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哲学に関してです。
「私(23歳男)の考え」を書きますので皆さんの知恵を教えて下さい。
私は、人間とは「生きるカラクリ」だと考えています。「カラクリ」とはどういうことかと言うと、自分という「機械(カラクリ)」の中に情報※(この情報には、人からの感情なども含みます)が入って、それを他に伝えることで成り立っている「機械(カラクリ)」という考え方です。
「鬱」というのは、カラクリに、情報(人からの感情も含む、例えば愛など)が入って来ない、もしくは、カラクリの外に情報が出て行かない状況だと考えています。
なので、鬱を打開するには、情報を入れるか、情報を外に出すことをすれば良いと思っています。
この考えをどう思いますか?
また、このような考えの哲学者、またこのような考えを否定する哲学者がいればいずれも教えて下さい。

●質問者: rrr3
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:カラクリ 人間 哲学 哲学者 感情
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 17/17件

▽最新の回答へ

1 ● dmm
●12ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1100157236#

人力検索はてな - 哲学に関してです。 「私(23歳男)の考え」を書きますので皆さんの知恵を教えて下さい。 私は、人間とは「生きるカラクリ」だと考えています。「カラクリ」とはどういう..

URLはダミーです。

鬱の場合、自分で頑張ろうとするとさらに悪化する可能性がありますので、症状にもよりますが、まず医者に相談されてはどうでしょうか


2 ● yorunomijinnko
●12ポイント

http://www.ic-net.or.jp/home/tsato/

★▲●人間はなぜ悩むのか●▲★

人間が生きるカラクリという考えは面白いと思います。ですが「鬱」を考えた場合には、必ずしもそれが当てはまるとは思えません。あまり関係ないかもしれませんが、今まで私がお付き合いしてきた女性は全員鬱でした。(別に鬱の人しか愛せない訳ではないですよ笑)彼女たちと接していて感じたのは、決して彼女たちは不器用でもなければ、馬鹿でもないという印象でした。むしろ彼女たちは過去に自分の弱さゆえに傷を負ったことを改善しようと勉学(心理学、哲学などを含め)に励み日々強くなろうとしていました。はたして機械と考えた場合この行為は成り立つのでしょうか?機械は長い年月をかけ情報を与えていけば、その中での成長はあるのかもしれません。ですが与えられた情報以外の事、つまりは新しく生み出す力はカラクリの中には含まれないものだと考えます。それにカラクリを定義するのであれば必ずそこにはそのカラクリを創るモノが存在するはずですよね。もちろん同時にそのカラクリを利用する人もいなくてはおかしいですね。勝手な意見ですが、なにか参考になればして下さい。応援してますよ(^-^)

◎質問者からの返答

ありがとうございます!カラクリの私なりの定義を説明しますと、人間とは、「何かを入れて」「何かを出す」という仕組みでできている。ということです。ただこの行為を繰り返す。というのが「カラクリ」だと定義しています。日々強くなろうと勉強できることはすごいと思います。鬱な状態でそこまでなかなかできませんよね。私の言い方では、インプットしてアウトプットしようとしているように思います。

「新しく生み出す」と教えて頂きました。このことに関しても、何も無いところから生み出すのは不可能だと私は考えています。インされた情報(感情)がアウトされた結果「全てのものはできる」と考えています。

いかがでしょうか?


3 ● abyss
●12ポイント

http://d.hatena.ne.jp/abyss/

一言で言うと、稚拙だと思います。

確かに人間は他者から教えてもらったこと(情報)を得て次第に人格形成されていくものだとは思いますが、環境や経験によって得ることや影響も大きいわけです。

で、「鬱」ですが、現在、というより10年近くこの病気に悩まされています。が、rrr3さんのいう情報(または感情)が入ってこない状態ではありません。情報(感情)・・・。愛を例にあげてますが、憎しみや悲しみ、喪失感などによって鬱になることもあるし(これはきっかけに過ぎないかもしれませんが)鬱状態の場合でも情報やら感情はちゃんと入ってきますよ。それによって現状鬱であるにも関わらずさらにどん底に突き落とされることもあるし、逆の場合もある。鬱病患者は僕に限らず人からの情報や感情に過敏だと思います。っていうか、鬱の人(じゃなくてカラクリ、ですか)に情報を入れるのは危険なんじゃないかな。下手な情報を与えたら、普通に自殺(未遂)しますよ。「ダラダラしてないで頑張れ」なんて情報を与えたら結構危ないと思うし。過敏で思い込みが激しい人だったら自分を責めて自分を傷つけたり自ら命を絶ったりと・・・。(←自分のことなんですけどね)

カラクリの外に情報が出て行けば、というのはある程度頷けますが、それは今更特に声高にいうべきものでもないです。鬱病の人は死にたい、という情報をカラクリからカラクリへ伝えているわけで、さらに言えば、鬱状態が過度になれば精神科にかかるでしょうから自分の情報を医者という名のカラクリに吐き出しているわけで。無気力ではありますが、常にヘルプを求めているわけです。頷けると書いたのは、鬱病や精神病を持つカラクリ同士が病気のことをわかりあう為に情報を共有するって点で。しかし、ことはそう簡単ではないですけどね。人と分かち合えて治る病気なら深刻に悩む必要もないと思いますし。

つまりは

>「鬱」というのは、カラクリに、情報(人からの感情も含む、例えば愛など)が入って来ない、もしくは、カラクリの外に情報が出て行かない状況だと考えています。

鬱とはそういう状況じゃないということです。

そして、

>鬱を打開するには、情報を入れるか、情報を外に出すことをすれば良いと思っています。

鬱病の打開策としては安易過ぎると思います。

そもそも、人間はカラクリじゃないと思いますけどね。機械として捉えているなら、何故人の考え方はここまで多様化したのか。情報が入ってきたりそれを伝えるだけじゃ性格や癖、好き嫌いの違いなんかは画一的になってしまいませんか?

「生きるカラクリ」なら、何故情報や感情だけでいろいろ悩まされたり、逆に幸せになれたりするのか。

僕にはカラクリという言葉を使ってごく普遍的なことを大げさに置き換えているだけにしか見えません。

で、以上のこともまた、機械(カラクリ)ではなく一人の人間としての一つの考えです。

◎質問者からの返答

おもしろい!!(たしかに、環境や経験で違う反応をします。それも理解できます)

ではカラクリに「色」を付けましょう。

いろんな「色」がある「カラクリ」でどうでしょうか?その「色」は「遺伝子」が決めているとします。

「遺伝子」をつくったのは、「父」や「母」という「色」を持つ「カラクリ」。(「カラクリ」から「カラクリ」が生み出される。ということはまた別の次元の問題が含まれていると思います。ので保留とします)

2点目、文章を拝見しまして「なるほど!」と思った点です。

情報が入ってくることは幸せですよね。(鬱の方でまったく情報すら受け付けない人もいますもんね)私が疑問に感じたことは、あなたが本当に情報(感情)を外に放出できているか?いう点です。あなたは人を「愛している」と感じているでしょうか?(これは非常に知りたい。愛という情報は1つの判断基準です。「もしかしたら世界の全てを支配しているんじゃないのか?と思うところはあるのですが、これは保留。私は、宗教家ではありません!)

人間が「人を喜ばせよう」と思い、行動すれば、この行為は「情報の放出」に繋がると思います。

(世間話じゃ真の放出にはならないので注意です!)

どうっすかね??

(ほんとにあなた様からのメールに感謝してます。私は嬉しさをもらいました。鬱直ってこない??)


4 ● DONOVAN
●12ポイント

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Amazon.co.jp: 流れとよどみ―哲学断章: 大森 荘蔵: 本

「人間とは自分という「機械(カラクリ)」の中に情報が入って、それを他に伝えることで成り立っている「機械(カラクリ)」という考え方」は、少なくともデカルトの人間機械論まで遡って考えなければならないと思います。「我思う故に我あり」の「我、いわば心」と、「身体」とはまったく別のものだというのがこの考え方で、心身二元論ともいわれます。

もちろん、この考え方が行き詰まるのは必至で、たとえば現代の「心の哲学」といわれる領域では、唯物論や物理還元主義(すべては物質であり、心や精神、あるいは感情といわれるようなものも、一切合切物理学的に還元できる)と呼ばれる立場があります。大雑把に言ってそこでは、「脳の中にあるものもすべて、自分という意識も、(脳細胞の働きなどで説明できる)物理的な情報伝達にすぎない」とされます。

たとえば、チャーチランド(

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4782801114

Amazon.co.jp: 認知哲学―脳科学から心の哲学へ: ポール・M・チャーチランド, 信原 幸弘, 宮島 昭二: 本

)などが、かなり極端な物理還元主義者といっていいかと思います。

しかし、「それでは〈最終的に〉その情報を見たり感じたりしているのは誰?」という問題が発生します。単純に言うと、「赤いものを見ていても、脳味噌(脳状態)が赤くなるわけではない。脳の中の情報を、いったい『誰』が、〈赤い〉と感じているのか?」という問題(クオリア問題)などです。

最近では、茂木 健一郎が、脳の中の情報を最終的に、見たり、感じたりする「脳の中の小人〈ホムンクルス〉」について論じています。(

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/414091002X

Amazon.co.jp: 脳内現象 (NHKブックス): 茂木 健一郎: 本

)

また、そもそもこのような問題が発生すること自体が近代〜現代科学の間違い、とする考え方もあります。

心身二元論も、物理還元主義も否定する大森庄蔵は、著書「流れとよどみ」の中で、『他人をして心あるものにする、それはあなたがするのです。あなたが他人に心を「吹き込む」のです。他人の心を「信じる」のではなく、あなたが他人の心を「創る」のです』と書いています。大森荘蔵は、残念ながら数年前に亡くなりましたが、「他人の心の問題」(他我問題)を徹底的に追究した現代日本の哲学者です。大森からすれば、rrr3 さんの考えは根本的に否定されると思います。この本はわかりやすいので是非読んでいただければと思います。

また、鬱というのは哲学的というより心理学的、精神分析学的な問題かと思います。

取り急ぎ書き散らしましたので駄文乱文ご勘弁ください。参考にならなければ、ポイントは結構です。

◎質問者からの返答

うわー。

自分の考えを書かないことにもあなた様の「哲学」が存在するのですよね?

俺の理解できない範囲です。

流石です?(あなたになんて答えていいのかわからない)

ご返答お願いします。


5 ● neoarcheologist
●12ポイント

http://www.h5.dion.ne.jp/~simpli/02-02-00-01Deleuze3.htm

人間を機械とみる考え方は、西洋ではよくあります。古典的なものでは、デカルトが有名です。

コンピュータのもとになる概念を作ったチューリングという人のチューリングマシン。

ドラメトリの「人間機械論」。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4326100478.html

人間機械論の哲学: 紀伊國屋書店BookWeb

ドゥルーズ/ガタリの「欲望する機械」など。

http://www.baifukan.co.jp/sinkan/shokai/seitaient.html

生態情報とエントロピー

>「鬱」というのは、カラクリに、情報(人からの感情も含む、例えば愛など)が入って来ない、もしくは、カラクリの外に情報が出て行かない状況だと考えています。

ここの部分はエントロピーという考え方にも似ているかな。

参考になりましたでしょうか。

◎質問者からの返答

ありがとう。

もっと詳しく書いてくれたら嬉しかったのに〜。

お時間無い中、すんまそ。


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