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「お客さまは神様です」「わが社はお客さま第一主義です」という会社の主張・考えかたについてその会社自体が社会に対して”表明するだろう”根拠を挙げてください。要するに上記の主張の根拠とは何ですか?という質問。

例 客が汗水たらして働いたことの結晶が「お金」であり、その大切な「お金」を客は支払ってくれるから。

”表明するだろう”と書いてあるので、例えば「そう主張したほうが儲かるから」とかダメっすよ。
と、まあ長々と書いてしまいましたが、自由に答えてくださいね。

●質問者: jyantadesu
●カテゴリ:ビジネス・経営 政治・社会
✍キーワード:いね お金 ダメ 会社 社会
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 15/15件

▽最新の回答へ

1 ● sami624
●12ポイント

http://www.avaya.co.jp/corporate/partnership/businesspartner...

ビジネスは、第三者に商品もしくは役務の提供をすることで、第三者に付加価値を与え、差額を収益として計上することで、拡大していくものである。→私見

このため、第三者であるビジネスパートナーがいないとビジネスは成立しない。企業は利益を計上することで成長し、より付加価値の高い商品や役務の提供をする。

企業に利益を提供するのは購買者であり、顧客が企業に利益を提供してくれる訳である。この意味から先ず顧客が神様という位置づけとなる。

次に顧客も自己に便益を齎せるものを購入するわけであるから、売り手にとって市場動向を周知させる意味がある。売り手に儲かるカテゴリーが何であるかを提供するという意味で、第二の意味で顧客が神様であるといえる。

また、このようにして企業が業容を拡大していくわけであり、業容拡大が顧客の商品購入もしくは、役務の受け入れであることから、第三の意味で顧客は神様である。


2 ● okey121jp
●12ポイント

http://www.jisc.go.jp/international/isoiec.html

日本工業標準調査会:国際標準化(ISO/IEC)-ISO/IEC

何がしかの「サービス」に携わる場合、昨今よく耳にするのが「ISO」だと思います。

国際的に認められる品質を....と、どの企業もやっきになっていることを考えると、上記の設問は、

「お客に媚び諂う」ことを言っているのでなく「品質を決める基準は、お客にある」との視点

に立つことでは?と、考えます。

従って「お客の立場に立ったサービスの提供が、企業の躍進」とする考え方が論拠です。

回答になってます?


3 ● amai_melon
●12ポイント

http://www.hatena.ne.jp/1111403485#

人力検索はてな - 「お客さまは神様です」「わが社はお客さま第一主義です」という会社の主張・考えかたについてその会社自体が社会に対して”表明するだろう”根拠を挙げてください。要する..

「お客様は神様です」という文を考えると、お客=神様となりますよね。神様と言えば”絶対”、”唯一”と言ったイメージがありますから、やはり商売をする側にとって、お客は絶対的な存在、唯一信頼関係を作れるような存在となるのではないでしょうか。とくに新しいお客さんなんて、こっちから呼んでもなかなか来てくれないじゃないですか。あくまで店に足を運ぶのはお客ですよね。そんな意味もこめて、神様なんて言っちゃうんじゃないんでしょうか。


4 ● bouboucha
●12ポイント

http://www.tbs.co.jp/news23/taji/s10416.html

「お客様は神様です」この言葉は現在かなり曲解されてる方が多いので、その点もふまえて。

神様はエライ存在ではなく、敬うべき存在です。しょーもないことで苦情をぶつけたり、お金だけで損得勘定をするのは神様ではないのです。

本来の意味で用いれば、お客様が会社の運営の指針となり(顧客のニーズ)、運営の原動力(市場に応えるための努力)が会社やそこで働く人々から見えるこそ神様となるのです。

今自分が作ってる物が客に喜ばれる。それが作り手には喜びとなる。そういった関係があるとき、お客様は神様となるのです。

と思ってますけど現実は厳しいですね。

ちなみに三波春夫はお客様は神様であるべき的(周りの人に迷惑をかけるのはよくないとかの意味)な発言した記憶があるのですが確認できませんでした。

こんな回答でもいいのかな?


5 ● uumin3
●12ポイント

http://www2.wbs.ne.jp/~surfcal/California14.htm

CA,14

第一感が「お金が目的ではない」という言葉でした。上記urlはそれをキーワードに検索したサイトの一つです。

商取引ですから「お金が目的」としても良いはずなのですが、日本を含む古風な倫理観が残っている社会では、それを言うといやらしい奴だと思われてしまいます。

あくまでお金は後から付いてくるものだという姿勢が、お客の好感を得ることにつながるのですね。

それでは何の「後」にお金がついてくるのか?

それは「交換」の楽しさだと思いますね。

交易の起源は「利潤の追求」ではない。(貨幣がないんだから)

「必要なものを交換しあった」という説明も成り立たない。(琥珀とか桜貝が「必要な物」であるはずがない。)

経済人類学の教えるところでは、とりあえずまず「交換」があった。

やたらに「交換」というものをしたがる生物であったという点でクロマニヨン人はネアンデルタール人と決定的に異なるらしい。

とにかく、どんどん交換をして、いろいろなものを物流の流れにのせて、ぐるぐる動くのが好きでしょうがないというのが現生人類の「業」なのである。

(内田樹先生のブログになる前の日記、2000年6月18日の記述より)

→そういうものかなと私も思っています。フリーマーケットの主眼も、小銭を稼ぐというよりは商売を普段やっていない人たちの「交換」の楽しみで盛り上がっているのでは?

さてそうは言っても会社がそういう言明をしては実も蓋もないので…

「わが社はお客様のために少しでもお役に立ちたいのです。それを通して社会に役立ち、まっとうな対価として正当な見返りをいただければそれ以上は望みません。お金が目的ではないのです」

というような根拠の表明あたりだと思います。

経済という熟語自体が「経世済民」から来ているように、日本の経済はお金目的と言うんじゃないんですよ、たぶん(笑)


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