仏蘭西ですけど、中国語では、「法国」と呼ぶようですし、「米国」は美国にて、中国語起源ではないみたいなのですね。
主に明治時代の話ですね。
漢字の使われ方は、かなり最近になるまで不安定でした。
戦前は文盲も多く、字を書ける人の間でも共通ルールが曖昧だった。
つまり当て字が当たり前だった。
日本で使われる漢字の発音や字体も時代によって変化していますし、各国の国名の発音でさえ変遷がある。
各国の国名を印刷物で文字にする場合、同じ発音に聞こえる漢字を組み合わせて表記しました。
特に新聞は活版印刷と言って、活字を組み合わせて、例えば「米」の活字(ハンコのようなものです)を印刷の原版に埋め込めば米と印刷された。
一つの版で何千という活字を埋め込んで版を作り印刷したので、無い文字は印刷できませんし、文字数も節約する必要があった。
今のようにPDFとかJPEGとかじゃないんです。
そんな中で印刷物も高価だったんですが、徐々にデフォルトスタンダードとでも言えるような雛形が形成されていきました。
漱石の原文など読んでみれば、驚くほど当て字が多い。
当時の作家の活字になった製作物などましな方で、手書きの文章はまるで暗号文です。
文字の表記でさえ不安定で、分かる人には分かる時代でした。
当時は新聞が一番読まれていた文字媒体ですが、そこで使われることが多かった当て字がスタンダードになっていったようです。
単一の国体だった日本でさえそうですから、幾つもの体制に分割され興廃を繰り返した中国は、文字の統一が事実上不可能だったようです。
今でも言葉の統合で苦労している。
本来は別々の国家を無理矢理統合して圧政で単一支配を実現しているのですから歪みが出るのも当たり前です。
質問の意味を理解しました。略字が選ばれた理由ですね。
まずは質問の要点を整理しましょう。
1.「亜米利加」という表記がどこで定まっ(たか)
2.「米」を選択した経緯(なぜ2文字目なのか)
3.「英吉利「という表記がどこで定まって
4.「英」が選択された経緯
5.「仏蘭西」という表記
6.「仏」となった経緯
1号さんも解説されているように、1,3,5については当て字です。
これは疑いようがありません。
wikipedia:国名の漢字表記一覧#概説で説明されているとおりです。
4,6については1文字目なのですから不思議でもなんでもないでしょう。
したがって問題となるのは、2のアメリカが米である理由ですね?。
wikipediaの日米和親条約の記事にはこうあります。
wikipedia:日米和親条約
幕末から明治にかけては、アメリカ合衆国は「メリケン」「米利堅」と呼ばれることが多かった。
従ってこれもやはり1文字目という事になります。
ただ、コメントに付したリンクを再掲すると、
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000014416
「亜米利加」以外に「亜国」などの表記もあったとされています。
日米和親条約からリンクを辿ってウィキソースの史料を見るならば、
当時は「亜米利加」ですらなく、「亞墨利加」だった事もわかるでしょう。
https://ja.wikisource.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9C%8B%E7%B1%B3%E5%88%A9%E5%A0%85%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9C%8B%E5%92%8C%E8%A6%AA%E6%A2%9D%E7%B4%84
https://ja.wikisource.org/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Convention_of_Peace_and_Amity_between_the_United_States_of_America_and_the_Empire_of_Japan.pdf&page=2
つまりアメリカについては「米国」のほか、
「亜国」や「墨国」なども候補となった事でしょう。
しかし亜国とは現在アルゼンチンの事を指し、
墨国もメキシコの事を指しますので、
他国と識別するにはなにかと都合が悪く、
こうして米国という略語が定着していったのではないかと推察されます。
追加で解説すると、文字数を節約する必要があったので、カタカナではなく漢字一文字で国名を表示していたんですね。
2017/04/05 20:29:45だから、良くある文例が最初だけ漢字数文字で、以下は普通は一文字での表示です。
「ア国」って表記もありましたが、アで始まる国名が幾つかあることからあまり使われなくて、漢字一文字での表記に落ち着いたようです。
だから、別の字を使った例もかなりありました。
アメリカでも珍しい例では「飴利加」とかあった。
この伝統はスピード感を出すのに便利だと見えて、現在の日本の新聞にも受け継がれています。
良く注意してみると分かりますが、小説や雑誌などではほとんど見ない表記です。