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世の中には、論理的発想を得意とし、問題解決も筋道をたててこつこつと解いてゆくタイプの人と、直感的発想を得意として、問題解決も複眼的に見て思いもかけぬ方法で解いてゆくタイプの人に、だいたい分けられるように思います。

また、一方では「理系人間」・「文系人間」という言われ方をすることもあります。

このあたりが、前半で述べた「発想法・問題解決方法」と、どのように関わってくるか、論じていただけませんか?
URLは必ずしも必須ではありませんが、ダミーURLで回答される方は「長文」で自らの立論を展開してください。

なお、そういう人間の類型化はおかしい、とかいう批判などはお控えください。理科系の職業につく人と文科系の職業につく人は、発想法が異なるのだろうか?あるいは、「理系人間」なのに文科系の職業についているとどうなるか?「文型人間」なのに理科系の職業についてるとどうなるか?ミスマッチがあるのだろうか、というような問題意識で立てた質問です。

しばらくオープンしておきますので、じっくり考えて、お答えください。

●質問者: So-Shiro
●カテゴリ:就職・転職 学習・教育
✍キーワード:URL オープン タイプ ダミー ミスマッチ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 6/6件

▽最新の回答へ

1 ● sobo
●15ポイント

http://absinth.exblog.jp/1439294

夢見るかえる : 理系/文系 (3)

http://yatsu.info/mt-comments.cgi?entry_id=1084

http://spaces.msn.com/members/avispaismylife/

雑記いろいろ(あるこたあるばってん)

3つURLを乗せましたが、分かりにくいので抜粋。

理系的思考法:言葉の定義を厳密に厳密に追い求めていく いわば 「そぎ落とし」 の思考法

文系的思考法:言葉が含む幾多の意味を積極的に肯定していく いわば「増幅」の思考法

また3つめでは

一つの問題に対して「導き方が数多あるが、答えは一つ」という信念を

持つのが理系、「導き方同様、答えもいくつもあっていい」という概念を

持つのが文系である。

となっています。

私の場合、理系(と思ってる)でも始めは直感的に「こうじゃないかな」と仮定してから問題を突き詰めて行くので直感=文型というのは抵抗があるのですが…

あと私自身まだ学生の身分なので職業については論じないでおきます。実体験のない私が何を言えるものでもないし、サイトを探してもそれが的確なものかどうか判断に困るので。

◎質問者からの返答

引用されたブログ、それぞれに興味深いですね。人間の性格はひとことで決められるようなものでなく、多様な考え方があってよいと思います。

たとえば、「直感=文型」というのは、ちょっと違うように思います。というのも、法律家は論理的発想を得意とし、問題解決も筋道をたててこつこつと解く能力がないと勤まらない、と私は考えます。

私自身は理科系の仕事に就いていますが、小説とか歴史も好きなので「文型人間」と思い込んでいたのですが、法律家のように膨大な知識を吸収して、それを論理的にあてはめて問題を処理してゆく能力はないな、と最近つくづく感じます。

さらに、「言葉の定義を厳密に厳密に追い求めていく傾向」が自分にあると思うのですが、「言葉を、場面にあわせて利用してゆく能力」が欠けていることにも気がつきました。

そうなると、やっぱ理系の今の仕事は自分の天職だったのか、と思う作今であります。


2 ● TomCat
●15ポイント

http://www.hatena.ne.jp/

はてな

(,,゚Д゚)∩

私はバリバリ文系なので「理系」については自己の体験からは語れませんが、

「理系」ではおそらく実証可能な論理というものが重視されると思います。

ですから、仮説を立て、仮説を検証し、検証結果を実証し、

そこではじめて結論を得る。

あるいはひとつの命題に内包される多面的な課題を抽出し、

そのひとつひとつの課題に対して仮説→検証→実証を繰り返し、

それを総合してさらに総体的な仮説を立てて検証、実証と進んで行く。

こうした思考の流れが勉学を通して身に付いている人物が

「理系」タイプなのだと思います。

また、「理系」の人間は、未知の部分の分別を上手に行います。

・本当は既知の事実なのだが自分として理解が及んでいない部分

・仮説としての理論は確立しているが結論としては未検証の部分

・現時点ではほぼ絶対的に不可知の部分

といった感じに。

これによって、ひとつの命題の考察においても、

結論として明確に出来うる部分と、

仮説のまま積み残してよい部分と、

真理の探究という究極に至らなければ解決できない部分、

というようにうまく切り分けて結論付けていける能力を持っています。

これに対して「文系」の人間は、

実証結果の予測から思考をスタートさせていきます。

これも「仮説」の一つではあるでしょうが、

まず最初に、一足飛びに結論を予測してみるという思考。

おそらくこのへんの思考の特徴が、

直感的発想につながってくるのでしょう。

したがって、ひとつの仮説からスタートして論証していく理系型思考に比べて、

ひとつの予測される結論に向かって多様なスタート地点を設定できる文系タイプは、

その分「複眼」的思考と言えるでしょうし、

理論によって必然的に導かれる結果としての結論でなく

まず結論を想定してそこから思考をスタートさせられる文系タイプは、

不可能を可能にしてしまえる可能性もその分高くなりそうだとも言えます。

ただ、当然これは、スベる可能性も大いにありますから、

深い経験に裏打ちされていないと極めてハイリスクです。

そのへんを踏まえて理文クロスの職業適性を考えてみると、

もしかして文系人間が理系の職に就くとすれば、

たとえば医学者なら救急の臨床現場などが向いているのではないか、

といった気がしてきます。

予測される危険を予め把握し、そこに至ることを全力で回避する。

まんがの主人公の野戦病院帰りのアルバイト医師、なんていうのは、

これはきっと本質文系です。

臨床例の少ない動物を扱っていく開業獣医師、

なんていうのにも向いていそうですね。

いや、本当の医師や獣医師がこんな話しを聞いたら、

そりゃ違うよ、ということになるかと思いますが(^-^;

これに対して理系人間が文系の職に就くとすれば、

きっと教育者や人事担当などが向いています。

科学の究極は真理の探究ですから、

それを人という存在に適用し、

人ひとりひとりの中に輝く部分を見つけていく思考のできる人。

そういう人が教育者や人事担当などにはピッタリです。

私の尊敬する恩師は理系の大学から来た方でしたが、

クラスを作る、クラスをまとめるという担任の役割の中に、

生徒一人一人に対する愛がほとばしるような先生でした。

一人一人の成長の可能性を検証し、

それを実現して実証していくクラス運営。

まるでモノクロの青春ドラマのような先生でしたが、

常に感情は自分のみに向けられ、生徒に対しては極めて理論的でした。

かっこいい先生でした(^-^)

◎質問者からの返答

「理文クロスの職業適性」の考え、非常に面白いです。

むしろ、科学者でも成功される方は「文系的発想」が豊かなのかもしれません。ニールス・ボーアが陰陽思想にハマっていたは有名ですし、朝永振一郎先生にしても、ファインマンにしても文章家ですよね。

あと、流動性の強い時代には「理系の要素の強い人間」が指導者になった方がうまくいくのかもしれません。明治維新前後の激動期に登場し、活躍した人々には、そうした方が多かったのではないでしょうか?未経験の分野を切り開かなければならなかったわけですから(これは、私の仮説にすぎず、検証もされてないし、検証できるかどうかもわからないですがw)。

二つの類型に分けること自体が無理なのでしょうけど。


3 ● cigue
●15ポイント

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E7%A7%91%E5%...

自然科学 - Wikipedia

URLはダミーです

まず、自分の現状として物理学を専攻する立場なので、理系としては物理の考え方しか分かりません。

また、文系のことは自分には分かりません、すみません。

まず、理系的思考とは自分から見て、論理的な発想により、問題解決も筋道立ててこつこつ・・・という方です。

と言うのは、理系と言うのは現象を説明しなければいけない以上、ひとつの法則を作ったとすればそれは他の現象や法則と無矛盾でなければいけないからです。

分かりやすく言うと、「この法則はこれには適用できるけどこれは適用できない。」「こっちの法則はこれにしか適用できない」

などというケースバイケースの様なことは興味がないのだと思います。

もしケースバイケースがあったとしても、それにも何かしらの根拠があるからだと考えます。

(文系については分からないので何ともいえませんが)

一部の文系のように言語に依存するものではなく、所属によって変わらない、普遍的なものを見出すのが理系だと考えています。

宗教や経済、文学などの分野を学ぶ場合は、あくまで同じ所属内での学問であり、他の所属では同等の議論は意味を持たなくなる可能性があると考えます。

例としては、日本の法律を学んでも、その議論は日本の法律と学んだ人としか出来ないと思います。

比べて理系は、普遍的なことを学ぶがゆえに数字などをツールとして選び、それゆえに論理的な考え方が発達したと考えられます。

また、論文などでは自分の意見を相手に伝えなければいけなく、そのためには手順を追うことが重要になるからだとも考えます。

理系人間に直感的な発想があるとすれば

それは多くの論理的な発想により問題を解決することによって

実際に問題解決に必要なことと、問題解決へのアプローチを選択することがうまくなったことによると思います。

例えば、アインシュタインの相対性理論は直感的な発想なのか、論理的な発想なのかは、それまでの過程を知っているか知らないか、人によって感じ方がちがくなってしまうと思います。

もちろんベンゼン環の蛇の尻尾の話のように、直感によって見つかったこともありますが。

自分個人としては、複眼的に見て・・・という解決方法は論理的発想にも含まれると思います。

話がまとまらなくてすみませんでした。

◎質問者からの返答

>理系は、普遍的なことを学ぶがゆえに数字などをツールとして選び、それゆえに論理的な考え方が発達したと考えられます。

そうですよね〜。

理系方面で仕事をされている方に共通するのは、そうした「普遍の存在」に対する愛(というと、ちょっと違うよ、といわれそうですが)という感じを持っています。


4 ● clover_aya4
●15ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1105859258

人力検索はてな - 世の中には、論理的発想を得意とし、問題解決も筋道をたててこつこつと解いてゆくタイプの人と、直感的発想を得意として、問題解決も複眼的に見て思いもかけぬ方法で解いて..

だみーだみです

私もどちらかというと「文系人間」ですが、エンジニア(プログラマ)をやっております。私的に言うと?「努力をしなくてもできてしまうから」やっている職業と、?「天才とはいえないが、好きだからどうしても努力してしまう」からやっている職業があるように思います。私の場合、?にあたります。天才プログラマに合うと、自分の努力はこの人の足元にも及ばないのかもしれない、と思ってしまいますが、それだけ打ち込める職業が果たしてミスマッチでしょうか?天才プログラマの中には「好きじゃないんだけど、できてしまうからやっている」人もいるようです。果たして幸せと言えるでしょうか?文系人間だからこそできる解決方法、理系人間だからできる解決方法があると思います。それらの人達が力を合わせる、あるいはお互いをみて足りない所を補い合うことに意味があると思いますが、いかがでしょうか。(はずしていたらすみません)

◎質問者からの返答

>はずしていたらすみません。

いえいえ、こういう前向きな回答の出ることを待っていたのです。「理系人間」・「文系人間」あるいは血液型による類型わけ、こうしたものを好きではないのです。「あの人は理系人間だから」「所詮、私は文型だしー」という感じの使い方は、あまりに単純化していると思います。もちろん、理数系に強いタイプの人もいれば、読解力に優れる人もいるし、小説や詩の解釈で才能を発揮する人もいるわけですが、皆それぞれ、少しずつそうした要素を持っていると思うのです。

>「天才とはいえないが、好きだからどうしても努力してしまう」からやっている職業がある

全くそのとおりで、「好きだ」ということは職業選択の最大の要素でしょう。だからといって、その道で成功できるわけではないですが。それでも努力することに意味があるのだと思います。

多くの天才がかならずしも幸福な生涯を送れないのは、彼らは「努力をしなくてもできてしまうから」、満足できないのかもしれません(私などから見ると、贅沢な話ですが)。

>それらの人達が力を合わせる、あるいはお互いをみて足りない所を補い合うことに意味がある

たしかに、自分の弱いところを認めて、補ってもらうことのできる人、そうした人間になりたいものです。


5 ● donmabo
●15ポイント

http://homepage3.nifty.com/ohno-atlas/index.htm

大野悟の部屋(パソコン編)

URLは今回の質問に間接的にしか関係ないダミーです。

理系,文系と「発想法」のかかわりの前に「論理→コツコツ→理系」VS「複眼→思いもかけない→文系」というステロタイプ(古い!)な発想から抜け出しませんか?

質問の最初に「だいたい分けられるように思います」のところに疑問をもつと,

「発想はあるけれど直観にしかすぎない!?→をあっためて→(ン10年して)からじっくりと論理付けた」なんて例はざらにあるはず。

「関わり」の前半を否定したので,後半について述べる必要がありますが,べたべた書いていたら字数制限にひっかかったみたいなので。次のURLで。って同じ枠のはず。

http://members.at.infoseek.co.jp/AtlasOono/index.htm

大野悟の部屋(英米推理小説編)

URLは今回の質問に間接的にしか関係ないダミーです。

「理系・文系」というのはなんとなく「理系は頭がいい」「文系はサボってもいい」という感じではないでしょうか。

それに加え,ガッコ(小学校から)のセンセーは「計算力(国(外国=英)語の単語や文法も含む)」のある生徒を「理系」としたがる傾向があります。

結論としては,質問の相関関係は「まったくない」ですが,職業として選ぶ場合,「知識(経験)」の追加ポイント(←ひどい日本語だ!!)もあると思います。

「ミスマッチ」があれば,ふつうだいたい仕事をやめるでしょうし,「ミスマッチ」がうまくいけば「大社長になるのでは」。

◎質問者からの返答

「論理的発想を得意とし、問題解決も筋道をたててこつこつと解いてゆくタイプの人と、直感的発想を得意として、問題解決も複眼的に見て思いもかけぬ方法で解いてゆくタイプの人に、だいたい分けられる」ーたしかに、コレも左脳人間・右脳人間、という類型化を言い換えたものです(見抜かれたか、す、するどい)。

人間は、そんなに簡単にクラスわけできないし、小学校ぐらいで「理系人間」「文系人間」なんて選別することには無理がありますよね、たしかに。


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