1929年に井上蔵相が金解禁を発表、紙幣が金と交換できるようになる。井上が立案したこの政策は、不況を乗り切るために、日本の金融機関や産業に、海外に対する強い競争力をつけさせようとした、いわばショック療法だった。しかしこの政策がちょうど世界大恐慌に重なり、日本の経済は大打撃をもろに受ける事になってしまった。
当時のグローバルスタンダードだった金本位制へと移行することで、20年代当時の対外的な不均衡の是正しようとする狙いがあったようです
つまり市場による自動的な是正を取り込もうとしていたわけですね
しかし当時アメリカに端を発した世界恐慌の影響で、日本にも昭和恐慌がおき、金本位制は崩れ、失敗へと向かいました
金と経済
国内で大戦恐慌、震災恐慌、金融恐慌、世界恐慌があいついだあと、金本位がなぜ切り札として用いられたのか…。
そしてその金が投資筋のまとになったのはなぜか
もう少しお願いします。。
金解禁をした理由……「底の知れない不景気」を「前途晧々たる光明を望んでの一時の不景気」にする為、だそうです。
失敗した理由……イギリスの金本位制離脱、だそうです。
こちらは拝見しました。ありがとうございます。
二つのサイトを参考にあげておきます。
金解禁は、民政党のかねての党公約でした。
目的は、金解禁によって円を国際市場に結びつけ、「円の価値」を高める、言い換えれば日本の産業の国際競争力を強め、国内物価を安定させる。また日本の国際的地位を高めるなどの目標を掲げていました。
金解禁の前提として、関東大震災以降の膨張した財政を引き締め進め、国内の過剰生産力の整理を進めようとしました。
失敗の直接の原因は、金解禁政策の失敗を見越した大量のドル買いによって金準備が枯渇し、再び金輸出禁止に踏み切らざるを得なくなったことにあります。
しかし、より根本的な原因としては金解禁直後のニューヨーク株式市場の大暴落をきっかけに始まった世界大恐慌、この嵐の中で各国とも国内市場を世界市場から切り離して、自国産業を保護するために競って金輸出禁止に踏み切ろうとしている最中に、全く逆の政策を採用した点にあります。
金の平価とは…
またそれに関連して
投機筋による「ドル買い」は
なぜおこったのか…
お分かりになりますでしょうか。。
追加情報です。現在は、ドルが国際通貨の地位を占めていますが、かつては各国通貨は金とリンクすることで、初めて国際通貨として通用しました(植民地は別として)。ドルと円を交換する場合も金との交換レートを媒介にドルと交換されたわけです。ですから円と金との交換を保証(解禁)することで、円の国際的評価は高まるわけです。この交換割合を簡単に金平価といいます。更に昔は、国際取引だけではなく、国内取引でも金との交換は保証されていました(これを本来の金本位制といいます)。
金解禁の失敗を見越したドル買いとは、たとえば1円=1ドルの割合で、金解禁を実施したとします。この政策が失敗して円の価値が下がる、例えば1ドルが2円、3円に下がると見越して1ドルを1円で購入しておけば、将来2円、3円で円を買い戻して、差益を得られます。
このため当時の財閥企業は、競ってドル買いに走り、結果として金解禁政策を失敗に導きました。ドルを買うには、円をまず金に交換して、その金でドルを購入するわけですからドルの投機買いが急増すれば金準備は枯渇し、金解禁は失敗せざるを得ません。
しかし仮に、適正な平価で解禁されたとしても、世界的な金本位離脱、世界恐慌の嵐の中では、いずれ金解禁製作の失敗は時間の問題でした。
ありがとうございます。価値の下がった円を持っていても儲けはある…のですか?
それは国内企業に限り有効な投機ですか?