「庶幾(ちか)からん」は、どういうニュアンスでしょう。
ネットで調べてみたのですが(漢語のようですが)、意味がつかめませんでした。

該当する単語が使われているのは、漱石の『余が一家の読書法』(『世界的青年』第一巻第一号、明治39年9月1日)です。

「及(すなわ)ち余の所詮暗示を得んとする読書法に依る時は、如上の平凡に堕することを免れ且つこれを活用することを得て、乱読家たるの謗(そしり)を受けざるに庶幾(ちか)からん」です。

回答の条件
  • 1人5回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2015/02/09 09:08:50
  • 終了:2015/02/16 09:10:03

回答(2件)

id:sibazyun No.1

sibazyun回答回数1753ベストアンサー獲得回数2362015/02/09 09:31:03

・意味としては、かなの読み方のように、「近からん」つまり、「近いだろう」。
全体としては、「乱読する人といわれても近いだろう、乱読する人といわれても
あたっているだろう」

・「庶幾」は漢和辞典でひくと、(1)希望する、(2)近い。で、「庶」自身が「希望する」
と「近い」の意味があるようです。それがなぜかまではわかりません。(2)の意味は
孟子に出てくるようです。

・漱石がなぜ使ったかはわかりませんが、あの時代、孟子の訓読あたりはインテリの
素養だったのでしょう。

id:torimaki

手もとの『孟子』(上)(小林勝人 / 岩波文庫)をめくってみました。『梁恵王章下(一)』ですね。「則齊其庶幾乎」。現代語訳では、「斉の国が(よく治まり、天下の)王者となるのも、そう遠いことではあるまい」となっています。漱石は、二松学舎で学んだそうですから、その際に『孟子』を学んだのかも知れませんねぇ。

2015/02/09 17:54:46
id:NAPORIN No.2

なぽりん回答回数4698ベストアンサー獲得回数8612015/02/09 09:36:14

庶幾(ショキ)とは - コトバンク 心から願う意味だそうです。
漢語に適当な当て字訓読みをつけてわかりやすくした時代の主流作家なので他ではあまり使わないとおもいます。(漢字検定では出るかもしれませんが)
「及(すなわ)ち =つまり
余の=わたくしの
所詮=いわゆる
暗示を得んとする=暗示を得ようとする
読書法に依る時は、=読書法による場合は、
如上の=上に述べたような
平凡に堕することを免れ=平凡になってしまわないようにして
且つこれを活用することを得て、=それでいてこれを活用できるから、
乱読家たるの謗(そしり)を=「乱読家だろ」の悪口を
受けざる=受けないで居る
に庶幾(ちか)からん」=ことを心からねがえましょう。

id:torimaki

(現代文ですけれど)『梁恵王章下(一)』を改めて読み返してみました。含蓄のある文章だなぁと、思いました。(王様が、おひとりで音楽や狩を楽しむなら、人民の心は離れていってしまう。一方、音楽や狩を人民と楽しまれるなら、人民も自然によく なついて、やがて王様は天下の王者となるでしょう)。孟子は、斉の宣王が天下の王者になるよう(庶幾)心から願っていた。ああ、そういうニュアンスもありかな、と思いました。漱石のこの文章は、fiwaさんのおっしゃる通り、推測(だろう)くらいのニュアンスでしょうか。

2015/02/09 17:55:11
  • id:fiwa
    庶幾は推量の意味だそうですから、「このように私の暗示(着想)を得ようとする読書法をとれば、平凡な多読に陥らずにこれを活用することが可能で、乱読家との謗りを受けることも恐らくないだろう」くらいの意味に庶幾からん

    http://www.ic.daito.ac.jp/~oukodou/kuzukago/kundoku,2.html#48
  • id:torimaki
    fiwaさま

    とても、分かりやすい文で解説して頂き、ありがとうございます!
  • id:miharaseihyou
    当時の物書きは、矢鱈滅多に小難しい言葉を使いたがって、それが「教養のある」「頭の良い」証明だって思いこんでいた節がある。
    当時の出版物や原稿などに使ってある漢字やヨーロッパ諸国語など、常識的な教養の範疇からはみ出している語彙が頻出している。
    当時の作者の現在出版されている書籍は、読者に合わせてかなり変更が加えられていると思った方が実情に近い。
  • id:jwrekitan
    http://tsurumaki-office.com/reading-point/

    ここの解説が丁度それっぽくて、これを参考に中段部分に肉付けすると、


    > 及(すなわ)ち余の所詮暗示を得んとする読書法に依る時は

    すなわち余のいわゆる暗示を得んとする読書法に倣うとして、

    > 如上の平凡に堕することを免れ且つこれを活用することを得て

    前述の如く、(暗示のみを捜し求めるような)形式的な読書法を避け、
    なおかつ得られた暗示を活用していることをも余人に示せるならば、

    > 乱読家たるの謗(そしり)を受けざるに庶幾(ちか)からん

    恐らくは乱読家との謗りを受けずに済むであろう。


    だいたいこんな感じでしょうか。
    「暗示」は「インスピレーション」とでも置き換えて考えると、
    意味の通りが良さそうです。
  • id:torimaki
    椶櫚さま

    コメント、ありがとうございます。
    ご紹介いただいたウエッブサイトは、、、なんと、私のウェッブサイトですぞ。

    「暗示」という言葉には、漱石は、丁寧にルビをふっていまして。。。
    さて、それは、なんでしょう。インスピレーション、うーん、どうだろ、近いのかなぁ。。
  • id:jwrekitan
    なるほど、そうだったのね。
    けっこうお高い本のようなので、
    そういうのホイホイ買える人がけっこういるのね~と思ってしまいましたよ(笑)。

    ちなみに、秦に滅ぼされる前の晩年の斉というのは、
    稷下に全国の知識人が集まってきており、孟子もそうした食客の1人であったようです。
    稷下で頭角を現し、周囲の知識人からも一目置かれる存在であった荀子ならばともかく、
    斉王にとって孟子は単なる遊説士の1人に過ぎなかったであろうという事です。

    だから、積極的に儒教の教えを王に説く機会は得られたものの、
    王の関心を儒教に向けることができないと悟った孟子は、
    確か稷下を離れて別の国へと放浪を続ける決断を下したような気がします(うろ覚え)。
    そうした浅薄な関係で「心から願っていた」と訳すと、
    「王にへつらっていた」という意味になりはしないかと…
  • id:torimaki
    椶櫚さま

    漱石のこの文章は「漱石全集」に収納されています。
    ちなみに、当方、図書館で借りて読みました。

    孔子が各国を放浪したことは承知していますが、孟子もそう。。。ですか。
    孟子が「王にへつらっていた」というのは、間違っているんじゃないかなぁ。

    先の「暗示」について。
    漱石は、「暗示」にサゼツション(suggestion)というルビを、ふっています。
  • id:torimaki
    先のコメント、「収納」は「収録」の間違いでした。失礼しました。
  • id:jwrekitan
    > 孟子が「王にへつらっていた」というのは、間違っているんじゃないかなぁ。

    そう、孔子と同様、孟子もやはり孤高の士というイメージなので、
    「心から願っていた」という訳は成り立たないのでは?という事です。
    「もし~を行うならば、~となるであろう」という徳治政治の勧め…
    (勧めるからには徳治政治が行われていない証拠でもある)でしょうから、
    こちらも文意としては推量形で、「恐らく~であろう」の意味であろうかと。


    漱石は確かイギリス留学していたんでしたっけか。
    suggestionの訳の1つが暗示ですね…
    心理学用語として用いた場合のようですけれども。
    (日本語の意味を深く考えずに直訳しただけかぁ)

この質問への反応(ブックマークコメント)

「あの人に答えてほしい」「この質問はあの人が答えられそう」というときに、回答リクエストを送ってみてましょう。

これ以上回答リクエストを送信することはできません。制限について

絞り込み :
はてなココの「ともだち」を表示します。
回答リクエストを送信したユーザーはいません