ヤフー知恵袋で「教会での奉仕作業はボランティアと表現していいものか?教会ボランティアくらいの言い方がいいか?」と聞いたら、「教会の作業はボランティアではなく宗教活動と言え」と言われました。宗教活動としてボランティアをする(わかりやすい例なら炊き出しなど)はボランティアに含んではいけないのでしょうか?」。


またそうやって行ってくる人はボランティアの定義は何かあるのかなぁ?と考えてしまいます。無償の社会参画はすべてボランティアだと思うのですが…

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  • 登録:2018/01/06 11:32:26
  • 終了:2018/01/13 11:35:06

回答(4件)

id:zheyang No.1

zheyang回答回数19ベストアンサー獲得回数72018/01/06 13:19:19

ポイント25pt

 ボランティアの定義ですが、新明解国語辞典には「自由意志をもって社会事業・災害時の救援などのために無報酬で働く人(こと)」とあります。
 聞いた話によると、ボランティアは「奉仕活動」と訳されたため無償というイメージが強いが、最近は「自主性」が重視されるようです。他の国語辞典にも「自主的に」ということが書かれています。

 以上を踏まえると、教会での奉仕作業は、炊き出しなら自主的で無償の救援事業ですからボランティアと呼べます。

 「宗教活動と言え」という意見は、布教活動を想像したのではないでしょうか。例えば教会の掃除でしたら社会事業・救援というよりは布教に繋がるので、宗教活動と呼ぶのが適切だと思います。

 ちなみにボランティアとは何か、ということについては、講演で聞いたり小冊子で読んだ話では、
 ・内側から「やる」という気持ちが湧くこと
 ・「誰かのためにやってあげる」ではなく「誰かと共に歩む」という意識
 ・他人が自立をするための援助者。社会との架け橋となる
 という意見もあります。

他2件のコメントを見る
id:zheyang

 もう少し具体的な状況でないと答えにくいのですが、本来墓地を清掃するのは寺の仕事ですよね。寺の仕事を代わりにやるとなると、人助けではなく寺助けですからボランティアとは呼びづらいです。
 ただ、おそらくあまり管理されていない墓地を想定されているのだと思います。そこを墓参りに行ったついでに清掃するのは、他の墓参りする人のためを思ってのことですから、ボランティアと呼べなくもないと思います。
 教会であれば管理されているでしょうから、上記の例でいえば前者になると思います。

 こうして考えてみると、私の回答の最後に書いたことは、すべてのボランティアに当てはまることではありませんでした。町のゴミ拾いもボランティアと呼びますが、それは別に他人の自立を助ける行為ではありませんので。

2018/01/07 21:54:22
id:sekomasahiro

ありがとうございます。
とりあえずは、「教会ボランティア」という言葉で活用していくことにしますね。

2018/01/08 10:47:03
id:TAK_TAK No.2

tak回答回数1043ベストアンサー獲得回数882018/01/06 15:47:13

ポイント25pt

無償の活動自体が実在し得ないとの私の考察です。
http://blog.livedoor.jp/tak_tak0/archives/52119958.html

ボランティアはやはり本来の意味では自主性の方が主で
無償の、では無いでしょう。
何れにしてもボランティアの定義が違うでしょう

宗教活動についても意味が十人十色だと思います。
http://q.hatena.ne.jp/1401432878


私の説では、
宗教活動としてボランティアをする(わかりやすい例なら炊き出しなど)
は、非営利では全く無いです。(悠遠ですが利益を得るための活動です)
一方で、自主性の意味でのボランティアには該当するでしょう

id:jwrekitan No.3

椶櫚回答回数249ベストアンサー獲得回数942018/01/06 21:59:45

ポイント25pt

> ボランティアではなく宗教活動と言え

と言ったのが誰なのか(教会の運営に携わる人間か、それとも完全な部外者なのか)で意味が大きく変わってくると思うんですけれども、キリスト教で使われる奉仕はミニストリーの訳語です。

こちらが参考になるんじゃないでしょうか。
http://www.logos-ministries.org/new_b/1pet2_4-10.html

少なくとも単なるボランティアとは一線を画するのは確かです。

id:adlib No.4

adlib回答回数2246ベストアンサー獲得回数1532018/01/07 19:48:50

ポイント25pt

 
 関東大震災では、赤切符を持って故郷に向う被災者に、駅々で握り飯
が配られたそうです(亡父の回想)。第二次大戦中は、深夜の防空訓練
で、町内会の当番が炊出した握り飯を、参加者に配っていました。
 
 前者は、おそらく自発的なボランティアで、後者は文部省が管轄する
学区ごとの町内会が、それなりの権益に応じて、組織されたはずです。
 日の丸のハチマキやタスキをしていたので、一目瞭然です。
 
 つまり、自発的なボランティアでは、ふだん仲の悪い人とでも協力し、
そうでない慈善活動では、なんらかの組織に属する目印が必要なのです。
 いまでは、プロ市民運動家が、顔を隠して全国を放浪するそうです。
 
 いかなる団体や組織にも属さずに、個人としてのボランティアも可能
ですが、それぞれの現場には、それなりのリーダーが仕切っています。
 困ったことに、複数の団体や組織は、互いに利害が一致しないのです。
 
 現代日本では、教育・勤労・納税を果すことが先決です。
http://q.hatena.ne.jp/1207880890#a818968(No.3 20080411 13:52:14)
 信教の自由:近代国家の三大義務(教育・労働・納税)
 

id:adlib

 
 仏教では“陰徳”といって、他人のため“徳を積む”ことが尊ばれる。
 あるとき、自分のパンツを拝んでいる修行僧がいた。友人が訝ると、
「誰かが、隠れて洗ってくださった」と感謝したのだという。
 
 ある本山では、全国から信徒が集まり、門庭の清掃を“ご奉仕”する。
 終ると、高僧が現われて、全員で記念撮影するらしい。
 その写真を持ち帰った信徒は、家族・親戚・知人に自慢するという。
 
…… 人前で祈るな!、左手の行為を右手に知らせるな(マタイ 6:1)。
http://twilog.org/awalibrary/search?word=%E5%89%8D%E3%81%A7%E7%A5%88%E3%82%8B&ao=a
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%BF%CD%C1%B0%A4%C7
 
http://q.hatena.ne.jp/1257228181#a964162(No.13 20091106 00:03:55)
 ややこしや ~ 偽善と偽悪は表裏一体 ~
http://q.hatena.ne.jp/1257228181#c163305(20091107 16:13:43)
 

2018/01/08 12:32:25
id:sekomasahiro

確かに…「人前で祈るな、ラッパを吹くな」を忘れてました。
「奉仕」を「教会ボランティア」と言おうと思いましたが、「ちょっとね」ということにします。それで相手が納得いかなかったら「教会ボランティア」という言葉を使いますね^^

ありがとうございます。

2018/01/08 20:09:22

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