演技の上手い下手が分からない。

ネットで調べても不自然か自然かっていう曖昧なものしか判断基準が書かれてない。
アカデミー賞をとる俳優はとらない俳優と何が違うの?
逆に下手って言われてる俳優はそう言われない何が違うの?
不自然か自然かみたいな分かった気にさせるようなのではない解答をお願いします。

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  • 1人50回まで
  • 登録:2016/05/06 00:57:55
  • 終了:2016/06/05 01:00:03

回答(4件)

id:NAPORIN No.1

なぽりん回答回数4555ベストアンサー獲得回数8442016/05/06 01:33:36

不気味の谷という話があります。不気味の谷現象 - Wikipedia
コンピュータでプログラムされたロボットが人間のマネをするとすごく不気味。
つまりロボットは、演技力が最低の役者です。
顔にどんな美しい仮面を貼り付けてもロボットでは駄目なんです。
 
逆に人間は居るだけでロボットよりは非常に自然。
これについて、ある人が語っていたのですが、
「へたな役者は、台本に「黙って立っている」とかかれると本当に直立不動でなにもしないが、
上手い役者は、普通に無駄な動きをする。
人間は何もしていないときも、必ず瞬きをしたり、咳払いをしたり無駄な動きをする。
(詳細わすれましたが、女優さんが岬の先端で叫ぶシーン、その叫ぶ直前の間がうまかったという例をあげていました)
指示されずにこういうことをしているのがうまい役者」
とかいう話がありました。
このマイクロスリップの話は最近の演劇家の中では共通認識になっているようです。
平田オリザさん演劇とコミュニケーション3 - みらいぶプラス/河合塾
読書メモ『わかりあえないことから』?演技と即興と - はみだしつば
 
それをふまえると
演技の上手い下手って?以前渡辺謙さんが、何かのインタビューで、日本は「芝居... - Yahoo!知恵袋
がわかりやすいです。
あえて別人になりきる
(昭和の名作演劇漫画「ガラスの仮面」ではこちらをひたすら磨いていますが)
のではなく、
いつ見てもその人っぽすぎる「仕草」が入るのだけれど、
それでいて、自然な人としての感情がちゃんと伝わる。
そういうのが本当に上手いんじゃないでしょうか。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1250576382
 
なかなか常人には「自分でいること」さえできないですよ。
カメラも録音も照明もかたずをのんで自分一人を見守っている中で、
「人を殺したシーン」とかでハナノアナをひろげてハアハアして汗をかいて目をギョロつかせ、
とても人にみせられないような、恥ずかしいほど興奮している自分をさらけだしてみせられる。
 
演技の下手な人はやはりどこか、人前にいるモードを脱げなくて、
敢えてロボットというかお人形さんっぽかったり、
逆に、あまりにも敢えて人前の芸人テンションのまんまでしかいられないのかなとおもいます。
でも配役や演出が上手ければ傍目からはあまり目立たないでしょうね。

id:miharaseihyou

人間の存在感って凄いんです。
写真撮影する時、まれに人間が入ってしまう時があります。
最近では肖像権の問題があって、無闇に撮影できないんですが、それでも何でこんなに良い絵になるの?って思えるほど普通の人の入った写真が凄いんです。
どうしても・・・の時は追いかけて公開の承諾をおねだりしたりするしかありませんが、嫌われることもある。
ただ、その当たり前の存在感に甘えて何をどのように伝えたいのかって肝心な部分を脚本や監督に預けてしまう役者が多い。
素人のままにアイドルの大根は白いですよね。

2016/05/06 02:04:26
id:adlib No.2

adlib回答回数1833ベストアンサー獲得回数1052016/05/06 05:13:01

 
 演技論走稿 ~ 眺めて、聴いて、真似る ~
 
【助】
 
…… 欧米の俳優は、ふつうの人々を模倣して尊敬されている。
 日本では、ふつうの人が役者のマネをすると、キザだと軽蔑される。
 すると日本の役者は、いったい誰のマネをしているのか。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20030610 虚々実々
 
…… わが国の俳優は、しばしば欧米の俳優のマネをしています。
 ところが欧米の俳優は、通行人のように演技しているのです。
 そこでわが国の若者は、欧米の通行人のような風体に身をやつします。
http://q.hatena.ne.jp/1136388596#a465666(No.2 20060105 06:27:25)
 
…… 杉村春子は、うますぎるんだ。なんかコツがあるにちがいないん
だが、最後まで盗めなかったね。── 加藤 武《迷惑役 20160305 NHK》
https://twitter.com/awalibrary/status/705861750013308929
 
【覇】
 
…… 論より証拠(映画は観るべし、論ずるべからず)。
http://q.hatena.ne.jp/1174985510#a698268(No.6 20070327 21:03:28)
 日本映画史を代表する名脇役の代表作。
 
── 黒澤 明・監督《どですかでん 19701031 東宝》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20130425
 悪優列伝 ~ 六十余人の憎々しい男女 ~
 
https://twitter.com/awalibrary/status/615241826849587200
 キャサリン vs スペンサー ~ 一番モテた女が選んだ男 ~
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13142789123
 
【究】
 
…… 「あがる」というのは、人間のすばらしい習性だ。恐怖をのりこ
えて人前に出ることができる(アンソニー・クイン)。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19260919 俳優総登場
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19270511 歴代アカデミー賞受賞作品
…… 観なかった者とは語れない。観た者同士は争えない。
http://q.hatena.ne.jp/1440769188#a1251157(No.1 20150829 20:45:02)
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19760409 我が道を往く(クロスビー)
── 《Going My Way 19440503 America 194610‥ Japan》
http://q.hatena.ne.jp/1419165426#a1241881(No.2 20151118 11:56:15)
 

id:practicalscheme No.3

practicalscheme回答回数157ベストアンサー獲得回数422016/05/06 07:07:55

演技の上手下手というのは1次元の尺度に載るものではなく、いくつもの要素が絡み合っています。さらに映像作品の場合は編集という後処理が入るため、演技そのものの良し悪しを切り離して見るのが難しいかもしれません。

作品にとっては、最終的に観る人の心を動かせたら「勝ち」であり、その意味で演技の良し悪しというのは観客一人一人が自分の体験として判断すれば良いものです。けれどももうちょい客観的に上手下手って何だろうということを考えたいなら、演技を構成している要素を分解して考える必要があります。

大別して、技術的要素と、選択に関する要素があります。

技術

大雑把に言えば、「役割に対して自然に見えるかどうか」という尺度です。

ただ、この「自然に見える」というのがなかなか曲者で。本当に「自然=そのまま、ありのまま」でカメラの前や舞台に立っても、ほとんどの場合、自然に見えません。脚本に書かれている状況と、現実の舞台や撮影セットは違うからです。それに、普段の生活では言うべき台詞があらかじめ台本に書かれていたりはせず思いついたことを「自然」に口にしているわけで、用意された台詞を「自然」に喋るというのは根本的に矛盾した行為なわけです。

近代以前の演劇では、ここで様式=お約束を使いました。悲しい時には「悲しい」と台詞で言って、「悲しい演技」をする。怒った時には怒った台詞を言って「怒った演技」をする。観客も「そういうもの」と納得して観ていました。けれども次第に、観る方も演じる方も、それでは満足できなくなってきます。悲しい場面で「悲しい演技」をするとものすごく嘘くさく見える、ということに気づいてしまったのです。本当に怒っている時に、必ずしも人間は声を荒げたり怒ってみせたりしない、ということにも気づいてしまったのです。

リアリズム演劇以降の主流な演技術では、役者が台本の台詞を喋っているのでなく、登場人物がその状況を実際に初めて体験して自発的に喋ったり動いたりしているように見えるかどうか、という点を重視するようになりました。(同時に脚本も洗練されてきて、登場人物が本当に言いたいことが直接台詞に書かれなくなります)。

この方向でいくつか演技の技術が開発されました。代表的なものを挙げると:

  • 内面とつながる - 役者が本当に悲しみを感じていれば、観客にも悲しみが見える、という理屈です。ストラスバーグらの「メソッド」が有名です。この意味での役者の「上手さ」というのは、感情の抽出しをたくさん用意しておいて、シーンがスタートした時に即座に必要な感情を取り出してみせる、ということになります。これが上手い役者は、映画のクロースアップで観客の心を掴みます。
  • 外界とつながる - 役者が自分の内面だけを観ていると、複数の役者が絡むシーンでちぐはぐになることがあります。シーンを成立させるには、相手役をよく見聞きし、その場に出されたものに鋭く反応してゆく技術が必要です。サンフォード・マイズナーのテクニックが有名です。これが上手い役者どうしのシーンは、いつまで観てても飽きない、ついつい見入ってしまう、という感じになります。また、これが上手いと映画で自分の台詞だけでなく「相手の台詞を聞いている時のリアクション」をよく映してもらえる役者になります。「耳から聞こえる台詞+聞いてる役者のリアクション」という組み合わせの方がストーリーをより深く伝えられるからです。
  • 外見から入る - 動きを観ただけで人となりがわかる、なんてことがあります。その人の感情や思考のパターンが、所作の癖として身体に刻み込まれているからです。そこで、逆に身体の癖や動きのパターンから役を作ってゆく技法です。これが上手い役者は、ただ登場しただけで台詞を一言も喋らないのにああこの役はこういう人物だと納得させられる役者です。また、役によって印象ががらりと変わる「化け上手」な役者でもあります。

(なお、現代の演劇ではリアリズム演劇の「あたかも登場人物が本当に脚本の状況にいるように感じさせる」からは離れて、敢えて演技であることを観客に意識させるような作りをすることも多いのですが、上記のような手法はそういった現代劇にも応用可能です。演技であることを意識させるにしても、「伝えたいこと以外」の雑音は減らす必要があり、そういう余分なものを排するのに有効だからです。)

また、社会的人間として身につけた防御反応(人は普段、無意識に本心を隠そうとします)をオフにして人間的な弱さをさらす、というのも訓練によって伸ばせる技術です。これが上手い役者さんを観ていると、まるで個人的に親しくなったような気にさせられます。これがもともと上手い人もいて、初舞台から輝いていたりします。

それから、より基本的な技術としては、基礎筋力(立ち居振る舞いの美しさ)や発声活舌、脚本分析(登場人物が本当に思っていることは台詞に書かれていないので、何故その台詞が出てきたかの裏を構築する技術)もあります。


選択

大雑把に言えば、いかに説得力と驚きをもたらすか、という尺度です。

技術的要素を高めていけば「上手い役者」になるでしょうが、音楽でも技術的に高度な演奏が必ずしも心を打つとは限らないのと同様、技術だけでは「器用」にはなれても、アカデミー賞には至らないでしょう。器用な役者と、ずば抜けて上手い役者との差は何でしょうか。

演技の現場で非常に良く使われる言葉が"Choice"(選択)です。「あれは素晴らしい選択だった」「あの選択は疑問だなあ」などと使います。"Genius is in the coices." (天才は選択に宿る) なんて言葉もあります。

同じシナリオでも、それに沿った表現方法はいくつも考えられます。シーンを成立させることが可能な選択肢というのは、台詞ひとつひとつにつき複数あり、凡庸なものも、観客がはっと息を呑むような非凡なものもあります。

凡庸な選択というのは、だいたい予想できる反応や展開になります。役者が基本的な技術を持っていれば、観ていて不自然でなく、何となく観てしまうんだけど、後に何も残らないなあ、というシーンになります。

上手い選択というのは、「まさかそういう反応をするとは予想しなかったけれど、その反応を観てしまったらそれがまさしくあるべき反応であると納得できる」ってものです。ちなみに後半の納得感が無いとただの変なキャラです。

今まで、登場人物なり物語なりを観客はX軸方向から観ていたのだけれど、そこでY軸方向からも見せることで、それまでの見え方と矛盾せずに予想しなかった深みを見せる。前に出てきたのと全く同じ台詞なのに全く違う意味が載せられることを示す。等々。最高の選択とは、その一言の言い方で、作品全体の意味が一段深まるようなものでさえあり得ます。

これが上手い役者というのは、次に何が出てくるか興味深々で目が離せない役者になります。

ただ、観客にとってはこの演技によってもたらされる深みイコール作品の深みなんですよね。究極の上手さというのを考えると、それは「全く自然(ありのまま、まるで演技してないかのように)であり、また出来上がった作品にたいしてまさしくあるべきように振る舞っている」ということになります。演技に説得力があったから作品に説得力が出たとは感じず、すごい作品があってそれにふさわしい演技を自然にしていたように見えます。真に上手い役者の上手さというのは透明になるものかもしれません。役者が上手かったという印象は残らず、良い作品だったという印象のみ残る。


共演者

おまけ。観客ではなく共演者という立場にいる時に、上手い役者さんに共通していることがあります。

上手い役者さんとやると、自分が上手くなったように感じるんです。リアルタイムの駆け引きがスリリングで、本物の感情が沸き起こり、後から考えて何であんなに上手くできたのかわからない、なんてシーンになったりします。

"Giving"というんですが、上手い人は「発信する情報の帯域幅がものすごく大きいので、反応しやすい」って感じですね。

そういう役者に自分も近づけたらなあと思います。

id:ixeih No.4

ixeih回答回数6ベストアンサー獲得回数12016/05/26 14:42:12

芝居に下手はあるけど、上手いはないと思う、、観る人達が気に入るかどうかだけで、そこも曖昧かと、、曖昧が事実の事て多いしね

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