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物語の語源はなんでしょう。英語で、storyに近い意味を持っている側面もあります。また、物語が人間の情報消費において果たす役割等を研究している学者とかいるのでしょうか? いわゆるコンテンツ(映画、小説)でビジネスになっているものはほとんどが物語です。

●質問者: isogaya
●カテゴリ:ビジネス・経営 科学・統計資料
✍キーワード:STORY ほと コンテンツ ビジネス 人間
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 7/7件

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1 ● shampoohat
●15ポイント

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0535.html

松岡正剛の千夜千冊『人はなぜ話すのか』ロジャー・C・シャンク

[物語が人間の情報消費において果たす役割]

あたりからは、シャンクが近いといえば近いですかね。

ビジネス云々とは、ちょっとずれます。

◎質問者からの返答

面白い情報ですね。ただ、理解にフォーカスしているので、なんで物語がビジネス的に意味あるかまでカバーしていないですね。どうしてドキュメントより、ハリポタのように完全の嘘の法がビジネス的に成功しているかをなにか分析した人はいないでしょうか?


2 ● ys0713
●15ポイント

http://freett.com/Zezeb/about/yellow.htm

こちらに物語の語源が書かれているのですが、事実かどうかは分かりません。学者さんは見つけることができなかったのでご了承ください。


3 ● pasopaso
●14ポイント

http://nice.ciao.jp/works/No22/No22page.html#1

書は文化を作る No22 桜

「物語」の語源は・・・もの、を語り伝えることからだということです。教訓的なニュアンスでしょうか。太古「ことのかたりごと」と分別したカテゴリーだったようですね。

今はその区分がなくなってしまっているので、古代のほうが語彙が多かったということですね。

**物語は語り継がれるものであって、映画や小説の多くが「ことのかたりごと」で、中で繰り返し使用されて残っていく作品は物語りかもしれませんね。


4 ● Mmc
●14ポイント

http://www.melma.com/mag/31/m00035931/a00000011.html

このメルマガのバックナンバーは移動しました - melma!

事実にそって時間の流れ通りに記述されたものを story というこ

ともあるので、story と history は重なる部分もあるようです。し

かし、当然重ならないこともあります。story は、人間が想像して

作り上げた「物語」、「作り話」「嘘」を指す時にも用いられます。

history は、 History repeats itself「歴史は繰り返す」などの用

例にあるような抽象的な「歴史」を別にすれば、具体的に history

of the world「世界史」や Roman history「ローマ史」、my history

「経歴、履歴」のように、事実に基づいたものに使います。

story と history の意味の類似性はそもそも同一の単語だったこ

とに由来しています。1768年まで、story には「歴史書」という意

味がありましたが、その後、頭の hi- が脱落する前の history が、

もっぱら「歴史書」の意味になり、story は、学問的な要素を失い

ました。

------------------------------------

つまり、物語[story]の語源は歴史[history]で、historyは主に事実にそって、時間の流れ通りに記述されたものを指し、storyは人間が想像して作り上げた「物語」、「作り話」「嘘」を指す時にも用いられるということになります。

この語源により、学問的、具体的事実に必ずしも拠らないナラティブなコンテンツをstoryと呼び習わすことができると考えられます。

http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0408/03/news063.html

ITmediaモバイル:コンテンツ【こんてんつ】

コンテンツと一口にいっても、それが1つのデータファイルを指す場合もあれば、アプリケーションと同義に扱ったり、コンテンツビジネスなどのように広義に用いられることもある。だがいずれの場合も、コンテンツがソフトウェアであることを意味している。

ハードウェアを著しく進化させたり、ビジネスを拡大させるきっかけとなるコンテンツを、キラーコンテンツと呼ぶ場合がある。例えば過去の携帯電話の進化において、着信メロディや待受画像配信サービスはキラーコンテンツであったといえるだろう。

------------------------------------

コンテンツといったときになにを指すかで、物語がコンテンツに占める割合が変わってきます。ご質問では「コンテンツ(映画、小説)」とされていますが、一定の時間軸にそって記述される=ナラティブであること、を前提とする映画や小説というコンテンツの場合、そこに物語の占める割合は高くなります。

http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson1.html

反社会学講座 第1回 なぜ社会学はだめなのか

3.資料やデータを収集します。このとき注意しなければならないのは、自分の結論を裏づけるのに都合のいい証拠だけを集めるということです。高いコーヒー代を払ってせっかく練り上げた結論なのですから、大切にしましょう。それを否定するような資料やデータは見て見ぬふりをします。

(例・フリーターが増加するのに連動するように、私の講義の出席人数は年々減少している。そして、こどもの出生率も同様に低下している)

4.なお、データの一部分だけを抽出したり、意図的に資料を誤読したりするのは、社会学研究上での重要なテクニックですので、日々研鑽に励まねばなりません。統計学の手法を用い、重回帰分析などのテクニックを使用するのも有効です。学力低下のおかげで、算数の不得意な人が増えたので、たやすく煙に巻くことができます。

-------------------------------------

なお、ナラティブな構造をもたない、いわゆるデータ集などのコンテンツも、それが活用される際には物語として再構築されて利用される場合もあります。


5 ● hensyuushi
●14ポイント

http://www.kitashirakawa.jp/~taro/lit.html

ギリシア・ローマ文学について

ちょっと話がずれるかもしれません。語源というより、物語の起源という意味では「ギリシア神話」 -> 「ローマ神話」という神話の流れがまずあります。この派生からさまざまな「ギリシア・ローマ」文学が生まれます。

また辺境のゲルマン人たちも自らの神話体系を作り出します。日本でも物語はまず神話から始まっています。

神話から派生する形でさまざまな「物語」が出現します。

http://www.ab.aeonnet.ne.jp/~memoria/lingua/oeuvres.html

ローマ亡き後の中世ヨーロッパで花開いたのが、吟遊詩人を中心とする「騎士道物語」です。いわゆる口承文学の時代です。ただあくまでこの時代までは、大衆娯楽は口承によるものでしかありませんでした。

http://wsv.library.osaka-u.ac.jp/kanpo/32-3-1.htm

物語がビジネスになる転機になったのは、間違いなくグーテンベルグが印刷術を創り上げてからです。

それまでは書籍は高級な羊皮紙に手書きで書いていたため、「物語」は本当の意味でのビジネスになりえませんでした。

大衆の娯楽という意味での口承文学の域を出ていなかったものが、印刷術の普及と共にビジネスになっていきます。

http://www.e-t.ed.jp/edotori390310911/

390310911

ルネッサンスを生み出した原動力は活版印刷術の普及です。これによりルネッサンス文学が生まれ、ここに至り消費される物語が出現します。いわゆる「本屋」が出てくるのもこれ以降です。活字の恩恵を受けた後期ルネッサンスの中では、シェークスピアなども代表的ですね。

http://cinema-magazine.com/new_tokubetsu/zyousetsu/history.htm

映画誕生の歴史

大衆文学が成立した後に、更に消費する「物語」の敷居を更に低くし、大衆に普及させたのが映画の出現です。識字率によっては意味をなさない書籍と異なり、映画はどんな人間にも、物語を容易く内容を伝えることが出来ます。

http://www.daito.ac.jp/gakubu/kokusai/asia_21/asia_21_07_15.htm

特に単一民族ではない移民大国だったアメリカでは、映画、ラジオ、TVなど分かりやすい娯楽が発達し、ハリウッドを中心とした消費される娯楽産業が成立します。

第二次大戦以降アメリカが世界の文化を牛耳って以来、この流れが世界的な潮流になったのは確かです。

以上が物語がどうやって現代的な消費されるコンテンツになってきたかの、凄まじく中途を省いたアブストラクトになります(人類の歴史を6つのリンクで説明しているので説明不足なのはすみません)。

まとめると、神話から始まった物語は、娯楽という側面を持ち、書籍->映画->ラジオ->TVと大衆化していったと考えていいかと思います。

一方で、いわゆる「ノン・フィクション」的な作品群は、大衆の嗜好にあわなかったというのが正直なところです。

http://homepage2.nifty.com/sumee/journalism0407.htm

「君は絵を送れ、私は戦争を作る」と言ったハーストの言葉が象徴的ですが、大衆は堅苦しい「真実」よりも破天荒な「物語」を好みます。

いわゆる新聞のような報道ですら、イエロージャーナリズムといわれる現代週刊誌的ゴシップに溢れます。

質問とは逆説的になりますが、ビジネスコンテンツが物語を選択したという考え方ではなく、大衆が欲したものが「物語」であり、だからこそビジネスコンテンツの大部分は物語になっていると考えた方がいいと思います。

ただし大衆の興味は移り気であり、それが現代的な「消費する物語」へと繋がっていきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/

Wikipedia

大塚英志

参考までに、現代風の「消費される物語」を日本で精力的に発言しているのは大塚英志だと思います。

質問がちょっと微妙なので、物語が歴史的にどうやって「消費される物語」へと移っていったかということを書いてみましたが、メディア論という意味でお聞きになっているのでしょうか?

あるいは、「どうしてドキュメントより、ハリポタのように完全の嘘の法がビジネス的に成功している」という質問からすると、ハーストでも述べたように人間の本性的な話を想定されているのでしょうか(大衆は常に低俗なものを好む->ポルノグラフティーなど。大衆が好むからこそ、メディアは逆説的に発展する、VHSが何故普及したのか、ネットの爆発的普及の背景はなどという流れの話)。

それとも大塚氏のように、消費社会の中での「物語」というとらえ方なのでしょうか?


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