「銀英伝」の、人気が出た経緯を教えてください。できれば実体験も含めて。


https://togetter.com/li/1280122
で、エヴァンゲリオンが最初の放送当時、どんなふうに人気が出たかが証言されています。これを見て、それよりさらに昔の、田中芳樹の小説「銀河英雄伝説」がいつごろから、どんなふうに人気が出てきたかを知りたいと思いました(アニメは、人気が出てからの結果でしょうから、やはり小説のほうになります)。まだ刊行が始まった1980年代前半に、実際にこの作品を知った世代のファンから「どんなきっかけで知ったか」「当時はどんな反響があったか」「人気が出てきたなと実感したのはいつごろか」などを、できれば実体験も含めて教えてください。
https://bookroad.hatenablog.com/entry/2018/10/25/030131 でも書いています)

回答の条件
  • 1人3回まで
  • 13歳以上
  • 登録:2018/10/25 03:18:59
  • 終了:2018/11/01 03:20:05

ベストアンサー

id:NAPORIN No.2

なぽりん回答回数4773ベストアンサー獲得回数8872018/10/25 14:57:56

ポイント25pt

わたしもだいたいおなじなので重複回答になります。
やはり人から借りて読みました。1980年台ごろ、7巻くらいあった最新刊まで借りて一気に読みましたね。
 
直接質問のお答えになってないので余談かもしれませんが、
そのころSFの刊行数は少なく、
ラノベは影も形もなく(ジュブナイルという似たものがあったが刊行数がずっと少ない)、
飢えた少年少女は大人向けの新書棚から、
「魔界都市〈新宿〉」などの今でいうラノベっぽい面白さがある小説を発掘して遊んでいたわけです。
その棚のほかの列には
十津川警部シリーズ、列車殺人事件、黒豹刑事といったサスペンスやサムライの時代小説ばっかりだったように憶えています。
 
その新書棚の次のスターが銀河英雄伝説、創竜伝のシリーズなどだったように思います。
ただ田中さんは遅筆で何年も次巻が出ない・・高校生が大学生社会人になるまで結末は待たされます。
道原かつみさんのもわりと早めに入手できましたが、
やはり今よりずっと刊行ペースが遅かったとおもいます。
 
道原かつみさんの絵で第一次アニメ化があったのがやはり1番めの盛り上がりでしょう。
コミケでも多少はファンブックを出している人があったとおもいます
(昔のコミケカタログをひっくりかえせばわかると思います。)が、
田中さんはファンブックが存在も許せないほどお嫌いだ
という情報も早めにファンの間をめぐってしまったので、
二次創作ブームは立ち消えになりました。
(もちろんどうしてもやりたい人はファン同士の交換日記のようにやってるのは知ってましたが、その内容が私の目に届くほどおおっぴらにはやってなかった)
そのあと田中さんの事務所からファン活動を全面禁止はしませんという話が出たのは2010年台になってからだと思います。
 
探してみると
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1504/14/news108.html
が該当するサイトですね。(2015年。2004年にも改訂があったと触れている)。
ここから読み取れることと私の記憶を考え合わせると、昔は著作権の捉え方もゆるく、判例や事件も少なく、一部ファンは、著作権侵害なんて自分に全くかかわりないこと(儲けでやってるわけじゃないならなんでも自由)という考え方があったため、同人誌をわざわざ事務所へ送付するなど過激なファン行動があったようですね。
それが著者さんが本当にゲロを吐くほど嫌いだとインタビューなどで告白していらした記憶があります(たしかに過激なファン作品を目にさせられたトラウマが遅筆の一因を担っていたかもしれません)。
そして他作品を経たファンも成長した今ようやく、二次も過激でなければオッケーかなという感じに手綱をゆるめてきた。
ファンも著者さんもどちらも今からすると考えられない行動ですが、逆にその積み重ねが今のすみわけ重視、一般人も盛り上がれる状況づくりにつながって居ると思います。
 
なお、エヴァンゲリオンではキャラをスピンアウトさせた同人的風味のある作品はガイナックス自身が認可をあたえたり制作に関与していて、そちらも今は公式が奇妙な行動をしていたとうけとられるようです(太鼓をたたくリツコさん画像https://buzzap.jp/news/20130428-eva-ritsuko-taiko/などが有名です)。
ある程度ファンに自由をあたえ、しかし完全に野放しにもせず、ある程度の棲み分けを誘導しつつ、うまく作品を知らない人にもリーチさせる。これが今適切なコンテンツを盛り上がらせる方法だと思います。

id:bookroad

ありがとうございました 計4つの回答を頂いたのですが、どの回答も非常に有意義で、どれが優れていると決めるのもとても困難でした。

2018/11/01 03:59:59

その他の回答(3件)

id:Lhankor_Mhy No.1

Lhankor_Mhy回答回数787ベストアンサー獲得回数2312018/10/25 11:12:13

ポイント25pt
「どんなきっかけで知ったか」

中学生の時に、友人に勧められて読みました。その頃は7巻か8巻まで刊行済みだったと思います。
高校受験直前だったので、「おまえ、この時期になんてものを勧めてくるんだ」と思った覚えがあります。

「当時はどんな反響があったか」

読書家とかオタクしか知らなかったのでは。
インターネットもない時代ですから、いち読者に感じ取れる「反響」なんてなかったですよ。

「人気が出てきたなと実感したのはいつごろか」

アルスラーン戦記や創竜伝など、田中芳樹作品を書店でよく見かけるようになったころ。
道原かつみのコミック版が出てきた時も、メジャーになったな、と思いました。

id:bookroad

ありがとうございました 計4つの回答を頂いたのですが、どの回答も非常に有意義で、どれが優れていると決めるのもとても困難でした。

2018/11/01 03:59:51
id:NAPORIN No.2

なぽりん回答回数4773ベストアンサー獲得回数8872018/10/25 14:57:56ここでベストアンサー

ポイント25pt

わたしもだいたいおなじなので重複回答になります。
やはり人から借りて読みました。1980年台ごろ、7巻くらいあった最新刊まで借りて一気に読みましたね。
 
直接質問のお答えになってないので余談かもしれませんが、
そのころSFの刊行数は少なく、
ラノベは影も形もなく(ジュブナイルという似たものがあったが刊行数がずっと少ない)、
飢えた少年少女は大人向けの新書棚から、
「魔界都市〈新宿〉」などの今でいうラノベっぽい面白さがある小説を発掘して遊んでいたわけです。
その棚のほかの列には
十津川警部シリーズ、列車殺人事件、黒豹刑事といったサスペンスやサムライの時代小説ばっかりだったように憶えています。
 
その新書棚の次のスターが銀河英雄伝説、創竜伝のシリーズなどだったように思います。
ただ田中さんは遅筆で何年も次巻が出ない・・高校生が大学生社会人になるまで結末は待たされます。
道原かつみさんのもわりと早めに入手できましたが、
やはり今よりずっと刊行ペースが遅かったとおもいます。
 
道原かつみさんの絵で第一次アニメ化があったのがやはり1番めの盛り上がりでしょう。
コミケでも多少はファンブックを出している人があったとおもいます
(昔のコミケカタログをひっくりかえせばわかると思います。)が、
田中さんはファンブックが存在も許せないほどお嫌いだ
という情報も早めにファンの間をめぐってしまったので、
二次創作ブームは立ち消えになりました。
(もちろんどうしてもやりたい人はファン同士の交換日記のようにやってるのは知ってましたが、その内容が私の目に届くほどおおっぴらにはやってなかった)
そのあと田中さんの事務所からファン活動を全面禁止はしませんという話が出たのは2010年台になってからだと思います。
 
探してみると
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1504/14/news108.html
が該当するサイトですね。(2015年。2004年にも改訂があったと触れている)。
ここから読み取れることと私の記憶を考え合わせると、昔は著作権の捉え方もゆるく、判例や事件も少なく、一部ファンは、著作権侵害なんて自分に全くかかわりないこと(儲けでやってるわけじゃないならなんでも自由)という考え方があったため、同人誌をわざわざ事務所へ送付するなど過激なファン行動があったようですね。
それが著者さんが本当にゲロを吐くほど嫌いだとインタビューなどで告白していらした記憶があります(たしかに過激なファン作品を目にさせられたトラウマが遅筆の一因を担っていたかもしれません)。
そして他作品を経たファンも成長した今ようやく、二次も過激でなければオッケーかなという感じに手綱をゆるめてきた。
ファンも著者さんもどちらも今からすると考えられない行動ですが、逆にその積み重ねが今のすみわけ重視、一般人も盛り上がれる状況づくりにつながって居ると思います。
 
なお、エヴァンゲリオンではキャラをスピンアウトさせた同人的風味のある作品はガイナックス自身が認可をあたえたり制作に関与していて、そちらも今は公式が奇妙な行動をしていたとうけとられるようです(太鼓をたたくリツコさん画像https://buzzap.jp/news/20130428-eva-ritsuko-taiko/などが有名です)。
ある程度ファンに自由をあたえ、しかし完全に野放しにもせず、ある程度の棲み分けを誘導しつつ、うまく作品を知らない人にもリーチさせる。これが今適切なコンテンツを盛り上がらせる方法だと思います。

id:bookroad

ありがとうございました 計4つの回答を頂いたのですが、どの回答も非常に有意義で、どれが優れていると決めるのもとても困難でした。

2018/11/01 03:59:59
id:jwrekitan No.3

椶櫚回答回数248ベストアンサー獲得回数942018/10/25 20:36:49

ポイント25pt

1980年代前半ではないのですが、参考情報として。

きっかけはクラスメイト達の会話から。

確かあの学年の時の事だと思うので、1989年の事だと思う。

話していたのは『ニュータイプ』という雑誌を学校に持ってきたり、自分でイラスト書いたりする風変わりな2名(※)と、クラスの秀才1名を含めた計3名で、その3名が絶賛していました。不思議な組み合せだった事もあり記憶に留めたという感じ。

個人的にはその後、テレビ東京の深夜枠で放送していたもの(第1部のみ)を見たのが1991年?、なお、同じものを見ていたらしい会社の上司は「レンタルビデオ店で全話借りてしまった(笑)」と言っていました。

そういえばファミコンのゲームを中古で買ったのはそのテレビを見るちょっと前あたりだったか、最初の惑星でじっくり艦隊数を増やし、その後、複数艦隊をセットにして攻め込めば負ける事がないので、開始1時間程度でクリアできてしまうような簡単なゲームでしたが、アニメを見る前に登場人物についてはある程度把握していた事になります。

第4部まで通しで見たのは、WOWOWを視聴していた姉から録画したビデオを譲り受けた時(1995年頃)。姉はWOWOWの「大河アニメ」という紹介記事に興味を持って録画したそうです。

さらにその後だったと思うけど、チャンネルを回していてテレビ埼玉(現テレ玉)というローカル局でたまたま銀英伝の話をしていて、「声優陣がとにかく豪華だったので緊張しました」と出演声優の1人が話していました(その人自身、今ではかなり有名な人だと思うんだけど)。90年代の事だったかと。

実体験から言える事は以上のような内容となります。なお、私個人は空想作品を活字で楽しむ能力が欠けているようで、『銀河鉄道の夜』もアニメ見てから小説読もうとして挫折したし、『リゼロ』も「なろう」でアニメ放映分の倍の量が公開されているのを知っているけど読む気になれないしで、『銀河英雄伝説』も小説を読もうという気にはなれないと思う。歴史小説なんかは活字でも十分楽しめるんですがね…。


> 「人気が出てきたなと実感したのはいつごろか」

については判断が難しいところで、それこそエヴァンゲリオンの例でも取り沙汰されているように、何を基準にするかによって変わってくると思うのですが、それなりに人気があったからこそアニメ化されたとも言えるし、人気があったからこそゲームにもなって続編が作り続けられたとも言えるしで…。でも一番驚いたのは、宝塚で実写化されたというもっと近年の出来事だったりします。


※今で言うオタクですね、個人的にオタクという言葉を耳にするようになったのも確かこの頃。英語版wikipediaによると、オタクという言葉は宮崎勤の事件(1989年)を堺にネガティブな意味が強調されるようになったとあります。というかそれ以前には聞いた事すら無かったんですが^^;

id:bookroad

ありがとうございました 計4つの回答を頂いたのですが、どの回答も非常に有意義で、どれが優れていると決めるのもとても困難でした。

2018/11/01 04:00:05
id:miharaseihyou No.4

miharaseihyou回答回数4619ベストアンサー獲得回数5932018/10/25 21:52:35

ポイント25pt

大風呂敷広げたようなタイトルに惹かれて、新書版の一巻を書店で5分ほど立ち読みし、そのまま買って家で一気読みしました。
二巻が出るのが待ち遠しかった。

当時は早川書店や朝日ソノラマの文庫本が全盛期で、ラノベという言葉が知られだした頃だった。
その頃のSF物やマンガは、アカデミーな面々には受けが悪く、買って読むのに肩身が狭かった。

私は当時から日本人作家のSF物のファンで、ラノベと言われても違和感がありました。
SFは翻訳物から入門したのですが、銀英伝が出た頃には完全に翻訳物を見限っていました。
キリスト教的な価値観や世界観について行けなかった。
そういうのは私だけでなく、売れ筋は日本人作家でした。

当時、徳間書店が売り出したカッパノベルスの中でも一番の売れ筋だったようで、相当な長期間書店の平台に全巻積み上げられていた。
ラノベのジャンルでは早川文庫や朝日ソノラマの牙城に挑む戦略商品だったようです。

アニメ化やコミック化は発行からかなり経った頃だった記憶があります。
人気が出たから、今で言うメディアミックスの企画が後付けで出てきた印象がある。
しかし、アニメ&コミックの両方ともかなりヒットしたので、作品世界自体が日本人の好みに合った物なんだと感じました。

当時のメディアミックスは、あまり経済的に見合うものでは無い作品が多かった。
特に小説が売れてからアニメ化された作品は、アニメ&コミックの両方に粗悪品が多く、あまりヒットしない例が多かった。
銀英伝はメディアミックスの希少な成功例でした。

id:bookroad

ありがとうございました 計4つの回答を頂いたのですが、どの回答も非常に有意義で、どれが優れていると決めるのもとても困難でした。

2018/11/01 04:00:20

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