よろしくお願い致します。
豊臣秀吉と側室の淀殿でしょう。
小田原の戦いの際、手紙にこのように書いています。
「おかゝ(淀殿)にくち吸われ(キス)候ましく候。ゆたん(油断)あるまししく候」とわが子の秀頼と淀殿がキスをすることにやきもちを焼いていることが伺えます。さらに、南蛮な飾りがされているベッドで淀殿と営んでいたとか。
こちらはいかがでしょうか。
●皇妃テオドラ
○NHK高校講座 | ライブラリー | 世界史 | 第11回 ビザンツ帝国
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2010/tv/sekaishi/archive/resume011.html
●タージマハール(観光情報):世界遺産ガイド
http://www.ab-road.net/sekaiisan/tajimaharu/index.html
●武将列伝番外 女性列伝・山内一豊の妻、千代、松、見性院
>さて、千代(まつ)の名を著名にしたのは山内一豊が名馬を買い求める逸話である。
http://www.gokuh.jp/ghp/busho/fem_025.htm
(親鸞)聖人は(妻)の恵信尼を、恵信尼は(親鸞)聖人を「観音菩薩」として敬ってこられたという姿勢が語ってくれます。しかもお互いにそのことを言いあっておられない。この言いあっておられないということはとても大事なことだろうと思います。いつも座り込まない(相手をわかったものにしない)関係を生きつづける生き方に通ずることだと思うからです。聖人と恵信尼のこの関係を生きる中から感じとられたことが『教行信証』の中に込められているのではないかと感じています。
http://www.buddhist-of-hida.jp/nenjirare-miyosi.html
世界七不思議のバビロンの空中庭園(Hanging Gardens、架空庭園とも呼ばれる)は、紀元前600年頃の新バビロニア王国のネブガドネザル二世が最愛の妻アミティスのために作らせたものだそうです。
ネブカドネザル二世は、イラン高原にあったメディア王国の王女アミティスを后に迎えたものの、森の豊かな故国を離れ、乾いた土地の広がるバビロンに嫁いだ后は、あまりの環境の変化に戸惑い、心楽しむことがなかったので、王は后を慰めるために、緑の森が生い茂る人口の庭園を作ることにしたという。
そして、そのアミティスの庭園では、古代の強壮剤や薬品代わりでもあったニンニクが王達のために栽培されたそうです。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/sgun/nana/naA02.html
http://www.wakunaga.co.jp/garlic/history/index.html
大山巌・捨松夫妻
ある時新聞記者から「閣下はやはり奥様の事を一番お好きでいらっしゃるのでしょうね」と下世話な質問を受けた捨松は、「違いますよ。一番お好きなのは児玉さん(=児玉源太郎)、二番目が私で、三番目がビーフステーキ。ステーキには勝てますけど、児玉さんには勝てませんの」と言いつつ、まんざらでもないところを見せている。「いえいえそんなこと」などと言葉を濁さず、機智に富んだ会話で逆に質問者の愚問を際立たせてしまう話術も、当時の日本人にはなかなか真似のできないものだった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E6%8D%A8%E6%9D%BE
マリーとピエール
マリーはパリ大学では非常に優れた学生として認められていたが、それでも大学を卒業して研究生活に入ると環境は決して良くなかった。伝統あるパリ大学の権威はポーランド生まれの女性をそれほどスムーズには受け入れず、彼女の苦しい研究を支えたのは他ならぬ夫ピエールであった。
http://takedanet.com/2007/04/post_b5a4.html
真田信之と小松姫はおもしろいエピソードが多いと思います。
かたや暦女が大好き戦国武将人気ナンバーワン真田幸村のお兄ちゃんという目立たないポジション、かたや小松姫は東国最強といわれる本多忠勝の娘で父譲りの豪傑キャラで漫画なんかでは恐妻といじられ夫みたいに描かれることが多いですが、逸話では結構亭主関白なところもところどころ見せてくれます。
有名な話だと小松姫が亡くなったとき"我が家から光が消えた"と嘆いたといわれています。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-165.html
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-350.html
この入賞の報道を読んだ声楽家志望の愛知県の内山金子(きんこ)が裕而にファンレターを送り、熱烈な文通を経て1930年、裕而20歳、金子18歳でスピード結婚をしている。たいへんな愛妻家で、晩年までおしどり夫婦であったという
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E9%96%A2%E8%A3%95%E8%80%8C
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