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日本が戦後積極的に、欧米の文化を取り入れ始めたのは何年頃なのでしょうか?
またそのきっかけはなんだったのでしょうか?

●質問者: ugoma
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:戦後 文化 欧米
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/6件

▽最新の回答へ

1 ● hensyuushi
●25ポイント

http://www.akiba.or.jp/history/3.html

秋葉原の歴史

大きなきっかけは「所得倍増計画」に伴う高度成長だったと思われます。昭和30年の「もはや戦後ではない」という言葉がすべてを象徴しています。生活の欧米化は電気製品の普及とテレビのホームドラマによって急速に拡大したものと言われています。

http://www2.ocn.ne.jp/~shyo5050/20centur.htm

20century

アメリカで1964年に放映された「奥さまは魔女」(日本では1966年)がクリスマス文化を日本に持ち込んだという話を先日テレビでみましたが、明示できるURLはありませんでいした。ちょうどテレビ文化が入って核家族化してきた頃に欧米文化が積極的に取り入れられていると考えるべきでしょう。

http://www.hatena.ne.jp/1102248049

邦画から洋画へ日本人の好みは変化していった理由は何でしょうか? 参考となりそうなHPを教えてください - 人力検索はてな

ここの回答3でも書いたように邦画と洋画のシェアが逆転したのもテレビが大きな影響を与えています。あえて言えばテレビの普及というべきでしょう。

昭和30年から昭和40年が大きなターニングポイントであり、その理由はテレビ文化の普及と考えるのがいいかもしれません。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

日本の景気が良くなり、テレビが各家庭へ普及し欧米の文化が放送される。 それと共に外資が日本へ参入し、より身近な存在として定着していった。マクドナルド1号店ができたのも1970年代だったようですし、その頃から欧米崇高主義が現れだした。

こんな感じでしょうか・・・。他の情報をお持ちの方いたらお願いします。


2 ● So-Shiro
●25ポイント

http://www.meti.go.jp/hakusho/tsusyo/soron/S61/00-01-06.html

昭和61年版 4.変動相場制下での国際協調

昭和48年(1973)の変動相場制の採用が大きいのではないでしょうか?もちろん、その背景には、高度成長とアメリカの双子の赤字(この頃からです)がありますが。

http://wp.cao.go.jp/zenbun/keizai/wp-je79/wp-je79-01203.html

昭和54年 年次経済報告 すぐれた適応力と新たな出発 第3節 赤字となった総合収支

変動相場制のもと、円高が進み、海外旅行者が増大し続けていた(第1-2-12表参照)ことが欧米の文化導入を下支えしたのではないでしょうか。

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