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今地球は温暖化だとか人口爆発だとか環境破壊だとか言われていますが、地球の歴史に自然発生した生命である「ヒト」が地球を汚染することはある意味自然現象だと思うのですが。
樹液を吸うアリがひとつの木に群がり、その木を枯らしてしまうまで栄養を奪い、果てはアリ自身も朽ちてゆくならば自然なことですよね。
人類にはなまじ知恵があるが故に難しく考えたり、保身するだけで…。
温暖化だって地球や宇宙の長い歴史のなかでは自然なサイクルなのかもしれないし。
「自然」ってなんなんでしょうね。

●質問者: rockinchair
●カテゴリ:科学・統計資料
✍キーワード:ひとつ 人口爆発 人類 地球 宇宙
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 34/34件

▽最新の回答へ

1 ● YsGuy23
●10ポイント

http://www.hatena.ne.jp/help/

はてな

確かに、アリの例のように度を過ぎた搾取の果てに滅びるのは自然な流れだと思います。

自然とはなにか?については僕も、人の立ち居振る舞いすべてを含んだものだと思います。人間も自然物由来ですからね。

ただ、アリと違うのは、蝕む行為が必ずしも「栄養を奪う」だけにとどまらないことではないかと。もちろん先の危険を予測するってことも大きな違いですが。

アリの行為は、人間に置き換えれば「乱獲によって野生動物が滅び、度重なる農耕で土地が枯れ、食べ物がなくなった」ということではないでしょうか。

その程度であれば人間は簡単に回避できますし、地球も痛手を受けないでしょう。

問題なのは、「栄養を奪う」以外のこと。環境汚染ですね。

その汚染が人間自身、ないし地球の処理能力を上回ってしまったのが大変なことなんだと思います。

確かに人間は自然から生まれ、いくら化学物質と言っても自然に由来する物から人間が作り上げたものでしょう。

ですから、上にも書いたとおり汚染物質も自然の範疇だと考えていいと思います。

ただ、自然の範疇ならいいのかって言ったらそれは違うんじゃないかと。

ガンみたいに、母体から生まれて母体を蝕むのは許容されないんじゃないかなと思います。

人間が自分の体のガンなんかで死にたくないと思うように、地球にとってみれば自分から誕生した人間や物質に滅ぼされるのはご免でしょう。(そう考えると地球にとって人間はガンですね。摘出されてもおかしくない^^;)

温暖化も地球の歴史などからみたら自然なことかも知れませんけど、それを自分たちで引き起こして自分たちのクビをしめるなんてことになったらご免でしょうし。

問題なのは自然とはなにか?でなく、自然なことなら何でもありか?っていうことなんじゃないでしょうか。

まぁ、「何でもありじゃねーよ」と意義を申し立てるのはやはり保身のためなんですけどね。

あるいは保身でなく、弱者を守ろうという人たちの善意。(偽善?なんて言ったら怒られますね)

なんだか書きたい放題書いてしまったので質問の趣旨からずれていたらごめんなさい。


2 ● mokoken
●10ポイント

http://www.yahoo.co.jp/

Yahoo! JAPAN

アリのお話が出ていますが、視点を変えてこういう解釈はどうでしょう?

アリの中にも、尽きそうな資源に気づいて警笛を鳴らしている者がいるかもしれない。

けれど、その他多くのアリは、そんなことに興味がないか、気づいているけれど何もしない(何もできない)。。

なのでアリの集合体全体をみると、アリは何も考えず自壊の道を歩んでいるようにみえる。

つまり、アリの自壊をマクロ的視野で語り、人類の知恵を個々人のミクロ的視野で語ると正しい比較ができず、本来は同じものではないかと。

自然=因果律ですかね。


3 ● ambohiro
●10ポイント

http://www.geic.or.jp/geic/

地球環境パートナーシッププラザ(GEIC)

URLは関連ありますがダミーです。

ヒト以外の生物による地球環境の変化はごくごく小さなものだったのだと思います。地球そのものの環境変化の方が大きかったのだと思います。

例えばアリが木を食べ尽くすよりも、エルニーニョ現象や火山活動などの方が影響が大きいですよね。

「自然」っていうのは、地球自身の活動範囲内で起こりうる変化を含めた地球環境のことなのではないでしょうか。

例えば核爆発は地球自身の活動範囲を超えているわけですし、一方向への気温変化(温暖化)も然りです。ずーっと長い目で見たら自然なサイクルかもしれません。けれどそれが地球自身の環境変化によって揺り戻されるという保証はどこにもありません。

人体にも良性腫瘍と悪性腫瘍があります。良性の腫瘍というのは進行性がないもの、悪性の腫瘍は進行性があるものを指します。良性腫瘍が、体力の低下により悪性腫瘍になることは十分にあるのです。

今起きている環境の変化が悪性腫瘍(進行性の疾患)にならないように、僕たちは配慮する必要がある。僕は少なくともそう考えています。


4 ● きょくせん
●10ポイント

http://www.iic.tuis.ac.jp/edoc/original/harakei/daikikou.html

初めて酸素をつくった生物〜地球だけが持つ酸素の神秘〜

えと、ポイント要らないので一言だけ言わせてもらえるとうれしいです。

生物進化の過程において、地球の環境を大きく変化させたというのは何も人類だけではありません。例えば、上記の酸素産生生物の登場はそれまで存在していた嫌気性生物(メタン/硫黄系などのエネルギーを利用する生物)を絶滅の淵まで追い詰めましたし、殻を持ったプランクトン等の登場はカルシウムの局在化(石灰岩)を生じさせました。植物は陸上に上がってこのかた、土というものを岩盤の上に堆積させましたし、その存在は地球気候にも影響を与えています。ですから、rockinchairさんの仰っているのは非常に的を射た発言だと思います。

http://www.nacsj.or.jp/old_database/easy/easy-01-9804.html

言葉・制度の解説

皆さんも指摘しておられる自然の概念の西洋と東洋の違いですが、まぁ、それはあって仕方ないものだろうな、と思っています。

例えば、我が国はここしばらくはひどい災害も多いですが、私の住む福井も先日水つきましたが、自然は西洋(ヨーロッパ)やイスラム世界のように過酷では無く、戦う相手とはなりません。確かに災禍もあるけれども享受するものの方が大きいのが我々の自然。自然というとやっぱりあるがままという事なんでしょうが、西洋やイスラムは変えるべきなのが自然、なのでしょう。

ちょっと自然という言葉の意味に翻弄されかけてますが、自然というのはやっぱり、あるがままのそれそのものという気がします。山が自然、川が自然。護岸工事でアスファルトに固められたのは人工物ですが、草が生え、鴨が遊ぶのは自然という気がします。

……ただ、その自然に見える川は江戸時代頃に水田に水を引く為に作られた用水だったりします。山を見上げても、杉の木ばかりでそれは自然の山ではない訳で。

結局は、日本の自然も人の手が入った自然だと思うのです。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478860467/249-8675259-...

Amazon.co.jp: アフターマン 人類滅亡後の地球を支配する動物世界: 本: ドゥーガル・ディクソン,今泉 吉典

つまるところ、我々が今言う自然というのは、人間に都合のいい環境、それは便利だ不便だという意味ではなくて人間が作り出した、人間が住みうる環境ではないかと思うのです。地球を大事にとよく言われますが、別に環境が悪化して滅びるのは現在の環境に適応していた生物だけで、人類がその多くの生き物を巻き添えにしつつ絶滅した所で何らかの生き物達が再度反映している事でしょう。

http://www.isas.jaxa.jp/ISASnews/No.270/interview.html

宇宙・夢・人 2003.9 No.270

生物の進化の方向が、生物の生存圏を広げる方向に進んでいるのだとすれば、結果次に進出する場所は宇宙圏でありましょう。

だとすれば、その環境は我々炭素系生命体にとってあまりにも過酷なものとなり、その空間を占めるのは人工生命体としてのロボットという事になるのかもしれません。だとすると、人間はロボットを作り出すために生まれてきた生命体という事がいえるのかも知れませんね。その前に滅びそうではありますが。

http://www.asahi-net.or.jp/~ns3s-mrym/

地球・生命・実験室・生命システム論

もっとも、CELLS技術を使えば人間も宇宙には住めそうですが……。

そういう意味で自然はやっぱり凄いもんだと思います。

えと、ここで言う自然というのは『生物圏』という意味で。地球を母体とした生物系という意味で捉えていただければ幸いです。

ややもSF的になりましたが、何かご参考になれば。再度申します。ポイントは要りませんので。


5 ● mizunouenohana
●10ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1097399285#####

今地球は温暖化だとか人口爆発だとか環境破壊だとか言われていますが、地球の歴史に自然発生した生命である「ヒト」が地球を汚染することはある意味自然現象だと思うのです.. - 人力検索はてな

質問者様の意見にほぼ賛成です。

もうかなりの数の意見が出されていて、ある程度かぶる部分もあると思いますが、一言。

所詮人間も自然の一部だと思います。例えば地球上のみ(宇宙全体に比較して)という限定した「環境」の中であっても、過去の色々な生物がそうであったように栄枯盛衰があると思います。人間という生物も行き着くところまで行けば滅びゆく種の1つに思えてなりません。果たしてそれが過去に起きたとされる小惑星の衝突であったり、氷河期であったり、地球環境そのものの変化であるのか知る由もありませんが。人間という生物には野生の動物のように「天敵」というものはいませんが、一時期話題になったエボラウィルスのように人間の手に負えないウィルスが、いつ何時感染力を強め、まるで天敵のように振舞うかもわかりません。

人間が決定的に他の動物と違うのは、確かに「文明」であったり「知性・理性」であるのかもしれませんが、私が思うのはその結果として人間という生物が持ってしまった「驕り」ではないかということです。その驕りにより人は地球上のものすべてが自分たちの所有物であるかのように振舞いますが、いつかその驕りにより「自然」という大きな力に飲み込まれていくような、しっぺ返しを食うような気がします。

はたしてそれが何万年、何億年先のことかはわかりませんが…


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