小山の形についての質問です。

枡形山や浅間山、二ノ宮山などの[周りにほぼ平地があって、ぽこっと小山が飛び出しているところ]と似たものが瀬戸内海にあります。大槌島です。
http://images.google.co.jp/images?q=%E5%A4%A7%E6%A7%8C%E5%B3%B6&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&hl=ja&tbs=isch%3A1&sa=2
山地の地形図を見ると、やせた山羊の背骨や断食している釈迦のあばらのように山脈状に繋がって高いところが残り、水が渓谷を作ったところが筋状に掘り伸びるのがよくわかります。
今見える山脈やある程度の大きさの山では、所々に小山が連なっているようなところは多いのです。 基盤になっている岩盤や地層にも多少の堅さの違いがあるので長年の浸食で削られる量に差があり、単調な削れ方にはならないのはわかるのです。
それにしても、一見小さな円錐がぽこぽこと残るような削れ方をするものなのか、とても不思議です。
何か、納得がいきやすい説明などありましたら、よろしくお願いします。

回答の条件
  • 1人3回まで
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  • 登録:2010/06/17 23:36:10
  • 終了:2010/06/24 23:40:03

ベストアンサー

id:karuishi No.2

ニャンざぶろう回答回数764ベストアンサー獲得回数1282010/06/18 21:51:52

ポイント35pt

ここをみると、大槌島は花崗岩の貫入してできた岩盤を基台とするようです

http://www.kubota.co.jp/urban/pdf/28/pdf/28_4_3.pdf

つまり「大槌島の部分は他の部分に比べて硬く侵蝕されにくくて残った」

という明快な理解で良いのではないかと思います。

 

なぜ単独になっているかは判りませんが、

大槌島は周囲の花崗岩の岩盤から突出しているようにも見えるので

古い時代にはこの上に火山やマグマ溜りが在ったのかも知れませんね。

id:hathi

ありがとうございます。

聖通寺山が載っていますね。クマタイト(鬼みかげ)の岩盤だと説明しているサイトもありました。

http://www17.plala.or.jp/koh/fieldwork/kv.html

領家帯は約1億年前の白亜紀中期だそうですが、もっともっと新しい活動による貫入があったのかもしれませんね。

貫入ならば、ドーム状に岩が残っても不思議はないです。

瀬戸内海やこの辺りは、活発な地域だったようですから。

http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/file/1351_L14_H18_2nd-2.pdf

領家花崗岩は深成岩のようですが、貫入して深部にドームができて、その後周りが浸食されたのであれば、

独立した釣り鐘、ドーム、小山、島ということも起きるのでしょう。

ありがとうございました。

http://www.geocities.jp/nirekaoru/s-america21-paodeacucar.html

2010/06/19 01:16:12

その他の回答(1件)

id:suppadv No.1

suppadv回答回数3552ベストアンサー獲得回数2682010/06/18 18:42:50

ポイント35pt

瀬戸内は、地層が複雑です。

この際との図を見ると判りやすいと思います。

大槌島がどうしてあの形になったのかは、図8を見ると判りやすいと思います。

http://www.kubota.co.jp/urban/pdf/28/pdf/28_4_3.pdf

id:hathi

たびたび ありがとうございます。

花崗岩が残ったのですね。 その周りにあっただろう花崗岩はどうなったのでしょう。

浸食ならば、水の流れた方向に沿って削られ、それと90度の方向に斜面ができそうです。

karuishi さんが 深成岩の貫入があった部分がその後浸食でと言う解釈をしてくださいました。

それだけの硬度差があれば、円錐の小山、ドーム状ということもあるのでしょうね。

花崗岩面という見方をした場合に、ぽこっと凸のドームがあって、周りの柔らかい部分が浸食でなくなって、

深部にあったドームが飛び出た。 そこに表層の堆積物が乗っかったと言うことなのでしょうね。

ありがとうございました。

2010/06/19 01:16:09
id:karuishi No.2

ニャンざぶろう回答回数764ベストアンサー獲得回数1282010/06/18 21:51:52ここでベストアンサー

ポイント35pt

ここをみると、大槌島は花崗岩の貫入してできた岩盤を基台とするようです

http://www.kubota.co.jp/urban/pdf/28/pdf/28_4_3.pdf

つまり「大槌島の部分は他の部分に比べて硬く侵蝕されにくくて残った」

という明快な理解で良いのではないかと思います。

 

なぜ単独になっているかは判りませんが、

大槌島は周囲の花崗岩の岩盤から突出しているようにも見えるので

古い時代にはこの上に火山やマグマ溜りが在ったのかも知れませんね。

id:hathi

ありがとうございます。

聖通寺山が載っていますね。クマタイト(鬼みかげ)の岩盤だと説明しているサイトもありました。

http://www17.plala.or.jp/koh/fieldwork/kv.html

領家帯は約1億年前の白亜紀中期だそうですが、もっともっと新しい活動による貫入があったのかもしれませんね。

貫入ならば、ドーム状に岩が残っても不思議はないです。

瀬戸内海やこの辺りは、活発な地域だったようですから。

http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/file/1351_L14_H18_2nd-2.pdf

領家花崗岩は深成岩のようですが、貫入して深部にドームができて、その後周りが浸食されたのであれば、

独立した釣り鐘、ドーム、小山、島ということも起きるのでしょう。

ありがとうございました。

http://www.geocities.jp/nirekaoru/s-america21-paodeacucar.html

2010/06/19 01:16:12

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