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明治から大正時代にかけての忍者の出てくる大衆文化についてのページを探しています。芝居でも、小説でも講談でもよいのですが、要は、明治以降忍者のイメージがどのように作られてきたのか知りたいのです。(というわけで、「江戸時代の歌舞伎にルーツがある」のであれば、それはそれで結構です。)忍者と言うイメージの歴史的な変遷が知りたいので単なる忍者のファンサイトは残念ながら要りません。

●質問者: zappa
●カテゴリ:学習・教育
✍キーワード:イメージ ファンサイト ルーツ 大正時代 大衆文化
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● bits-bits
●10ポイント

http://www.ninpaku.ne.jp/history.files/nara.htm

http://homepage1.nifty.com/kumori-hibi/edo/hito/nin2.html

こういったページは参考になりますでしょうか?

画像はあまりないのですが。。

◎質問者からの返答

うむむ。まさに忍者のようにすばやい回答ありががとうございます。ただ・・・忍術の歴史については興味がないのですよね^^;

むしろ、後者のURLにちょこっとだけ出ていた「まるで忍術のようじゃ、はっはっはっ」というイメージがどこから生まれてきたのか知りたいのです。お芝居だったのかな、なんて思っていたのですが、大道芸というのはちょっと意外でした。


2 ● k008
●30ポイント

http://www.office-kimiko.com/kiji/02.html

旭堂小南陵と大衆芸能

http://member.nifty.ne.jp/bintaro/touken/zadankai40.htm

イメージの変遷と言うことで難しいですがとりあえず2つ...

◎質問者からの返答

ありがとうございます。特に上のURL。

明治期に忍者のイメージが大発展した、というのは知っていたのですが、具体的な名前や、年号が思い出せず、困っていました。

忍者そのものの歴史については、かなり民主的な政治形態をもっていたなど、英語での研究がされているんですが、イメージの一人歩きの部分については、あまり研究が見当たらなかったので、こういうのは本当に助かります。


3 ● k008
●30ポイント

http://www.islands.ne.jp/imabari/sasuke/tachikawa.html

INDEX

2度目の解答失礼します。

このページ中盤の

>空前のブームをもたらした猿飛佐助

からこの御質問のルーツのようなことが書かれています。以下引用。

次々と切れ目なく出版したせいか、歴史上の人物もネタが切れかかり、創作講談は大きな壁にぶつかった。一族はこの壁を、超能力を持った架空の忍者を作り上げることで乗り越えた。第四十巻に登場させた「猿飛佐助」である。

池田蘭子の「女紋」によると、佐助のヒントは中国の奇書「西遊記」の孫悟空の活躍から得たものといわれ、猿飛の姓は面河村の猿飛橋から名付けたという。もっともこれには異説があって、猿飛佐助は江戸中期に出版された「真田三勇士」のなかに名前をつらねている、と主張する研究者もいる。

立川文庫の「猿飛佐助」は初版千部がまたたく間に売り切れ、十万部、百万部と膨れあがっていった。重版の連続で紙がすりきれ、字が消えてしまったそうだ。宣伝の媒体が少ない時代に、驚異の超ベストセラーで一世を風靡したのである。この売れ行きのしわ寄せで速記本はすたれ、寄席の講談も閑古鳥が鳴くという現象を招いた。

◎質問者からの返答

すばらしいです。大体これで欲しかった情報が全部つかめました。

小説・芝居は考えていたのですが、講談、映画は、少々意外でした。まあ、いろいろな方面から、と言うことでしょうね。とても勉強になりました。

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