命は、どういうものなのでしょうか?


死んだら、魂はどうなるのでしょうか?

皆さんの考え方を教えてください

回答の条件
  • 1人5回まで
  • 登録:2013/08/25 09:14:26
  • 終了:2013/09/01 09:15:04

ベストアンサー

id:hagarenn11 No.4

hagarenn11回答回数216ベストアンサー獲得回数332013/08/28 00:04:27

命は巡り巡ります

例えば自分の金魚が死んだとする
自分が飼っていた時は地面に埋めました
地面には多くの微生物(肉体を食べる)や虫が存在します
その微生物や虫が金魚を食べ、それをもっと大きな動物が食す
それをまたもっと大きな動物が食し、人間が食べるに至ります

この様に常に命のサイクルという物が今も行われているのです

id:miiQxyz

食物連鎖(?)ですね
回答ありがとうございます

2013/08/31 08:19:45

その他の回答(3件)

id:yudai5361 No.1

RIVAI回答回数19ベストアンサー獲得回数52013/08/25 17:07:33

死ぬ=生命活動が停止する。
思考回路も停止する=考えられなくなる
ずーっと無意識なままだと思います。
あと簡単に言えば寝ているままだと思います。

id:miiQxyz

回答ありがとうございます

2013/08/27 23:20:47
id:khurata No.2

khurata回答回数16ベストアンサー獲得回数42013/08/25 17:57:13

 我々は、命が何であるかを教わる事が無くても、何かを見た時に、それが生きているかどうかを、高い確率で言い当てる能力を持っています。
 あるいは、貝殻とかガイコツのような、かつて生きていたが今は死んでしまったものを見れば、それがかつて生きていた事を、高確率で分かる事が出来ます。
 これは、とても不思議な能力に思えます。

 (私が知る限りの)科学的に言うなら、命とは、生きている生き物が、生きている生き物を観察した時に見出す「ふるまい」です。命あるものを見て、それが命を持っていると解釈出来るのは、生き物だけです。
 その「ふるまい」とは、自己増殖する、一定の構造を持っている、刺激に対して反応する、エネルギー代謝をする、などです。

 貝殻やガイコツは、それらの「ふるまい」が残した「過去」であり、我々は、それら貝殻やガイコツに、かつて「生きていた過去」があった事を、なぜか知っています。

 この不思議な能力の源泉は、「その『ふるまい』が、自分と同種のものである」、という、一種のパターン認識・同調に依るものだろうと、私は思います。つまり、自分に似ているものほど、命を「強く感じる」はずです。

 生き物が生き続けていけるのは、自分を大事にし続けている結果です。我々の肉体は、常に外界からの攻撃(微生物、酸化、紫外線、熱、etc.)にさらされ、破壊され風化していきますが、それに抗って、自分を大事にし続け、自分を保とうとする、その「ふるまい」を、命と名付けたのでしょう。
 ですから、自分と同じように、風化に抗い、「生きている」者を見れば、そこに命を見出すでしょう。

 魂というものが在るのかどうか、私には分かりませんが、死ぬと、命が無くなります。生き続けようとして抗い続ける「ふるまい」が無くなるのですから、当然の結果として、肉体は朽ちていきます。
 「ふるまい」の結果として残された貝殻やガイコツは、しばらくの間、この世に形をとどめますが、それもいずれは消え去ります。

 残る謎は、そのような「ふるまい」とは、一体、何なのか、という事です。

 生理学では、生き物の振る舞いは、化学反応であり、物理作用であると教えています。
 水と出会うと激しく反応するナトリウムと、呼吸すれば死に至る塩素が化学反応して食塩になるのは、「当然の化学反応」であり、「そうなるべくしてなっている物質の『ふるまい』」です。

 たとえば竜巻という自然現象は、どこからともなく出現し、しばらく、竜巻という構造を保ち続けます。竜巻はいずれは消えるのですが、しばらくの間は、一定の構造を持つのです。
 このような、「生き物ではないが、いきなり現れて、しばらく構造が保たれる」自然現象は、いくつもあります。泡だとか、雲とか、星とかもそうです。
 これらは全て、「そうなるべくしてなっている物質の『ふるまい』」による現象です。
 命という「ふるまい」も、そのような「当然の反応」として、この世に存在している、そう生理学は教えているわけです。ただし、それは、何十億年という途方もない時間をかけて、とんでもなく複雑化し進化した「反応」であり「ふるまい」です。

 竜巻が、泡が、雲が、星が、たまたま、「ふるまい」を変えた時、今までよりちょっぴり長く存在出来た、としましょう。この変化は偶然であり、「今度の雨はやけに長く降り続けている」というのと同じです。
 しかし、その偶然の変化によって、長く続いた「一定の構造」が、さらにもう1度変化して、より「保たれやすくなった」としたら…これはもはや、「最初の生き物」ではないでしょうか。「彼」は、「生き続ける」ための「ふるまい」を得たのですから(これを魂の獲得と言えるかどうかは、私には分かりませんが)。

 おそらく、このような「突然変異」によって生き物は生まれ、より長く存在し続けられる突然変異をした者だけが、さらに長く生き延びたのでしょう。

id:miiQxyz

回答ありがとうございます

2013/08/27 23:21:27
id:adlib No.3

adlib回答回数1896ベストアンサー獲得回数1112013/08/25 18:47:07

 
 無心論 ~ 心臓に心あらず、脳内に魂あらず ~
 
 むかし、人の心は胸の内にあり、死後は魂が天国に昇ると信じられた。
 いまは、人工心臓によっても、生きつづけることが立証されている。
 しかし、脳波が停止しても、魂は天国に昇ると信じる人々が存在する。
 
── 少なくとも百年前(1896年以前)まで、心臓に触った者はいなか
った。当時の辞書は「心に触れる」とだけ説明すればよかったはずだ。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20060609 自動翻訳の女
 
…… 医者が過去の惰性に溺れることの愚かさに、かつてのいらだたし
さが再びこみ上げて来た。── 《外科の夜明け 19711215 講談社文庫》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19151028 エリザベスの心臓
 
 Lavoisier, Antoine-Laurent de 17430826 France 17940508 50 /
http://q.hatena.ne.jp/1260718808#c166251(20091216 04:17:56)
 死後のウィンク ~ ラヴォアジェの約束 ~
 
 ラヴォアジェは、死後も意識があるかどうかを実験するため、処刑後
にウィンクすることを約束して、断頭台に登った。
 そこに立会った人々の記述は、どれも彼のまばたきを伝えていない。
 
 信じることは、疑うことに比べると、はるかに容易である。
 信じる者は、結論を繰りかえすだけだが、疑う者は、あの手この手で
理由を問わねばならない。おしまいに馬鹿々々しくなって黙りこむ。
 

id:miiQxyz

ラヴォアジェの話は始めて知りました
回答ありがとうございます

2013/08/27 23:22:16
id:adlib

 
…… 迷信の偏見は他のすべての偏見にまさり、その理屈は他のすべて
の理屈に勝つ。
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4309961894
── モンテスキュー/根岸 国孝・訳《法の精神 19660228 河出書房新社》
 
http://q.hatena.ne.jp/1149960115#a547853(No.3 20060611 03:16:22)
 

2013/08/28 19:34:28
id:hagarenn11 No.4

hagarenn11回答回数216ベストアンサー獲得回数332013/08/28 00:04:27ここでベストアンサー

命は巡り巡ります

例えば自分の金魚が死んだとする
自分が飼っていた時は地面に埋めました
地面には多くの微生物(肉体を食べる)や虫が存在します
その微生物や虫が金魚を食べ、それをもっと大きな動物が食す
それをまたもっと大きな動物が食し、人間が食べるに至ります

この様に常に命のサイクルという物が今も行われているのです

id:miiQxyz

食物連鎖(?)ですね
回答ありがとうございます

2013/08/31 08:19:45

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