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反論をお願いします。生命(ヒト)は遺伝情報に基いて生きているのだから、結局は世代を超えて伝わる情報なのでは?(イノセンス?)と友人に言ったら意思を持っているから情報ではないと反論されました。私は代謝、その他の生命活動が遺伝情報に基いたものである以上、意思も過去の記憶に基いた情報でしかないと思うのですが。。。反論お願いします!

●質問者: plp
●カテゴリ:生活
✍キーワード:いるか イノセンス 代謝 生命 記憶
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 34/35件

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1 ● legball847
●10ポイント

http://www.tokyobus.or.jp/

(社)東京バス協会 東京バス案内WEB

リンクは無関係です。。

意思の設計図(プログラム)が遺伝すると思います。勿論推測ですが。。

生物は環境の変化に対応できなければ死にますが、同じように、生まれてからの周りの環境に上手く合わせていくことこそ次世代形成(生殖)には重要であり、そのためにも適応できる幅が必要とも言えます。

意思の形成プログラムがもともと家系・個体によって異なり、また環境や経験により様々な部分が発現することで個性とも言える取捨選択を行える、つまり意思を持てるようになる。

トラウマもそういった経験のひとつといえるでしょう。

また記憶は意思を決定するプログラムへ影響を与えるものであって、直接遺伝するものではないと考えます。

記憶そのものが生き延びることにどう有利に働くかを考えると、そのままの容量を保つ必要性が無いと思うので。

ただ気になるのは、意思って猿人以降くらいじゃないですか?持ってるの。それ以前の生物では何に当たるのでしょうか。実際の行動に表れるのは嗜好性でしょうか。まぁこのへんのとこ今回は触れずに、、

しかしこれらの因子は対立遺伝する要素が多いのではないでしょうか。

その際の決定方法は原始的ですが健康的な精子、卵子の偶然の出会いによるものであり、受精する精子・卵子に書き込まれていない情報も含めて遺伝・蓄積されていくとは考えにくいと。

すべて蓄積していくには遺伝子の容量を世代を経るごとに増やしていかないと足らなくなってしまう問題もありますし。

余談ですが、進化は、ある個体が持つ遺伝形質が生き残り次世代を作る上で有利に働いてはじめて一つのステップを踏んだことになります。同時に次世代を作る上で不利な遺伝形質を持ってしまった個体がその代で死に絶えることも必要であって。

ピアノは誰だって(身体能力の地盤が形成される幼児期から)訓練すれば弾けるようになるのは、それに似た動作を出来ることがこれまでの進化の過程で有利に働いたからです。

やがてピアノを弾くような動作が必要でなく、逆に出来ないことのほうが生殖に有利になるのであれば(モテるようになれば)、海に戻った哺乳類のように体の機能としては失われるでしょう。

世代間で必ずしも進化が起きるとは限らないと思います。人間に限っては何を進化とするのかまた議論を呼びそうですが、、、

ご友人は、やはり意思や気持ちの不安定さこそ人間であって、だからこそいま自分が意思を持って行動していることを大切にしたいと思うのに、そう考えることすら遺伝子に決められているような印象を受け、反論なさったような気がします。

私も、生まれた後の行動次第で死に方は天と地とほどの差があると思うので、ある程度意思決定の結果に遺伝的な偏りがあるとしてもより最善を尽くして生きていきたいですね。

遺伝しない獲得形質も生きていく武器ですからね。整形とか名誉とか。人間は複雑だと思います。すいません、なんかとりとめなくて。

いつかは幽子だとか霊子だとかの発見によって、幽霊現象が解明されることを願う生物学科卒より。。見たことないけど。。。


2 ● lackluck
●10ポイント

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3 ● lackluck
●10ポイント

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誤信、失礼しました。

言葉の定義が曖昧な部分があるかと存じますので、仮定して話をさせていただきます。

URLは心(意思等を含む)について楽しく読める科学書(哲学と書いてありますが、形而上学ではない)です。

情報という言葉を大変広く捉えているようですが、認識できるものはすべて記号化して扱えるという意味では、すべてのものは情報だと言い切れるかと思います。

ただ、人という記号化で個人が特定できないように、個人の名前から個人の性格や容姿が特定できるかは疑問が残ります。

また、すべてをそういった細部まで記号化できるか、と言うことは以下の理由で疑問が残ります。

記号化はできるがその場合、場面によって使われないまたは永久に使われない情報が存在してしまう。使用されない情報を情報とみなすかという問題がつきまとう。もし、使われない情報も情報とするならば、行動の可能性が無限パターンある場合には、無限の情報を固体が保持することになり、それを情報ということが無意味になる。

まあ、問題があるにしろすべてを情報として処理できると仮定した場合には、質問は意思等の情報が遺伝で伝達されるか?ということになるかと存じます。

この場合、現在では伝わる事もある、という程度の認識がよいようです。

犯罪所の子孫が犯罪者になるといった調査は存在します。

逆に、双子が同じ人生を送らないように環境により持つ意思は変わってきます。

例えとしては、遺伝子情報はパソコンのハードの設計図、環境はソフトのインストールという感じでしょうか。

遺伝子により傾向はある程度決められ、具体的または些少な問題に対する対処は環境に影響されると。

たとえば、子供が犬にかまれてから猫にも近づかなくなったとします。一度かまれるまでは動物に無警戒で、かまれてからは警戒するとハード面(ちょっと語弊がありますね。まあ、デフォルトで)プログラムされていた。こうも理解できますが、想定できる場合が非常に多く(たとえば犬が、土佐犬だったりチワワだったり、4歳だったり5歳だったり、蛇だったりリカオンだったり)詳細の設定が無理なくらいおおくなってしまう。逆に詳細の設定をしないならば、かまれるが引っかかれるでも、体当たりされるでもいいのか?と許容範囲の設定が発生します。

脳やDNA情報が有限な(仮に大容量だとしても)伝達手段である限り無限のパターンに対してプログラムをすることは不可能です。

意思と呼ばれるものも、過去の経験に対する、一定の行動パターンともいえますが、そのために想定される過去が無限のパターンが想定されるため遺伝子にすべての理解を求めるのは不可能かと思われます。

意思は確かに、過去の記憶に基づいたパターン行動に過ぎないといえますが(魂論は後記)、過去は人それぞれですからその人の特性とも言えます。

魂があるかについては、非物質的なものだとするならない、言えます。

もし魂が非物質的なものなら、力学第一法則(慣性の法則)とバッティングします。つまり、考えて話すという行動をするとき唇を動かすためにはその信号を出す必要がありますが、それが力学的(電気信号であっても)出ない限り無から有が生まれることになります。つまりスタートが魂という力学的無から始まると、現在の物理学や数学を根幹から揺るがすことになります。実際物理学や数学を変更するだけの理由が魂論には今のところないですね。

また、もし魂が物質的なものだとしたら、それは魂なのか自体怪しい(脳の一部とか言うでしょう)って言うことになります。

長文乱文失礼しました。


4 ● airman88go
●10ポイント

http://homepage1.nifty.com/NewSphere/EP/b/genetic.html

遺伝子工学、DNA、ゲノム:進化研究と社会

非常に考えさせられる質問です。動物にしても人間にしても”本能”というものがありますが、これは教えられなくても学習しなくても備わっているもので遺伝?かもしれません。しかしながら”意思”・”過去の記憶”については、生まれてから以降の生活で脳に電気信号として取り込まれていくもの、知覚・聴覚・触覚などにより新たに蓄えられ、その情報から作り出されるものですので「遺伝情報」に基づいたものとはいえないのでしょうか。

”遺伝”は「形質」が伝わる現象のこととされています。


5 ● kanojyo
●10ポイント

http://d.hatena.ne.jp/kanojyo/

彼女の秘密

人間を大きく分ければ身体と精神になるのですが、

そもそも人間が遺伝子から作られている事実からすれば、

身体と精神が遺伝子の見えない干渉を受けるのも当然の結果です。

さらに、身体と精神によって行われた活動が遺伝子に影響を及ぼすのも事実で、

それは生物学的には進化と呼ばれていますよね。

つまり、遺伝子と身体と精神はお互いに補完的である、といえますし、

この方法論で行けば、今の人間と20世紀前の人間の身体的な差は説明可能です。

先に人間を大きく二つに分けられると書きましたが、身体の方は遺伝子で説明できました。

では、質問と直接に関係する意志、つまり内面(精神)はどうかという話です。

これは身体のように目に見える形では見えませんから、

物理的に比較可能な年代まで底を引き上げる必要がありますが、

ここで分かり易く例を出すと、例えば恋をしたとします。

源氏物語を読めば分かるように、昔の人間も今の人間も「恋」に関する心理的葛藤は同じですよね。

つまり、本能の面では昔も今も変わらない、といえます。

種族保存とかいう風に呼ばれますが、これは意志は意志でも本能的な意志となります。

本能とは何かというと、遺伝子に書いてある情報、遺伝情報に基づいて起こる機能を指します。

ということで、本能的な部分の意志は遺伝情報と関係があります。

では、本能以外の意志、つまり理性と呼ばれる形態の意志はどうなのか、という問題です。

理性は社会システムの中で機能するものですから、遺伝情報とはまったく関係がありません。

簡単に言うと”善”か”悪”かを判断するのが理性であり、本能という意味での生命は機能しようがないのです。

これは、本能を否定するという理性の性格も加わり、遺伝子情報を意識はしても、排斥してしまう方向に向かいます。

そのかわり、理性は遺伝子ではなく「時代」の制約を受けることになります。

そして、その時代を作るのが理性の集合体、社会システムなのですが、

時代が時間の連続したものであれば、理性は「世代を超えて伝わる情報」であるといえないでしょうか。

まとめると、遺伝情報は精神と身体と本能的部分の意志に影響を及ぼし、それらはお互いに補完的である。

しかし、遺伝情報は理性的部分の意志には影響を及ぼさない、ということになります。

質問の答えは、理性的側面の意志は遺伝情報に一切制約を受けないので、一概に「意思も過去の記憶に基いた情報でしかない」とはいえない、ということです。

もう少し言わせてもらえれば、その一点で、遺伝情報の単なる集合体である他の動物と違う人の人たり得る決定的なものである、

というのが私の出した結論です。


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