われわれはどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか


という言葉を、機動警察パトレイバーの劇場版1作目で、「ヨーロッパに侵入した野蛮人の隊長の書き残した言葉」として引用しています。

しかしながら、そのような逸話は私には見つけられません。ゴーギャンの絵からきていると私は思います。この「野蛮人の隊長」の部分は創作でしょうか、というのが質問です。

この語句をアレキサンダー大王がシーワの町のアグルミの丘に書き残した、という記事がネットには散見されますが、大元の文章まで遡れないものが大半です。(アレキサンダーは少なくともヨーロッパには侵入していませんし、アグルミの丘でアレキサンダーは「お前はゼウスの息子である」という語句とはかけ離れた神託をえています)

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  • 登録:2014/06/02 21:10:32
  • 終了:2014/06/09 21:15:03

ベストアンサー

id:tea_cup No.1

tea_cup回答回数995ベストアンサー獲得回数1742014/06/02 23:50:03

ゴーギャンの絵の題名は、何処から来ているのでしょうか?
それは、カテキズムと言われています。

判りやすい日本語テキストが見つけられなかったのですが、例えば↓。
教会学校教案誌 子どもカテキズム

問15 神さまは人間をどのように創造されましたか。
 答  神さまは、人間を神さまのかたちに似せて、
      男の人と女の人として造られました。
      土のちりから造り、
      神さまのいのちを吹き入れてくださいました。
    こうして、人間はただの動物ではなく、
      神さまとの交わりを持つものとされました。
    ですから、人間にとって生きるとは、
      神さまを礼拝すること、
      お友だちを愛することです。
        創世1:27、創世2:7

問1 私たちは何のために生きるのですか。
答  私たちが生きるのは、
     私たちの神さまを知り、
     神さまを喜び、
     神さまの栄光をあらわすためです。
   これが私たちの喜びです。
       コリント一10:31、ローマ11:36、ローマ5:11

問35 どこを目指して歩むのですか。
 答  イエスさまが再び地上に来られる再臨の日、
      天の国を目指して、
    歌いつつ歩みます。
        テトス2:11-13

ヨーロッパに侵攻した蛮族の隊長とは、キリスト教をヨーロッパに広めたピピン3世やカール大帝のことかもしれませんね。

id:moons

教えていただいたテキストにあるように
、本来キリスト教徒にとっては、自分は神に生み出され、神によって定義され、神のもとにいく、という基準があり、ゴーギャンはキリスト教の価値観に反発して、このタイトルの絵を書いたと思っています。
つまり、キリスト教に帰依してる場合、自分が何者かについて悩まないわけで、そうした考え方の輪の外側にいるからこそ、自分は何者か、と悩むのではないでしょうか。
そして、そういう逸話をもった歴史上の人物は、やはりいないのでしょうか。

2014/06/03 16:32:46

その他の回答(1件)

id:tea_cup No.1

tea_cup回答回数995ベストアンサー獲得回数1742014/06/02 23:50:03ここでベストアンサー

ゴーギャンの絵の題名は、何処から来ているのでしょうか?
それは、カテキズムと言われています。

判りやすい日本語テキストが見つけられなかったのですが、例えば↓。
教会学校教案誌 子どもカテキズム

問15 神さまは人間をどのように創造されましたか。
 答  神さまは、人間を神さまのかたちに似せて、
      男の人と女の人として造られました。
      土のちりから造り、
      神さまのいのちを吹き入れてくださいました。
    こうして、人間はただの動物ではなく、
      神さまとの交わりを持つものとされました。
    ですから、人間にとって生きるとは、
      神さまを礼拝すること、
      お友だちを愛することです。
        創世1:27、創世2:7

問1 私たちは何のために生きるのですか。
答  私たちが生きるのは、
     私たちの神さまを知り、
     神さまを喜び、
     神さまの栄光をあらわすためです。
   これが私たちの喜びです。
       コリント一10:31、ローマ11:36、ローマ5:11

問35 どこを目指して歩むのですか。
 答  イエスさまが再び地上に来られる再臨の日、
      天の国を目指して、
    歌いつつ歩みます。
        テトス2:11-13

ヨーロッパに侵攻した蛮族の隊長とは、キリスト教をヨーロッパに広めたピピン3世やカール大帝のことかもしれませんね。

id:moons

教えていただいたテキストにあるように
、本来キリスト教徒にとっては、自分は神に生み出され、神によって定義され、神のもとにいく、という基準があり、ゴーギャンはキリスト教の価値観に反発して、このタイトルの絵を書いたと思っています。
つまり、キリスト教に帰依してる場合、自分が何者かについて悩まないわけで、そうした考え方の輪の外側にいるからこそ、自分は何者か、と悩むのではないでしょうか。
そして、そういう逸話をもった歴史上の人物は、やはりいないのでしょうか。

2014/06/03 16:32:46
id:miharaseihyou No.2

miharaseihyou回答回数4467ベストアンサー獲得回数5492014/06/03 01:08:23

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9D%A5%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B_%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%AF%E4%BD%95%E8%80%85%E3%81%8B_%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%B8%E8%A1%8C%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%8B

ゴーギャンの言葉の順序を変えただけですね。
昔はこういうのは基礎教養に近い物だったので、常識のような扱いです。
要するに気障に気取っているんですね。

常識なんだから、順序を変えただけでは説明したりはしません。
そして、常識は記録されなくて、記録されないために、いつの間にか失われていく知識となります。
日本人は昔から常識の記録に関してはあまり熱心ではありません。
西洋流のキリスト教式の厳密な記録とは全然違います。
宗教的なトラウマがないので、銭にならないことはやろうとしない。

ゴーギャンの苦悩を見るにつけ、いかにも強迫観念だなって可哀想になります。

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