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<日本史>1695年頃に行われた,勘定吟味役荻原重秀主導による貨幣改悪によって,インフレが引き起こされた経緯について詳しく説明しているサイトあるいは文献が知りたいです。一般人にも改鋳後の貨幣を判別することはできたのか。江戸幕府は貨幣改鋳までに具体的にどのようなプロセスを踏んだのか。江戸幕府がこっそり金銀の含有量を減らしてしまったら,インフレにならずにすんだのではないか。この際に起こった,インフレという現象は具体的にはどんな状況だったか(現代の貨幣制度におけるインフレとはだいぶ違うと思うので)。

●質問者: tomoinose
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:1695年 インフレ サイト プロセス 一般人
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● A6M2
●30ポイント

http://www1.harenet.ne.jp/~sugi/obie/togawa2.htm

柳沢吉保と”元禄”を駈け抜けた、帯江戸川2代『安広』

http://www.117.ne.jp/~akorosi/gisinews02/news037.htm

ページがみつかりません

流通する貨幣量が増えたためにインフレが起こったらしいです。

http://www.ops.dti.ne.jp/~makinoh2/edo/edo7.html

江戸経済史

経緯がのっていました。

◎質問者からの返答

ふむふむ!貨幣量を増やしたのは,貨幣不足によるものなので,ニーズにはそうものだったという見方もあるのです。経済学的な基礎からずばっと説明しているところなはいですかね。歴史家は経済の説明がいい加減なことが多く,経済学者は歴史の説明が大雑把過ぎることが多くて,私には理解がしづらいのです。(T_T)


2 ● いのくに
●80ポイント

http://www.geocities.jp/michio_nozawa/episode35.html

新井白石が著書に中で、荻原重秀をボロクソに書いているから、重秀の印象は概して良くない。このあたりは「文章に書いて残した者勝ち」のような観さえある。

貨幣改鋳にあたり、重秀はこう言っている。

「金の量が問題なのではない。幕府に信用さえあれば、瓦だって貨幣として通用する。」

これは決して誤った認識ではない。日本の一万円札なんか、だだの紙切れに過ぎない。

しかし、重秀の誤算が一点あった。

「幕府に信用がなかった」ことである。

http://www.ops.dti.ne.jp/~makinoh2/edo/edo8.htm

江戸経済史

http://www.ops.dti.ne.jp/~makinoh2/edo/edo10.html

江戸経済史

http://uraken98.cool.ne.jp/rekishi/reki-edo02a.html

http://www.fbc.keio.ac.jp/~kaneko/JSME/01s206-suga.pdf

http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/feature_25.htm

日本銀行金融研究所貨幣博物館:貨幣の散歩道

http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/rekisi/03edo.htm

第3章 新井白石と正徳の治

http://www.telerate.co.jp/realtime/0201/market.html

◎質問者からの返答

ふむふむ・・・。享保の改革とつきあわせてみると理解しやすいですねぇ。今は,金属主義から離れた新しい時代ってことで・・・。


3 ● JEM7
●30ポイント

http://www.imes.boj.or.jp/japanese/zenbun99/kk18-4-2.pdf

http://tanaka1942b.tripod.co.jp/L-11.html

http://www.wiaps.waseda.ac.jp/user/nishimura/teacher/nishimuras%...

3つ良く読むとかなり理解が進むように思いますが、如何でしょう。

◎質問者からの返答

ぼんやり「インフレ」という概念が,くっきりしてきました。2番目のところは,サイト全体が興味深いです。まともな統計資料がない時代を経済学の理論だけで語るのは難しいですね。

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