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1. 文科系と理科系の本質的な違いは何なのでしょうか。
但し、実験できるか否かという観点は除いてお答えください。
なお、回答にあたりあなたの専攻を付した上でお答えください(というわけで、本質問は、高校卒業者を回答希望対象にしたものではなく、大学卒業者をそれにしたものです)。


私法を専攻して卒業する見込みだが、上記の本質がどういうものかを今ひとつよく分からずにいる者より

●質問者: tentaku
●カテゴリ:就職・転職 学習・教育
✍キーワード:あなた ひとつ 卒業 大学 実験
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 18/18件

▽最新の回答へ

1 ● tamiino
●10ポイント

http://www.hatena.ne.jp/

はてな

医学部-医学科(医師養成)でした、入試はバリバリの理系でしたが、理系的な事は単に検査、toolやアプローチの方法でしょう。 そういう手法の仕事は多いでしょう。 違いを追求するのは、あまり意味が無いのかなと思いますが..


2 ● castle
●10ポイント

http://coffeewriter.com/text168.html

文系と理系というカテゴライズの存在について原因と結果を求めるのが理系人間。カテゴライズを認めた上でどのように感じるかを考えるのがわりと文系人間。

と答えておきながら、本当は単に所属学科に対する文部科学省や受験産業の規定がちがうだけだったりとか。


3 ● ich-izen
●10ポイント

http://www.khkgears.co.jp/cals/cals/khk/KHK507.html

一般的に文系学科と理系学科では、どちらが客観的な世界を扱っているかというと、理系なのではないかとおもいます。したがって理系の方が、学問的な仮説に対して、いわゆる「正解」が出やすいところにあると違いがあるといえるのではないでしょうか。

これに関連して、文系が学問の記号として、ほとんど一般的な言語(使い方によっては曖昧でも済まされる)のみを用いるのに対し、理系は数字や別の記号も併せて使うので、指示内容が明確というか限定的です。

Amazon.co.jp: ドストエフスキーの詩学 (ちくま学芸文庫): ミハイル・バフチン, 望月 哲男, 鈴木 淳一, Mikhail Mikhailovich Bakhtin: 本

私は歴史を専攻しましたが、遺された過去の事物などに即して、ある「系譜」を見出し、その将来性を論じるような手法が好みでした。これは、いわゆる人文科学系の学問によくみられるものです。事実や、基本的な論理の組み立てに関すること以外、正解・不正解が判定できず、あとは魅力、説得力の問題になります。

そこで導き出されるのは、結局「ものの見方・考え方」となりますが、それが科学技術の使われ方などにも影響を与えるわけですから、理系より劣っているという認識はありません。

http://www.kiss.c.u-tokyo.ac.jp/educ/grad-jugyo.html

国際社会科学専攻の授業科目

ただし文系といっても社会科学系は、上記のような人文系の手法もとるし、対象を社会などとして自然科学的な観察とか実験(刺激を与え反応を見る)などしますから、いちがいに同じ類の学問ともいえないところがあります。

理系でも、観察結果を分類する類と、新たな物質を生成する類では、学問の相互作用はあるにしろ、そこから同じ理系の原理を抽出するのは難しいほど異なっていると思います。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0267.html

松岡正剛の千夜千冊『日本人の法意識』川島武宜

私法を専攻されたということですが、その研究の究極の問いが仮に「よりよい世の中にするための社会的ルールはどのような形にすべきか」であれば、

法律の形と解釈に関する過去と現在のみならず、心理学をはじめとする人間の本性や、日本の社会のなりたちに関する研究などを深め、総合することが必要となるでしょう。

その手法には社会科学的なものと、自然科学、人文科学的なものとが混在することになるのではないかとおもいます。


4 ● salam
●10ポイント

http://www.ms.kuki.tus.ac.jp/KMSLab/makita/stellung/stell_phi_ph...

私の立場 哲学(哲学の事柄) 哲学とは

専攻は哲学でした。

哲学は自然科学と違って唯一の「答え」を探し求める学問ではなく、むしろ新たな「問い」を提起する学問であるといわれます。

哲学をすべての文科系の代表にすることに異論もあるでしょうが、すべての学問はまず、疑問を持つところから始まるわけで、これを頭の中でひねくり回しているうちは、自然科学には発展していきません。

ひねくり回す頭の数だけ答えが出てきてしまう可能性もあるからです。

そのひねくり回し方が、言語学であったり、社会学であったり、という文科系の学問への枝分かれに発展していくわけですが。

で、その哲学が開拓した新しい問題の領域を、ある現象面に絞って客観的な事実のみを模索していこう、つまり誰が頭をひねくり回したとしても変わらない答えうぃもとめようとした時点で、自然科学という学問は生まれたのでしょう。

医学も物理学も天文学も、あらゆる理科系の学問も、その始まりは哲学だったゆえんです。

どうも、文章が散漫で申し訳ありません。一言でまとめるなら、たった一つの答えを模索するのが理科系、いろいろな可能性を追い求めていくのが文科系、ということで、いかがでしょうか。

(ご専門の法学も、裁く人によって答えが代わってくる、ある種典型的な文科系学問ですよね)


5 ● rion_k
●10ポイント

http://www.yahoo.co.jp/

Yahoo! JAPAN

URLはダミーです。

自分は薬学部卒です。

個人的には文科系、理科系っていう分け方にはあまり意味がないと感じています。

学ぶということに関しては、論理的な思考、柔軟性が要求されます。

文系だから感性豊か、理系だから理論武装でギチギチなんてことを言われたりもしますが、理系研究者には、柔軟な思考と感性により重要な発見をなされた方々が数多くいらっしゃいますし、文学研究においても、体系的に、論理的に物事を組み立てて行くことが要求されるはずです。

高校2年の時、授業を選択するにあたり文学部に行って国文を勉強しようか、薬学部に行こうか、本気で迷いました。

単にその対象が違う分野にあるというだけで、さしたる違いはないと思っています。

個人の興味がどこに向いているかで進む方向が変わるだけだと。

余談ですが、同じ学部出身者の中にも、論理的にどうかという以前に、感情論だけで押してくる人も当然います。

そのあたりは、個々の人間の本質に違いがあるのだと理解しています。


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