「官僚」という立場で働く場合、責任をとるという行為は、

ルールそのものの立場というのか、社会的にというものなのか、長い歴史的にというのかはうまく説明できませんが、
責任をとることはできないというのか、もともと当初からそういうことになっていないというのか、考え方やり方が、もともとというのかそもそも無いという風に考えればいいのでしょうか。

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  • 1人5回まで
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  • 登録:2012/06/26 23:04:45
  • 終了:2012/07/03 23:05:03

回答(3件)

id:papa-tomo No.1

パパトモ回答回数362ベストアンサー獲得回数1072012/06/27 07:01:25

懲戒処分というのがありますよ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%87%B2%E6%88%92%E5%87%A6%E5%88%86

自ら責任を取るというような立場ではないので、責任を取らさせる訳ですね。懲戒処分で降任や免職はほとんどありませんが、停職や減給は、わりと多いと思います。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/unpleasant_affairs/

降任の例を探したら、こういうのがありました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E8%84%87%E7%A0%94

id:papa-tomo

前述のwikiを読んで思ったのは、降任の例が見当たらないのは降任となるような場合には、本人が辞職してしまうのではないでしょうか。

2012/06/27 07:05:24
id:surippa20

皆様ご回答ありがとうございました。大変参考になりました。ありがとうございました。

2012/07/02 01:00:41
id:NAPORIN No.2

なぽりん回答回数4705ベストアンサー獲得回数8642012/06/27 17:11:41

・<続けることが責任>
官僚でも大臣でも同じことですが、責任をとる=職を辞める でけりが付くのはマスコミとか世間体とかの話だけです。いくら針のむしろで苦しくても死ぬよりつらくても、サービス残業だらけでゆくゆく糖尿病で毎週透析して儲からなくて割に合わなくても、ちゃんと最後まで上の指示に従って定年(さだめられた年)までつとめあげるのが官僚がただしく責任をとるということです。(上からの指示というのは、もちろん、国会議員がきめた法律のことですよ。どんなにばかげた法律でも、官僚はそれを守ります。どんなに借金から福祉をひねりだせと無理をいわれても国の総意による自分への指示とうけとめます。)
鈴木宗男氏なんかは裁判で、どんなに罵倒されてもそこにい続けることが責任だという考えを話していました。官僚は、どんな難しいことでも無理をしてでも立場が人をつくりあげるという考えでやりとげようとします。だって一度はおまえがこの国の顔だ、といわれたのですから。
・<責任をとらせるのは行政訴訟>
本来的に官僚に責任とらせる方法があるとすれば行政訴訟です。ただし金と手間はかかります。
いやがらせをいちいちうけつけていては、行政も司法もたちゆかないのです。
しかも、「某役所の課長」を訴える(職務を訴える)しかない。
「国の立場にいた個人」をあいてどって損害賠償で訴えることができたのは薬害エイズその他、相手の行動に明確な個人的な瑕疵がある場合くらいの話じゃないでしょうか。
なお、孫正義さんあたりはけっこう行政訴訟をおこしているとおもいますよ。
・<降任?>
降任は一度は研修などをうけさせて上ではたらける知識や能力や人脈をそろえてやったものをまたあえて下ばたらきさせるとなると無駄に人材を遊ばせることになる上、むしろいろいろすでにもっている分なにをしでかすかわからず扱いがやっかいです。(ただし、どうみてもへまをしているとか、病気がひどいとかで昇進ゼロコースになることはあります。いわゆる飼い殺し)
・<しめくくり>
日本は戦後にそういう「死ぬより辛くても立場に自分をあわせて、コドモみたいな主義主張をすてて働く」という経験をしてたちなおってきました。みんながそれをよく知っているはずでした。でもいまは個人主義が責任を有限にしました。
むしろ、総理大臣が責任をとりまくりすぎて顔の見えない日本ができているのです。

id:surippa20

皆様ご回答ありがとうございました。大変参考になりました。ありがとうございました。

2012/07/02 01:00:46
id:miharaseihyou No.3

miharaseihyou回答回数4518ベストアンサー獲得回数5642012/06/27 21:14:48

官僚の基本的な特徴として第一にあるのが「責任を分散させる」という本能のような行動です。
例えば、一つの案件を決済するのに多くの部署が関わって、順番に承認される必要があります。
所謂「お役所仕事」の典型例ですね。
各部署に責任を分散させる結果になります。
 
本来、責任は分割できません。
しかし、分割できないものを無理矢理に分割して責任の所在を不明確にするシステムが官僚社会にはあります。
それぞれに面子があり、判子をもらう順番が悪ければ承認されるはずの案件でも承認されない。
このように、関わる人数を増やし、仕事の量を水増しし、責任を分割する手法が多く採られます。
 
責任を取る場合には、多くは周囲の状況で止むを得ず詰め腹を切る・・と言った形にする事が多い。
もちろん、明白な犯罪行為もありますが、多くはそうではありません。

id:surippa20

皆様ご回答ありがとうございました。大変参考になりました。ありがとうございました。

2012/07/02 01:00:50
  • id:noharra
    官僚は元来、皇帝ただ一人の為に働き、責任を取るべきものでした。というと専制主義のようですが、儒教の伝統ではそうではなく「民(たみ)」のための政治を行うべきものが皇帝ですから結局、ひろく国民大衆の喜怒哀楽に直接責任をもつべきものが、官僚であることになります。これは詭弁ではなくむしろ正統的な考え方です。

    戦後日本の社会主義的と揶揄される政策もこのような伝統が影響しています。いわゆる新自由主義の影響で、弱者切り捨てを上からの政策として推し進めようとしているのが現在の矛盾の根源。

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