かつて日本で開催された万博をきっかけに、日本に広まったという品物、文化など教えてください。

例えば、大阪万博の時に、敷地内の自動販売機に缶コーヒーが登場して、その後広まったそうです。
そんな感じのエピソードを教えてください。
もちろん大阪万博以外の万博(国際博覧会)でもOKです。

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  • 登録:2011/08/16 14:03:58
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回答(2件)

id:MEI-ZA-YU No.1

MEI-ZA-YU回答回数4707ベストアンサー獲得回数7472011/08/16 14:30:19

大阪万博

http://tv-kanraku.jugem.jp/?page=1&cid=31

大阪万博生まれのヒット商品

その1.ワイヤレステレホン(現在の携帯電話の原型)[NTT]

 ワイヤレステレホンを開発しようと思ったきっかけは、漫画で

 よく描かれている腕時計型通信機を、現実の世界で

 作れないかと考えたのが始まりだったそうです。

 ワイヤレステレホンを体験しようと、開門と同時に多くの人が

 群がったそうですが、ただ体験してもらうだけじゃなく

 どういう使い方をするのか調査するという企業側の狙いが

 あったそうです。

 実際、親指でキーを押したり、”ツー”という発信音が鳴る前に

 番号を押す人が多いということがわかったそうです。

 そのデータにより、現在の携帯電話では番号を押してから

 通話ボタンを押すという操作方法を採用しているそうです。


その2.エアードーム型テント[太陽工業]

 当時、キャンプ用のテントや自動車の幌を作っていた太陽工業は、

 アメリカ館のエアドーム型テント屋根を手がけることになったそうです。

 ただ、1万平方メートルという、とてつもない大きさのため、

 設計図作りに非常に苦労したそうです。

 当時はまだ電卓もなくすべて手作業で計算したため、3ヶ月もの

 時間がかかり、また生地と生地をつなげる機械も1台しかなかったため

 24時間フル稼働で、どうにか完成にこぎつけたそうです。

 この成功で、太陽工業はテント屋根業界で世界のトップ企業となり

 東京ドームやサッカーワールドカップ・南アフリカ大会のドームを

 手がけることになったそうです。


その3.音声認識できるコンピューター[富士通]

 大阪万博で、世界初の音声認識できるコンピューターを紹介したそうです。

 この技術は、当時キャッシュレスショッピングシステムに導入されたそうです。

 (あらかじめ自分の声をコンピューターに登録し、これをパスワードとして

  本人の声と一致した場合のみ買い物できるシステム)

 この音声認識技術は、現在の携帯電話「らくらくホン」に採用されている

 そうです。(発着駅と到着時刻を携帯電話に話すだけで、乗り換え案内が

 検索できる)


その4.シャチハタ[シャチハタ工業]

 各パビリオンで、シャチハタが記念スタンプとして採用され、その影響で

 売り上げが年々倍増していったそうです。

 ちなみに、”シャチハタ”は社名で、正式には”Xスタンパー”と呼ぶそうです。


その5.ブルガリアヨーグルト[明治乳業]

 ブルガリア館で、プレーンヨーグルトの試食が出来ると聞いた明治乳業の

 スタッフが実際に試食し、お願いして特別にプレーンヨーグルトを

 分けてもらい、それをもとに新しい商品を開発した。

 当時日本は乳製品輸入禁止だったが、万博会場だけは特別に許可が

 下りたおかげで、今日プレーンヨーグルトが食卓に登場することが

 出来たと、明治乳業の担当者が語っていました。


愛知万博

AED(自動対外式除細動器)

http://www.k-araki.net/rescue/02.html?PHPSESSID=d28d9d5694353dbe63edd5c486b1faee

普及の大きなきっかけになったのが、2005年の愛知万博でした。野口教授も尽力され、万博会場には約100台ものAEDが設置されましたね。


他に、つくば博の3D映像はその後の博覧会では普及したけど、一般に普及しはじめたのは最近ですかね。

id:gtore No.2

gtore回答回数2481ベストアンサー獲得回数4372011/08/16 20:19:13

こちらはいかがでしょうか。


つくば万博では、オルガン自動演奏ロボットの「WASUBOT(早稲田大学)」など、多くのロボットが登場し、一般の人々のロボットに対する認知が上がるきっかけとなりました。

http://briller.ocn.ne.jp/robot/history.html


「イベントコンパニオン」というお仕事が一般に認知されたのは、高度経済成長期の末期だと言われています。きっかけは1970年に行われた大阪万博。ここで初めてイベントコンパニオンが登場したのです。その後様々なイベントが各地で開催されるようになり、需要が増え、メジャーなお仕事として認識されるようになりました。

http://www.aphrodite-stuff.com/010/000/


国際科学技術博覧会(つくば科学万博)では、地域の宿泊施設の収容能力を超える観光客に対処するため応急的にカプセルホテルが建設され、テレビで紹介されたことがきっかけとなり認知度は高まった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB

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