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人を信用しないと、人に信用されないという言い回しがありますが、どうなんでしょう。そこら辺について書いてあるページがありましたらお願いします。合わせて回答者様のご意見も聞きたいです。

●質問者: aiko30
●カテゴリ:生活
✍キーワード:回答者 意見 言い回し
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 6/6件

▽最新の回答へ

1 ● JEM7
●35ポイント

http://www.hatena.ne.jp/???

はてな

すいませんリンクは有りません、が管見を述べたいと思います。

あなた(私でも構いませんが)が他人を信用するというのはどういう事でしょうか?

例えば「あいつに任せたら最後までしっかり仕事を仕上げてくる」という信用でしょうか、それとも「あいつは自分には嘘を付かない」という信用でしょうか。或いは「あいつは兎に角一生懸命さだけは信用できる」でしょうか。「悪意がない点については信用できる」でしょうか。「約束を破らない」でしょうか。

信用するorされる、という事はどういう事か、によって大分答えが変わってくると思います。

社会人として周囲を見渡してみて、多くの人から「あいつは信用できる」と評価されている人に共通するのは、?口が堅い?嘘を付かない?嘘になりそうな発言はしない=慎重である=軽々に調子を合わせない。?悪口を言わないor少ない。

という感じでしょうか。ここで言う「信用を得ている人」は決して相手を信用していません。相手が「ここだけの話」をちゃんと黙っていられる意志の強い人だなどとは決して思いません。意志の弱い人に口止めを約束させるのは酷な事です。意志の弱い人には「人に言うなよ」という約束を破らせないために「最初から口止めを要する様な秘密は教えない」のが本当の優しさです。だから慎重になるのです。慎重な大人は信用されます。

「悪意がない」人で配慮の足りない人ほど害になる人はいません。何と言っても「よかれと思って害をなす」訳ですから手に負えません。

「一生懸命」だけが約束されている人も困ったものです。

さて、自分が相手を信用しなくても、相手は自分を信用する事が出来るか。

出来ます。自分が相手の事を良く理解し、信用できる部分と信用できない部分=得意不得意=その人の性質や特質、を良く把握している、と言う事が相手に伝われば、相手は自分を信用します。そしてその自分は、やはりある程度冷静で慎重で「かしこい」必要があるでしょう。

打算でそれを行うと言う人もいるでしょうが、優しさを追求した結果が「冷静さ」であり「かしこさ」である、という場合もあるでしょう。

本当の意味であなたが優しければ、多分多くの人に信用されるでしょう。

そうありたいものです。(笑)

◎質問者からの返答

確かに信頼と言ってもいろいろありますね。

すごく納得しました。

参考になる意見ありがとうございます。


2 ● haisuta15
●10ポイント

http://debate.100man.info/keijiban/read.cgi?2&32&1

あなたは、人を信用できますか?・1

掲示板ですが。。。

どこかの昔話にもあったことで、信用しないとされないと思います。

◎質問者からの返答

1の回答を見ていると、そうとは言いきれないような気もしてきました。


3 ● きゃづみぃ
●10ポイント

http://www.mm-labo.com/culture/WiseSaying/ta/daremoshinnyoushina...

誰も信用しない人は大抵誰からも信用されないものである(ハロルド マクミラン)--偉人の名言集とその出典

英文で調べれば、いろいろ出てくるかもしれませんが、出てきても わかりませんねぇ。

◎質問者からの返答

言い回しそのものというよりも、その言葉が意味することは人間関係を築く上でどうなのか、ということが知りたいのです。


4 ● masaomix
●15ポイント

http://home.att.ne.jp/gold/sakado/1998/2003/0040.html

求めている言い回しがどういうものかちょっとわかりませんが、

新約聖書の中の有名な書簡の中に「ローマ人への手紙」というものがあります。

この中に、世の中汚れているものは一つもない、

出会う人は全て神が愛されている人なんだから

それを確信して生きなさい、

といったような文面が出てきます。

考えてみると、どんな悪人と言われるような人にも

貴重な人生の積み重ねがあったはず。

親がいて友がいて、きっとその人ことを

かけがえのない存在だと思っている人が必ずいる。

尊い命なんです。尊い存在なんです。

世の中に存在しない方がいい人間なんて一人もいません。

そしたら、全ての人に等しく信頼を置いていかなかったら

どんな高尚な道徳だって嘘になります。

ある人を疎んじてある人を尊ぶようなご都合主義は偽善。

私はそう思います。

でも、全ての人は信じるに足るという確信。

これは自分が強くなかったらできないことです。

信用したら騙される。

騙されたら被害を受ける。

その程度の器だったら、とても頭から他人を信用してかかる

なんてことはできません。

どんなことがあっても揺るがない社会的信用と

自分のポリシーを確立している人にだけ実行できる特別なこと。

それが、全ての人々の善性に信頼を置いていけるという

生き方なんだろうと思います。

他人に信頼を置き、安心して信用していけるという強さ。

それを得た時に自分という個が確立され、

どんな人にも信頼してもらえる存在になれるのだろうと思います。

◎質問者からの返答

なるほど…


5 ● きゃづみぃ
●10ポイント

http://www.google.co.jp/

Google

>人間関係を築く上でどうなのか、ということが知りたいのです。

URLは ダミーです。

逆に あなたは、自分を信用してない雰囲気のある相手を信用できますでしょうか?

自分のことを信用していないということは、ないがしろにされているということでしょう。

いわば相手にされていないのと同じことだと思います。

◎質問者からの返答

なるほど。


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