法律、会社など、人間を取り巻く生活環境はイメージによって成立している。人間はイメージの世界を生きていると言える。


このことをはじめに言った人物、あるいは中心となった人物は誰ですか?また、その著書名を教えてください。尚、上のイメージという言葉は認知や概念という言葉に置き換えても差し支えないものです。質問がわかりにくい場合には、気軽にコメントしてください。できるかぎりの補足をします。よろしくお願いします。

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  • 1人2回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2011/11/13 14:18:26
  • 終了:2011/11/18 09:12:53

ベストアンサー

id:gtore No.3

gtore回答回数2481ベストアンサー獲得回数4372011/11/16 04:47:19

ポイント50pt

こちらもご参考になるかと思います。

フッサールは次のように言っている.「認識は,それがどのように形成されていようと,一個の心的体験であり,したがって認識する主観の認識である.しかも認識には認識される客観が対立しているのである.ではいったいどのようにして認識は認識された客観と認識自身との一致を確かめうるのであろうか.認識はどのようにして自己を超えて,その客観に確実に的中しうるのであろうか.(『現象学の理念』)」

http://blog.livedoor.jp/thinkingreed0605/archives/51875397.html

すなわち、人の認識というのは、すべて心のなかのもの(イメージ)、内的なものである。
そして、認識はいったいどのようにして、外的な「客観」となりうるのだろうか。これはつまり、認識は、主観の域を出ることはない、ということだと思います。
いかがでしょうか?

ただ、この考えの根源、大元はというと、デカルトになるのではないかと思います。

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id:gtore

わたしばかりですみません。
こんなものを見つけました。^^ 「唯識」というものです。

唯識思想では、各個人にとっての世界はその個人の表象(イメージ)に過ぎないと主張し、八種の「識」を仮定(八識説)する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98

唯識は、4世紀インドに現れた瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは 唯識瑜伽行派とも)、という初期大乗仏教の一派によって唱えられた認識論的傾向を持つ思想体系である。

4世紀までさかのぼってしまいました。^^
瑜伽行唯識学派は、弥勒(マイトレーヤ)を祖とする学派ですね。

ご参考まで。

2011/11/16 21:54:21
id:massa-will

すごいですね@_@
>わたしばかりですみません。
とんでもないです。参考になりました。ありがとうございます。

2011/11/16 22:58:45

その他の回答(2件)

id:miharaseihyou No.1

miharaseihyou回答回数4479ベストアンサー獲得回数5522011/11/13 23:21:04

ポイント10pt

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%91%E6%80%9D%E3%81%86%E3%80%81%E3%82%86%E3%81%88%E3%81%AB%E6%88%91%E3%81%82%E3%82%8A
 
 元ネタはデカルトだと思います。
「我思う故に我あり。」

id:massa-will

回答をありがとうございます。
>元ネタはデカルトだと思います。
そう思われるためのソース("元ネタ")をいただけませんか?
リンクからはそれがわかりません。すいません。

2011/11/14 09:50:57
id:gtore No.2

gtore回答回数2481ベストアンサー獲得回数4372011/11/15 21:10:23

ポイント40pt

わたしもデカルトではないかと思います。著書は、岩波文庫の「方法序説」ですね。

そう思われるためのソース("元ネタ")をいただけませんか?


こちらをご覧ください。「我思う、故に我あり」の説明です。

コギト-エルゴスム 6 [(ラテン) cogito, ergo sum]
〔哲〕「我思う、故に我あり」の意。デカルトが一切のものを懐疑した末に至った第一の真理。一般に知識と呼ばれているものを疑っても、疑い考える我が存在することは疑いえず、意識する自我の明晰・判明な確実性がすべての認識の確実性の始点となるとした。

http://www.weblio.jp/content/%E3%82%B3%E3%82%AE%E3%83%88-%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B4-%E3%82%B9%E3%83%A0

これを、かみくだいて説明しますと、
「わたしは思考する。だから、わたしが存在する。(だから、ほかのものも存在するといえる)」、
「わたしは、ほかのものが本当に存在するのか、などと疑い思考するが、
そのように疑い思考するわたしが存在することは、疑えない。
(だから、ほかのものも確実に存在するということができる)」
ということになると思います。

意識する自我」が「人間のイメージ」に相当し、
すべての認識」が「人間を取り巻く生活環境」に相当すると思います。

ちなみに、次の引用も「人間イメージの世界を生きている」ということ表していると思います。デカルトの思想を受け継いだフッサールの考え方です。
(出発点はデカルトでも、フッサールのほうが考え方として近いかもしれませんね。)

フッサールはデカルトの思想を受け継ぎ、人は自らの心の中に存在する現象を認識することによってのみ、世界を知覚することが可能なのだと主張

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB
id:gtore No.3

gtore回答回数2481ベストアンサー獲得回数4372011/11/16 04:47:19ここでベストアンサー

ポイント50pt

こちらもご参考になるかと思います。

フッサールは次のように言っている.「認識は,それがどのように形成されていようと,一個の心的体験であり,したがって認識する主観の認識である.しかも認識には認識される客観が対立しているのである.ではいったいどのようにして認識は認識された客観と認識自身との一致を確かめうるのであろうか.認識はどのようにして自己を超えて,その客観に確実に的中しうるのであろうか.(『現象学の理念』)」

http://blog.livedoor.jp/thinkingreed0605/archives/51875397.html

すなわち、人の認識というのは、すべて心のなかのもの(イメージ)、内的なものである。
そして、認識はいったいどのようにして、外的な「客観」となりうるのだろうか。これはつまり、認識は、主観の域を出ることはない、ということだと思います。
いかがでしょうか?

ただ、この考えの根源、大元はというと、デカルトになるのではないかと思います。

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id:gtore

わたしばかりですみません。
こんなものを見つけました。^^ 「唯識」というものです。

唯識思想では、各個人にとっての世界はその個人の表象(イメージ)に過ぎないと主張し、八種の「識」を仮定(八識説)する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%AF%E8%AD%98

唯識は、4世紀インドに現れた瑜伽行唯識学派(ゆがぎょうゆいしきがくは 唯識瑜伽行派とも)、という初期大乗仏教の一派によって唱えられた認識論的傾向を持つ思想体系である。

4世紀までさかのぼってしまいました。^^
瑜伽行唯識学派は、弥勒(マイトレーヤ)を祖とする学派ですね。

ご参考まで。

2011/11/16 21:54:21
id:massa-will

すごいですね@_@
>わたしばかりですみません。
とんでもないです。参考になりました。ありがとうございます。

2011/11/16 22:58:45
  • id:massa-will
    哲学の分野からの回答を寄せていただいていますが、
    自分としては、もっと幅広く脳科学、心理学などの分野からの回答も期待しております。
  • id:massa-will
    gtoreさん
     星をくださったのでしょうか?
     はてなからメールが来まして、そうなのかなと知りました。
     上の「この回答いい」をポチポチして、お返しの星を差し上げたつもり
     なのですが、届いてますでしょうか?いまだにルールがよくわからず、すみません。
  • id:gtore
    massa-willさん
    回答No.3のひとつめのmassa-willさんのコメント(返信)に、
    星(はてなスター)をつけました。
    わたしにも届いていますよ。^^
    ありがとうございます。

    はてなスターのうち、黄色いのは「ノーマルスター」といって、無料です。
    回答でなくても、コメントや返信や質問にもスターはつけられるしくみになっています。
    くわしくは、こちらに説明があります。
    http://s.hatena.ne.jp/guide
  • id:massa-will
    gtoreさん
     ありがとうございます。とてもよくわかりました。

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