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リンク先の「いわし」に佐藤春夫が明治44年(1911)、19歳のときにに発表した『愚者の死』という詩を載せました。

リンク先→http://www.hatena.ne.jp/iwashi?mode=treedetail&thread=0000011227

質問文に引用するには長すぎるので、こうしたかたちにしましたが、ぜひリンク先の詩をよんでいただいて、次の3点にしぼって考察していただけませんか?

1.佐藤春夫は大石誠之助を「愚者」と思って、この詩を詠んだのか?

2.「偽(うそ)より出でし真実(まこと)なり」とは大石誠之助の言葉なのですが。佐藤春夫は、この言葉をどのように解釈したのか?

3.「町民は慎めよ。
教師らは国の歴史を更にまた説けよ。」
とはどういう意味なのか?

なお、大石誠之助とは「大逆事件=幸徳事件」に連座して刑死した、紀州新宮の開業医です。

URLダミーでかまいません。大石誠之助や佐藤春夫、大逆事件について、知りたいという方は、上記URLの「いわし」に書き込んでください。できるだけ、速やかに(わかる範囲で)お答えします。

それでは、よろしく御願いします。

●質問者: So-Shiro
●カテゴリ:学習・教育 政治・社会
✍キーワード:URL いわし うそ まこと ダミー
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● jo_30
●25ポイント

http://www.kumanodaigaku.net/data1/mess05.html

熊野で「魂」を語る

「新宮の医師、大石誠之助も刑死した一人であるが、父の友人で顔見知りであった若き佐藤春夫は、その衝撃を「愚者の死」に託して発表した。その中で、「うべさかしかる商人(あきんど)の町は歎かん」と、新宮町民を皮肉っている。」

http://homepage2.nifty.com/TIKURINKAN/satouharuo.html

春夫の初期の詩、大逆事件で刑死した同郷の大石誠之助を悼んだ「愚者の死」、お召し列車が脱線したことに責任を取って自殺した鉄道員を悼む「清水正次郎を悼む長歌並短歌」にはその鋭い反逆精神が如実に出ている。

http://www.swan2001.jp/taku010.html

とりあえず、現代とは異なる時代状況の中で、どんな形であれ大逆事件に際し何かを発表するという行為には十分な危険が伴ったわけで、普通の解釈としては上記二つのように、これは直接咎めを受けるような言葉を使わず大逆事件への衝撃と、冤罪により死を受けた同郷の医師(春夫の父も医師でした)を悼んでいると解釈していいのではないでしょうか。というわけで

1愚者、というのは一般向けの諧謔的表現に過ぎない。

2「偽より出でし真実なり」これは、大逆事件が冤罪であること(本当は何ら実体の無い「犯罪」に過ぎない)を皮肉った言葉なわけですが、表面上「なんと図々しい言葉を…」と言いつつ、彼の言い分を引用することで代弁していると解釈していいのではないでしょうか。

3既に上京していた春夫の言語感覚として「町民は…」は同郷の人々への呼びかけというよりは叱咤であり、「教師らは…」というのはおそらく頑迷に変わらない権力の象徴に対する批判意識と読むのが適切かと思います。

皮肉というには生硬過ぎる表現ですが、そこが当時の春夫の若さかもしれません。ご参考まで。

◎質問者からの返答

かなり踏み込んだ解釈をありがとうございます。

当時の佐藤春夫は、明治42年8月20日に新宮を訪れた与謝野寛・石井柏亭・生田長江らの文芸講演会の前座で行った「偽らざる告白」という演説で、虚無主義や当時の教育の批判をしたため、無期停学となり、それに抗議した同級生らがストライキを打って首謀者とみなされ、退学にはいたらなかったものの、厄介ばらいをされるように卒業させられ、上京し第一高等学校受験のための勉強をしている、という境遇でした。

そうした状況で書かれた詩であることを付記しておきます(質問には書ききれなかったので)。


2 ● toshi_nishida
●25ポイント

http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/guest/pdf/yosanotekkan...

上はおまけ。友人をこういう気持ちにさせる人物であったようですね。

1.「愚者」愚直に生きてうまく立ち回れずに殺された者、というひねくれた賛辞、または共感だと思います。

2.徳富蘆花もこの事件については「嘘から出た誠」を引用していますので、事件を語る象徴的な言葉として使っただけではないかとおもいますが。検索すると与謝野晶子でもぜんぜん違う意味で同じせりふが出てきます。敢えて解釈すれば、罪状自体は冤罪であるが自分の内心の理想と現実の社会を照らし合わせると罪に問われても当然と思う、とも取れるかもしれませんが、私のこじつけすぎのようにも思います。

3.佐藤春夫の理想を理解できぬ馬鹿どもよ、馬鹿の考えをいよいよ磨け、という皮肉。

◎質問者からの返答

PDFは与謝野寛の「誠之助の死」ですね。これは、円熟した詩人の、友への哀惜に満ちた素晴らしい作品と思います。

どうも「はてな」内では埋もれるので、「bk1はてな」で再質問することにしました。

jo 30さん、toshi nishidaさん、ありがとうございました。

どうも、「はてな」内では埋もれるので、「bk1はてな」で再質問することにしました。こちらで、回答いただいた方は、ありがとうござました。

佐藤春夫は長生きして太宰治の理解者(かなり迷惑していたようですけどw)となりますので、単純な表現はしないと私も思います。

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