記号論理(形式論理)を訓練すると非形式論理の問題を解く力も格段に磨かれますか?

記号化して初めて妥当かどうかを判断できるような複雑な問題を解くことによって非形式論理の日常の問題を解く際にも応用できるのではないでしょうか?
ゆえに非形式論理をするよりも記号論理(形式論理)の訓練をしたほうが非形式論理の日常の問題を解く力は磨かれる。


ど素人がこのような結論に至ってしまったわけですが、この分野に詳しい方々の回答がいただきたいです。

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  • 1人5回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2013/01/30 22:33:38
  • 終了:2013/02/06 22:35:03

回答(1件)

id:hakkohtai No.1

hakkohtai回答回数378ベストアンサー獲得回数572013/02/01 11:33:49

磨かれるかも知れませんね。図書館に行くのが良いと思います。

論理学をつくる

論理学をつくる

f:id:hakkohtai:20130201113149j:image

  • id:hathi
    「記号化して初めて妥当かどうかを判断できるような複雑な問題を解くことによって非形式論理の日常の問題を解く際にも応用できる」としても、「ゆえに」などという接続詞が使えて、「非形式論理をするよりも記号論理(形式論理)の訓練をした方が非形式論理の日常の問題を解く力は磨かれる」とは言えません。
    「故に」の使い方を正しくするのに、「記号化して初めて妥当かどうかを判断できるような複雑な問題を解くこと」は役立つのでしょうか。 
    「非形式論理の日常の問題を解く際にも応用できる」可能性があっても、それは「非形式論理の日常の問題を解く能力が格段に向上すること」とは別のことだと、記号論理(形式論理)の訓練でわかるのではないでしょうか。

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