.co.jp/tohoho/back/040716.html

 日本三大悪妻の一人おりきの話しは有名ですね。利休は割れた茶碗を修理、つなぎ目に漆を塗って

「これこそわびさびである」と誤魔化したと言う続きがあります。

id:shoma22

面白いですね~。

ありがとうございます!

2010/03/27 02:20:53
id:bmtdh133 No.6

bmtdh133回答回数101ベストアンサー獲得回数02010/03/26 12:24:00

ポイント15pt

お好み焼きを考えたのは「千利休」であるという説

http://getter-plue.b.to/niku/967

id:shoma22

上にもありましたね。

ありがとうございます。

2010/03/27 02:22:08
id:yhgtt44 No.7

yhgtt44回答回数103ベストアンサー獲得回数02010/03/26 17:28:51

ポイント15pt

千利休(大永2年(1522年) - 天正19年2月28日(1591年4月21日))は中世末期、安土桃山時代の茶人。何も削るものがないところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すというわび茶(草庵の茶)の完成者として知られる。父は田中与兵衛。千利休の本名は「田中与四郎」。

http://trivia-zatugaku.blogspot.com/2007/02/no624.html

id:shoma22

ありがとうございます!

2010/03/27 02:23:02
id:Rytandrezone No.8

Rytandrezone回答回数1073ベストアンサー獲得回数472010/03/26 21:45:12

ポイント15pt

茶道の祖、千利休にこんな逸話があります。ある日のこと、ひとりのお弟子が庭の掃除をしていました。ひとつ残らず落ち葉をはききよめ、きれいに掃除をすませました。ところが利休は、まだ掃除は終わってはいないと、せっかくきれいになった庭に落ち葉を数枚、はらはらと散らせたそうです。

http://hachisu-net.com/salon/shoushin1.html

id:shoma22

これ、どこかで見ましたが、

要は、葉っぱという愛でるものが無いと寂しいってことなんですよね!?

ありがとうございます。

2010/03/27 02:24:06
id:hanaakari6 No.9

hanaakari6回答回数10ベストアンサー獲得回数02010/03/27 09:49:03

ポイント15pt

何故切腹を命ぜられたかは諸説ありますが、

非常に職人肌のブライドの高い人だったのは事実のようですね。

秀吉はそれがだんだん小癪に感じるようになり、山崎待庵以来蜜月のようだった

2人の関係は冷え込んでゆきます。

自分が愛でた赤楽の茶碗より「黒い茶碗のほうが美しい」と利休が思っていることを

秀吉は感じていたのでしょうね。

権威で万人を跪かせようとする天下人。

額ずくのはただ美しいものに対してのみという信念を貫く天下一の茶の湯者(もの)。

互いに譲ることなく、最後は信念に殉じる美しさを見せつけるように利休は自刃して果てました。

http://president.jp.reuters.com/article/2009/12/25/0DC2BE7E-E573...

id:sekigahara1600 No.10

sekigahara1600回答回数10ベストアンサー獲得回数02010/03/29 20:36:55

ポイント15pt

利休は切腹で死んでいるが、その母娘は拷問にあって死んだとか。。。。。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1320776...

コメントはまだありません

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません