私は下記のことで頭を悩ませています。


(1)人間より知性が高いものは、結構不安定で虚弱なのではないか?と思うようになりました。
多くの演繹やシミュレーションをしているうちに、思考自体がカオスになってしまうからです。
人間より知性が高いものの具体的なイメージが湧きません。

(2)これからロボットが多くの職業の代替えをし、知性が高くなる?時に自分は何をするべきかわかりません。
創造性が大事とか言うけれど、創造性だって代替えできるんではないの?と思ってしまいます。

これらの悩みを解決もしくはアドバイスしてくれる「人物」「サイト」「書籍」を探しています。
何卒宜しくお願い致します。

※オカルト、宗教、スピリチュアル以外でお願い致します。

回答の条件
  • 1人2回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2010/05/17 22:55:06
  • 終了:2010/05/20 21:19:48

回答(8件)

id:ko8820 No.1

ko8820回答回数1221ベストアンサー獲得回数692010/05/17 23:22:39

ポイント20pt

(1)単なる妄想です。

(2)心配しなくても、あなたが生きてる間には、意識や心を持つロボットは登場しません



ペンローズの“量子脳”理論―心と意識の科学的基礎をもとめて (ちくま学芸文庫)
Roger Penrose
4480090061

皇帝の新しい心―コンピュータ・心・物理法則
Roger Penrose
4622040964

id:ey272

ご回答ありがとうございます。

単なる妄想かもしれませんね。

2010/05/18 21:48:04
id:rafting No.2

ラフティング回答回数2652ベストアンサー獲得回数1762010/05/18 00:13:30

ポイント20pt

ネアンデルタール人の方が知性が高かったかもしれません。

ネアンデルタール人の脳容量は現生人類より大きく、男性の平均が1600cm3あった(現代人男性の平均は1450cm3)。しかし、頭蓋骨の形状は異なる。脳頭蓋は上下につぶれた形状をし、前後に長く、額は後方に向かって傾斜している。また、後頭部に特徴的な膨らみ(ネアンデルタール人のシニョン)がある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8...

id:ey272

ご回答ありがとうございます。

良く調べてみます。

2010/05/18 21:48:21
id:student34 No.3

student34回答回数93ベストアンサー獲得回数42010/05/18 01:10:34

ドレイファスの,「コンピュータには何ができないか」とか「インターネットの限界」をお勧めします。

id:ey272

ご回答ありがとうございます。

読んでみたいと思います。

2010/05/18 21:48:48
id:TAK_TAK No.4

tak回答回数998ベストアンサー獲得回数842010/05/18 10:16:38

ポイント20pt

リンク先の書籍が解にはなりませんが、

参考にはなるはずです。

http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0711/11/news001.htm...






※ 「解決しました!」「目が覚めました!」

とか、

※ 「(根拠はないけど)そんなの有り得ません」「そんなはずはありません」

とか、

※ 「難しいですね」「不思議ですね」


みたいな事を言っちゃうようでは

あなたが、その程度の知性(と根性)しかない低レベルな存在であるということの証明です。

id:ey272

ご回答ありがとうございます。

リンク先は読んだことがあります。

解決しそうにもありません。

2010/05/18 21:49:17
id:hathi No.5

hathi回答回数208ベストアンサー獲得回数462010/05/18 21:11:50

ポイント200pt

私は下記のことで頭を悩ませています。

(1)人間より知性が高いものは、結構不安定で虚弱なのではないか?と思うようになりました。

多くの演繹やシミュレーションをしているうちに、思考自体がカオスになってしまうからです。

人間より知性が高いものの具体的なイメージが湧きません。

(2)これからロボットが多くの職業の代替えをし、知性が高くなる?時に自分は何をするべきかわかりません。

創造性が大事とか言うけれど、創造性だって代替えできるんではないの?と思ってしまいます。

これらの悩みを解決もしくはアドバイスしてくれる「人物」「サイト」「書籍」を探しています。


悩んでいるという表現が表していることが私には不明です。

悩みでが一杯です。精神科などの助けが必要ですと言うような状態をもっていて、

質問されているのでしょうか。

あるいは、テーマにうまく答えを見いだせない、答えは出したが疑問があるということ

を[頭を悩ませている][悩みを解決したい]と修辞的に言われているのかがわかりません。


[悩んでいる]状態を解決したり、悩みの解決へのアドバイスを受けることがご希望であれば、

精神科の医師、メンタルアドバイザー、カウンセラーを探し求めてはいかがでしょうか。

インターネットの検索でも、色々な視点で探すことができます。

自宅から通えるところを探すのが一番良いと思います。いくら高名の医師でも、ネットや電話では

悩みを解決するのはムリではないかと思います。

良い医師に遭遇するのは結構難しいのですが、まだカウンセラーの方が良い人に会える可能性が

高いように思います。なお仮に良い医師に遭遇できないとしても、重症化してからだと厳しいので

本当に[悩んだ状態が厳し]くて長く続いているようならば、通える近場で医師を捜すべきでしょう。

なお、知的(知性ではありません)に冷静に理解して、セルフコントロールできる状態ならば、

臨床心理の書籍を読んだり、放送大学の講座を聴取するのも良いと思います。

(あまり一般的なうつがわかる本、これで悩みが解決する本とかは、お薦めしません)

(マスコミに頻繁に登場する売れっ子のベストセラーも、お薦めできません)

  http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/H22/kyouyou/B/ippan_jinbun/s_11...

  http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/H22/kyouyou/B/sinri/s_1510401.h...

  http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/H22/kyouyou/B/sougou/s_1628216....


それほどの重症な状態ではないが、このテーマが頭からなかなか離れてくれないので何とかしたいという

ことならば、他に興味を持てるテーマをやっている人とコンタクトしてはいかがでしょうか。

自宅でパソコンに向かっている時間を減らすこと、ブログやTwitterに費やすのをできるだけ

止めた方が良いと思います。 精神科の医師が、そうしたことを勧めることもありますが、

何もできないひどい状態から少しでも自発的活動ができるようになるためには良いことですが、

そういうひどい状態でなければ、『自分の思いにこだわり続ける』ことから早く脱出した方が良いです。

仮に、将棋が好き、楽器演奏が好き、料理が好き、ドライブが好きと言うようなことがあれば、

そうしたことに熱中している明るい人とコンタクトすることで、自分自身も頭の切替ができます。

自分一人でやるのではなくて、人と一緒に時間と場所雰囲気を共有して遊ぶ、楽しむ感覚です。

そうすれば、人類や自分の将来に関する漠とした不安にとらわれることは減ってしまうと思います。

そうした人物を捜すのは、あなたが行動するのが一番です。

本やサイト、携帯などではなくて、活動が行われている場所に出かけて、声をかけるのが一番

良いと思います。



頭を悩ませている状態からの解決することがey272さんの希望ではなくて、

(1)(2)が質疑応答の質問課題であって、この質問課題に関する回答をしてくれる

[人物/サイト/書籍]を探しておられるのであれば、

もう少し課題を整理されれば、ご自身でも探しようがあると思います。

現状 ey272さんの質問を私が読む中では、課題の突っ込みがわかりません。

軽く表面を並べて文章にしたものとの区別かつかず、ey272さんが知りたいポイント、

解決したいテーマが見えません。

質問への回答になるかわかりませんが、コメントをします。


(1)-1 人間より知性が高いもの

 知性をどのように理解され位置づけて「人間より高い知性」を持つものを探しておられる

 のでしょうか。

  【知性】=「的確なシミュレーションパラメータを見極め」「高速に計算できる」こと

   とは普通は考えないと思います。 私の考えは、この回答の最後に書きます。

 

  知性を8つにわけている人もいます。 他にもいろいろあるでしょう。

  http://www.aurora.dti.ne.jp/~hkusano/manda16.html

  http://www.ringolab.com/note/daiya/2010/03/post-1168.html

 (知性をどう考えるかについての書籍や研究はいろいろあります。探してください)

   人以外には知性がないとか、人以外の知性は別次元で人にはわからないとすれば、

     [人間より知性が高いもの]を引き出せません。

     従って、人間より知性が高いもののをイメージすることは論理的にできません。

   以下は[人以外にも知性がある]としての前提です。

 知識や感覚とは別の(識別能力+価値選択)のことを知性と考えるならば、

 人は一人一人知性が異なるが、人と犬、犬と象、鯨と人でも知性が異なるとすれば、

 人には人と言う生物のもつ知性があり、その人間のバンドを越えてもっと高次の知性を理解するのは

 論理的にムリです。

   猫が猫を越える知性を持つ生物の知性を理解するのはムリというのと同じです。

   猫は人間を認識できますが、猫の知性を越えて高次の知性を持っていると言うような

   認識はできないでしょう。

   仮に、現在、将来、過去において、人間よりも高次元の知性を持つものがいたとして、

   人間がそのものを○○という生物だと認識できたとしても、その○○が人間よりも高次元の

   知性を持っているという認識は、人間にはできないでしょう。

(1)-2 知性が高いものは、結構不安定で虚弱

 人間の知性に関して言えば、知性が高いと不安定になり虚弱になるという説を知りません。

 人間の知性を越えた高い知性になった場合にどうなるのかは、私にはわかりません。

 人間に関して言えば、発達心理学などでも、発達が正常に進行しないで、

 特殊な阻害が起きた場合に、不安定が顕著に見られる傾向としています。

  http://www.tmin.ac.jp/medical/13/develop2.html

 身の回りを見ても、知性が高く見える人が不安定で虚弱なようには見えません。

 例外が多くあるものの、全体的傾向としては、心身が健康で明朗快活な人が知的であることが

 多いようです。知的に低レベルで情緒も精神状態も健康状態も安定してしまっている人もいますが、

 あまり明朗快活には見えません。(快活ではなくて、別の明るさです)

 はっきりはいえませんが、知性が高い人の方が状況の変化や苦境に対して安定的だと思います。

(1)-3 解が見つからないことと 思考の非収束 不安定

 多くの事柄は明確にはわかっていません。最先端で研究している人は未分明のことに

 チャレンジしています。その方が専門のことを見るならば、不明なことばかりでしょう。

 そうした研究者は多くの場合、平均以上の理解力や論理力を持っています。そういう方の

 知性は低いとはいえないと思います。(知性の定義によるでしょうが)そういう先端

 の研究者が思考の非収束で不安定になっているということはないと思います。

 わかったつもりになっているのは、何も知らないでいるし、知らないことに気づかない

 人です。それはその状態で思考そのものがなくなっていて、ある意味安定しています。

 即決する解答が見当たらないかどうかでは、人が不安定になるかどうかは決まりません。

 現状に何の疑問を持たないので,解答そのものを持つことがなくても、それで人が不安定に

 なることはありません。

(1)-4 解が見つからないことと知性の高さ

 [多くの演繹やシミュレーションをしているうちにわからなくなっちゃう]というのは

 詰め将棋に挑戦している私のような状態なのでしょう。

 詰め将棋にはきちんとした解があります。わからなくなってしまうのは、単に

 シミュレーションが不完全だったり、パタン認識の下手さによるものです。

 詰め将棋と知性はイコールではないでしょうが、他のことが同じレベルで詰め将棋が

 解ける人と解けないでこんがらかる気分になる人とを対比した場合には、解ける人の方が

 知性が高いと見なされるでしょう。

 多くの演繹やシミュレーションをしているうちに分けがわからない気分に陥る人は

 知性が高い人ではなくて、知性が低い人ではないでしょうか。

 将棋の知性(?)が高い人は、難しい問題でも混乱せずに解けるだろうと考えるのが

 普通だと思います。

 今、ギリシャの問題でユーロや世界の政治経済がごたごたしています。どうすれば

 良いのかを考えたとして、考えれば考えるほどわからなくなってしまうということは

 あります。純然とした思考問題ではなくて、利害や習慣、心情の調整を含むものは、

 単純に思考やシミュレーションで解けるものではないと思います。しかし、この問題にも

 最大限に思考を巡らせる人がいます。おそらく、不確実性の検討を繰り返すことに

 なりますが、こうしたことをやれる人は知性も高い人です。

 知能が低い場合には、こうした不確実な問題に取り組むことそのものが苦痛になり、

 とても継続して取り組みを続けることはできないと思います。強制的にやらせれば、

 心理か精神に変調を起こす危険もあると思います。

 論理的にはみんなによい解が見つからないことに積極的に関われる高い知性を持っ

 ている人は、そうしたやっかいなことはとてもやれない低い知性を持っている人よりも、

 不安定で虚弱であるということはないと思います。

 解が見つからないと感じたり、解が見つからないことに気づいても、さらに突き進める

 人の方が知性は高くて、知性が低い人は解があるかないかも気にしていないし、

 未解明の問題や課題の存在にも気づかないのではないでしょうか。

(1)-5 知性が高いもののイメージを描く

 人間の範囲を超えた高い知性については、どんな知性があるのかもわかりません。

 人間の範囲で言えば、知性と教養はセットで考えても良いと思います。

 知性と教養は、その人の属する社会集団の中での相対的な比較であり、イヌイットと

 アボリジニとMBA取得者では、評価する内容、イメージされる高い知性の持ち主も

 変わると思います。

 どのみち、その属する社会集団の中で重要とされる知識が欠けていたり、その社会で

 今何をどうすると言うことを直感的即刻に自然に判断し言葉や行動に表すことが

 できることが「その社会で知性ある人」と評価される源になります。

 日本においても、西暦250年、500年、750年、1000年、1250年、1500年、1750年、

 2000年で、知性が高い人はいたはずですが、その時代時代で、知性が高い人の

 イメージは違っていると思います。時代や社会、世代(20歳代、50歳代)で、

 同じ基準では知性という言葉で表す具体的なイメージは違うと思います。

 ey272さんは、人間を越える高い知性の具体的なイメージを描けないと思われて

 いるようですが、人間の中での高い知性の普遍的イメージは描けるのでしょうか。

 仮にey272さんがそのイメージを持って行って、イラクで反政府活動をしている

 500人に示して、過半数から消極的賛同以上の意見をもらえると思いますか。


(2)-1 これからロボットが多くの職業の代替えをし、知性が高くなる?時に

    自分は何をするべきかわかりません。

 これは頭を悩ませることなのでしょうか?

 人間は空を飛べません。遠距離を泳ぐこともできません。多量の運搬もできません。

 多くの加工は、人間のできる精度や安定性、速度を遙かに越えて行われています。

 情報通信も、人間が身体を使用してできることを越えています。

 そうした時代、社会にあって、「自分は何をするべきかわかりません」と悩むのは非常に少数だろう

 と思いますし、そのような悩みを述べても、多くの理解は得られないと思います。

 ロボットが人間よりも何でもできるので、「自分は何をするべきかわからない」というのは、

 どういう根拠や心理なのか、説明をお願いします。

 [自分は何をするべきかわかりません]が、『[ロボットが知性が高くなった場合には

 わからなくなる]という仮定、将来に関する予測』を述べているのであれば、

 (ey272さんが今は、何をすべきかはわかっているし、悩んでもいない)のであれば、

 ロボットが人間以上に高い知性を持ったとしても、そのときには、そのときなりに

 自分がすべきことを持てるはずです。 今から、将来について懸念する必要はありません。

 ey272さんがどのような方か知りませんが、おそらく、運動神経、芸術的才能、

 計算能力、記憶力どのようなことをとっても、ey272さんがとても及ばない人が沢山おられる

 はずです。 ey272さんの身近にも何人かはey272さん以上の人いるのではないでしょうか。

 それでも『今は、ey272さんは、やることがわからなくて悩んではいない』のですよね。

 自分よりもレベルの上の存在があると、自分は何をすべきかわからなくなるのでは、

 100人のうち99人が自分は何をすべきかわからなくなることになるでしょう。

 他の人が自分よりも優れているので、自分がすべきことがわからないと言う質問をする人に

 そんなにあったことがありません。

(2)-2 創造性が大事とか言うけれど、創造性だって代替えできるんではないの?

 創造性が大事ということを否定する気はありませんが、創造性を発揮できる

 場面は少ないですし、創造性を発揮し続けている人はいたとしてもごく少数でしょう。

 20才から40才までの健康で心身に特別の障害を持っていない人間が100人いて、

 全員が家庭や職場などで今後3年間過ごすとします。(入院や刑務所に行かない)

 その場合、この3年間に何人がどのくらい創造的なことをすると想像しますか?

 多くの人は、1000日以上創造性を発揮することなく過ごすのではないでしょうか。

 私の場合過去3年間を振り返った時、多少の工夫をしたことや新たな提案をしたことも

 思い出しますが、数えるほどですし、創造的?と言われるようなことではありません。

 そして大半は、周りでやっていること、先輩後輩がやっていたことの中での取捨選択の中で

 やってきています。

 パソコンにしても長足の進歩をします。前には自分にはとてもできなかったこと、

 やり方もわからなかったし、原理さえもどうなっているのか見当がつかないのに、

 パソコンや携帯電話で、いろんなことができてしまいます。カーナビやアマゾンでの

 買い物をしても、そのサービスの充実振り、気の使ってくれる程度は、とても

 私や私の周りにいる人が懸命になってもできるものではありません。

 色々な条件を考慮しつつどうしたら良いのかを示すということでは、もうパソコンや

 携帯、ナビには、人間個人は敵いません。

 なにが創造的なことかわかりませんが、創造性をロボットがもったところで

 不思議ではないし、そのときに人間がロボットに敵わなくなるのではなくて、

 現時点で、多くの製造業、運搬業、金融業の現場で、人間にはできないしっかりした

 判断と作業(処理)をしているのではないでしょうか。

 こうした時代に、ey272さんが[自分がすべきことがわからない]と今悩んでいるのでなければ、

 ロボットが創造性を発揮したり、人間の感情に即した行動をとるようになったとしても、

 [自分がすべきことがわからない]と悩むようにはならないと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「知性は予測する能力」で、「知性の向上は、複雑な事象でも高精度に予測することができるということ」、

『「普遍的な法則を見つけ」「的確なシミュレーションパラメータを見極め」「高速に計算できる」ことが

 知性の向上のために大切だ』とは、私は思いません。

 知性は単なる知識の正確性や知識量、素早く検索したり計算できることではなくて、

 その人間社会での行動や発言等の妥当性・模範性を含んだものであると思います。

 知性と、知能、感情とは違うものを指していると思います。

 ロボットが知能や運動能力、各種の感知能力を付けて、知性や創造性ももつという場合だって

 考えられると思います。

 それが困難だ、簡単ではないとしても、100人中60人よりはすべての面で優れたロボットを作り出すのは

 そんなに先のことではないと思います。

 

 自分よりも他人が、その優れた他人よりもコンピュータやロボットの方がより知性的であるとしても、

 そのような状態であっても、自分のやるべきことがわからないと言うようなことはあり得ないと思います。

 周りが自分より知性が高いと、自分のやることがわからなくなるというのが、

 どのようなロジックや心理で出てくるのかがわかりません。

 別件ですが、学校教育では年齢主義が今は世界中で採用されています。

   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E4%B8%BB%E7%BE%A...

 上記のサイトにも書かれていますが、

   現在は、授業に付いていける生徒は

    小学校で7割、中学校で5割、高校で3割であるという

   不登校児童生徒が13万人を超えた

 こうしたことが言われていると言うことは、人間と言っても、同年齢を見ても、知的水準や身体的状況は

 非常に大きくばらついていることがわかります。

 十把一からげにしたイメージで、[人間の知性、人間の知識、人間の能力]という主語や目的語で、

 比較的短い文章で、何かを論じて断じることにはムリが生じると思います。

 そうした問いに回答するのも難しいです。

 できれば、もっと主題を明確にして質問をしてください。そうすれば、良い回答が得られると思います。

id:ey272

ご回答、長文で頂き、感謝しております。

下記、コメント致します。


>悩んでいるという表現が表していることが私には不明です。

表現乏しく申し訳ないです。

悩んでいるというより、考えていて解がないので、だれか解を教えてほしいということです。


>(1)-1 人間より知性が高いもの

>仮に、現在、将来、過去において、人間よりも高次元の知性を持つものがいたとして、

>人間がそのものを○○という生物だと認識できたとしても、その○○が人間よりも高次元の

>知性を持っているという認識は、人間にはできないでしょう。

同感です。

しかし、私が定義している「知性は予測する能力」というのであれば、

天気を現在より驚くほど正確に予測したり、政治経済の出来事を正確に予測・対応するなんらかの生物・集団があれば

私は「よくわからないけど、自分より高次元の知性を持っている」と判断できると思います。


>(1)-2 知性が高いものは、結構不安定で虚弱

>はっきりはいえませんが、知性が高い人の方が状況の変化や苦境に対して安定的だと思います。

脳神経細胞に限度がある人については、ある程度安定的と言えると思いますが、

無限に近く計算できる計算機(ロボット)があったとして、それが安定的な振る舞いをするかどうかわからないと思います。


>(1)-3 解が見つからないことと 思考の非収束 不安定

>そういう先端の研究者が思考の非収束で不安定になっているということはないと思います。

ポアンカレの問題に従事した研究者で、自殺された人/精神的に不安定になられた方がいたと聞いております。


>(1)-4 解が見つからないことと知性の高さ

>解が見つからないと感じたり、解が見つからないことに気づいても、さらに突き進める

>人の方が知性は高くて、知性が低い人は解があるかないかも気にしていないし、

>未解明の問題や課題の存在にも気づかないのではないでしょうか。

同感です。


>(1)-5 知性が高いもののイメージを描く

>人間の中での高い知性の普遍的イメージは描けるのでしょうか。

確かに人間の中で高い知性の普遍的イメージは描けません。


>(2)-1 これからロボットが多くの職業の代替えをし、知性が高くなる?時に

>自分よりもレベルの上の存在があると、自分は何をすべきかわからなくなるのでは、

>100人のうち99人が自分は何をすべきかわからなくなることになるでしょう。

よく、仕事場で頭もいいし、行動力もある人が一人でどんどん仕事をこなしていく事がありますよね。

ああいう時ってその他の人は、どちらかというと自分で穴を掘ってまた埋めるみたいな仕事をしています。

ロボットは量産できるというメリットがあるので、「仕事場で頭もいいし、行動力もある人」を量産できるわけです。

そうなったら、私たちのやれることは少なくなるのではと思っています。

確かに介護などの人間ならではの仕事は、将来にわたってニーズがあるでしょう。

うーん。たしかにその時考えればいいことなのかもしれませんね。杞憂かもしれません。


私が「自分のやるべきことがわからない」と言っているのは、

現在のやんわりとした人間の能力の格差を前提として言っているのではありません。

知性・知識・能力を備えたロボットが「量産できる」「24時間フルで稼働できる」時代が来たとして、

その時、私が対価を得られる仕事として、なにか社会に貢献できることがないのでは?と思ってしまうということです。

私は寝て、食べて、ゲームをやって、だらだらと過ごす以外にやることがないのではと思ってしまうということです。

2010/05/18 22:51:21
id:ita No.6

ita回答回数204ベストアンサー獲得回数482010/05/18 22:14:30

ポイント100pt

人間の頭で、人間以上の存在を見てきたかのように語るのがSF作家の仕事。というわけで以下はいずれ劣らぬ名作です

アッチェレランド (海外SFノヴェルズ)

アッチェレランド (海外SFノヴェルズ)

  • 作者: チャールズ・ストロス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • メディア: 単行本

太陽系は金融botに支配され人間は通貨になってます

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: テッド・チャン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • メディア: 文庫

収録の「理解」。脳機能を最強に強化した超人同士のスーパーバトル。

id:ey272

ああ、面白そうです。

さっそく注文致しました。

2010/05/18 23:12:21
id:student34 No.7

student34回答回数93ベストアンサー獲得回数42010/05/19 00:25:49

ポイント100pt

回答3のものです。

やりとりを拝見したうえで,改めて書かせて頂きます。

まず,最初にお勧めしたドレイファスは是非読んでほしいと思います。きっと得るところがあると思います。

あと,あなたが1つめの疑問で言われているのは,いわゆる「フレーム問題」のことではないかと思いました。あらゆるパラメータを加味して問題解決する人工知能は,今現在それほど重要ではない無限のパラメータについてまで計算しようとして,ストップしてしまうという問題です。

「フレーム問題」は人工知能研究における,当初から続いている大きな未解決問題です。このキーワードでいろいろ調べてみらっれていはいかがでしょうか。ただし「フレーム問題」という言葉は,文脈や分野によって違う使われ方をするので注意して下さい。

そういう問題を分かりやすく解説してくれている本として,

大村 平「人工知能のはなし」

をお勧めします。

(2)のほうの問題ですけど,ご心配のことはもう既に起こっています。多くの職場で人員削減が起こっています。今まで10人でやっていたことを5人でやっています。サービス残業を強制するなど,雇用環境の悪化というのもありますが,コンピュータの存在の影響のほうが大きいです。そして人の仕事は,もはやコンピュータを動かすのではなく,コンピュータの奴隷と化しつつあります。

人間はコンピュータにできないことを探していかなければなりません。それを見つけることが人間にとっての未来への希望になると思います。そしてこれについては,色んな人が既に語っていると思います。

ただ,現状では,まだまだ人工知能には限界のほうが多いですから,ここ数十年は心配しなくてもいいと思います。

でも,来るべき未来に備えて,意識し,準備しておくことは,有益だと思います。私は,やはり人間関係力だと思いますね。ここだけは,コンピュータができるできないっていうんじゃなく,人間でないと意味がないことですから。

id:ey272

ご回答ありがとうございます。

フレーム問題について私も勉強不足ではありますが、確率(低い事象の確率を0とみなす)と強化学習(自分に有益な事を優先して学習・計算)でなんとか解決できるのではと思っています。


2についてのコメントは同感です

2010/05/19 07:32:26
id:hathi No.8

hathi回答回数208ベストアンサー獲得回数462010/05/20 05:06:35

悩んでいるというより、考えていて解がないので、だれか解を教えてほしいということです。

[知性・知識・能力を備えたロボットが「量産できる」「24時間フルで稼働できる」時代が来たとして、その時、私が対価を得られる仕事として、なにか社会に貢献できることがないのでは?と思ってしまうということです。

私は寝て、食べて、ゲームをやって、だらだらと過ごす以外にやることがないのではと思ってしまうということです]この言葉を読むと、回答が欲しいのではなくて、[先を懸念している≒悩んでいる≒杞憂/神経症的な悩み]と言う気もします。なお、ey272さんのコメントに対する追加コメントと問題に対する回答に近いと思う追加回答を記載します。

また、今回が2回目の回答で,回答の上限になるので、沢山書いています。



しかし、私が定義している「知性は予測する能力」というのであれば、天気を現在より驚くほど正確に予測したり、政治経済の出来事を正確に予測・対応するなんらかの生物・集団があれば、私は「よくわからないけど、自分より高次元の知性を持っている」と判断できると思います。

ある生物集団が将来の出来事を予言しても、それが実現することかどうかを人間には評価判定できません。その時間が経過した後にある生物集団が予言した通りのことが起きたことが判明しても、まだそのときが到来していないことについては予言されたことが実現されるかは人間には判定できません。単純なことですが、丁半賭博のようなことで、これから7回目までの出目を予言されて、5回目まで予言通りに目が出たとして、次の6回目、7回目の目は正しく予言されると判定できますか? 私ならば、5回目までが一致したことに驚嘆はしますが、6回目、7回目が正しく予言されているだろうとは判定しません。

人間には将来について確実な予測をするのは難しいのだと思います。

[政治経済の出来事を正確に予測・対応するなんらかの生物・集団がいる/いた]ということが、人間には(ey272さんにも)わからないと思います。

なお人間に予測はできないと言っても、[新幹線に乗っていて8時に京都に着く]と言う予測をすることを不誠実だという気はないですし、[2034年4月1日にも地球は太陽を公転し、自転している]と言う予測は99.9999………%確実だと思います。

種には種に応じた知性の限界があると思います。人間には知性/理性/論理性の高い人も低い人もいますが、高くても限界があります。チンパンジーで優秀な個体がいて今日の午後、明日以降などの時間の観念を持っていたとしても、2034年4月1日となると何を問題にしているのかさえも意味がわからないと思います。

人間には、人間の知性限界を超えたものの高次な知性を理解できないと思います。

また、個人を見た場合に、自分よりも理性や知性が優れていると感じるのは、自分の限界をわずかに超える人に接した場合であって、大幅に差がありすぎると理性や知性の差があると言うようには理解できないのではないかなと私は思っています。

意味合いは全然違いますが、数学の天才たちの話を聞くと、その天才を天才だ/すごい研究成果を出していると認めることができた人ってすごいなと思います。ガロア、関、ニュートンなどのような人が日本人として再生(うまれかわり)、私の6ヶ月前に生まれて、日頃顔を会わせていても、私はきっと彼の仕事の価値を理解することができないでしょう。



脳神経細胞に限度がある人については、ある程度安定的と言えると思いますが、無限に近く計算できる計算機(ロボット)があったとして、それが安定的な振る舞いをするかどうかわからないと思います。

[無限に近く計算できる計算機]の意味がちょっとわかりかねます。高性能の計算機は不安定になるというものではありません。計算機は人間が作って動かします。今のパソコンでも無限ループを作るのは簡単です。マシンが電気的に変調を起こさない限り、無限に計算をします。パイの計算でも計算を続けることだけを目的にするなら延々と計算を続けますが、安定動作します。

計算の結果、答えが一意に決まるとか、ある範囲や値で循環するとか、収束/発散するとかは、問題/課題の与え方によって決まります。

予測をさせる場合には、通常確率をセットにして計算させます。(そうしない場合もありますが)地球の気候のシミュレーションでも起きることの可能性の高さで計算します。条件をいくつか決めて計算します。先が確定しないことでも複雑なことでも計算が不安定になったり、コンピュータがおかしくなったりはしません。高次の知能/知性を持つものならば、先が確定しないことについては可能性を考慮した計算で、ある程度のところで計算結果を出すようにするはずです。計算を開始したら結論は出ないで動いたままになってしまうような計算はしません。そんな計算をさせるのは高次の知能/知性を持つものがやることではありません。

計算機ではないですが、将棋を指すときに、5手先まで読めれば、その先は読めなくても、5手目の状態が良いかどうかを自分なりに評価して1手を打ちます。7手先まで読める頭脳の人ならば、7手目の状態を評価して1手を打ちます。9手目まで読める人、11手目まで読める人が、将棋盤を前に困ってしまうと言うものではないと思います。

予測と知性の話ではなくて、人間や生物について考えます。個体は死に種として存続を続けるのが生物では普通です(個体として死がはっきりしないものもあるようですが)。 (同一種の中では、次世代の個体発生時の変化/変異がたくさんあっても、生存に適したものが生き残る確率が高い)という原則があるようです。この原則から見ると、子供が生まれた場合、親よりも知性/知能等が優れるか劣るか同等かは確率の問題でどうにもならないが、成長の過程や次の世代を生む過程で、同世代の中で知性/知能/身体機能等が優れる個体の方が確率的には孫世代を多く残すということになります。

次世代を残す確率や可能性は、[知性/知能/身体機能等が優れる個体]>[知性/知能/身体機能等が劣る個体]ということでしょう。その場合に、安定性は、[知性が低い個体]>[ 知性が高い個体]ということがあるでしょうか。

安定性の定義の仕方にもよるでしょうが、生存や次世代を残していく面での優勢さがある方を安定性も高いと見ることができる定義の方が、しっくりすると思います。

安定性が高いとは、[状況の変化や苦境に対して安定的でより確実に生き残る方]と考えて良いのではないでしょうか。

人間でも知性が高ければ高いほど精神が不安定になると言う現実はないと思います。人間よりも高次の知性を持つ生物集団がいるならば、その生物集団は人間よりも集団の存続性が危ういはずだと思うのは、おかしいと思います。



ポアンカレの問題に従事した研究者で、自殺された人/精神的に不安定になられた方がいたと聞いております。

『そういう先端の研究者が思考の非収束で不安定になっているということはない』という言葉は、『そういう先端の研究者であれば、(思考の非収束=一意に確定しない事柄やわからない事柄に次々と遭遇することになるけれども)、その結果、必ずor高い確率で、その人の精神状態が不安定になる』という命題を、私は否定しているのです。

[AならばB](先端研究者ならばわからない事柄に次々と遭遇する) yes

[BならばC](わからない事柄に次々と遭遇するならば精神が不安定になる) no

なぜならば、[AならばC]ではない (先端研究者でも、精神が不安定にならない人が大勢いる)

(研究者が自殺したり精神的に変調をきたす人が皆無な研究分野)というのはないと思います。

研究者でなくても自殺者や精神障害者はいます。

解がなかなか見つからないような問題に取り組むと精神が不安定になるということが多いのであれば、政治家や経営者、株の投資家は多数が精神不安になってしまうでしょう。天気予報や地震予知に限らず、競馬の予想、パチンコに通う人にしても、それに熱心だと精神不安になるというものではないでしょう。


よく、仕事場で頭もいいし、行動力もある人が一人でどんどん仕事をこなしていく事がありますよね。ああいう時ってその他の人は、どちらかというと自分で穴を掘ってまた埋めるみたいな仕事をしています。

そういうことは少ないと思います。7人の職場で、Aさんが重要なことをほとんど一人でやっていて、B~Gさんは補助的な仕事やバックヤードなどをやっていると意味ならば、相応にあると思います。テレビドラマやサラリーマン金太郎や課長島耕作などのマンガでもある例でしょうか。でも、Bさんなどが、自分で穴を掘ってまた埋めてをやっているような例はあまり知りません。Cさんが失敗とやり直しを繰り返すと言うことはあると思いますが、それは[Aさんが頭もよく、行動力もあって一人でどんどん仕事をこなしていく]から生じる結果ではないと思います。Cさんのミスを指摘するのがAさんであることが多いとしても、CさんがミスをしなければAさんは指摘しないので、Aさんの所為ではないです。


ロボットは量産できるというメリットがあるので、「仕事場で頭もいいし、行動力もある人」を量産できるわけです。そうなったら、私たちのやれることは少なくなるのではと思っています。

効率や生産性、品質、コストを考えて生産の方法を選択するのであれば、より良い生産方式を研究開発し、より良い製造装置を研究開発します。そうした研究開発はどんどん積み上げられるので、必ずもっと良いものができます。一方人間は生物なので基本的には改良ができません。せいぜい教育訓練でブラッシュアップできるだけです。当然に人間か研究開発した生産方法、製造装置などに効率や生産性、品質、コストの面で敵いません。

しかも、教育訓練をしても成果のでない人、教育訓練自体に消極的な人もいますし、情動が不安定で安定した就労ができない人、障害を持っていて普通並の就労ができない人もいます。

そうした個人差があるものの、人間全体でみれば、人間がやった方が効率が良いとか、できが良いとかの分野は、これまでも狭まっていましたが、今後は急速に狭くなるでしょう。

医療の手術だけでなく、各種の検査やモニタなどは、高度な頭脳(?)をもったものがあるから今のような高度医療ができるのであって、医師や看護士などが直接にやらないとできない部分は減っていて、(むしろコンピュータや各種の装置に任せないと人間がやったのでは当てにならない)状態になっています。


確かに介護などの人間ならではの仕事は、将来にわたってニーズがあるでしょう。

人間の感情を刺激し認知症を予防するのには、声をかけることや動物を飼うことも良いそうです。

人間でないとできないというものではないです。ロボット・セラビーの研究も進んでいます。

http://www.tsukuba-g.ac.jp/index.php?cID=400

http://www.woopie.jp/video/watch/d5c4ff072988bdff

介護をすべてやるロボットはまだないと思いますが、介護を支援する装置や器具の開発は進んでいます。

http://www.daiwahouse.co.jp/robot/index.html

http://j-logicmachine.jp/

人間の方が優れていて良いと言う部分はどんどん少なくなるはずです。また、仮にそういう部分がいろいろあってもそういうことができる能力資質を持つ者は限られていて、多くの人が機械よりも良い仕事ができるようなことはないと思います。



うーん。たしかにその時考えればいいことなのかもしれませんね。杞憂かもしれません。

隕石が地球にぶつかる危険性、明日道を歩いていたら無差別殺人を計画している人に遭遇する可能性などをどこまで心配すればいいのかということは難しい問題です。必ずくると言われている大地震を考えるのは良いですが、海水浴に誘われて悩む、臨海地帯に行く予定があるので悩む、自宅に歩いて戻れないような出張を命ぜられたので悩むとなると、杞憂というしかないです。考えて何かの決断をするのは良いですが、悩んでも意味はないです。

悩むというのは、その問題に解答を出すとか、条件を調べて予測し決断をするということとは違うことです。

ジクジクとあれこれ思い悩むと言う状態から抜け出せないのであれば、[悩んでいる状態]を抜け出すことをした方がいいです。


私が「自分のやるべきことがわからない」と言っているのは、現在のやんわりとした人間の能力の格差を前提として言っているのではありません。

[人間の能力格差はやんわりとしたもの]でしょうか。やんわりという意味にもよりますが、私には非常に大きな差だと思えます。今、日本の特別の障害や病気を持っていない25才の男性を1000人ランダムに集めて、3kmの全力疾走を強制したとします。おそらく、相当数の人が途中で走れなくなります。特に途中で大幅なスローダウンをしないで本人としては快調に完走できた人についてタイムを測ったとして、どうにもならない差があるはずです。

こうしたことは(実際問題はムリですが)容易に計測ができます。身体的な運動能力ではなくて、文学の理解、音楽の鑑賞、料理の腕、仕事の手順や要領、何かの開発や考案などについては、レベル(程度)の計測方法さえもわかりませんが、明らかに個人差は大きくて、優れものには全然及びません。

私にはやんわりとした格差とは思えません。これでも私は同じ人類かよと残念に思ったことがあります。

優れもののはなんてことないようなことが、私にはできないだけでなくて、皆目見当がつかない、見えない、全くわからないんですから。

人類を越える高次元の知性を持つ生物がいなくても、私には思いようがないほど高次元の知性と教養・理解力・感性を持っている人がめちゃくちゃ多いと思っています。もちろん、私の下になるような人もいますが、そのことで私が残念に思うことはあまりありません。最近は、とにかく、[人は同じじゃない]という現実を受け入れています。

残念と思ったところで、その格差はなくなりません。自分が努力することで、自分のレベルを上げることは可能だとしても、上位に近づくのはそりゃムリだ思っています。格差は、努力で何とかなるようなやわいものではないです。



知性・知識・能力を備えたロボットが「量産できる」「24時間フルで稼働できる」時代が来たとして、その時、私が対価を得られる仕事として、なにか社会に貢献できることがないのでは?と思ってしまうということです。

[できない人(劣性と判定した人)を強制排除する]ということがあったのは歴史上希です。ほとんどの社会で、病弱者や身障者も生かされていました。楢山節考に描かれているような掟が現存した社会はほとんどないでしょう。歴史上、飢饉などの食糧不足が続いた場合に全員が生き残れない、生き残れるのは少数になるような場合に、弱者が切り捨てられた例はあります。また自分の属する社会ではないと見なされる別の社会に対して攻撃をかけ侵略、略奪、虐殺、奴隷にすることは、歴史上頻繁に見えることですが、現在はそういう行為は正当化されません。

同じ社会に属すると見なされる場合には、直接の暴力的行為はほとんど行われません。高利で金を貸して結果隷属状態ができるような社会はたくさんありますが、その社会でも、救貧法や徳政令はありました。

社会経済的にみれば、生産と消費が釣り合わないといけません。消費が縮小すれば生産も縮小します。景気の維持、回復あるいは拡大のために、財政政策もありまます。公共投資も必要です。後期高齢者が生産に寄与しないとしても消費や医療需要、介護需要の重要な柱であり、後期高齢者を大切にしないと、経済が危うくなります。

身障者、病弱者、機械装置やロボットよりも生産性が低い人でも、そういう人がいなくなっては、経済が縮小してしまいます。社会経済的にみれば、消費しかしない人や、看護や介護をしないと生存も難しくなるような人でも、重要な位置を占めています。

人は経済社会を成立させるために生きているのものではありません。やがては確実に死ぬものですが、生きている間は相応に大切にされて当然です。同じ人間という種に属しているからです。日本に住んでいるから、アフリカの人はどうでも良いのではないし、北朝鮮に住んでいるから飢えても良いというものではないです。

牛なら殺して食べても良い、口蹄疫に罹っていないかもしれないが感染地域に指定したところにいるから殺すということはあるのでしょうが、人間以外の種と、人間にとっての人間は全然違います。

仕事面でロボットに敵わない人、仕事をさせれば不良ばかりというようなどうしようもない人、集団に入ると喧嘩ばかりしているので集団には入れられない人、末期ガンで社会生活はムリと宣言されている人は、経済社会では通常の貢献はできないでしょう。

でも、それでも人間なのですから、それだけで相応に大切にはされるはずです。

その人ができる範囲で、努力できるならできるだけの努力をして、生きていくので良いと思います。


私は寝て、食べて、ゲームをやって、だらだらと過ごす以外にやることがないのではと思ってしまうということです。

ey272さんは、寝たきりの病人やものすごいお金持ちでしょうか。王侯貴族とかは、遊んで、おいしい飲食、芸術的なこと、社交的なことしかしないそうです。そのような境遇に近いのであれば、知的なレベルに関係なく、そうした生活をされるのもひとつの生き方であると思います。

しかし、王侯貴族に近い生活が可能な経済力をお持ちになっていても、[そういう生き方しかない]ということはないでしょう。他の生き方だってできるはずです。

沢山のケースを想定するのは大変ですから、ey272さんが普通の健康状態で65才未満18才以上だとします。

そして知的レベルが平均から低い方に1シグマだとします。(そのように計量できるものではないですが、平均よりも相当に低い知的レベルの人で、普通の人のような知的な仕事は難しいというイメージです)

[そういう人は、寝て、食べて、ゲームをやって、だらだらと過ごす以外にやることがない]という命題の妥当性を考えてみましょう。

この命題が正しいならば、知的レベルが平均から低い方に1シグマではなくて、知的レベルが平均の場合はどうでしょうか。知的レベルが100人中高い方から2番目の場合はどうでしょうか。

人間相互の知的レベルのことは問題でないなら、そのときに量産されているロボットとの比較でロボットよりも効率が悪いかどうかで決めるのでしょうか。

ちょっと話がずれるかもしれませんが、次のことを考えてみてください。

パソコンでWindowsを使うのであれば、どのメーカのPCでもそんなに変わりはないです。1つのメーカでも沢山の種類のPCを販売しています。これらの沢山のPCには市場価値はないのでしょうか。

米の生産農家もたくさんあります。ご承知かもしれませんが、米はあまり気味です。他国から輸入する方法も考えれば非常に不効率な生産をしている農家がたくさんあります。そうした農家で稲作を続けるのはおかしいのでしょうか。

経済政策、食糧政策、選挙その他のこともありますが、単純に考えてみてください。

小学校卒業までに、国語や算数で1か2の成績しかとれなかった人は、その後急改善して知的に高いレベルになる可能性は非常に少ないです。[そういう人は成人後に寝て、食べて、ゲームをやって、だらだらと過ごすしか生活の道がない]のならば、中学に通わせるのは無駄なだけだと思いませんか。

いくつかの疑問文を書きましたが、これらに共通しているのは、『周りの条件がこれこれだからこういう生き方しかない』という思考で考えるとおかしなことになるということです。

[知性・知識・能力を備えたロボットが「量産できる」「24時間フルで稼働できる」時代では、人は、寝て、食べて、ゲームをやって、だらだらと過ごす以外にやることがない]と言うのは、間違いです。論理的に正しくありません。

[知性・知識・能力を備えたロボットが「量産できる」「24時間フルで稼働できる」時代]でも、人はロボットと一緒に働いても良いし、ロボットのメンテナンスをしてもいいし、ロボットの生産作業の間接補助的業務をしてもいいし、手作りのパッチワークや自動車の軽微な補修作業をしても、芸人になっても、電子メール時代に手紙の配達人になっても、豆腐売りになっても、歴史研究しても、保育や介護の仕事をしても、アフリカや南米に行って自分の仕事を見つけても、何でもやれることを探してやることができます。ロボットが量産され使われる時代になったら、これ以外にはやることが許されないということはないです。

[コンピュータやロボットにできることは人がやれない、コンピュータやロボットにできないことを探さないとダメだ]と言うこともないと思います。自分よりも優れた人が沢山働いていても、その領域で仕事を探せないと決まったものではありません。自分よりも優れた人が沢山働いていれば、そこで採用されたり、成功するのは難しいでしょうが、難しいということは、やってはだめだ、それ以外にしか道がないというものではないと思います。

自分の生き方を決めるのは自分です。先輩、上司、教師、偉人、役人、友人、親、聖書、偉人伝があっても、自分の生き方は自分で決めます。職業選択の自由が狭くても、決められた仕事しか選択できなくても、給料が微々たるものであっても、そこでどのように仕事をするのか、どのように生きるのかは、他人任せではないし、言われたことをやって後は食べて寝るだけ、空き時間があってもゲームをやって、だらだらと過ごすしかないというものではないです。

寝て食べて、ゲームしてだらだらと過ごすという生き方を選ぶか、もうちっと違う生き方をするのかは、その人の生き方であって、社会や格差やロボットの所為ではないです。

他人の所為、社会の所為、技術進歩の所為で、自分の活躍できる道がどんどん細くなるのではないだろうかと心配したり、人から認められるほどの成果が出せなくなることを恐れたり、余計もののなってしまうのではないかと悩んだり、ゲームとだらだらで生きようと開き直ったり、………

実際には知りませんが、昔の農民だって、町家の下働きだって、漁民だって、武家に雇われたものだって、先々に大きな展望があるから働いていたのではないと思います。苦しいこと、つらいことの連続だとしても、前向きに生きていた人が多いと思います。どうなるか良くわらならい先々を懸念し、心配し、[悩んでいます]という人は少なかったと思います。駕籠かきという仕事がありましたが、車屋や馬車の登場で商売として成り立たなくなったのです。その途中の段階で、駕籠かきは将来を悩んでいたでしょうか。なにか他の仕事を探したでしょう。武士がなくなるときも、なにかできることやれることを探したのではないでしょうか。

修辞的に[悩んで]いるのはいいのですが、実際に悩んだり、開き直って思考を止めて自閉的な生き方をしたり、積極性や前向きを放棄するのは、良いこととは思いません。

(道徳的な善悪ではなくて、本人にとっても、周りの者にとっても、楽しくない、気分が良くなれないと言うことを、良くないと表現しました)

id:ey272

ご回答ありがとうございます!

>いくつかの疑問文を書きましたが、これらに共通しているのは、『周りの条件がこれこれだからこういう生き方しかない』という思考で考えると>おかしなことになるということです。

>[知性・知識・能力を備えたロボットが「量産できる」「24時間フルで稼働できる」時代では、人は、寝て、食べて、ゲームをやって、だらだら>と過ごす以外にやることがない]と言うのは、間違いです。論理的に正しくありません。

了解しました。

>修辞的に[悩んで]いるのはいいのですが、実際に悩んだり、開き直って思考を止めて自閉的な生き方をしたり、積極性や前向きを放棄するのは、良いこととは思いません。

私は極端な考えをしがちなので、良いアドバイスをいたただけました。

2010/05/20 21:17:50
  • id:hengsu
    特に参照先も思い浮かばないので、単なる感想です。
    変な(嫌な)言い方かも知れませんが、今、ご自分を基準に考えていますよね。自分よりも頭のいい人の考えることは想像できないのだから、当然だと思いますよね。
    でも、自分が想像できる範囲内のことは、自分と同等かそれ以下の世界です。つまり、自分より下の世界しか、想像できないと思います。これが、私が考える「〜と比較して頭が良い」の意味です。
    だとすると、今、考えていること(人間を越える知性が脆弱とか)の根拠は、何も無いことになりませんか。
  • id:seble
    サイトとか見付けるのは面倒だから、、

    1、思考がカオスになってしまうという事そのものが、そこまでの知性だという証明です。
    もっと知性が高ければそれを抜けられるハズ。
    また、人間より知性が高い存在を人間が理解できる訳もないです。
    3次元の人間には4次元を理解する事ができない。
    一応、4次元目は時間という説が有力みたいですが、では時間をどうにかできるでしょうか?
    SFの世界でさえ、タイムマシンのパラドックス(過去に戻って自分を殺したらどうなる?)
    を明確に解決できている論理はありません。
    2次元の存在があれば3次元を理解する事はできない。

    2、ロボットの知性が人間より高くなるというのは当面無理でしょ。
    あと数百年経っても無理なのでは?
    現状のコンピューターは単に数式の計算をしているレベルです。
    自分でその数式を組み立てる事さえできません。
    これが自律できるようになればアレですが、完璧にSFの世界だし、単純に計算能力が上がるだけで
    (もちろん現状の数億とか数兆倍とか)
    自律思考できるようになるという理論もあるみたいですが、どうですかね?
    また、カオスがあるからこそ創造性も生まれるのでは?

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