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「物語を読む(鑑賞する)ことは作者とコミュニケーションすることと同じである」というようなことを過去言った人がいたらその人を教えてください。格言的に残っていなくても良いです。インタビューとかでそのようなことを言っていたとかでも良いです。でも、出来れば存命でない学者のような高邁な感じの人の格言的なもののほうが良いですが。

●質問者: jazyjanjan
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:インタビュー コミュニケーション 学者 物語 過去
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 7/7件

▽最新の回答へ

1 ● so-shiro
●15ポイント

http://www.arts-calendar.co.jp/YAMAsan/03/TASOGARE_SEIBEI

*2.html

いろいろなところで言われているように感じますが、ストレートにいった方でWeb上に発言を残されているのはこの方だけみたいですね。

ちょっと別の媒体(紙ですがw・・・バフチンがこんなことを言っていたような気がする)で調べてみます。少し時間をください。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

違う媒体でも調べてくれるのですか。

嬉しいです。


2 ● pasopaso
●10ポイント

http://www57.tok2.com/home/kenokun/yoji_to.html

読書尚友

(古人を友とし古人と対話する意味と解釈して「古人を友」で検索したらたくさんありました。一部書いて置きます)

http://www2s.biglobe.ne.jp/~Taiju/niimanabi.htm

賀茂真淵『にひまなび』(日本名著全集)

賀茂真淵『にひまなび』

世の常のわざこそあれ、學の道に上下かみしもは無し。たゞよき人の、よしとよく見て、よしといはんを待つべけれど、後世さる人し有らねば、古人を友とするに如く事無し

http://hpcgi3.nifty.com/rohan/news2.cgi?vew=16

露伴は次のように説いている。これは最高の友を選ぶことになる

「朋友(とも)を得んとして得ざるとき如何(いかん)。曰く、書を披露(ひら)いて古人を友とせよ、孔子我が友なり孟子吾が友なり。釈迦基督も我が友なり、拿破崙(ナポレオン)華盛頓(ワシントン)」も我が友なり。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。


3 ● nekomura0523
●10ポイント

http://www.ne.jp/asahi/village/good/descartes.html

デカルト

「良い本を読むことは、過去の最もすぐれた人々と会話を交わすようなものだ」

デカルト(1596-1650)という哲学者(?)の言葉です。

◎質問者からの返答

デカルトは好きですが、ちょっと違うと思うんですよねえ。2番さんと3番さんの選んだ格言(?)は物語≦本(または書)という理解から始めたので、各々の格言中の”本”は知識媒体のようなものとなってしまっています。これではこの本の言葉は私の指定した”物語”から離れてしまっています。物語についての格言か、物語=本についての格言を探してくれると嬉しいです。

いやはや、しかしありがとうございます。


4 ● so-shiro
●15ポイント

http://chianti.wul.waseda.ac.jp/cgi-bin/syllabus_shosai.cgi?koug...

講義要項照会

ミハイル・バフチン『小説の言葉』(現在、入手しやすいのは平凡社ライブラリー版、1200円)の中に、そのような趣旨の記述があった覚えがあって、参照してみましたが、ぴったり同じ部分はないようです。

バフチンによると、それまでの叙事詩、悲劇、抒情詩といった伝統的な文学のジャンルが独白的(モノローグ)であるのに対し、散文文学は本質的に社会的、あるいは対話的(ダイアロジック)である、と。

したがって、読者とのコミュニケーションを要求する。「それは応答を挑発し、それを予期し、それに向かって構成される」(平凡社ライブラリー版『小説の言葉』、45ページ)

ただ、バフチン自身は「物語を読む(鑑賞する)ことは作者とコミュニケーションすることと同じである」とは言っていません。私の思い違いのようです。ただ、こうしたバフチンの提起から「読者」の存在が論じられるようになったのは確かのようで、『バフチン以後<ポリフォニーとしての小説>』(デヴィッド・ロッジ著、法政大学出版局、3605円)なんて小説論もあるくらいで。

お役に立てずにすみません。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

読者というものが論じられるのはバフチンからですか。非常に面白いと思います。

物語を「作家」と「読者」とのコミュニケーションとする。そうすると物語の冒頭を”初対面”終盤を”別れ際”と分類して何か考察できたりするだろうか。そんなことを考えてみたりしました。


5 ● music-mania
●10ポイント

http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/bungaku-38.html

杉山正樹が、寺山修司の作品について。

「詩も歌もあらかじめ存在するものではなく、たえず生成するものであり、(中略)他者に伝えられることでようやく意味を持ちうる、というわけです。」

寺山の著作にも確かこのような記述があったと記憶しています。

ご質問の趣旨と間違っていたらスミマセン。

◎質問者からの返答

うん、確かにちょっと違うと思います。


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