スイスが、中立をつらぬく理由と背景を

わかりやすく簡単に教えて下さい。

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  • 登録:2012/08/11 17:38:06
  • 終了:2012/08/16 10:31:48

回答(6件)

id:amai_melon No.1

amai_melon回答回数2011ベストアンサー獲得回数472012/08/11 18:27:04

ポイント20pt

簡単にまとめているサイトを紹介します。

スイスはドイツ人、イタリア人、フランス人などが集まっている他民族国家です。有事の際、下手に味方をしてしまうと国民が分断してしまうからという説が一般的です。



http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=257330

id:gajetoshiki No.2

titokyn回答回数193ベストアンサー獲得回数132012/08/11 18:46:39

ポイント16pt

・理由として
何処かの書籍に書いてあったのですが、15世紀にスイスは強力な“傭兵軍団(雇用契約で雇われている兵を指します)”としてヨーロッパ中でスイス人傭兵が活躍していて、1499年にはローマ皇帝の軍隊も退け、事実上の独立を成し遂げたのです。

この頃もローマ教皇が衛兵にスイス人を雇い始めていたそうです。以来ずっと教皇の衛兵はスイス人が務めています。

しかし、スイスはイタリア戦争など周辺の紛争にも手を出して領土拡大を狙いましたが、1515年にフランスに敗北し「これ以上領土拡大はしない」と宣言しました。

以降、スイスは中立国を続けてきましたが、
ナポレオンに支配されて“傀儡政府(自分の意思や主義を表さず他人の言い成りで動かせる政治”を置かれるのです。
1815年にナポレオンが倒れた後、戦勝国の取り決めでスイスの「永世中立国」が承認されました。

・背景として

中立とは、国家間の紛争や戦争に関与せず、例えば北大西洋条約機構(NATO)のような軍事同盟に参加しないということである。紛争時における中立国の権利と義務については1907年に国際連盟によって国際法に定められたが、平和時に関する規定は、中立国が独自に定められることになっている。

中立はスイスを戦争から守るだけではなく、スイスの各言語圏が他国と自由に同盟関係を結ぶことを禁じ、スイスが国家として分断されることを避けることにも役立っている。

http://www.swissworld.org/jp/politics/foreign_policy/neutrality_and_isolationism/

id:kitiko No.3

kitiko回答回数463ベストアンサー獲得回数422012/08/11 19:20:40

ポイント16pt

まず第一に、スイスが中立国を望む理由は、ドイツ、イタリア、フランス人など多民族国家であり、下手にどこかにつくと国が真っ二つに割れてしまいます。なので、中立を望みます。

スイスは山がちな土地であり、他国に攻められづらく、また、貧しい土地であったため、他国の傭兵として戦争に参加したことが多く、スイスの傭兵は世界一位と言われています。アルプスの少女ハイジのおじいさんは傭兵でした。ローマ法王の護衛はいつもスイスの傭兵です。

それと、戦争したとき、どこにも調停役の国がいないと困るから残されているという面もあります。



スイスの徴兵制は、簡単に言うと「民兵による国民総武装」です。つまり最初に基礎訓練を受けた後は一般市民として暮らし、停年 (兵役終了年齢) になるまで定期的な再訓練を受けます。停年までは個人装具と武器を自分で管理することになります。



http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1040787785

id:maya70828 No.4

楽1978回答回数1364ベストアンサー獲得回数1392012/08/12 12:10:42

ポイント16pt

理由
秘密主義の金融界。マネーロンダリングの温床。
立場や利害関係の対立する複数の国や組織が使うので、お互いに攻め込むことがない。
また、そういった特殊な背景を利用した諜報組織の情報交換の場となっていること。

金貸しの都合を最優先させるために、戦争はなんとしても回避する必要があり、「永世中立」とか「平和」という観念で美化してカムフラージュしてきたということ。
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/kak3/1312252.htm
http://www.kane-kasi.com/blog/2008/01/000457.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1120920866

背景
スイスが中立を求める考え方と行動、ナポレオンとスイスの関係の変遷が背景にあります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1169046501

id:yvmub No.5

yvmub回答回数100ベストアンサー獲得回数22012/08/14 21:18:06

ポイント16pt

中立を維持すればあらゆる国と接触を保ち、利益を上げることができるというのが理由だった。


http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/04/post-1154.php?page=3

id:yvmub No.6

yvmub回答回数100ベストアンサー獲得回数22012/08/14 21:25:59

ポイント16pt

スイスが永世中立国となったのはいつかということについては、専門家でも意見が分かれるところだ。永世中立に関連する以下の3つの年代がその始まりといわれる。

 16世紀初頭、スイス人の傭兵はフランスと教皇庁と二つの相対する国家に雇われていたため、傭兵の間で分裂が起こっていた。こうした国内の不安定の虚を突かれ1515年9月、ミラノの南東マリヤーノでスイスはフランスに敗北する。しかし1年後、両国は「永久平和」を締結。その中でスイスは、これ以上、領土の拡大はしないと宣言し1516年、外国に対してはじめて、永世中立と侵略戦争放棄を宣言した。

 以後、独立国であり続けたスイスだが、19世紀初頭にはナポレオンに支配され、フランスの傀儡政府ヘルベティア共和国ができあがる。フランスからの独立を望むいくつかの州が「同盟規約」を結び、スイスの独立と中立について、国際的な承認をとりつける動きが起こった。スイスの州の努力が実り、ウィーン会議で欧州諸国が「スイス問題」を討議するまでに至った。

 この討議の結果、スイスの国境が新しく定められ同時に、スイスの永世中立が承認された。欧州諸国がスイスの中立を認めたのが、この際に交わされた第二パリ条約(1815年)である。

 1907年にオランダで開催された第二回ハーグ国際平和会議で、永世中立としてのスイスの権利と義務が明文化された。第一、第二ハーグ会議は戦争法規などが取り決められた会議で、条約の内容はいまでも生きている。中立国の義務と権利は以下のとおり。
1.戦争放棄 
2.自衛 
3.紛争地への武器の輸出は公平にすること 
4.傭兵は派遣しない 
5.戦争中の国に領土を提供しない。

 スイスの永世中立がウィーン会議で認められた1815年を、正式な永世中立の始まりとする意見が大勢であり、スイスが世界一古い永世中立国であるといわれる。現在永世中立国と認められている国として、オーストリア(1955年)、リヒテンシュタイン(1867年)などが挙げられる。


http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=4495894

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