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『自分を監視する自分』
つまり<客観性>を自分の中に持つことが大切だと各上の人物に教えられました。
それを持たず、主観的にしか物事を捉えられない人が客観性を得るためには
(1)その理屈をどう説明して理解させるか
(2)具体的にどうやって実践させるか
を教えてください。
ちなみに私はその人に「客観性がない」と斬られています。

●質問者: tatibanaan
●カテゴリ:政治・社会 生活
✍キーワード:主観 客観性 理屈 監視
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 23/23件

▽最新の回答へ

1 ● hinop
●12ポイント

http://www.macafee.com/

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つまり、人の視線を気にする必要があるということです。

簡単にいえば、「自分に厳しく」で済ませてしまいますが。

ある意味、自分の中にもう1つの人格を作る、”二重人格”と作り上げればいいのです。

たとえば、PCにインストールするセキュリティ対策のソフトは、

PCに有害な情報が入ってくるときに知らせてくれます。

しかし、インストールしていないPCは、どんな情報でも次々に拾ってしまい、

悪い情報までも拾ってしまうことになります。何もかも信じ込むと”洗脳”になってしまいますよね。

しかし、情報を取捨選択できれば、洗脳はされずに済みます。

その取捨選択をする、洗脳を防ぐのが、ウィルス対策ソフトです。

つまり、頭のなかに、ウィルス対策ソフトをインストールすればいいのです。

意味不明ですか、そうですか。

◎質問者からの返答

教えてくれた人は頭の中に3人いたそうです。

理屈として必要性はとてもよくわかりました。

具体的に実践するために心がけることはありますか。


2 ● blizzard197101
●12ポイント

http://www.yahoo.co.jp/

Yahoo! JAPAN

URLはダミーです。

参考にならなければポイント不要です。

とりあえず言ってしまえば、無理です。主観的にしか物事を捉えられない人が、客観性を持つ、といっても、そのこと自体が理解できないでしょう。なぜなら、その人は常に自分中心の世界しか見えないわけですから。

とはいえ、それではにべもないので、できそうなことを考えてみます。

(1) 要は、関連する事柄のかかわること全体を考えるようにしろ、ということなんでしょう。ある事柄が自分に関連するとしても、それは自分だけではなく、他の人にも関係することがほとんどです。そのことを考える必要がありそうです。逆に、主観的にしか物事を捉えていない人の「物事」が、どう自分に影響しているのか、ということを考えてみるのもいいかと思います。さらに言えば、自分の判断力を自分のためだけではなく、自分の外の出来事を理解するために使わなければならない、ということを理解する必要があると思います。

(2) これもあけすけに言ってしまえば、観察眼を養う、ということになるかと思います。それも、自分の視点からだけではなく、他人にとってはどういうことなのか、ということをあらゆることについて常に考えるのです。さらに言えば、物事に論理的整合性があるかどうか判断できるように訓練すべきでしょう。その意味では、本当は数学を勉強するのが回りくどいようで一番手っ取り早いのですが。

わかりづらかったら申し訳ないです。

実を言うと、本当に客観的に物事を捉えている人なんて、いないんですよ。

◎質問者からの返答

一時、客観性が芽生えたとほめられたんですけどね…

元に戻っちゃったので、どうすればいいのかなーと。

や、十分理路整然としていてわかりやすいです。

メモメモ…


3 ● TomCat
●12ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1

人力検索はてな

(1)については、客観性の意義、ということですよね。

そもそも客観性というのは、

いかに判断基準が事実に即しているかという物差しです。

誤った判断をしないためには当然これは不可欠で、

これを持たなければ目をつぶって道を歩くようなもの。

いったいどこにたどりつくかもわかりませんし、

第一危なくていけません。

しかし、往々にして「客観性」という言葉は、

「他人の意見も聞け」

といった意味に使われます。

そこが混乱の元なんです。

他人の意見に耳を傾けるのは、

単に判断基準の元となる事実認識の

参考にするために過ぎません。

あくまで判断していくのは自分なんです。

自分の判断に誤りが含まれないように

少しでも多くの資料を集めていく。

その「客観性を得る作業」のひとつが、

他者の言葉に耳を傾けるということなんです。

けっして他人の言いなりになれ、

という意味じゃありません。

むしろ「客観性」という言葉は、

事実を多面的に観察せよ、検証せよ、ついでに学べ、

ということに近い言葉です。

これなら、たいていの人が自己確立の一貫として

容易にその必要性を認めていくことでしょう。

(2)については、前述のように、

事実を多面的に観察する。

そしてそれを検証する。

ついでにそれらを助けるために

事前によく学んで知識をしっかりつけておく。

これに尽きると思います。

何かを判断しようとする時に、

今の自分の持ち物だけで判断しようとしない。

他者の意見を含めた多数の資料を求めて多面的に検討し、

そこから導き出される答えを探す。

それが客観的思考の実践です。

それを「自分の中に持つ」ということです。

謙虚になれとか、へりくだれとか、

自己主張するなという意味なら、

それは客観性を持つということとは違います。

むしろ客観性を身に付けた者の意見は鋭く強く、

聞く人々の耳に響きます。

◎質問者からの返答

>むしろ客観性を身に付けた者の意見は鋭く強く、

聞く人々の耳に響きます。

まさしくそのとおりだと思います。

(そして今届いているわけですが)

細かい部分は私が言われた内容と異なりますが、

客観性そのものの本質はほぼ同じく感じます。


4 ● seku
●12ポイント

http://www.hatena.ne.jp/

はてな

僕は、客観などないと思っています。

自分を監視する自分というのは、物事を別の観点から捉えた主観でしかないのでは?

ということは、自分の中に客観性を得るのではなく、より多くの主観を手に入れることが大事なのだと思います。

それならば、同じ物事に対する意見を、なるべく多くの人から聞き、その考えを自分の中に取り入れてみのは、どうでしょうか。

あと、自問自答を繰り返すだけでも、1つの物事に対して、別のアプローチが出来ると思いますが。

◎質問者からの返答

ヒトツの意見としていただきます。

ありがとうございました。

そういえば、客観と主観のとらえかたも人によって違いますよね。

そこが面白いところです。


5 ● toshi_nishida
●12ポイント

http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=%b5%d5%a4%ce%ce%a9%be%ec%a...

Yahoo!検索

立場を入れ替えて考えてみる習慣を付けることは有益だと思います。たとえば、私がBに対してある事をしようとするとき、これが適当かどうか判断するには、Bが私に対して同じ事をしたと想像してどうか、また別人Cが自分に対して同じ事をしたと想像するとどうか、と考える習慣をつけることは、客観的判断の助けになるのではないでしょうか?

◎質問者からの返答

あ、これ教えられました。

そのうちの一つとして例題も。

答えは教えてもらいましたが、結構面白かったので

あとではてなで例題出してみます。


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