1278040627 我々の脳内には概念体系というものが存在しています。これは物心ついたときから、ひとつの均衡のとれた意味の体系として構築されます。パブロフの実験によれば、犬も世界をA とnotAに分化できるようです。「NOT」の演算子があるから、我々の概念体系は構築されるのでしょうか。(「=」(等号)も重要ですが、これは論理というよりは、パターン認識だという気がします)


つまり概念体系(記憶の体系)は、ヒトのみならず、動物もみんなもっている本能のなせるわざである。

NOTの演算子があれば、二分木の体系が構築できる。

これを補強する、あるいは否定する、議論をご紹介ください。

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  • 登録:2010/07/02 12:17:09
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回答(1件)

id:guskonbudori No.1

guskonbudori回答回数113ベストアンサー獲得回数42010/07/02 16:28:09

ポイント60pt

等速度は慣性系(Equal)として知覚されにくく、等速度が変化した時に生ずる加速度(必ず方向性ベクトルを伴う)の発生によって感覚器は賦活され、初源の知覚が発生してきたように思います。

Notは慣性系の変化、つまり環境の変化を告げており、生命現象の保持にも関わる対応をも迫られるもの(熱や酸があれば逃げなければならないし、有益な成分なら内側に取り入れるようなアクションも…)。

つまりニュートン力学の第2法則(運動の変化の記述法=運動方程式)で知覚が先行し、第1法則(慣性の法則)はその変化が起こるまでは認識されないこともある。

確か、なだいなだは、子どもは歯の痛みで起きてしまった夜、両親が何事もなく寝ている様子との関係で、自分にのみ起こっている痛みの排他的状況(notA)をヒントにして、「歯が痛む、故にわれ在り」の自我を得ると書いてたような…^^

http://banzai.asoboo.com(回答とは関係ありません)

id:ShinRai

面白い方向からのご意見、ありがとうございます。

そういえば事象関連電位(event-related potential ERP)でMismatch Negativityというのがあって、これはミスマッチを感じると、400ミリ秒後に脳波がおきるといっていたのを思い出しました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E8%B1%A1%E9%96%A2%E9%80%A...

2010/07/02 17:20:06
  • id:adlib
     
     経験則 vs 未分律 ~ 門外漢のつぶやき ~
     
     かつて、わたしは美術学校でデザインを学ぼうとしましたが、一部の
    教授を除き、図形の比率や必然性について、あまりに無関心なのに驚き、
    失望して(それを口実に)中退しました。
     
     社会人となって、設計や編集の現場でも、このような秩序を尊重する
    専門家には、ついぞ遭遇しませんでした。ハクスレーやモンドリアンが、
    わずかに言及していますが、いまも心のこりの課題です。
     
     門外漢としては、パブロフが、なぜ(ヒトでなく)イヌを選んだのか、
    ふしぎですが、与えられた質問文から推測して、ふと思いだしたことを、
    うろおぼえで怪しげなまま(パロディ風に)に書きだしてみましょう。
     
     経験則 ~ 好きか嫌いか、判断を先取りする能力 ~
     
     トリは、最初に見たものを「母鳥」と信じ、初対面の異性と結ばれる。
     ヒトが、初恋の幼馴染と結婚した場合の離婚率は、きわめて低い。
     統計上、10人の異性に会えば、4番目の相手との結婚が好ましい。
     
     未分律 ~ 好きか嫌いか、結論を先送りする知恵 ~
     
     脳内に、分化体系(yes or no)と、等化体系(yes and no)がある。
     もとは、シッポを持っていたので、無条件に反応してしまった。
     やがて、あまりに無防備なので(尾骶骨に)退化したのではないか。
     
  • id:ShinRai
    AとnotAという書き方はよくなかったです、

    A と (1-A) と書くべきでした。

    A・(1-A) = 0 (Aであって、同時にAでないものは存在しない)
    これはA = Aの2乗 となります。

    そうすると、掛け算も簡単にできます。

    つまりA と B があるとき、AB, (1-A)(1-B), A(1-B)などの計算ができます

  • id:Eisenblau
    >Aと(1-A)
    補足ありがとうございます。演算子のnotではなくて補集合、という風に理解しました。
    Aのとる値は1(真)と0(偽)のいずれかのみ、として二分木の体系が構築できるか、
    またその二分木を作る仕組みが概念体系(記憶の体系)を作っているかどうか、
    というご質問でしょうか。

    概念体系、という言葉が何を指しているのかが曖昧だったので回答は控えコメントに留めました。
    獲得した記憶を整理するものだろう、と推測はしましたが、
    記憶を想起し・新たな入力を弁別するときに使われる仕組みとして「概念体系」を想定しているのか、
    或いは単に記憶の全体像や位置関係を把握するときの整理の方法として考えるのかによって
    考えるべきポイントや立証・反証の方法が変わってくるように思います。
    (いずれにせよ概念体系が一意に定まるという解釈は決してメジャーではないので
    いろいろ仮定を置いて理詰めで考えることになりそうです。
    そういう回答は要らない、ということであればぼくの回答は無視してください)
  • id:ShinRai
    Eisenblauさま

    コメント大歓迎です。

    いろんな定義があり、何を問題にしているのかも明示していなくてごめんなさい。

    一番参考になるのは、ピアジェの「知能の心理学」に出てくる概念体系です。

    新しい概念を獲得したときに、その指し示す内容をあれこれと吟味して、自分が生まれてこのかた構築してきた概念体系の中に均衡をもったかたちで組み入れるということをいっています。

    その意味での概念体系、つまり一人の人間の言語体験の集積としての概念体系です。


    ところで、補集合とNOTは、違ったものですか。
    全体世界があれば、NOTは補集合と、同じにならないですか。

    (しかし論理学って難しいですね。でも具体的なことをイメージしながらの論理学だから、少しましではないでしょうか)
  • id:Eisenblau
    ピアジェの発想については、群論や環論をきちんと学んだことが無いので理解している確信がありません。よって再びコメントで失礼します。

    >補集合とNOT
    あれ? notと=を区別することは難しい(=を判断できないと¬も判断できない)とか、多値論理を考えたときには「¬A」と「A以外の全体」は区別されるんじゃないか、とかが引っかかっていたので、「AとA以外の全体」という形で補集合としてすっきりさせるんだな、と理解しなおしました。

    さて、二分木で既知の言語と結びついた概念が体系化できるかどうか、を考えてみます。
    「出来るか?」という問いについては、「とりあえず可能。ただし本当にそれが使われているかどうかは判らない」というのがもっとも誠実な回答だと思っています。YesかNoで答えられるような質問を重ねて概念をとにかく分割して行き、それをグラフにする…こと自体は不可能ではないでしょう。しかし、この方法で概念を整理しているとすると、概念間の関係を考えたときに説明できないことが起きてしまいます。

    例えば「ペンギン」という言語の知識を考えるとき、「ペンギン」の上位概念として例えば「南極に住む生き物」「鳥」「水の中を泳ぐ生き物」を考えることが可能です。木構造でこれらを整理するとなると、これらの上位概念の間には必ず上位-下位の序列が存在することになります。ところが、「南極...」と「鳥」はどちらかが上位でどちらかが下位であるとは言い難いため、すこし整理が難しくなります。

    グラフの中に同じ概念を示す頂点を複数作る方法で解決しようとすると、今度は複数の同じ概念をまとめる方法が無くなってしまいます。「鳥」という概念を記憶の中から探すために、グラフ全体をいちいち確認するのはあまり効率のいい整理方法ではないでしょう。
    あるいは、「物心ついたときから連続的に…」という発想を離れて、木構造の概念系を「知識を整理する必要が生じたときに便宜的に都度作られる」と考えることも出来ます。鳥について考えたいときは「鳥」を根として下位に属性をくっつけていく…という感じでしょうか。しかしこの場合も、「じゃあその整理はどうやってるんだろう?」という疑問が残ってしまいます。
    ぼくとしてはこれが一番有望なように思うのですが、木構造よりも少し複雑なしくみが概念の整理には用いられている、と考えるともう少しすっきりするように思います。木構造では連想関係の記述に限度があるため、です。(例えばぼくは「ペンギン」から「Linux」を連想しますが、これはどう考えてもどちらかがどちらかの上位概念とはいいがたいですね。)


    ある程度の知能を持つ動物が何らかの方法で知識を抽象化して整理していることは、実験や生態の観察から推定していいように思います。ただし、それが恒常的なものかどうか・二分木構造をとるかどうかに関してはもう少し証拠が必要でしょう。
  • id:ShinRai
    Eisenblau様

    ご丁寧なコメントにあらためて感謝申し上げます。

    notAを(1-A)と表現するほうがよいと考えたのは、そうすることによって、AND と ORの演算を実行しやすくなるからです。

    notAとAに対しては、演算しにくいでしょ。

    ですから、

    鳥(B) というグループと、 非鳥(1-B)があり、
    飛ぶもの(A) というグループと、飛ばない(1-A)があり、
    南極に住む(C) と南極以外に住む(1-C)というグループを考えると、

    ペンギン= B * (1-A) * C

    と表現できます。

    ダチョウ= B * (1-A) * (1-C)

    ハエ = (1-B) * A * (1-C)
    (南極にもハエがいるとすれば、(1-C)をかける必要はありません)

    てな感じで処理ができます。

  • id:ShinRai
    泳ぐ、泳がない、をD, (1-D)と表現しましょう。

    ペンギン = (1-A)* B * C * D
    ダチョウ = (1-A) * B * (1-C)* (1-D)

    このようにアドホックに新しい規準・用件・属性を加えて、
    その都度、カテゴリーをつくっていく(群をまとめる)
    ことができます。

    鳥の中で、泳ぐけど、飛ばないものは?

     X = (1-A) * B * D

    鳥の中で、泳ぐか、飛ばないものは?

     Y = {(1-A)+D}* B

    (これであっているかなあ)


  • id:Eisenblau
    なるほど。ある概念を、上位概念(だろうと思われる)特徴ごとにAまたは(1-A)…などの積で記述できないか、という発想だと理解しました。

    このやり方を二分木で記述することも出来なくはないのですが、やっぱりもう少し証拠が必要かなと思います。
    まず第一に、態々冗長性の高い、同じ要素がグラフ中に何度も出てくるようなグラフで整理していると考えるより(丁度今ShinRaiさんが示して下さったように)特徴の式なりタグづけとして記述したほうが整理しやすく・追加も容易なように思えます。
    グラフではなく式・タグを使う利点はもう一つあります。「どっちだか判らない」曖昧性に対して二分木よりもかなり寛容になる点です。例えば「ハエが南極にいるかどうか判らない」時に、二分木の構造ではとにかくCか(1-C)に突っ込んでやる必要が生じてしまいます(そうしないとD以降の判断が出来ないため)。が、式やタグで表現するならば「南極については考えなくてもいいよね」という発想で ハエ = A * (1-B) と書いてやることが可能になるわけです。実際の知識には不明瞭な点が少なからずあるので(ハエの生態然り!)、式・タグのほうが二分木よりは尤もらしい(ただし、これも本当かどうかは判らない)のではないかなと思います。


    さて、式を使って記述する方法のありそうな問題点を考えてみます。
    まず、Aと(1-A)の分け方が本当に常に妥当だろうか? というところを検証する必要がありそうです。連続量を表現したい場合、例えば「赤いか赤くないか」を二値的に表現することはかなり難しいでしょう。更に赤以外の色の判断をそこに加えるとすると、大量の色に関する式を延々と続ける羽目になりそうです。「イチゴは赤くて黒くなくて緑でなくて青でなくて白でもない」という概念の整理が行われていると考えるよりは、「赤い、他の色ではない」と一言で〆てしまいたいですが…じゃあピンクは? と聞かれると苦しいところです。

    1か0かで答えが必ず出るというのも問題といえば問題で、例えば「ガラパゴスペンギンはペンギンじゃないのか?」という意地の悪いコメントがついた時に「じゃあペンギンの特性からCを外そう」と考えるのは我々の直感的な理解に反するように思います。(ぼくのような、ペンギン≒南極住まいとステレオタイプで考える人間が少数派であればこれはぼくの勝手な推論になりますが)この場合は「だいたい真」という判断を用意することが許されれば、乱暴な議論ですがとりあえずは解決するでしょうか。(ファジィ論理のやり口ですね)

    また、前述の南極バエに関しても、二値的に書こうとすると「南極にもハエがいる」と「南極にハエが居るかどうか知らない」を記述上で区別できなくなる問題が生じます。しかし実際には自分が知らないのか・いないと知っているのかは判断する本人には判っている場合が多い(そうでない場合も、誤解している場合もありますが)ので、Cの値は「真」「偽」「わかんない」の三通りを置いたほうがよい、と考えることも出来そうです。
    例外をどう扱うか、多数派と少数派をどう考えるかは難しい問題ですが、こういうときこそいよいよ意味論が本領を発揮する場面…と言えるかもしれません。


    こう考えると、概念系というのはもしかしたらもっと曖昧でゆるやかな結合を持ったものと考えることも可能じゃあないか? とぼくには思えます。大体のペンギンは空を飛ばないし南極に住んでいる。全ての特性を把握できなくても、大雑把に幾つかの特徴を照合して「ああ、これはアレだね。俺知ってるよ」と認知できる。こういうあやふやさが実在することを説明するには、この方法のほうが適切かな、と考えています。

    終わった質問に長々とコメントをつけてすみません。
    いろいろと議論の流れを確認することでぼくも勉強になりました、ありがとうございます。
  • id:ShinRai
    Eisenblau様

    こちらこそ長々とお付き合いいただきありがとうございます。

    二分木というのも、便宜上の考え方であり、おっしゃられるようにアドホックに条件をタグのようにしてもってくるのが実際でしょう。

    要するに、NOT (A and 1-A), AND, ORの3つのブール演算を、生命体はもっていて、それにもとづいて概念と概念体系を構築するというところを押さえられたら、それだけで成果があります。


    このあたりは、ピアジェが若い頃にいろいろと考えていたのですが、それを十分展開しなかったのかもしれません。

    ファジーな事例は、式を除外すれば事足りるでしょう。だから、今回、ここで議論したように、A, (1-A) が基本にあって、それらを乗算・加算するところは、人類も、他の動物も同じ( もしかしたら、樹木も同じかもしれない )なのでしょう。

    昨年来、ピアジェの遣り残した仕事が気になっていたので、おかげさまで少しすっきりしました。本当にありがとうございました。

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