戦争での疎開のことについて質問します。

※地雷を踏んでしまったらすみません。
疎開先での生活を教えてください。
体験したこと、祖父や祖母から聞いた話でもいいです。
できれば、その時に思ったこと(些細なことでもおkです)
なども教えてくださると光栄です。
すみませんが、ポイントを差し上げることはできませんすみません。
ですが、グリンスターをつけさせていただこうと思っているので、
よろしくお願いしますっ!!!

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  • 1人5回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2013/01/17 14:48:11
  • 終了:2013/01/24 14:50:03

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  • id:NAPORIN
    疎開を直接体験したじいさんばあさんはネットがつかえないのでここを見てもくれない。
    他の体験談は新聞社などの出した本が図書館にあるからみにいきなさい。
  • id:EdgarPoe
    はじめまして。E.A.Poeと申します。事情により回答できないので(笑)コメントで。

    主題1:小生が聞いたり見たり読んだりした疎開のエピソード

    --
    小学校の時、担任の先生に聞いた話で覚えているのは
    「疎開すると食糧が不足する。(ボールペンを取り出して)これぐらいの芋を食べたことがある。芋と言うより芋の根っこだね。まずいけど、ずーっと噛んでるとだんだん芋の味がする。もったいないのでずっと噛んでた」
    年代的に考えてその先生が疎開したとは思えないので、子供にわかりやすくするために自分の体験として語ったのでしょう。
    小生は「そんなもん食べたら歯が痛くなるんじゃ?」と思いました。

    --
    「ガラスのうさぎ」という映画で、こんなシーンがありました。
    疎開した男の子に女の子が少ない物資で一生懸命編んだ靴下を贈る。
    返事にはこう書いてあった。
    「靴下ありがとう。大切にしたかったんだけど、どうしてもおなかが空いて農家の子の持っていた芋と交換してしまいました。芋はおいしかったです」
    男の子は女の子のことが好きみたいだったんですが、それでも勝てない空腹と、半べそで芋を食べて手紙を書くシーンを覚えています。
    「好きな女の子からもらったプレゼントを手放してでも食料が欲しくなる空腹」というのはただ事ではありません。男の子も半べそでしたが、まあ泣いてもしょうがないだろう、と小生は思いました。

    --
    なんの本だったかな、古い本ですが体験を書いた本にこんなことが書いてありました。

    疎開先のつらい生活でストレスがたまって、なにか間違ったことをしておおごとになり、仲間からも先生からも怒られる。
    ある先生「おまえのつらい気持ち、何かに当たりたくなる気持ちも分かる。今日の夜内緒で出かけるからついてこい」
    先生について行くと、遠くの線路に出る。
    先生「今から汽車が来るぞ。それにあわせて言いたいことを言え。大音響だから誰にも聞こえない」
    私は汽車の轟音にあわせて決して言ってはならないことを叫ぶ。
    「帰りたいよー!!!。おなか空いたよー!!!。寂しいよー!!!」
    横で先生も何か叫んでいるが、轟音で聞こえない。
    二人でとぼとぼと宿舎に帰る。

    小生は「先生も叫んだ」というところにちょっと感動しました。先生もストレスがたまっているし、おそらく「こんな戦争やめちまえ!」とかなんとか、決して言ってはいけないことを叫んだのでしょう。それを汽車の轟音に隠してしか言えない状況というのが心に残りました。

    --
    主題2:学童疎開経験のある小生の父親の話

    小生の父親は昭和8年生まれで学童疎開経験者です。
    ところが、話を聞いてみると案外たいしたことはありませんでした。

    ・疎開には学童疎開と縁故疎開がある。大変なのは縁故疎開で父親は学童疎開だった。
    ・学童疎開はおおざっぱに言って合宿と大差ない。食料もそんなに悪くなかった。
    ・授業はあり体操もある。モールス信号や手旗を習ったのがちょっと違う点。
    ・「山に行ってまきを背負って帰る(大人が伐った木を担いで帰る)」という労働もあることはあったが、たいしたことはなかった。
    ・「帰りたい」他いくつか言ってはいけない言葉はあった。小生の読んだ本の話は「それもあり得ただろう。ただし先生が『戦争なんかやめちまえ』とは言わなかっただろう。当時は軍国主義教育がものすごく徹底していたから」
    ・「芋はよく食べたけど根っこは食わなかったなあ」

    ・兄と家族は縁故疎開をした(はず。当時小学校3年生か4年生で記憶があいまい)。実家が洋品店(昔は洋服屋のことを和服屋と区別するためそう呼んだ)で着るものを持って行き農家に頼んで食料と交換してもらったが、ものすごく足下を見られたそうだ。本人曰く「巻き上げられた」。
    ・「ガラスのうさぎ」のようなことは、本当にあっただろう。
    ・本当に厳しかったのは戦後らしい。戦後着るものを食料に変えに農家に持って行くと「巻き上げられた」体験を本人がしている。そのとき農家の子がトウモロコシを食べているのがとてもうまそうで本当にうらやましかったのをよく覚えている。
    ・本人は未だに農家が大嫌い。恨んでいると言ってもいい。人が困っているのをいいことに、お母さん(おまえのおばあちゃんだ)の大切な着物(和服)とか帯とかをほんのちょこっとの食べ物で持って行く。栄養のあるおいしいいいものをたくさん持ってるのに隠しているんだ。ひでぇよ(というのは本人の言葉)。

    「もう本格的な疎開の記憶を持つ人は少ないんじゃないかな。小沢昭一(昭和4年)や(『火垂るの墓』の原作者)野坂昭之(昭和5年)あたりが知っていそうだけど両方とも亡くなっちゃったしね」
    「縁故疎開した人がいれば、もっと厳しい話が聞けるだろう」
    「疎開より戦後が大変だった。『疎開から帰ってきて家がない』という同級生はいた。彼・彼女らはどうやって生きていったかわからない。火垂るの墓みたいになるしかなかったやつもいただろう」
    「で、なんでいまさら疎開の話?学校でやるのか?」

    だそうです。
    ・学童疎開は案外普通、かな?
    ・縁故疎開、個人で食料を調達する必要があった場合、は大変だっただろう
    ・疎開中より戦後がきつかった
    という感じでしょうか。

    --
    小生も
    「子供が親と離されて田舎で集団暮らし、食料は少なく質も悪く、授業なんかしないで厳しい労働にかり出され、たまにやる授業と言えば竹槍訓練か修身の授業で軍国主義の先生から体罰バカスカ、ストレスからいじめがあったりして大変な思いをした」
    というような、北朝鮮みたいなの(あくまでイメージです(笑))を考えていたので、ちょっと拍子抜けでした。

    ちょっと情報が少ないですが、お役に立ちますかどうか。
  • id:tanane1113
    疎開とは違う話なのでコメントで失礼します

    私の母が自分の父親、つまり私の母方の祖父から聞いた話です。
    私の祖父は学徒として北海道に行っておりました。そこでは南瓜ばかりを食べさせられて嫌いになったそうです。(私が幼いときも南瓜を避けていました)また、そこでロシアの軍艦的なものも見たそうです。
    もう祖父も祖母も亡くなったのでこれ以上詳しい話は知りません。少ない情報ですみませんm(_ _)m
  • id:EdgarPoe
    もし学校の調べ物学習とかでしたら、こんな方法があります。

    --
    1:公立図書館でレファレンス係に聞いてみる
    図書館を利用する方法はなぽりん@グレン再放もおっしゃっていますが、自分で探すのにどうしていいかわからない場合は、図書館の参考図書室にいる司書(レファレンス係)に聞いてみる、という方法があります。

    彼らは司書資格を持っていて、利用者の調べ物を助ける方法を学んでいるので、そこそこ頼りになるはずです(日本は諸外国より司書の地位が低いので優秀な人材が集まりにくい、という弱点はありますが)。


    --
    2:老人の集まる場所に行って話を聞く。銭湯・公民館のサークル活動などを狙ってみる。数人のグループを組んでいった方が気分的に楽。

    直接体験が聞きたい場合はこちらでしょう。「老人の集まる場所」といっても想像がつかないかも知れませんが、小生が思いついたのは「平日昼間の銭湯」でしょうか。平日昼間が無理なら週末でもいいかもしれません。

    銭湯の人に「疎開体験の話が聞きたいが、体験のありそうな人が来るか」とか「来るとしたらいつ頃か」を聞いておき、そのときに銭湯で待っていればいいんじゃないかと思います。
    「学校の調べ物学習で疎開体験を知りたい」と言えば、たぶん話してくれるでしょう。
    なに、どうせ相手はひまな老人ですから(失礼)話を聞いてくれる相手がいるだけでうれしいでしょう。
    なんだったら「話している間肩もみます」とかなんとか取引(笑)を持ちかけてもいいんじゃないでしょうか。

    他には公民館のサークル活動、俳句の会とか茶道の会とか囲碁とか盆栽とかシニアパソコンクラブとか、お年寄りがやりそうな趣味のサークルを探してその代表者に連絡を取ってみるという手もありますね。近所の公民館のHPを見れば一発です。
    小生の父親は茶道と囲碁の会に入っていて、たまに市営のトレーニングルームで運動しています。そんなあたりが狙い目でしょう。

    質問用紙を作っておくと
    (「今何歳?」「何歳の時に疎開した?」「どこへ疎開した?」「学童疎開?縁故疎開?」「どのくらいの期間?」「何を食べた?」「一日をどんな風に過ごした?」「授業あった?働いてばかりだった?」「授業の科目は?」「今はない科目や今とは内容が違う科目があった?」「合宿と大差ないっていう話がインターネットであったけど本当?」「帰りたかった?」「今と比べてどんな点が違った?」みたいな項目を紙に書いておく)
    相手も話しやすいはずです。

    学校で発表が終わったら、その内容のコピーとお礼の手紙を持って「ありがとうございました。おかげさまでこういう発表ができました」と挨拶に行けば完璧です。
    (↑これ、とても重要ですからね。めんどくさがらないで必ずやりましょう)

    --
    こういう取材経験は、大学でフィールドワークをやることになったらとても役に立つはずです。小中学生なら相手もずいぶん親切にしてくれるでしょうからいいチャンスです。今のうちにやってみた方がいいでしょう。

    やることがいっぱいあって大変だと思ったら、友達数人で手分けしてやると
    (公民館や銭湯に電話する係、話を聞く係、話を聞きながらメモする係、肩もみ係(笑)、あたりでしょうかね)
    気分的に楽かも知れません。

    あくまでも「学校の調べ物学習だったら」の話ですが、お役に立ちますかどうか。

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