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幕末に、朝廷に関係した各藩士や侍などは、家系図を提出したんでしょうか。といいますか、そういう約束事はあったのでしょうか。御陵衛士とか、それから、それから、討幕軍に参加した各藩の藩士(幹部)たちです。例えば、西郷や大久保や小松や、木戸や前原や広澤や、世良修蔵や伊藤博文(俊輔)や井上馨(聞多)や山県有朋(狂介)、板垣退助や後藤象二郎といった人達です。

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  • 13歳以上
  • 登録:2016/05/05 02:46:27
  • 終了:2016/05/12 02:50:07

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  • 匿名回答1号
    匿名回答1号 2016/05/05 20:20:15
    あれだけ混乱した状況で、しかも与した方が負けたら一族郎党の命が危ないという状況下で、「家系図を提出する」っていうのは危なすぎるって思わない方がおかしい。
    昔の戦のならいは、戦後には敵方に与した郎党の詮議があって、早い話が皆殺しになることもあった。
  • 匿名回答2号
    匿名回答2号 2016/05/05 20:26:41
    戸籍法ができるまでは
    出世したら家系図を買って
    祖先は清和源氏だったとか
    言い出すのが当たり前で
    武士の祖先がどこにいたというのに異論が多数ある
    という原因になっているのだと思いますが。
  • 匿名質問者
    匿名質問者 2016/05/06 16:18:47
    江戸時代は、あらたに仕官するには、先祖のことも提出していたようです。花神という大河ドラマで、村田蔵六が、毛利家に正式にお抱えになるとき、提出する場面がありました。毛利家は大藩ですから、特別なのかもしれませんが。
    たとえば、渋沢栄一が一ツ橋家のお抱えになるとき、そういうことしていたか、近藤勇はどうか、単純には考えられないかもしれないですね。先祖先祖と騒いでは人材獲得競争に負けてしまいます。しかし、朝廷ですから、そこは特別と思いました(前例の好きな、上流のお公家さんがたくさんいらっしゃったと思いますから)。

    明治がスタートすると、朝廷には、自分は先祖は、清和源氏だとか、提出する必要があったようです。ただ、しばらくして、廃止になったみたいではあります(廃止でなくて、うやむやなのかもしれませんが、そこはわかりません)。

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