ピック。ギターの弦をはじく、小さな板のことです。安物なら1枚数十円。ほとんど使い捨てのような物ですが、ギター弾きにとっては指の延長。形状や大きさ、厚さや固さなどには、それぞれこだわりを持っています。
かの元祖早引きギタリスト、リッチー・ブラックモアは鼈甲製のホームベース型。強いアタックの効いた音が生み出せます。確かなテクニックであらゆるジャンルの音楽を弾きこなすスティーヴ・ルカサー(元TOTO)はティアドロップ型。でも、普通のティアドロップ型よりずっと小型で先端の角度も狭い、マンドリン用ピックのような形状をしています。こんなふうにギタリストそれぞれに、こだわりのピックがあるのです。
私が高校生の頃に使っていたのは、形は一般的な三角おにぎり型でしたが、色が変なピックでした。白と赤と青のまだら模様。みんなに趣味が悪いと言われていましたが、それが手に馴染んでしまったのですから仕方がありません。私はそれを水槽の中のリュウキンになぞらえて「金魚のピック」と呼んで愛用していました。
さて、時期はちょうど今頃でした。文化祭シーズン花盛り。私達3年生は受験を控えていましたが、これが高校生最後の思い出とばかりに、親しいバンド仲間のいる学校の文化祭を回りまくっていました。それぞれが出演するライブの応援です。その中には女子高もありました。
女子高ガールズバンドの体育館ライブは大成功。終わって少しすると、メンバーの一人のギターの子がやってきました。
「お前らいつからあんなにうまくなったんだよ、今日のお前らの演奏凄すぎ!!」
「えへへ~、あんた達がいてくれたから伸び伸び出来たんだよ、あ、それよりさ」
「何?」
「このあと後夜祭あるから、一緒に残ってよ」
「他校生もいいの?」
「招待券あれば大丈夫、はいこれ」
「サンキュ」
「じゃ、あたし、片づけと反省会があるから」
「おう、またあとで」
一緒にいた連中は別の用事があるからと早々に引き上げてしまい、結局後夜祭まで残ったのは私一人でした。まいったな、男子なんてほとんどいないじゃん、先生に見つかってつまみ出されたりしないかな、などと戸惑っていると、ギターの子が私を見つけて駆けてきてくれました。
「ねえ、各クラブ一つずつステージで最後の発表するんだけどさ、私達アコースティックで何曲か歌うんだ」
「ああ~、それで残れって言ったのか」
「それもあるんだけどさ、お願いがあるの」
「何?」
「いつもの・・・・金魚のピック持ってる?」
「あ?ああー、あるよ、いつも1枚は持ち歩いてる」
「よかったー、それ、高校最後のライブの思い出に、私にくれないかな」
「こんなもんでよければ・・・・、あ、でもこれ使い古しでボロボロだぞ」
「その方が・・・・いい・・・・」
彼女の頬を、突然涙が伝いました。校庭を照らす照明で、それがキラリと光りました。
「あたし、さ・・・・、卒業したら結婚するんだ」
「・・・・え、ええ~~っ?!」
「ずっと前から決まってたんだ、だからこれが高校最後プラス独身最後のライブってわけ」
「・・・・」
「でも、音楽はやめない。いつか子供が出来て、大きくなって手が離れたら、必ずまた活動を再開する。その約束として、私のピックとそれ、交換して欲しいんだ」
「お、おう、わかった。必ずライブに帰ってこい、約束だ」
「うん、約束!!」
私の金魚のピックが彼女の手に、彼女の白いFenderのHeavyが私の手に握られました。後夜祭の彼女のギターも最高でした。もちろんそれは、私のピックが掻き鳴らした音でした。
あれから何年経ったでしょう。その時に交換し合ったピックは、今も私の部屋のギターに、さりげなく挟み込まれています。これが「わが家にお部屋に、ずっとありつづけるモノ」。大切なピックですから外には持ち出しませんが、イエでギターを弾く時は、いつもそのピックを使っています。いつのまにか白いFenderのHeavyが、最も私の手に馴染むピックになりました。
あの時の彼女は母となり、家庭を守る傍らで、たくさんの歌を作り貯めているようです。「ピックの誓い、忘れてないよ」と年賀状が届きました。
ピック。ギターの弦をはじく、小さな板のことです。安物なら1枚数十円。ほとんど使い捨てのような物ですが、ギター弾きにとっては指の延長。形状や大きさ、厚さや固さなどには、それぞれこだわりを持っています。
かの元祖早引きギタリスト、リッチー・ブラックモアは鼈甲製のホームベース型。強いアタックの効いた音が生み出せます。確かなテクニックであらゆるジャンルの音楽を弾きこなすスティーヴ・ルカサー(元TOTO)はティアドロップ型。でも、普通のティアドロップ型よりずっと小型で先端の角度も狭い、マンドリン用ピックのような形状をしています。こんなふうにギタリストそれぞれに、こだわりのピックがあるのです。
私が高校生の頃に使っていたのは、形は一般的な三角おにぎり型でしたが、色が変なピックでした。白と赤と青のまだら模様。みんなに趣味が悪いと言われていましたが、それが手に馴染んでしまったのですから仕方がありません。私はそれを水槽の中のリュウキンになぞらえて「金魚のピック」と呼んで愛用していました。
さて、時期はちょうど今頃でした。文化祭シーズン花盛り。私達3年生は受験を控えていましたが、これが高校生最後の思い出とばかりに、親しいバンド仲間のいる学校の文化祭を回りまくっていました。それぞれが出演するライブの応援です。その中には女子高もありました。
女子高ガールズバンドの体育館ライブは大成功。終わって少しすると、メンバーの一人のギターの子がやってきました。
「お前らいつからあんなにうまくなったんだよ、今日のお前らの演奏凄すぎ!!」
「えへへ~、あんた達がいてくれたから伸び伸び出来たんだよ、あ、それよりさ」
「何?」
「このあと後夜祭あるから、一緒に残ってよ」
「他校生もいいの?」
「招待券あれば大丈夫、はいこれ」
「サンキュ」
「じゃ、あたし、片づけと反省会があるから」
「おう、またあとで」
一緒にいた連中は別の用事があるからと早々に引き上げてしまい、結局後夜祭まで残ったのは私一人でした。まいったな、男子なんてほとんどいないじゃん、先生に見つかってつまみ出されたりしないかな、などと戸惑っていると、ギターの子が私を見つけて駆けてきてくれました。
「ねえ、各クラブ一つずつステージで最後の発表するんだけどさ、私達アコースティックで何曲か歌うんだ」
「ああ~、それで残れって言ったのか」
「それもあるんだけどさ、お願いがあるの」
「何?」
「いつもの・・・・金魚のピック持ってる?」
「あ?ああー、あるよ、いつも1枚は持ち歩いてる」
「よかったー、それ、高校最後のライブの思い出に、私にくれないかな」
「こんなもんでよければ・・・・、あ、でもこれ使い古しでボロボロだぞ」
「その方が・・・・いい・・・・」
彼女の頬を、突然涙が伝いました。校庭を照らす照明で、それがキラリと光りました。
「あたし、さ・・・・、卒業したら結婚するんだ」
「・・・・え、ええ~~っ?!」
「ずっと前から決まってたんだ、だからこれが高校最後プラス独身最後のライブってわけ」
「・・・・」
「でも、音楽はやめない。いつか子供が出来て、大きくなって手が離れたら、必ずまた活動を再開する。その約束として、私のピックとそれ、交換して欲しいんだ」
「お、おう、わかった。必ずライブに帰ってこい、約束だ」
「うん、約束!!」
私の金魚のピックが彼女の手に、彼女の白いFenderのHeavyが私の手に握られました。後夜祭の彼女のギターも最高でした。もちろんそれは、私のピックが掻き鳴らした音でした。
あれから何年経ったでしょう。その時に交換し合ったピックは、今も私の部屋のギターに、さりげなく挟み込まれています。これが「わが家にお部屋に、ずっとありつづけるモノ」。大切なピックですから外には持ち出しませんが、イエでギターを弾く時は、いつもそのピックを使っています。いつのまにか白いFenderのHeavyが、最も私の手に馴染むピックになりました。
あの時の彼女は母となり、家庭を守る傍らで、たくさんの歌を作り貯めているようです。「ピックの誓い、忘れてないよ」と年賀状が届きました。