江戸時代庶民への質素倹約命令って意味あったのですか?

大名や幕臣に節約しろというのであれば筋は通るんですが、何の関係もない一般庶民に対し贅沢禁止例を出しても意味が無いだけではなく内需を低下させる愚策だと思うのですが。

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  • 登録:2017/09/15 20:41:43
  • 終了:2017/09/22 20:45:05

回答(2件)

id:jwrekitan No.1

椶櫚回答回数240ベストアンサー獲得回数912017/09/16 05:47:02

江戸時代には人口の8割が農業従事者であったというのは知識として知っていると思うのですけれども、それでも飢饉の年には餓死者がでる事もありました(wikipedia:江戸四大飢饉)。つまり当時としては、それだけの大人数を農業に従事させていても必ずしも十分とは言いきれなかったわけで、大量に調理して売れ残ったら残飯として捨てるという飽食の現代日本とは食糧事情が大きく異なります。

ですので、「商人の方が儲かるし贅沢な生活ができるから」と農業を投げ出す農民が続出するようだと国家の危急に繋がりかねない、そういう時代であったろう事は想像に難くありません(wikipedia:士農工商#歴史)。

なんにせよ、過去の事象に対して「内需」のような現代人の物差しを当てはめるのはあまりお勧めできません。物事の本質部分(※)を理解していないと糾弾しなくていいはずの人を糾弾する事に繋がりかねませんので。


このケースの場合、食糧は金より重要という事、金が無くても人は生きてゆけますが、食料が無いと人は生きてゆけません。「パンが無いならお菓子を食べればいいじゃないの」的な、豊かさを享受しているがゆえの盲目な発想ではいかんという事ですね。


なお、質問の方向性がやや異なるのでこの質問に対する直接の回答とはなっていないものの、背景を理解する助けになりそうな以下の質問がありましたのでご参考までに。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12175359422

id:bluegreenbeam No.2

bluegreenbeam回答回数8ベストアンサー獲得回数12017/09/20 23:09:20

こんにちは、小生は素人ですが、考えてみました。意図的に極端な物の言い方、極端な単純化をしてます。

①現代は、国民所得統計というものがあり、国民所得(または、国内所得)というのは、経済活動から生み出される付加価値ということになっています。
付加価値は、無から有を生み出す?農業(肥料は使いますけど、そこはとりあえず無視して)。材料を加工する工業。物を右から左へ置き換えるだけ?の商業。
これらが、技術革新とか、使用方法(消費方法)の革新とかで、販売価格が毎年上がれば、原価との差額としての「付加価値の総計」が愈々増えてきます。
そうすると、国民所得が増えた。ますます、国家が繁栄している。という状況になります。

②国家は、農業部門(農業者)にも、工業部門(工業者)にも、商業部門(商業者)にも課税して、公務員(警察官と軍人だけしかいない、夜警国家。たまに城修復や堤防工事という公共事業をします)の給料も増やすことができます。
③農業者も工業者も商業者も購買力が上昇し、物価はますます上がります。技術革新とか、使用方法の革新で、販売価格が上乗せされると、上述しましたが、購買力の上昇の支えもあるからです。
すると、その国の国民所得は増加し、各部門の潜在的貯蓄能力も高まります(貯蓄するかどうかは、わかりませんが)。

④ところが、江戸時代は、政府は、基本的には、農業部門の米にしか課税しません。商業部門と工業部門で付加価値が増えても、税収は上がりません。彼らの生み出す付加価値は、税負担もなく、彼らの購買力をストレートに上昇させます。原始的な農業製品(米)の物価も上がりかねません。
⑤米以外の農業製品ももともとはなかった付加価値が追加になり、かつ、購買側に支持を得て、物価上昇します。商業部門や工業部門による付加価値(高級料理や衣料品)は、公務員にとっても魅力的で、出費したくなります。すると、公務員の家計は苦しくなります。こんな具合で、政府にとって、物価の上昇は迷惑です。農業部門の従事者(農業者)にとっても迷惑です。
政府にとり、商業部門や工業部門からの付加価値増は、商業部門や工業部門の繁栄は、どうでもよいことです。海外貿易もしていないわけですから輸出とか関係ないです。
(武士は、基本的に、米で支給されます・・・・、とか、面倒なので、それは忘れてください。政府から、定額の金銭給与を貰うことにしてください)

以上の理由で、⑥幕府や藩は、商業部門や工業部門が、経済活動において、創造的?なことをして、付加価値をより生み出し、物価上昇を招くことを抑えたいと考えていた。
また、⑦農業部門(農業者)+農業部門寄生(政府)の経済的な地位を低めてしまうのは、良くないと思っていた。

⑧「昔、生活を維持するための出費よりほかに、最近、余計なお金の出費が増える筈はないだろう、だから倹約を考えた生活をしていないからだ」と言って、経済活動を抑えようとしたのである。

ですから、⑨米以外の商品作物を作らせて、その収益の一部を、幕府や藩の収入に充てるという政策は行われています。
⑩海外に売れそうな商品は、輸出して(俵物、陶器、漆器)、運上金として、商人達に課税するということは、行います。
⑪幕末に貿易が幕府の統制を離れて、国内物価上昇を招くと、幕府は当然、まずいと危機意識を持つわけで正常な思考です。

~~~
①から⑪ですが、経済額・経済理論?からみて、変な理屈、変な理解があれば、私的して頂けると、自分としても、とても参考になります。

  • id:miharaseihyou
    当時は現代のような経済のシステムとしての理解はされていない。
    全ての生産力を生産に充て、現代よりも数倍エコロジーな社会だった。
    食料だけでなく、生活必需品全てを可能な限りリサイクルして、当時の技術で可能な最大限の人口を養っていた。
    また、現在のような意味での経済の拡大は奨励されていなかった。
    商人の身分が一番低いと言う事実が象徴するように、経済の規模の拡大よりも生産の増大と社会の安定が優先された。

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