赤穂義士事件にかんしてですが、討ち入りの際に表門は梯子ではいって裏門はなぜこずち?で入ったのでしょうか?後こずちと梯子(はしご)のちがいをおしえてください。

回答の条件
  • 1人30回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2012/11/18 14:27:39
  • 終了:2012/11/25 14:30:03

回答(1件)

id:gtore No.1

gtore回答回数2481ベストアンサー獲得回数4372012/11/18 16:00:59

なぜ裏門を打ち破ったのか、ですが、

・門扉を打ち壊す音そのものが表門隊との同時侵入の合図となる。
・裏門だけを打ち壊すことで吉良方の注意を裏門に集中させやすく、表門隊の侵入が容易となる。
・裏門は表門と比べてつくりが簡素であるので比較的打ち壊しやすい。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1118150066

というような理由があったようです。

「こずち」とありますが、正確には「きづち(木槌)」あるいは「掛矢(かけや)」だと思います。

kakeya

掛矢

日本では古来より掛矢(かけや)と呼ばれる大型の木槌が工具兼武器として軍陣で用いられた。材質は樫など。城門や障害物の破壊から、杭打ち、陣地の構築等に用いられた。成立時期は定かではないが、平安時代などには武器としての使用も見られる。弁慶の七つ道具の一つでもある。赤穂浪士による吉良邸への討入時には、門扉を破るのに使用された

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC
id:gtore

おわかりいただけましたでしょうか?^^;

2012/11/18 21:44:11
id:keito0808

はい

2012/11/19 16:02:44
  • id:miharaseihyou
    あの事件は芝居でだいぶ脚色されて、史実とは違うものに祭り上げられている。
    まあ、日本人好みに演出して、「砂糖がかかりすぎた」だけなんだけどね。
    小さな木製の槌では当時の武家屋敷の表門は打ち破れない。
    裏の御用聞き用の通用門なら部分的に開けるように叩き壊せるかもね。
    かなり無理のある設定だけど。

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません